ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。

ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。



ゲスト:今紺 剛(Tak)
准看護師から正看護師へとステップアップし、脳神経外科・整形外科・精神科で経験を積む。札幌医科大学附属病院の救急部門でカテーテル看護に出会い、インターベンションエキスパート(INE)の資格を取得。その後、民間病院で救急やカテ室、オペ室の管理職を経験。2016年からカンボジア、インド、バングラデシュなど海外で医療支援に従事。シップナース(船上看護師)を経て、現在は外資系ホテルで産業看護師として勤務。合間では経歴書に書けないような看護師の仕事もこなす。

インタビュアー:白石弓夏
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。

准看護師から始まった「なんとなく」の看護人生

白石:
お久しぶりです!先ほどまで緊急で病院搬送の対応をしていたんですね……お忙しい中ありがとうございます。Takさんは海外での豊富な経験をお持ちですが、まずは看護師になったきっかけから教えてください。

Tak:
実は私、准看護師から始まっているんです。18歳のときに高校を卒業するのに、働きたくもないし、かといって勉強もしたくないという状況で、「じゃあなにがしたいんだろう」となったときに、親から「看護学校に行け」と言われて。それでなんとなく准看護師の学校に行って、20歳で卒業しました。

それでも正直、働きたくなくて1か月くらいパチンコで生計を立てていた時期もあったんですよ(笑)。そうしたら、親が勝手に仕事先を見つけてきて、働いたのが脳神経外科と整形外科の急性期病棟でした。そこで3年くらい働いて、先輩に「お前、男なんだから正看護師くらい持っておけよ」と言われて。それがきっかけで、正看護師を目指して上京しました。今から25年くらい前で、北海道の田舎にはあまり正看護師がいなかったこともあり、決心したんです。

白石:
それで東京に出てきて正看護師を取ったんですね。

Tak:
今はもうない学校なんですが、精神科病院が併設されている学校で、精神科で働きながら2年間学校に行きました。私、あまり優秀ではない学生だったと申しますか、素行のよくない学生だったので、よく暴れて、教員と喧嘩をしていたような学生時代でした(笑)。

白石:
それでも無事に卒業されて(笑)。

Tak:
なんとか卒業しまして、杏林大学医学部付属病院で働きました。精神科は楽しかったんですけど、やっぱり最初に働いていた脳神経外科が好きだったので、大学病院の脳神経外科で働きたいと思って。そこで2年くらい働いた後、親の体調が悪くなって北海道に帰らなければいけなくなったんです。

白石:
脳神経外科が好きだと思ったきっかけはなんだったんですか。

Tak:
脳外科の面白いところは、画像を見たら症状が分かりますし、症状を見たら画像がなんとなくイメージできるんですよ。こういう症状が出たら、ここに病巣があって、たぶんCTやMRIでこういう画像が出てくるのではないかという予想ができるんです。なんとなくそれが面白くて、元々理系だった私からすると魅力的でした。

少し変態かもしれないんですが、脳のアンギオの画像というのは、アーティスティックで綺麗なんですよ。脳の血管を全部写したときの画像は、私、ピカソを超えていると思っています(笑)。綺麗だなぁと思いながら、ずっと眺めていられますね。

カテーテルへの情熱と、挫折の経験

白石:
その後、北海道に戻られたんですね。

Tak:
そうです。杏林で働いていると、大きいところで働いていた思いが強くて、それで札幌医科大学附属病院で働くことにしました。本当は脳外科で働きたかったんですが、いきなり救急に配属されて。そこで5~6年働いて、初めてカテーテル看護というものに出会いました。

当時はINE(インターベンションエキスパートナース)という資格がなかったんです。古いIVR資格からアップデートされて、INEという資格が新しくできた年に、私はその資格を取りました。カテーテルの治療のときは、「休みでもなんでもいいから呼んでくれ」と。「全部やりたいんだ」と言って、いろんなケースに入りながら学会発表も積極的にやっていましたね。

白石:
それだけのめり込んでいたTakさんが、なぜ海外に目を向けることになったんでしょうか。

Tak:
実は一つのターニングポイントがありました。札幌の民間病院の院長に声をかけていただいて、救急部門とカテ室のマネジメント、看護師の育成をやってほしいと言われて転職したんです。ところが、経験のないオペ室の師長代理もやれと言われてしまって……。

オペ室は少し独特でしたね。救急やカテーテルは経験があったのである程度できたんですけど、オペ室は1年目だったのに師長代理というポジション。医師からは「お前、できて当たり前だろう」という認識で来られるし、経験のない者がトップに立ってしまうと、下からのプレッシャーもすごかったんです。「お前やったことないのに」みたいな。俗に言うお局ではないですが、そういう方もたくさんいらっしゃって。3年くらいは頑張ったんですけど、それでも少しうつっぽくなって、もう仕事に行けないなという状況になりました。

そんなときに、当時の妻から「いや、もう嫌なら辞めちゃえばいいじゃん」「ストレスなく働ける場所を探しに行くのもいいことなんじゃないの」と言われたんです。そこで初めて、英語は話せないけれど、少し世界を、視野を広げてみようと思いました。

白石:
奥様からの一言が転機になったんですね。

Tak:
そうです。妻は高校と大学と海外生活だったので、もうマインドが完全に海外なんですよ。カウンセリングを受けることを勧められ、海外では当たり前のことを「なんでやらないのか」と言われていました。日本人はカウンセリングを受ける文化があまりないじゃないですか。夜まったく寝られなくなって、食事も摂れない、だけどお酒の量だけが増えてしまって(それは今もだけど笑)……そういう状況で妻が心配して「日本にこだわらなくてもいいんじゃないの」と言ってくれたんです。

その頃、カンボジアで初めて脳血管内治療をやる病院が開院するということで、学会のつながりで私のことを知ってくれていた院長から、「カンボジアで働きませんか」とオファーをいただいたんです。カテーテルの教育と救急の経験を活かした教育をしてほしいということでした。それで海外に出たのが2016年です。

「なんで日本にこだわっているんだ」妻の一言で開いた世界

白石:
そこから海外での仕事が始まるわけですね。カンボジアで働いてみてどうでしたか。

Tak:
カンボジアで働いて、私のマインドが大きく変わりましたね……。想像を絶するくらいお金がない人でも、子どもたちはずっと笑顔なんです。「なんでこの人たち、笑顔なんだろう」と思ったら、それが当たり前の環境だったんですね。家族のために、友人のために、自分の指輪を外してでも治療を受けさせたいという人がいたんです。そういうのを見ていると、そういう人たちのために、なんとか自分の今まで経験した知識や技術を海外で伝えて、彼らが笑顔になったらいいなと思うようになりました。

最初は「日本ではこうやっていたんだよ」「日本はこうなんだよ」という押し売りをすごくしていたと思うんです。ただ、徐々に本当にそれでいいのかと思うようになり、その地域に合わせた生活水準と、その地域に合わせた看護や医療を提供して、その人たちがHappyだったらよいのではないかと思うようになりました。カンボジアでの経験が私のターニングポイントでしたね。そこで初めて、看護師として本当にやりたいことが見えた気がします。

白石:
そこから、インドやバングラディッシュなどへも行かれたそうですね。

Tak:
ある程度マネジメントもできる後輩が育ってきたというところで、私の役割は終わったなと。それで、2020年にインドの病院で働くことになったんですが、残念ながら世界的にもコロナの流行が始まった時期でして。インドはすごく厳しい政策を取っていて、外国人を全く受け入れなかったんです。外出したら鞭で叩かれるような国だったので。せっかく入職したのですが、インドの病院では働けずに半年くらい経過してしまいました。

そうしたら今度、なにかのご縁なのか、ODA(政府開発援助)のお仕事で、バングラデシュで500億円規模の火力発電所を作っている会社から声がかかったんです。そこに日本人が数百人働くので、看護師を常駐させてクリニックをつくりたいということでした。ただ、バングラデシュは情勢が不安定で女性は行けない場所で、日本の看護師免許が使えないので、私は看護師として行ったわけではないんです。一般人なので、あくまでもマネジメント。医療行為はできないので、バングラデシュ人医療者に向けて、日本式の看護、医療を教えながら、日本人や他の外国人の病人が出たら対応するということを3年くらいやっていました。

それから2023年、プロジェクトが終わるということで退職となり、今後どうしようかなというときに、私の知り合いに国境なき医師団で働いている友人がいまして。その中の1人が、元々シップナース(船上看護師)をやっていて、「暇だったら船に乗らない?」と言われたんです。それで「暇、暇!」と返事をして(笑)。

白石:
そんなところからシップナースという道があったんですね。

Tak:
面接だけ受けてみたら受かってしまって、それで船に1年くらい乗っていました。ただ、拘束時間が長いんですね。4か月間、休みゼロでずっと船に乗っていなければいけない。家族もいますので、なかなか帰れないのは大変だなということで、もう少し家族の近くで働きながら、今まで働いてきた経験を活かせるところはないかなと探したところ、たまたま今働いている外資系ホテルの看護師というのがありまして、現在に至ります。

船からホテルへ「影で支える看護師」という新たな役割

白石:
シップナースでは、看護師でありながらレントゲンを撮ったり、薬を処方したりもされていたとか。

Tak:
そうです。船の上は特殊な環境下で、国籍関係なくライセンスは使えるんです。レントゲンも撮っていましたし、薬も処方していました。なんなら抜糸も看護師がやります。日本だと医者がやる抜糸も、船の上だと看護師の仕事なんです。

シップナースというのは実は、救急とICUの経験が5年以上ないと働けないんですよね。なので、いろいろアセスメント能力が試される環境ではありました。船の中でも一応レントゲンや人工呼吸器もあるんです。いろいろ物はあるんですが、やっぱり船という限られた環境の中で、最大限の力を発揮しないといけないので。

白石:
そこから、現在のホテルでの仕事はまた環境がガラッと変わったかと思うんですが。

Tak:
今は産業看護の分野で働いています。急患が発生しないのが一番の目標で、予防医療に近いかもしれません。従業員とお客さんが安心してHappyに過ごせるように、影で看護師が働いているという状況です。

病院ってメインは治療じゃないですか。基本的に具合の悪い人が来るから。でも船とかホテルとか、他の会社で働く従業員って病人じゃないんですよ。元気な人がホテルに来るし、元気な人が船に乗るし、元気な人が会社で働いている。元気に働けているとか、楽しくバケーションをしている裏に、実は看護師がいるっていうのが、すごく楽しいなって思っています。

バングラデシュで働いてからこの考えが変わりました。会社が併設しているクリニックで、従業員が安心して働けるように。今まではその会社には看護師がいなかったんですよ。でも「看護師さんが来てくれてから安心して働けるようになった」と現地の人や日本人に言われて、こういう働き方があるんだなと思いました。

今のホテルは外国人が8割なので、英語の通訳もしないといけません。病院での通訳という形で、患者さんから病状を聞いて、それを日本語に落とし込んで、日本語でドクターや看護師にお伝えして診察してもらうということをやっています。今まで一般の通訳の方が病院に連れて行っていたらしいんですが、医療的な英語が通訳できなくて困っていたんです。看護師なので医療英語が分かるというところで、今の部署の立ち上げで来ているんです。

白石:
ここまで、日本の救急・カテーテル治療の分野や海外の病院、産業看護など、働くフィールドが大きく変わってきたTakさんですが、今後の働き方はなにかイメージされているものはあるんですか。

Tak:
実は今日、上司が面談に来たんです。東アジアを統括している上司が来て、「働いてみてどう?」と言われて、「エキサイティングだよ」という話をしていたんですけど、「今後の展望はなんかある?」と言われたので、とりあえずここのマネジメントが終わったら、次は日本に3ヶ所あるこのホテルの系列も全部マネジメントして、その後は考えてないけど、どっか行きたいなって話をしたら、「じゃあフランスにポジションがあるからフランスに来ないか」って言われたんですよね(笑)。

「フランス語話せる?」と聞かれたので、「いやまったく話せないです」って答えたら、「じゃあそれまでに勉強しといて」って言われました。今からフランス語は勉強しなきゃなって思っています(笑)。

白石:
すごいむちゃぶりだけど、めちゃくちゃ楽しそうですね(笑)。

「これだけはやりたくないこと」海外で気づいた看護師の役割分担

白石:
それでは、本題の質問にいきたいと思います。こちらの質問カードから1枚選んでください。

Tak:
右から3番目でお願いします。

白石:
自分がこれだけはやりたくないことはなんですか」ですね。なんかハッキリありそう(笑)。

Tak:
これは明確です。おむつ交換と入浴介助ですね。

白石:
え~それは意外でした。看護の基礎技術のようなところですが。

Tak:
日本で働いていたときは当たり前だと思っていたんです。看護師がやるものだと思っていたんですけど、海外に行ったら看護師はやらないんです。家族がやるか、もしくはそれ専門のスタッフがやる。看護師はあくまでもアセスメントだけ。「この人は今おむつ交換やってもいいですよ」「この人は今入浴できますよ」というアセスメントだけ。もちろん看護師がやらなきゃいけない状況下もあるとは思うんですけど、そうじゃないケースが多いかなって。基本的にやるのはその専門職なんです。

賛否両論あると思いますが、今、看護師が足りないと言われている中で、私は看護師の業務を減らしていくべきだと思っています。海外のそういうところを見習って、少しでも看護師の負担を減らすんだったら、そういうところから削っていってもいいんじゃないかなと。あとは、単純に私がおじいちゃんになったときに、45歳のおっさんにおむつ交換されたくないというのもありますけどね(笑)。

白石:
たしかに、看護師がやるものだという固定観念というか、当たり前すぎて疑問にも思わなかったですけど、看護師がなんでも屋になって、自身の首を絞めてしまっているということはあり得そうです。なんかそういうところに疑問を持ったり、海外のいいところを一部取り入れたり、柔軟にやっていきたいですよね。

Tak:
そうそう。それが日本式のいいところと言われたらそうかもしれないんですけど、そうも言っていられない世界が今後あるんじゃないかなとは思っていますね。

困っている人がいたら、その場所に行きたい

白石:
最後に、「後輩の看護師に伝えたいことはなんですか」という質問について、Takさんの考えを聞かせてください。

Tak:
選択肢として「海外で働くのもありだよ」ということですね。日本の看護師免許は原則日本でしか使えないですけど、私が働いていたカンボジア、ベトナム、ラオス、ミャンマーなどは日本の看護師免許が使えます。シップナースだったら船の上なので国籍関係なくライセンスは使えます。

日本で苦しい思いをして、もう看護師を辞めてしまうくらいだったら、少しだけ英語を勉強して、海外で働いて。せっかく看護師というユニークなパスポートを手に入れたんだったら、それを使って視野を広げて働くのもいいのかなって思います。

ホテル看護師もあるし、ドバイの美容整形外科で看護師をやらないかという話もあったし、国境なき医師団で紛争地域に行って貧困地域をピンポイントで助けに行くこともできる。いろんなことができます。もちろん病院で働くのがまず第一歩だと思うんですけども、苦しかったら、いろんな世界もあるから、こういうやり方もあるんだよというひとつの参考になればいいかなと思います。

白石:
海外で働くときに役立つスキルや経験ってありますか、英語が話せる以外で。

Tak:
海外の求人で多いのは、救急・ER、オペ室、助産師です。この3つは国境なき医師団でも一番メインのジャンルになりますね。産業看護に行くようになっても、救急の知識は絶対必要だし、妊婦さんもいるので、産婦人科の知識や経験がある助産師さんはもちろん強いと思います。オペ室看護師を募集していることが多いのは、仮設テントの中で爆弾や銃弾で損傷した外傷の患者さんが多いからです。

ホテルでも船でも、救急で働いていた経験は生きています。病院ではないので、設備が整っていない中で、いかにアセスメントするか。レントゲンがない、CTがない、極端な話パルスオキシメーターもない、なにもない状況下で、フィジカルアセスメントをどうやってやるのかとなったときに、やっぱり救急の経験が生きたなと思います。

白石:
そういう海外の仕事って、Takさんの場合はどうやって探しているんですか。

Tak:
ひとつだけ明確に言えるのは、日本語で検索しないことです。英語で検索すると世界中の求人情報が一気に出てきます。日本語で「看護師 海外 求人」と検索すると、日本の求人会社しか出てこない。でも普通に英語で検索するだけで死ぬほど出てきます。あとは、やっぱり海外で働いていると、いろんな海外のドクターとナースと知り合いが増えるので、そういう人から紹介されることも多いですね。「あそこの会社よかったよ」とか「仕事面白かったよ」みたいな感じで。

白石:
Takさんはよく、「自分は英語が話せない」と言いますけど、英語がそこまでしゃべれなくてもなんとかなるものなんですか。

Tak:
大事なのはコミュニケーション力ですね。喋れないけど努力はする。自分の知っている単語を使いまくって、なんとか伝えようとする努力。間違った文法とか間違った単語を使っても恥ずかしくないっていうところですね。言葉なんて伝わったら勝ちなんです。あと、私の言う「英語が話せる人」は日常会話ができる人って意味ですね。医療英語は単語とかで会話はできるけど、政治の話とか、お酒の席でのスポーツの話になるとまったくわからない単語がいっぱい出てきます。でも仕事はできるんです。

たとえば、前とか後ろって、普通はfrontとかbackって言うじゃないですか。でも医療英語だとanteriorとposteriorになるんです。レントゲンにもそう書いてある。私、前面にありますって言うときに「アンテリオ―ルが……」とか言っちゃうと、向こうにはまったく通じないんですね。医療英語から入ってしまっているので、そういう意味で、英語があまり得意ではないって言っているんです。

「誰かがHappyになる看護を」カンボジアで見つけた使命

白石:
さまざまなお仕事をされる中で、ずっと看護師としての仕事を続ける理由はなんでしょうか。

Tak:
看護師というのは、その人の生活をみていると思っているんです。その人の生き方とか、その人の家族、その人の未来をサポートできるのが看護師のよい仕事だと思っています。病院にせよ、企業にせよ、生活をサポートするという大きな枠組みの中では、私は看護師をはみ出していない。むしろ看護師の免許の一番よい使い方なんじゃないかなと感じています。

その人が安心して、その人が安全に生活して、「私の人生楽しかった」って言えるサポートができるよい仕事かなと思っています。

白石:
それはいつ頃からそう思うようになったのでしょうか。

Tak:
やっぱり私のターニングポイントであるカンボジアですね。たぶん海外に行ってなかったら、もしかしたら看護師を辞めていたかもしれないし、もしくは脳外科かカテーテル看護を追い求めていたと思います。そこは変わらないです。やっぱり脳外科は好きなので。

今、私の中でテーマとしては、患者さんという言い方よりも、誰かがHappyになるような看護や医療が提供できたらいいなというのがあります。ホテルでも、従業員やお客さんが安心してHappyで過ごせるように、看護師がいるというのをあまり表に出したくないんです。船の中でもそうだったんですが、影で、なにも知らずに笑顔でバイバイできる、でも裏では看護師が働いていましたというくらいがいいかなと思うんです。

白石:
奥様の「日本にこだわらなくてもいいんじゃない」という一言がなかったら、今とは違う人生だったかもしれませんね。

Tak:
そうですね。困っている人がいたら、その場所に行きたいですね。アフリカに行けと言われたらアフリカに行きます。助けてくれと言われたらその場所に行って、働いた場所の人やその周りの人がHappyになったらいいんじゃないかなと思います。明確に、なんかこういう条件じゃないと行きたくないとか、全然ないです。困っている人がいたら、その場所に行きたいですね。

白石:
Takさんにとって困っている人、場所があるというのがひとつ仕事をする上での基準なのかもしれないですね。今日はありがとうございました。Takさんの多彩な経験と、看護師としての熱い想いを感じるインタビューでした!

インタビュアー・白石弓夏さんの著書



Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~
私もエールをもらった10人のストーリー


今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。 さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。

目次


◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏

発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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