▼バックナンバーを読む
はじめに
本連載は、対人関係に悩みを抱える看護師が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。テーマは前回に引き続き、「ほめないこと・しからないこと」です。後輩の教育を担当した際、大切にしたいことを考えていきます。
「ほめる・しかる」指導者は後輩の成長を止め、自立することを妨げている
前回は、指導者の多くが「ほめる・しかる」を使っていることを指摘し、その弊害について考えました。後輩の成長を望む指導者は「ほめる・しかる」ことを使いませんし、教育の目標が自立だと知っています。
一方「ほめる・しかる」指導者も、表向きには「成長してほしい」と言います。しかし、「ほめる・しかる」ことでは後輩は成長できません。それどころか、「ほめる・しかる」指導者は後輩の成長を止め、自立することを妨げています。
対人関係を上下でとらえていると、後輩の成長を喜べません。後輩が成長すると、自分が劣ったように感じます。これを避けるため、後輩が自分より活躍しないように仕向けます。考える力を奪い、みずから判断する力を奪います。あらゆる方法で後輩の自立を妨げ、自分の支配下に置きます。その手段が、「ほめる・しかる」です。
こうして、指導者みずから依存する後輩を育てたうえで「いつまでも自立しない」「やっぱり、この子はダメだ」「私がいないとここの職場はまわらない」と言います。自分が上に立てたことで、満足しているのです。
一方、後輩はこのような指導者を精神的に未熟だと感じます。年齢の若い方は、「ほめる・しかる」弊害を理解している人が多いと思います。
なぜ「ほめる・しかる」ことをやめられないのか
しかし残念ですが、「ほめる・しかる」ことにお互い慣れてしまいます。おかしいと思えなくなります。もし「ほめる・しかる」ことを不愉快に感じても、従うのです。
なぜなら、自分で働き方を考え、実践するほうがより難しいからです。たとえ不快でも、他者がしたことや、前例に従うほうが圧倒的に楽です。不適切だと思った教育方法でも、上司や先輩の真似をしていれば批判はされません。こうして多くの人は、上司・先輩にしかられない仕事・ほめられる仕事しかしなくなります。上司・先輩にとっての「良い後輩」を演じるようになります。これでは後輩は成長しませんし、「より良くしよう、やってみよう」という声は挙がりません。
自分が判断して行動することには責任が伴います。責任を負わないと、人は自立できません。いくら年齢を重ねても役職についても、一生自立できない人もいます。今、「ほめる・しかる」ことを選ぶのは、不適切な教育を受け継いだことになります。まさに負の連鎖です。私は対人関係を理由に看護師を辞めたり、職場を変えるケースを作ったりしている原因の1つがこれだと考えています。
感情を武器にしてはいけない
もし自分が指導者・上司として後輩に何かを伝えたいのなら、威圧的な振る舞いや攻撃的な態度ではなく、言葉を使いましょう。
「もうやってるよ!」と思うかもしれません。ですが今、あなたが「ほめる・しかる」を使っているのなら、恐らくできていません。あなたが本当に伝えたいことは、「ほめる・しかる」では相手に伝わりません。
言葉で伝えることは、たしかに大変です。相当のエネルギーが要ります。それが面倒だから大きな声を出し、しかるのです。机を叩く・キーボードを強く打つ・ドアを乱暴に閉めるなど、物にあたるのも同じです。また、不機嫌な態度になる・無視をする・泣く・わめく・黙り込むなども同様です。こんこんと説教し続けるのも同じです。「しかる・ほめる」ことを使って相手を動かすことは暴力です。感情を武器にしてはいけないと思います。
対人関係に年齢・性別・経験・職位・役割の違いなど関係ない
対話ができるのなら、相手の気持ちを一度聞いてみてください。その際、相手が話すのにどれだけ時間がかかっても、まずは聞くことに徹してください。聞いているとき、相手が何を話しているのかをよく考えましょう。そして相手が十分話せた後、あなたが困っていることを伝えます。おたがいがもし「一緒に良い仕事をしたい」という意思があるのなら、相手と2人で「これからどうすればいいか」を話し合います。このように対話することが、人と対等に接することです。
「なんで私が、下手に出ないといけないの!」と感じたかもしれません。でもこれは、下手に出ているのではありません。これが対等な関係です。対人関係に年齢・性別・経験・職位・役割の違いなど関係ありません。すべての人と上下関係をつくらないこと、つねに心がけてください。
すぐには信じられないかもしれませんが、対等な人間関係を築けば「ほめる・しかる」必要はなくなります。「ていねいに言葉で話す」ことで、伝わる経験ができます。教育において「ほめる・しかる」ことを議論する人は、それをまだ知らないのです。
もし後輩が不適切な行為やミスで他人に迷惑をかけたら、言葉で端的に指摘します。後輩が助けてくれたら、ありがとうと伝えます。成長が感じられたなら、うれしいと伝えませんか。
「ほめなくても良い、しからなくても良い」の意図が伝わることを願います。
すこしずつこの考え方が実践できるようになれば、対人関係がとても楽になります。
あなたの対人関係は、きっとよくなります。
【参考文献】岸見一郎:ほめるのをやめよう-リーダーシップの誤解.2020.7.29.日経BP
看護師。1979年広島県生まれ。脳卒中リハビリテーション看護認定看護師。
▼バックナンバーを読む
【オンラインセミナーのお知らせ】
毎回ゲストの講師をお迎えして、学びかたや実践的なテーマをお届けするメディカLIBRARYのオンラインセミナー。
第12回は本連載著者の小林雄一さんに「あやうくキレるとこだった……ナースにおくる対人関係がちょっとラクになる60分」をテーマに講演いただきます。
患者さん対応で、ちょっとしたトラブルは誰しも経験したことがあると思います。
ただ、そうしたトラブルをすこしでも未然に防げるのであれば、防ぎたいですよね。それは、患者さんに限った話ではなく、スタッフ同士のトラブルにも通じることではないでしょうか。
たとえば、患者さんへの対応を振り返ったとき、「私は間違っていない」と口にしてしまうことはありませんか? もし心当たりがある方、すでに対人関係はこじれているようです。「私は間違っていない」というのは「私は正しい」「相手が間違っている」と言っていることと同じではないでしょうか。はたして患者さんとのトラブルは「正しい」「間違っている」という考えだけで解決するのでしょうか。
今回は、認知機能が低下した患者さんとの事例を通じて、こうした対人関係についてすこし考えるオンラインセミナーにしたいと思います。
日時:2021年9月1日(水) 18時~19時
対象:医療従事者
定員:500名
参加費:無料
※当日はZoomウェビナーを使用します。インターネットに接続可能なスマートフォン、パソコン、タブレットをご用意ください。
※インターネット接続にかかる通信費は、参加者負担となります。
お申し込みはこちらから↓
https://ml.medica.co.jp/nurse/565/
【本連載著者の書籍紹介】
看護師失格?
認知機能が低下した患者をめぐる看護師の面談録
https://store.medica.co.jp/item/301090390登場人物は「患者の役に立ちたい、優しくしたい」と思い一生懸命仕事をしている看護師ばかり。けれど、認知機能が低下した患者の問題行動を前にして、叱責し、咎め、罰を与え、時には無視し、患者に抵抗するという「不毛な戦い」をしてしまう……。面談・対話をとおして「患者さんの問題行動」にうまく対応できない看護師と向き合い続けた著者渾身の1冊!