災害時の透析
大災害が起こるとライフライン(電気・ガス・水道)の供給が停止し、通常の透析生活が困難となります。血液透析では、自施設での透析がすぐに再開できない場合や透析が不可能な場合、他施設に移動して支援透析を受けることも想定されます。
また、災害時は透析時間を短縮して行うことも考えられます。腹膜透析では、物流の影響で透析バッグなどの資材の確保がむずかしくなり、透析バッグの交換回数を減らしたとの報告もあります。よって、血液透析患者・腹膜透析患者のどちらにも、災害時の食事の際には気をつけなければいけないことを説明しておく必要があります。
災害に備えた食事指導
大災害が起こると、透析患者はいつも以上に食事内容と水分摂取量に注意して生活することが必要です。そのため、事前に災害時の心得として、患者や家族に対して食事についての注意点を指導しておくことが重要です。
当院ではパンフレットの配布だけでなく、定期的な避難訓練に合わせて、災害時の食事に関する勉強会を行っています(写真)。実際に非常食の紹介や試食を行うことで、災害時の食事を体験してもらっています。できるだけ多くの患者・家族が参加できるように日曜日に開催し、参加できなかった患者・家族には勉強会で行った情報を伝達するため、待合室にパンフレットを揭示しています(図)。
カリウムには気をつけて
透析不足により血中のカリウム値が高くなると、不整脈や心停止の恐れがあります。そのため、カリウム摂取量は通常の半分以下にするよう指導します。また、災害時にはカリウム抑制薬を医師の指示のもと使用する場合があります。病院によっては、事前に災害時用として処方しているところもあるようです。
なお、カップ麺や加工品など、無機リンのとりすぎにも注意が必要です。ふだんから血清リン値が高い人には、リンの含有量を考慮したレトルト食品などを非常食として備えておくことを勧めています。実際に経験した大震災では食べ物の入手が困難で、リン含有量の多い食品まで気をつけることはむずかしかったので、リン管理についてはできる範囲でよいと考えます。
エネルギーは不足のないように
カリウムの値を気にしすぎて極端に食事量が減るとエネルギー不足となり、体の蛋白質がエネルギーとして使用されます。その際、代謝産物としてカリウム、尿毒素やクレアチニンが生じ、カリウムを食事で摂取していなくても高カリウム血症や尿毒症をひき起こします。摂取エネルギーを確保するためにも、主食はしっかり食べるように指導しておきましょう。
食塩・水分はできるだけ少なく
体重増加量が通常のままで透析時間が短くなると、1 時間あたりの除水量が多くなります。すると、通常透析よりも透析中に血圧が低下する恐れがあるため、総除水量を少なくして透析を行うこともあります。除水不足により体液過剰になると、高血圧・心不全・肺水腫の要因となります。災害時の体液過剰による緊急透析は、ほかの患者の透析スケジュールにも影響するため、避けたいものです。
そうならないために、食塩・水分摂取は極力控えて、体重増加量を通常よりも抑えるように心がける必要があります。当院では災害時の水分摂取量はできるだけ少なく、1日あたり300~400mL以下に抑えるように指導しています。また、食塩を多く摂取すると水分摂取を促すため、食塩も1日あたり3~4g(1食1g以下)となるように指導しています。
災害時、支援透析を受けるときにドライウエイト(dry weight;DW)がわからず除水に困ったという例もあるようです。自己管理のためにも、日ごろからDWを確実に覚えておくよう患者に指導しておくことも大切です。認知症などで患者が覚えることが困難な場合は、家族にDWを伝えるようにします。自宅や避難所に体重計がある場合には、体重を測定して体重増加量を把握してもらうよう説明します。
非常食の準備を
避難所で配布される食事や緊急支援物資は一般向けであり、支給される食品は食塩・カリウム含有量が配慮されていません。非常時に腎不全患者用の食材を準備することはむずかしいので、事前に非常食の準備が必要です。最低3日、大震災を想定すると7日間分の用意が必要です。非常食は賞味期限が3~5年と長いものもありますが、当院では循環備蓄(ローリングストック)を勧めています。ローリングストックとは、日常的に食べている食品をすこし多めに買い置きしておき、賞味期限の近いものから使用し、使用した分を補充することで、つねに一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つ方法です。
災害は不安やストレスをもたらします。非常食には食べ慣れた物や好きな物を準備し、食べたら補充するように説明しています。食事だけでなく、エネルギー確保につながるようかんや栄養補助食品などの間食も用意するように伝えています。
また、災害の程度にもよりますが、炊き出しなどにより温かいものを食べることができるようになるまでには時間がかかることもあります。電気やガスを使用できないことも想定し、卓上コンロなど、食品を温められる機器の用意も勧めています。その一つとして、少量の水で発熱し、食品を温めることのできる加熱袋をおすすめしています。
避難所での食事
避難所では、まず透析患者であることをかならず支援者に伝えるように説明します。また、食物アレルギーのある患者に対しては、アレルギーがあることもかならず伝えるように説明します。
避難所での食事や緊急支援物資は、基本的に健常者を対象としているため、生命維持に必要な「水分」「食塩」「カリウム」が多く含まれた食事となっています。透析患者は必要なエネルギー量を摂取しながら、水分・食塩・カリウムの制限をしなくてはならないという、ふだん以上にむずかしい食事管理が必要となります。そのため、支援者の協力や理解が重要です。
column ~災害を体験して~
東日本大震災の際は、誰もが予想していなかったことが次々に起こり、対応に追われて時が過ぎていきました。患者は、被災しながらも命をつなぐ透析治療を継続しなければなりません。家族や身近な人を失った悲しみや、家が全・半壊したことによる今後の生活への不安を抱えながらも、被災した自宅や避難所から透析のために何とか通院していました。余震が続くなか、透析がいつ再開できるのかがわかるまでは、不安でいっぱいだったと思います。
当院はさいわいにも震災翌日には電気が復旧し、2 日後から透析を再開することができました。しかし、ボイラーの損傷のため透析液温度が上げられず、同時透析は20 人が限界でした。どんなに時間がかかってもかならず患者全員に透析が受けられるようにすることを伝え、3時間透析を6クール行い、終了したのは翌日の午前3時でした。そこから、ボイラー復旧までに時間を要し、通常の透析体制に戻るには2 週間以上かかりました。患者は一人も不満を言うことなく、食事管理をしながら透析を継続することができました。心配していた体重増加量は(食べるものがなかったこともあると思いますが)、ほぼ全員が減少していました。臨時透析をすることなく、患者の協力のもと震災を乗り越えることができたと実感しています。
災害対策はスタッフだけでなく、患者もいっしょに継続して行うことが重要です。患者とともに災害対策に取り組んでいきましょう。
【引用・参考文献】
1)東京都福祉保健局.災害時における透析医療活動マニュアル(令和3年5月改訂版),(https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/r305_saigaitousekimanual_1_mokuji,2022年10月閲覧).
2)宮城県透析医会編.3.11 東日本大震災透析医療確保の軌跡:その時我々は.宮城県透析医会.2012,207—10.
3)板井陽平ほか.緊急特集 長期にわたる停電・断水への対策:大型台風による広域災害:透析治療への対応(2)腹膜透析:備えと特性を活かして.臨牀透析.35(13),2019,1588—9.
4)市川和子.特集 透析医療における災害対策【特集コラム】災害時の食支援.臨牀透析.37(8),2021,827—30.
医療法人盟陽会泉ヶ丘クリニック透析室看護師長/透析看護認定看護師
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