はじめに
透析医療の災害対策は、長く巨大地震への対策を意味し、対策が練られてきました。しかし、近年は巨大地震だけでなく、集中豪雨や台風などによる風水害の発生頻度の増加、被災期間の長期化、被災地域の広域化、さらにはライフライン確保の困難さなどの災害規模の増大に伴い、透析患者(とくに高齢透析患者)を取り巻く被災後の生活環境はより厳しくなっています。
災害発生直後の生活
被災した高齢透析患者は、甚大な災害が発生したあとしばらくは、一般の避難所では床の上に直接寝たり(雑魚寝)、トイレの数が少なかったり、動線が悪いために立ち上がり(起居)や移動が困難となったりします。これらの患者は簡単に動けないため体を動かさなくなり、結果として関節拘縮が悪化し、筋力低下も生じて生活不活発病(廃用症候群)に至ります。また、家族など介助者の介護負担も大きくなるため、介助者自身の精神・身体状況が悪化する危険性も高くなります。
そのような状況を防ぐためには、段ボールベッドの早期導入や立ち上がり動作の介助量を減らすための移動式手すりの設置など、その場の避難者が必要とする動きやすい環境をつくることが重要です。
このような生活状況において、透析患者のみに対して特別な介入を試みることは非常に困難だと考えます。しかし、被災した透析患者を受け入れる透析室スタッフはその状況を理解し、避難所スタッフへの橋渡しとなることが可能ですので、情報共有が重要です。ただ、透析室スタッフ自身も被災者であることが多く、たいへんストレスフルな状況であるため、スタッフ相互が自身の身体的・精神的負担を考慮しながらかかわることが求められます。
災害時における運動療法の意義
災害発生時は一時的な緊急避難であったものが、被害拡大により長期的な避難所生活へ移行することがあります。その場合、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)と廃用症候群の予防が重要であるため、透析室で腎臓リハビリテーションを行う際に患者へ啓発することの意義は大きいと考えます。避難所での生活環境の整備が進むと、プライバシー保護を重視した生活空間ができ上がっていきます。これは、プライベートスペースの確保という点では生活の質(quality of life;QOL)を向上させていますが、活動量の低下や閉じこもりという新たな課題も発生させることになります(図1)1)。

図1 避難所での生活環境の変化(文献1 を参考に作成)
①最初は過密状態、②段ボールベッドが導入され、③整備が進むとプライバシー保護を重視した空間ができ上がっていくが、活動量低下や閉じこもりのリスクが増える。
そのため、透析室スタッフは、患者が来院したときには、食事、排泄、睡眠を中心に日常生活で困っていることはないか、困ったときに何か支援してくれる(頼れる)人やスタッフはいるか、避難所での運動の機会はあるか、その場合、参加は可能な状況かなどの避難所生活の状況を聞き取り、アセスメントを行うことが重要です。そして、患者が置かれた状況において患者自身でできる運動の指導や対策、必要があれば家族・支援スタッフとの調整役となり、サルコペニア・フレイルの増悪を遅らせるよう積極的にはたらきかけることが必要となるでしょう。また、避難生活において運動が困難な状況では、透析中の運動を積極的に支援し、身体能力の低下に努めるようはたらきかけてもらいたいと考えます。
さらに被災などにより、過度にストレスがかかる状況での生活を余儀なくされている点では、身体的な評価だけでなく、抑うつ症状や不眠などの精神的な問題が生じやすいです。運動療法を取り入れるには、これらの状況への支援が重要です。
包括的腎臓リハビリテーションの重要性
新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease2019;COVID—19)感染拡大に伴う緊急事態宣言下では、不要不急の外出などの自粛が求められました。血液透析(hemodialysis;HD)患者もその影響を受けていたと考えられ、非透析日の1 日の身体活動量(歩数)は有意に低下していたことが報告されています2)。しかし、歩行速度と下肢筋力それぞれの関連を調べたところ、いずれも関連はなく、筋力の低下はありませんでした。これは、宣言下においても図22)のフローによる介入を制限せず継続したことが功を奏したことと、対象患者の多くが数年以上にわたり、定期的な運動指導を受けていたことから、身体機能を低下させないための自己管理が定着していた可能性も考えられ、日ごろからの運動習慣の重要性を示唆しているといえます。

図2 透析患者に対する身体機能と身体活動量の定期的評価・運動療法のフローチャート(文献2 を参考に作成)
column ~冬の災害への備え~
筆者は、2018年9月6日に最大震度7を記録した平成30年北海道胆振東部地震に起因する日本初となるブラックアウト(大規模停電)を経験しました。まだ9月であったため、暖房は必要ありませんでしたが、これが冬場であればどうだったかと考えるととても恐ろしいです。札幌市のホームページ内には「ジャンパーやスキーウェアなどの防寒着や使い捨てカイロなどを非常持ち出し品の中に入れておきましょう」という一文があります3)。日ごろからの備えが重要であることは理解できますが、このとおり準備すると非常時持ち出し品の中にスキーウェアを常備しておくだけの大きなカバンが必要となり、総重量も重くなります。高齢夫婦の場合では、たくさんの防寒具や飲料水などを自力で持ち出すことは困難だと考えます。幸い、筆者は健康であり多少力があります。これを機に、すこし多めの防災備品を準備しようと思います。
【引用・参考文献】
1) 冨岡正雄ほか.大規模災害における災害時要配慮者への対応:特に身体障がい者への対応について.総合リハビリテーション.45(12),2017,1185—90.
2) 松永篤彦ほか.血液透析患者におけるCOVID—19 パンデミック宣言前後の身体活動量,身体機能,体組成および抑うつ症状の変化.日本腎臓リハビリテーション学会誌.1(1),2022,39—45.
3) 札幌市.冬の防災.(https://www.city.sapporo.jp/kikikanri/higoro/iza/winter_sonae.html,2022 年12月閲覧).
4) 山川智之ほか.危機管理委員会報告:透析災害対策のアップデート.日本透析医学会雑誌.54(7),2021,329—36.
5) 内田正剛.熊本地震における支援活動.作業療法ジャーナル.51(3),2017,206—12.
社会医療法人医翔会札幌白石記念病院 血液浄化センター 室長/透析看護認定看護師
「透析ケア」2022年29巻3号より再掲
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