はじめに
私は、透析歴36年になる患者です。これまでの長い透析生活においては、地震をはじめ、大雨・大雪などといった災害を何度も体験しましたし、今般の新型コロナウイルス感染症(coro-navirus disease 2019;COVID—19)の感染拡大も、ある意味で災害の部類に入るかもしれません。とくに、透析中に地震が起こった際には、こわい思いをするものです。
医療者は患者のためにさまざまな対策を講じ、各クリニックにおいては具体的に災害時・平時の対応や備えについてマニュアルを作成し配布したり、防災訓練を実施したりしています。
本稿では、患者の立場から思う災害対策において「患者が知っておくべきこと」「医療者に知っておいてほしいこと」「医療者と患者、双方が知っておくべきこと」についてお伝えします。また、私が所長を務めているWEBサイト「じんラボ」1)では、さらに詳細な災害に関する情報を揭載しているので、よろしければそちらも参考にしてください。
患者が知っておくべきこと
災害に対して、患者が備えることはいろいろありますが、平時または透析中と仮定して、「いま、この瞬間に大きな地震などの災害が起こったとしたら、何をするべきか?」と自問自答してみましょう。平時と透析中では答えが大きく変わると思います。
平時であれば「どこに連絡するべきか」「避難所で生活するとなったら食事はどうするのか」「薬はどうするのか」など、いろいろ考えることがあるのではないでしょうか。それに対して、しっかりと対応できるかどうかのイメージトレーニングを行い、不足している知識・物資などの準備をととのえることが大切です。各クリニックから患者に配布されている「災害時対応マニュアル」をしっかり読み込んだり、いつでも見られる状況にしておく必要があります。
そして常日頃から、食事・水分などの自己管理をしっかり行うことが災害時にも活かされること(図1)1~3)、(表)1)、避難所などで生活することになった際には、透析患者であることを周りに伝えること、意識を失った際にも伝えられるように、自身の透析療法について記したものを携帯すること(図2)1)などが大切です。



医療者に知っておいてほしいこと
災害が起こったときは誰でも動揺しますし、慌てます。とくに透析患者は「透析が受けられなくなってしまったら命にかかわる」という危機意識が強くはたらくため、パニックに陥りがちです。
各施設においては「災害時対応マニュアル」を作成していると思います。その周知の徹底はもちろんですが、防災訓練を実施することはとても大切です。その際は、透析のクールごとに行い、最低でも年に1回は患者が防災訓練を経験できるようにすることが必要です。
透析中または平時に災害があった際、患者がどう行動すればよいかをしっかりと理解しているかどうかが肝心ですが、多くの患者は「医療は受けるもの」という意識をもっており、それが身についてしまっています。そのために、災害に遭い慌てた状態であっても、「指示を待つ」という受け身の姿勢の患者も少なくありません。常日頃から、コミュニケーションをとおして患者の理解度を確認し、「自分ごと」としての意識づけをくり返し続けていくことが必要です。
医療者と患者、双方が 知っておくべきこと
これは災害に限ったことではありませんが、患者が週3日通院し、1回4時間以上の治療を続ける「透析」という医療においては、医療者と患者が多くの時間を共有します。そういう意味でも、透析の医療現場は医療者と患者の双方がつくっているという意識をもつことがとても大切です。
透析医療においては、「患者協働の医療」の考えかたを日ごろから醸成していくことが、災害時の行動でも、医療者と患者のチームワークとして活かされるのではないでしょうか。
column ~災害を体験して~
2011年3月11日14時46分。東日本大震災発生の瞬間、私は透析施設に向かう民間バスの中にいました。
走行中だったバスは、バス会社からの無線の指示で、次のバス停で止まりました。すると、バス車両のクッションのせいもあってか、かつて経験したことのない揺れに襲われました。そしてなにより驚いたのは、車内から外に目を向けたときに見えた、高層マンションが左右にグネグネと曲がるように揺れている光景でした。それはもう衝撃でした。
揺れが収まりすこしたった後、バスが発車し透析施設に行くことができましたが、その日の透析は中止となり翌日に延期されることになりました。その後、「今後しばらくは、4時間の透析はできないかもしれない」と医療者から話があったと記憶しています。
その後、東京都内では地域ごとに、「計画停電」が行われることになりました。すべてが当初の計画どおりには行われずに、回避された部分もあると思いますが、その報道があった際には「透析はちゃんと行われるのだろうか?」と、とても不安になったことを覚えています。そして同時に、ふだん透析が受けられているのは、決して当たり前のことではないのだということを、感謝とともに身に染みて理解しました。
これまでも、透析中の地震の経験はありましたし、透析施設での防災訓練に参加はしていましたが、やはり人は強烈な体験をしないと、なかなか自分ごととしてとらえられないということを思い知った体験でした。
【引用・参考文献】
1) じんラボ.災害時と透析:災害時の薬・食事の管理.https://www.jinlab.jp/basic/other_3disaster_3intake.html(2023年4月閲覧).
2) 日本腎臓学会編.慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版.東京,東京医学社,2014,48p.
3) 東京都福祉保健局.“第3章 透析患者用マニュアル(防災の手引)”.災害時における透析医療活動マニュアル(令和3年5月改訂版).https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/r305_saigaitousekimanual_4_3syou(2025年3月閲覧).
一般社団法人ピーペック 代表理事
「透析ケア」2022年29巻7号より再掲
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