CASE008:もともと仲が悪かった夫婦|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

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CASE 008 
81才男性

前回、レビー小体型認知症のケースでしたが、今回も同じ病気です。

レビー小体型認知症というのは、アルツハイマー型認知症とは違うタイプの認知症です。1976年に、日本人の精神科医、小阪憲司医師が発見しました。幻視やパーキンソン症状が出ることが多く、もの忘れが目立たないのが特徴です。

また、アルツハイマー型認知症では、早いうちから病識欠如といって、自分がもの忘れをしている自覚がなくなるのですが、レビー小体型認知症では、自分にいろいろな症状が出ていることを自覚していることがあります。

軽症の場合には、薬で症状が良くなると、普通の社会生活が送れる人もいます。しかし、進行して重症になってくると、社会の中で生活するのがどんどん難しくなってきます。

「幻が見えます」と訴える

X年、インターネットで当院を検索したと、娘に付き添われて当院を初診されました。初診時の診察室で、何が困っているか尋ねると、本人がこう言いました。
「幻が見えるのです。多くが、見間違えです。誰かがいるように見えて、イライラしてしまい、追い出そうとしてしまうようです。自分では覚えていませんが、家族に『壁を叩いていた』と言われて驚きます」

MMSE14点でした。30点満点の簡易な認知機能検査です。アルツハイマー型認知症の人が14点だと、やや重度の状態になっており、日常生活動作に支障を来して、在宅生活が難しい状態です。

できなかった項目は、時間や場所の見当識、文章が書けない、図形が認識できないなどがみられますが、遅延再生という、三つの言葉を覚えて後から思い出すという、短期記憶を見る項目で満点が取れています。

小銭が数えられない、薬を飲み忘れる、季節に合った服装が選べない、やたら重ね着をする、パジャマに着替えないで寝るなどの、通常の認知機能低下に伴う症状もあります。「ここは自宅ではない。家に帰る」と言い出すこともあります。ところが、症状に波があり、正気に戻るとこれらの症状がなくなります。買物や通院は1人で行けます。

アルツハイマー型認知症ではないと思いました。

これまでの経過

本人は生来、内向的な性格でした。娘の話では、もともと仲が悪い夫婦だったとのことでした。
X-2年、夜中になると、「トラが襲ってきた」「台所に女性が2人立っている」などと訴え、壁や床を叩いて追い出そうとする行動が見られるようになりました。内向的でおとなしい人だったのに、けんか腰で怒りっぽい性格に変わりました。

X-1年、金銭に執着するようになり、「妻がお金を盗んでいるのでは」と、疑うようになりました。もともと妻と仲が悪かったので、すぐに夫婦げんかになり、妻に対して、殴ったり蹴ったりするようになりました。お金を盗まれていないか心配で、いつも、お金を数え続けるような行動がみられます。

それとはまた別に、夜中に、テーブルを持ち上げて、壁に叩きつけるような奇行が出現しました。「仕事に行く」と言って、商売道具をリュックに詰めて出て行こうとしたり、「引っ越す」と言って荷物をまとめるなどの行動が出ました。夜中の行動については、朝になるとまったく覚えていません。

X年、今までは、おかしなことを言うのは夜中だけだったのですが、日中にも、「部屋の中に子どもや大人の姿が見える」「手押車を引いたおばあさんが、お金を盗み、押入れに入っていく」と言うようになり、今までできていた、お風呂の準備ができなくなりました。

このため、妻や娘が心配して、当院初診となりました。

レビー小体型認知症特有の症状が現れる

本人の訴えのなかで、幻視の自覚があり、これはレビー小体型認知症に特徴的な症状です。自覚があるのです。

「見間違え」と表現している症状は、「錯視(パレイドリア)」と呼ばれるもので、見たものが別のものに見えてしまう症状です。

心霊写真というものがありますね。日光の華厳の滝の写真を撮ったら、「滝の中に人の顔が見える」と言う人がいます。三つの点があると、二つが目、一つが口に見えてしまい、「顔がある」ということになってしまいます。見える人には見えるというものです。

レビー小体型認知症では、この症状が強くなり、無造作においてある洋服が人が寝ているように見えたり、壁にかけた洗濯物が人が立っているように見えます。すごくリアルに見えるので、そのときは本物だと思ってしまいます。

レム睡眠行動異常症

また、このケースの場合は、レム睡眠行動異常症も伴っていました。
「自分では覚えていませんが、家族に『壁を叩いていた』と言われて驚きました」
この発言は、レム睡眠行動異常症のことでした。

通常人間の睡眠は、浅い眠りから深い眠りに入り、再度浅い眠りになったときに夢を見るという周期を繰り返します。この周期が約1時間半です。4回から5回の周期を繰り返し、最後に目が覚めます。

夢を見ている状態が、レム睡眠です。レム睡眠では、眼球運動以外は抑制されており、全身の力が抜けている状態になっています。夢の中の行動は、脳の中だけで行われており、体が動くことはありません。

レム睡眠行動異常症というのは脳の病気で、レム睡眠中に体が動いてしまうことをいいます。軽症では、寝言を言ったり叫んだりしますが、体は動きません。重症になると、いわゆる夢遊病の状態になり、夢の中と同じ行動をしてしまいます。本人は睡眠中で夢を見ている状態なので、後で記憶に残っていないことが多いです。

確定診断をつけるために、 MIBG心筋シンチを予約しました。心臓の交感神経機能を調べる検査で、レビー小体型認知症では100%近くの人に異常が出ます。検査の結果が出るまで、睡眠を改善して、イライラや不安感を取るための漢方薬、抑肝散を処方しました。

治療に取り組むうち、問題点が徐々に明らかに

MIBG心筋シンチを行ったところ、心臓交感神経機能が著しく低下していることがわかり、レビー小体型認知症であると確定診断されました。

次の来院時は、1人で来られました。予約をした日ではなく、薬を早く飲み終わってしまったと言って、突然の来院でした。一見普通の人に見えるので、診察中も違和感なく対応しました。しかし、薬を早く飲み終わってしまったのは、認知機能低下による過量服薬と考えられました。飲んだことを忘れてまた飲む、ということです。「家の中に人が沢山見える。全然治まらないで、困っている」と、訴えます。

漢方薬の効果が不十分だったので、アリセプト®を処方しました。レビー小体型認知症では、錯視や幻視、もの忘れなどの症状に、アリセプト®は非常によく効くケースがあることが知られています。少量の投与で、ほぼ正常に戻ることもあります。

まずは初期用量の、弱いものを処方しました。

その数日後、今度は娘と一緒に「薬が早くなくなった」と言って来院しました。1日1回飲むところを、2回飲んでしまったということでした。幸い薬の副作用はありませんでしたが、今後は家族が薬を管理するように指導しました。

アリセプト®を飲み始めてから、「最近は台所に人が入って来ない」と、錯視が落ちついてきたと考えられました。また、レム睡眠行動異常症も落ちつき、頻度と程度が改善し、夜中に暴れ出すことがなくなりました。ときどき、「馬の面倒を見る」と言って軍手に作業着姿で出て行こうとしたり、「田舎の姉を迎えに行く」と言って着替え出すなどの行動がありますが、すぐに治まるようになりました。

もの盗られ妄想は残りましたが、家族と相談し、少量のお金を毎日上げるようにしたら、金銭への執着が改善しました。

半年ほどが過ぎ、小康状態かと思っていた矢先、娘が1人で相談に来ました。
「もの忘れ症状に対して、がみがみ怒るので、お父さんがイライラしてしまって喧嘩になります。認知症なのだから、言わないようにとアドバイスしても、聞いてくれません」
というのです。

妻がうまく接することができない原因を探るため、その次に来院したときに妻のMMSEも行いました。すると、21点に低下していました。妻にも明らかな記銘力障害があり、すでに認知症の初期~中期の段階に入っていました。

診察時に「薬の残りはありますか」と聞くと、妻は「残っているようです。でもよくわからないです」と答えます。いわゆる認認介護です。

エスカレートする暴力

その後、服薬管理や金銭管理はすべて娘に行うように指導しました。
娘の負担が増えました。

娘は仕事があるので、日中は夫婦2人で過ごしています。2人の時間に夫婦げんかが多くなり、夫が妻に暴力をふるうことが頻繁になりました。娘が帰宅すると「夫に殴られた」と言うので、妻の体を見ると、顔面や肩などに内出血、引っかき傷がみられます。妻が夫のもの忘れを指摘したり、できないことをたしなめたりしているようでした。

激しい口論の末、夫が家を出て、近隣の家に飛び込むなどして、警察が呼ばれたこともありました。警察官に呼び出されて、娘が職場から慌てて帰宅すると、自宅では本人が警察官にお茶を出すなどして、愛想よく対応しています。

本人に対して、おかしな行動をしても注意しないように、再三指導しましたが無理でした。

入院も勧めましたが、この頃、娘自身が病に倒れ、本人を入院させる手続きなどもできる人がいなくなり、難しくなってしまいました。地域包括支援センターに連絡し、虐待事例として介入してもらうことにしました。

とりあえずの対策として、やむを得ず、抗精神病薬を開始しました。リスパダール®の少量投与を開始しました。

X+1年、リスパダール®のお蔭で情緒は安定し、妻にガミガミ言われても言い返さなくなり、ボーっとしています。認知機能は低下し、トイレの場所がわからずウロウロして、家の外で排便してしまうようになりました。

また、汚れた下着を近隣のポストに入れてしまうことなどがあり、苦情が来るようになりました。しばらくすると、薬の副作用で流涎がみられるようになり、便秘も出現しました。日中傾眠となり、尿失禁もします。明らかに認知機能が低下し、本人の状態は悪くなっており、家族に相談の上、薬を減量しました。

妻が本人に対して高圧的に接してしまうことはあらたまらず、娘も自分の体調が悪いので、心に余裕がなくなり、本人に対して厳しく接するようになりました。言うことを聞かないと、妻も娘も本人の頭部を叩いたり、引っかいたりするようになってしまいました。

診察時に、本人の頭頂部に、妻に引っ掻かれた傷が認められたり、娘に殴られた傷跡も一度見られました。

家族と引き離し、穏やかに暮らせるように

ケアマネジャーが動き、ショートステイを手配しましたが、施設内を徘徊し、スタッフが制止すると暴力を振るいます。すぐに退所せざるを得なくなりました。

当院のほうから、再度、抗精神病薬の増量を提案しましたが、ケアマネジャーの提案で、いつも利用しているデイサービスの宿泊サービスを利用してみました。

デイサービス内でも、レム睡眠行動障害によると思われる夜間の徘徊が認められ、トイレ以外の場所での排泄などがみられましたが、日中いつも利用しているデイサービスだったので、職員が対応に慣れており、本人は徐々に落ち着き、問題行動といえるほどの症状はなくなってきました。

また、本人をよく見ているスタッフから、「便秘をしているときに、落ち着かなくなり、夜間ウロウロしているようだ」との意見がもらえたので、さっそく下剤でコントロールしたところ、不穏にならなくなりました。

自宅に帰ると暴力の応酬が再燃すると思われたため、そのまま特別養護老人ホームを申し込んでもらいました。虐待事例ということで優先順位が高くなり、2カ月ほどデイサービスに宿泊した後に無事に入所できました。

2カ月デイサービスで過ごしていたあいだに、攻撃性などはすっかり治まり、そのまま特別養護老人ホームで穏やかに暮らしています。

1年ぐらいのあいだに、1人で通院できていた人が、特別養護老人ホームに入らざるを得なくなったケースです。認知症の種類や進行、そして家族の接し方によっては、このようなこともあるのです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。