病院で働き始めてすぐに、看護助手業務としてオムツ交換をするようになりました。自分でも早くできるようになりたいと焦ってしまうなか、「若いんだから、ゆっくり覚えていけばいいのよ」という先輩の言葉に救われます。学生時代から、刺激に敏感だからこそ、自ら想定外を経験を選んで努力してきたことによって、仕事も日常生活も普通に送れるようになったものの、本当は周りの理解や配慮があれば、同じような息苦しさを感じている人もその特性を持ったまま生きられるのにと考えています。

▼バックナンバーを読む

雨粒の音に癒されて

病院勤務を始めてしばらくすると雨が降ることが多い時期となり、毎朝カッパを着て、メガネがびちょびちょで前が見えなくなりそうになりながら通勤していました。

カッパは林業学生時代に使っていたモンベルのゴアテックス素材のものです。山登り用に作られたものだから、自転車をこぐと風でフードが外れて、髪の毛がびちょびちょになってしまいます。それでもなぜだか気分は下がらずに通えていました。

季節が変わると体調やメンタルの変動を起こしやすいのですが、仕事を始めたばかりで気が張っていたこともあってか、変化はありませんでした。

カッパを着て自転車をこぎながら、通勤路にある雨に濡れた木や土の匂いを嗅いだり、体にダイレクトにあたる雨粒の音を聞いたりすることに癒されていたようにも思います。

昔は濡れるのが大の苦手だった

小学生の頃、雨で靴の中が濡れることや服が濡れることに強い気持ち悪さがありました。触覚過敏もあってか、雨の日に壁にぶつかってしまって感じる湿った感触がとても嫌いでした。

一度不快な感触を経験してしまうと、自分ではコントロールできない嫌な気持ちが湧き上がってくるため、できるだけ穏便に過ごせるように、不快な気持ちにならないように、集中して過ごしていました。

子ども心に水たまりに入りたいなと思っても、濡れたら着替えないといけないし、効率的に生活できないからやめようと思っていた気がします。

高校生になっても濡れるのが嫌で、いつも長靴を履いて登校していました。周りでは長靴はダサイという風潮がありましたが、自分の機嫌を崩さないためにはオシャレさよりも自分をコントロールするための利便性を優先しました。とても歩きづらかったですが。

農林大学校で当たり前になったカッパ

農林大学校で学んでいたときは、濡れて自分の機嫌が崩れても、自分で修正するだけの時間の余裕があったので、雨で髪の毛がびしょびしょになることも、カッパを着てても服が湿ってしまうことも、全部受け入れられました。小学校から看護学校を卒業するまで、そんな気持ちの余裕はなかったのです。

農林大学校の生徒は、少しの雨では傘をささない人が多くいました。濡れても放っておけば乾くじゃんみたいな発想の人がほとんどです。

いちばん驚いたのは、土砂降りで雨音が凄まじい日に、傘もささず教科書を抱えて外を歩いていた同級生に会ったときです。私はびっくりして「大丈夫?」と声かけたら、逆に「なんで?」みたいな顔をされました。いままでの私の常識はここでは通用しないのだと、カルチャーショックを受けました。

林業の授業は、雨でも外で実習を行います。カッパにヘルメット、そして長靴というのが通常の服装となりました。最初は、じめっとした空気感が気持ち悪かったのですが、徐々にそれが当たり前になり、雨の日を楽しめるようになりました。

カッパをよく着る人にしかわからないかもしれませんが、トトロとメイちゃんがお父さんの帰りをバス停で待っているときに聞こえる「パチパチパチ」という、雨粒が傘に当たるような音が本当に耳の近くで聞こえるのです。映画のなかでメイちゃんは「パチパチパチ」という音を喜んでいますが、私も同じような気持ちになります(笑)。

この連載の「#010|自分らしさの抑制と開放」でも私のリラックス方法について書きましたが、その1つに「水たまりに入ってみる」っていうのもあります。小さいころからがまんしてきたぶん、後のことを考えずに水たまりに入れることが、いまはとても幸せな時間に感じています。

なので、病院で働き始めたころ、木がたくさんあるなかを通って、雨の音も匂いも感じて通勤しながらリラックスできた環境は、とても幸運に思えます。

看護師の仕事を始めるのはまだ先でいい

看護助手業務にまだ慣れていないと感じていたころ、「早く看護師業務したくないの?」と主任さんに尋ねられました。私が「まだ便のおむつ交換に慣れてないので、いろいろできるようになってからですかね」と答えると、主任さんは笑いながら「前向きね〜」と言いました。

私からすると、まだまだ助手業務で学ぶことがあるのに学びきれていないなかで、看護師の業務に入るのは怖い気持ちがありました。ですが、看護師免許を持った人が助手業務から仕事することは異例なので、他の看護師さんからは「看護師免許があるのにかわいそう」とか「もったいない」という声もあったそうです。

私は助手業務から始めたことが精神的安定につながっていたので、そのころはまだまだゆっくりじっくりしっかり助手業務をやっていきたいなと思っていました。

ところが、意外と早く看護師業務をすることになりました。そのときは、突然にやってきたのでした。

プロフィール:まめこ
5年一貫の看護高校卒業後、林業学校に進学。現在は、病院と皮膚科クリニック のダブルワークをしながら、発達障害を持っていても負担なく働ける方法を模索中。ひなたぼっこが大好きで、天気がいい日はベランダでご飯を食べる。ちょっとした自慢はメリル・ストリープと握手したことがあること。最果タヒ著『君の言い訳は、最高の芸術』が好きな人はソウルメイトだと思ってる。ゴッホとモネが好き。夜中に食べる納豆ごはんは最強。


▼バックナンバーを読む