今 明秀
八戸市立市民病院 院長、臨床研修センター所長

学生時代よりへき地医療を志し、大間病院での勤務を経て、外科医を目指した。救命救急を日本医大と川口市立医療センターで学び、ERについては林寛之教授、箕輪良行教授から教わった。2004年より八戸市立市民病院救命救急センターで、病院前、ER、手術・IVR・ECMO、集中治療、総合診療、リハビリ、解剖、臓器提供まで完結できる仕組みを作った。2017年より現職。
(2020年執筆時点の内容です)


死の危険に瀕している患者を目の前にして、診察、アセスメント、手技を正確に迅速に流れを乱さないでやり遂げたい。失敗なく首尾よくやり遂げたい。そして劇的救命をしたい。患者と家族から感謝されたい。達成感を得たい。そんな医師になりたいと思っています。そんな救急看護師になってほしいと思います。

臨床で「折れない心を身に付ける」

折れない心は「何事にも動じない頑丈な心」ではなく「何事もしなやかにこなしていく柔軟な心」です。折れない心を獲得するためには修羅場(逆境)を数多く経験することが重要です。しかし、成熟した社会では修羅場経験の機会が少なくなっています。研修医制度が確立されて危険が回避されているのです。人が成長するために必要な修羅場経験に今も昔も大きな違いはないとすれば、現代では医師の成長が遅れることになります。

解決法はあります。守られているうちに数少ない修羅場を拾いにいくのです。どちらでもいい選択肢なら、進んで厳しい方を選ぶのです。カンファランス、回診で質問、意見を言うことも修羅場経験になります。

学会で「折れない心を身に付ける」

修羅場経験は学会、研究会でたくさんできます。発言、発表するには勇気が必要です。学会や研究会で発表するのです。大学の教官は言います。「何か新しい知見がないと発表に値しない」。それは、医学発展のためです。自分の修羅場経験のためなら「発表に値しない」でも十分に役立つのです。学会では質問を受けます。逆に質問することもあります。自分と他人の意見が違うことも多いです。その時は、相手の意見を受け入れる寛容さも必要です。

学会などで、目上の有名な医師と話をすることも修羅場体験になります。声を掛けづらい場面で役立つのが名刺です。社会人になったら自己紹介するために名刺を作る。それは礼節の第一歩です。

「自分のためだった、に気付いてもらう」指導

古い時代の中国の書物に由来するらしいのですが、『小医は病気を治し、中医は患者を治す、大医は社会を治す』という言葉があります。初めて知ったのは15年前で、某病院の研修医教育に招かれたときに壁に貼られていたポスターでした。若い医師は目の前の患者の病気やケガを治そうと努力します。病気のことを必死に学びます。あるものは病気を解明する研究をします。それが小医です。やがて経験を積んでくると、患者の病気だけでなく、その背景にあるものにまで心を砕く中医になります。患者の独居やアルコール依存などの問題を解決しようとします。患者が退院した後にどう過ごすかなどを考えます。それが中医です。さらに一段階進み、社会全体の医療について深く広く考え、必要な新しい仕組みやルールをつくろうという方向に目を向けるようになる医師が大医であると、私は解釈しています。

多くの救急医は手技の習熟、論文の完成、救急部長を務めることなどをキャリア形成と考えています。実はこれらはすべて自分のために経験値を上げることであり、病気やケガを治す小医です。小医を極めるとそこで、大半の医師は「自分はすごい」と勘違いします。本当は「自分のためにやった結果。みんなに協力してもらった」と気づけば、患者への感謝、職員への感謝の気持ちが芽生えるのです。それが中医です。さらに社会、国家への感謝と発展すれば大医です。

しかし、すべての患者に中医として接するのは時間的には不可能です。中医として向き合う患者と小医として対応する患者を分けるのです。そのように指導しています。

成熟した救急医には大医の役割が増します。救命救急センター長はまさに、病院の救急問題を解決する、その地域の社会問題を解決する、次世代の医師を育てるoff the job training を主催するなどの役目を負います。他の診療科では、ベテラン医師になっても小医だけでもやっていける場合もありますが、救急医は小医、中医、大医と成長する必要があるのです。


「この患者には中医を目指せ」と説明しています。


本コラムは『Emer-Log(エマログ)』の2020年年間購読限定の特典として刊行された『デキる救急医・救急看護師の3つの習慣』からの再掲載です。

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Emer-Log(エマログ)とは?
チームで読める、救急看護の専門誌。二次救急や救命救急センターなど、さまざまな場での患者さんの評価、初療対応を取り上げます。救急看護を深めたいあなたへ、「自己学習」と「後輩指導」に役立つプラクティカルな知識をお届けします。
本誌:隔月刊/増刊:年2冊刊行

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5 JRC蘇生ガイドライン2020:脳神経蘇生(NR)
6 外傷病院前救護ガイドライン(JPTEC)
7 外傷初期診療ガイドライン(JATEC)
8 外傷初期看護ガイドライン(JNTEC)
9 頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版
10 急性腹症診療ガイドライン2015
11 急性膵炎診療ガイドライン2021
12 急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン2018
13 急性中毒標準診療ガイド
14 日本版敗血症診療ガイドライン2020
15 ①熱中症診療ガイドライン2015
②新型コロナウイルス感染症流行下における熱中症対応の手引き(第2版)[医療従事者向け]
16 日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン(J-PADガイドライン)
17 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
18 2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン
19 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
20 ARDS診療ガイドライン2021
21 成人肺炎診療ガイドライン2017
22 脳卒中治療ガイドライン2021
23 救急・集中ケアにおける終末期看護プラクティスガイド

定価:2,970円(税込)
刊行:2023年3月
ISBN:978-4-8404-7972-1

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