森村尚登
帝京大学 医学部 救急医学講座 主任教授

医師。専門は救急医学、集中治療医学、災害医学。1986年横浜市立大学医学部卒。横浜市立大学大学院医学研究科救急医学主任教授、東京大学大学院医学系研究科救急科学分野教授を経て、2021年より現職。
(執筆内容は2020年時点のものです)



何が「デキる」のか、がわからないまま引き受けてしまった。行きあたりばったりでやってきた奴の「日々心がけていること」が、はたして若手諸氏のモチベーションアップや将来展望につながるのか。甚だ不安だが、それでも何かの役に立つかもと思い、つらつらと書いてみたいと思う。

常にワーストシナリオで考える

『常にワーストシナリオで考える』。臨床に係る習慣はこれに尽きる。

──「術後の発熱は反応熱じゃない、まずリークの有無を確認せよ」

例えばこのような話である。「手持ちのカードは5枚持て」などと言われることがあろうかと思う。この言葉の意味するところも同じである。「まさか!」という「坂(さか)」を転げ落ちてはいけない。「人生は前向きに、病態考察は後ろ向きに、常に最悪を考える」、がモットーである。

「聞いていない」をなくすドレッシング

『「聞いていない」をなくすドレッシング』。これが協働に係る大事な習慣の一つである。

──「えー、聞いてないよー!」

よく看護師さんに怒られた。「絶対に断らない」の精神の下、ホットラインを次々と受け入れていた時のこと。確かに聞いてない。でも言う暇もなかった。緊急度が高い、すなわち重症化するスピードが速い病態に対応する救急医療において、「時間」は重要なカギである。限られた時間でいかに情報を、組織間、部門間、職種間で継ぎ目なく繋ぐのか。いかにその情報をしっかりと関連する全ての人に「舫う」のか。私たちの喫緊のテーマである。目指すべきは、努力しなくても互いに情報が共有できるシステムの工夫と、「聞いていなくてもやる!」といった文化の熟成である。前者は日々の業務の見直しと産官学連携によるテクノロジーの導入で実現が可能である。後者はどうか。文化の熟成は一足飛びには実現できない。そこで『「聞いていない」をなくすドレッシング』の登場である。「振れば美味しいドレッシング、振らなきゃただの酢と油」。ドレッシングは協働と連携に必要なエッセンスである。

──「消防と救急はフレンチドレッシングのようなものだ。ほっとけばすぐにビネガー(酢)とオイル(油)に分離する。だからいつも振っておく必要がある。そして、振れば振るほどうまく(美味く)いく」

これはフランスの院外救急医療支援組織(SAMU)システムの伝道師、ミゲール・マルチネス・アルモイーナ教授の1997年の言葉。病院の中も然り。チーム医療に、連携、協働。リーダーシップにフォロワーシップ。そもそも異なる個と個の集団。職種変われば興味も違う。そんな中での多職種体制。ひとつ違えば失う命。情報共有がカギとは言うが、実践するのはむずかしい。混ぜれば発揮する力。互いに方向違えれば、常に分かれるリスクあり。振れば美味しいドレッシング。振らなきゃただの酢と油、振り続ければもっともっと協働がうまく(美味く)なる。

マルチネス教授の言葉には続きがある。

──「男と女(の関係)も同じだ。」

不作為せず、気づき、創る

『不作為せず、気づき、創る』。これを念頭に置いてシステム研究に多く関わってきた。「できるのにやらない」すなわち「見て見ぬふりをする」のが他者支援の不作為。これに気づくと解決策を創らなくてはいけない。多くはゼロからだ。かなり厳しいプロセスであることが多いが、突き詰めれば必ず突破口がみつかる。物事は「立方体」のごとく。一瞥では見えない面も裏に回れば見えてくる。見方を変える。視座を変えると視点も変わる。「作る」のではなく、ゼロから「創る」ことを意識する。そうすると、結果はどうあれ結構楽しい。

それではみなさん、またどこかで。


本コラムは『Emer-Log(エマログ)』の2020年年間購読限定の特典として刊行された『デキる救急医・救急看護師の3つの習慣』からの再掲載です。

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Emer-Log(エマログ)2023年2号


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本誌:隔月刊/増刊:年2冊刊行

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8 外傷初期看護ガイドライン(JNTEC)
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10 急性腹症診療ガイドライン2015
11 急性膵炎診療ガイドライン2021
12 急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン2018
13 急性中毒標準診療ガイド
14 日本版敗血症診療ガイドライン2020
15 ①熱中症診療ガイドライン2015
②新型コロナウイルス感染症流行下における熱中症対応の手引き(第2版)[医療従事者向け]
16 日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン(J-PADガイドライン)
17 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
18 2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン
19 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
20 ARDS診療ガイドライン2021
21 成人肺炎診療ガイドライン2017
22 脳卒中治療ガイドライン2021
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定価:2,970円(税込)
刊行:2023年3月
ISBN:978-4-8404-7972-1

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