今回から、用手換気装置の選びかたについて説明していきます。
総称として、「用手換気装置」という名称を筆者は使用していますが、皆さんはあまり使っていないのではないかと思います。
医療の現場で一番多く呼ばれているのが「アンビューバッグ」ではないかと思いますが、これは正式名称ではありません。
救急カートには必ず入っている「アンビューバッグ」と呼ばれる用手換気装置ですが、どのような場所でも呼吸の代行もしくはサポートができる装置です。
なぜ「アンビューバッグ」と呼ばれているかというと、自然に(自動的に)バッグが膨らんでくれる構造になっているので、どこでも使用できる蘇生用換気装置としてアンブ(Ambu)社が開発した装置だからです。
アンブ社が作ったバッグということで、Ambu bag(アンブ・バッグ)と呼ばれ、これがいつしかアンビューバッグと呼ばれるようになったのです。
この用手換気装置は、さまざまな名称で呼ばれています。
●バッグ・バルブ・マスク、BVM(日本救急医学会:ICLS〔蘇生〕コース)
●バッグ・マスク(AHA〔アメリカ心臓協会〕:BLS〔蘇生〕コース)
●自己膨張式バッグ(日本周産期・新生児医学会:新生児蘇生法インストラクターコース)
●手動式肺人工蘇生器(診療報酬)
●救急蘇生バッグ
●緊急蘇生バッグ
以上が、筆者が知っている名称です。
皆さんの施設では、どのような呼びかたをしているでしょうか。
現在もアンブ社は自社製の用手換気装置を販売しているので、これはアンビューバッグと呼んでも良いと思います。ですが、アンブ社以外が製造販売している用手換気装置をアンビューバッグと呼ぶのは正しくありません。
また、救急蘇生バッグや緊急蘇生バッグのように、救急現場や蘇生の場面だけで使用されるわけではなく、患者さんが安定した状態でも使用されるので、筆者は、この2つの名称はあえて使用しないようにしています。
ということで、今回は「バッグ・バルブ・マスク」と呼んでいきます。
用手換気装置で忘れていけないのが、「ジャクソンリース」です。
ジャクソンリースは、バッグを膨らませるための駆動用ガスが必要です。酸素配管や酸素配管がある場所であったり、酸素ボンベなどが必要になったりするため、どこでも使用できるバッグ・バルブ・マスクとは機構が異なります。
新生児蘇生法では「流量膨張式バッグ」という名称を使用していますが、ジャクソン・リース(Rees,GJ)さんが開発した用手換気装置としてジャクソンリースが正式名称として使用されていることが多いと思います。
バッグ・バルブ・マスクとジャクソンリースには、それぞれにメリットとデメリットがありますが、自然にバッグが膨らんでくれるというメリットから、在宅医療ではバッグ・バルブ・マスクが選択されることが多いです。
呼吸機能に病気をもっている患者さんが在宅医療を行うとき、特に人工呼吸療法を行う患者さんでは、バッグ・バルブ・マスクを自費購入していただき、ご家族に練習してもらってから退院してもらうようにしていました。
しかし、全国的にみて、必ずバッグ・バルブ・マスクが在宅に持ち帰られていたかというと、そうではなかったようです。
2011年の東日本大震災の後に、診療報酬の人工呼吸器加算において、「療養上必要な回路部品その他附属品(療養上必要なバッテリー及び手動式肺人工蘇生器等を含む。)の費用は当該所定点数に含まれ、別に算定できない。」という文章が追加されました。
東日本大震災などの災害に対して、停電が起こった場合に対応するために、人工呼吸器を使用する患者さんには、外部バッテリーとバッグ・バルブ・マスクを人工呼吸器の装置加算の中で提供しなさいという決まりを作ったのです。
したがって、外部バッテリーやバッグ・バルブ・マスクの費用を、患者さんやご家族に負担させてはいけないということです。
実は、この診療報酬の決まりを医療従事者が知らないことが多いので、まだまだバッグ・バルブ・マスクを自費購入してもらっていることがあるのです。
もちろん、人工呼吸器のレンタルを行なっている企業は、この診療報酬の決まりについて知っていますが、病院などの施設から外部バッテリーやバッグ・バルブ・マスクに関する依頼がなければ提供しません。
なぜかというと、企業には外部バッテリーやバッグ・バルブ・マスクの提供をするためにはコストがかかるため、レンタル料を上げなければなりませんし、病院はできるだけレンタル料を安くして、薄利でも赤字を出さないレンタル料にまで下げなければならないという現実があるためです。
在宅医療において、「バッグ・バルブ・マスクを含む用手換気装置の費用を、患者さんやご家族に負担させてはいけない」ということを国が決めていますので、病院などの施設は、この診療報酬に応じた対応をしなければならないことを知っておきましょう。
在宅医療を開始するときにバッグ・バルブ・マスクを提供するのはもちろん、患者さんの成長に合わせて大きいサイズのものを提供することや、壊れてしまった、汚れがひどくなったなど、使用に対して問題が生じたときにも無償で提供しなければなりません。
今回は、在宅医療で使用される用手換気装置(バッグ・バルブ・マスク)の費用は病院等の施設が負担しなければならず、自己負担で購入してもらうのは違法になりますよ、ということを説明しました。
次回は、用手換気装置(バッグ・バルブ・マスク等)の機能について説明します。
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory
イラスト:八十田美也子 みや よしえ 浜野史子
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定価:5,500円(税込)
刊行:2022年8月
ISBN:978-4-8404-7888-5
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