今回は、用手換気装置の選びかたの2回目になります。
在宅医療でご自宅に持ち帰る用手換気装置としては、バッグ・バルブ・マスクが第一選択になります。
バッグ・バルブ・マスクは自動的にバッグが膨らむため、駆動ガスが必要ありません。
したがって、どのような場所でも使用できるメリットがあるからです(図1)。



図1 バッグ・バルブ・マスクの原理(文献1より引用)

前回でも触れましたが、改めて流量膨張式バッグと自己膨張式バッグの違いをみてみましょう()。

 流量膨張式バッグと自己膨張式バッグの比較(文献2より引用)

バッグ・バルブ・マスクは「緊急用の医療機器」と考える方も多いと思いますが、在宅医療、特に気管切開を行って人工呼吸療法をしている患者さんにおいては、日常的に使用されることが多いのです。
日常的というのは、気管吸引をした後に肺胞が虚脱した場合に、肺胞を膨らませてから人工呼吸器に接続するということは多く行われます。
また、分泌物が貯留することによって無気肺が起こり、SpO2が低下した際にも人工呼吸器からバッグ・バルブ・マスクに切り替えて、用手換気をしながら気管吸引が行われます。
さらに、筋緊張が高くなり、人工呼吸器ではうまく換気ができない場合、もしくは、人工呼吸器による換気が刺激となり筋緊張を助長していることや自発呼吸と同調ができないことによって筋緊張が改善しない場合に、バッグ・バルブ・マスクに切り替えて自発呼吸に合わせた換気をすることや、筋緊張の状態に合わせて優しく用手換気をして筋緊張の改善を促すときなどに使用されます。

皆さんは、ため息をつくことがあるでしょう。
呼吸という言葉は、呼気→吸気の順で書かれています。
ため息をついた後にたくさんの新鮮な空気を吸うことで、心がリフレッシュします。
なので、ため息は良くないと考える方も多いのですが、筆者は「肺に溜まった負の空気を吐き出す、ため息は良いことだよ」とよく話します。
また、私たちはときどき深呼吸をします。
深呼吸をすることで、私たちの肺胞の容量(肺活量)が低下するのを防いでいます。
何を伝えたいのかというと、成人は1回に500mLくらいの呼吸をしていると教わりますが、毎回500mLの呼吸をしているのではなく、小さい呼吸をしたり、大きい呼吸をしたり、常に変化した呼吸をしています。
しかし、在宅人工呼吸療法を行っている患者さんは、自発的に深呼吸をすることは少ないのです。
安定した人工呼吸管理ができているから大丈夫だろうと思っていても、深呼吸をしないことで、徐々に肺の容量(肺活量)が低下していってしまいます。
ですから、1日に数回、用手換気装置によって大きい呼吸をしてあげることはとても重要なことになります。
つまり、バッグ・バルブ・マスクは緊急的なとき以外でも在宅医療では使用され、とても重要な医療機器になります。


では、どのようなバッグ・バルブ・マスクを選んだら良いかということになります。
まずは、消毒が可能なリユーザブルのバッグ・バルブ・マスクとディスポーザブルのバッグ・バルブ・マスクがありますが、どちらを選択するのが良いのでしょうか。

●リユーザブルのバッグ・バルブ・マスクの利点と欠点
リユーザブルのバッグ・バルブ・マスクは消毒や滅菌ができるというメリットはありますが、分解する必要があります。分解して消毒をしたのち、組み立てが必要になりますが、たくさんの部品を組み立てるのは難しく、正しく組み立てができないことによって適切な用手換気ができなかったという事例が多く、医療安全の通達も出されています。
バッグ・バルブ・マスクには通常3つの弁がありますが、この弁を逆に組み立ててしまうと、患者さんに空気は送れるけど、吐き出すことが出来ないという状況になり、肺がパンパンに膨らむことによって胸腔内圧が上昇し、胸腔の中にある心臓が押しつぶされ、血液の拍出ができなくなり、心停止になることも起こり得ます。
分解できるということは、各接続部のネジが緩んでしまうことがあります。
接続部が外れてしまい慌てて組み立てたら、間違った組み立てをしまい、正常な換気ができないということも起こり得るのです。

●ディスポーザブルのバッグ・バルブ・マスクの利点と欠点
逆に、ディスポーザブルのバッグ・バルブ・マスクは、基本的に分解できませんので、接続部が外れることがありません。
ただし、消毒などはできませんが、組み立てを間違えてしまい正常な換気ができないということは起きにくいのです。
また、リユーザブルのバッグ・バルブ・マスクの価格は数万円(3万円くらいが多いでしょうか)ですが、ディスポーザブルのバッグ・バルブ・マスクは5千円以下で購入できるので、壊れたり汚れたりしたときに、買い替えやすいということがあります。



では、どのくらいの換気量で用手換気をしたらよいのかというと、体重1kgあたり10mLという簡単な計算をすることで算出できますが、バッグ・バルブ・マスクのバッグを押したときに、その量を測定してくれる機能はありません。
成人の1回の換気量は500mLと説明しましたが、成人用のバッグ・バルブ・マスクのバッグは1,500mLくらいの大きさが一般的で、完全につぶすと1,200mLくらいの空気を送ることになり、換気し過ぎてしまうことが多いのです。
在宅医療を行っている患者さんは、側弯症があったり、すごく痩せていたりと、体重から1回換気量を算出することは難しいです。

用手換気をするときに一番大事なことは、胸が軽く上がる程度にバッグを押すことです。
バッグ・バルブ・マスクには、成人用、小児用の2つのサイズが販売されています。新生児用というバッグがとても小さいサイズもありますが、在宅医療を行う小児の患者さんには小さすぎるので、小児用を選択すると良いでしょう。小児用のバッグの大きさは500mL程度で、完全につぶすと350mLくらいの換気ができます。小児用のバッグで適した最大の換気量を300mLと考えると、体重が30kg以下では小児用、30kg以上であれば成人用というのが目安になるでしょう。メーカーによってバッグのサイズや最大の換気量が異なるので、カタログで調べてから選択してください。
また、先ほども説明しましたが、バッグを押しすぎて空気を送り過ぎてしまうこともあります。肺が膨らみ過ぎて高い圧になったときに、空気を逃がしてくれる安全弁が内蔵されているバッグ・バルブ・マスクが増えていますので、安全弁が内蔵されているバッグ・バルブ・マスクを選択するのが良いでしょう

安全弁の圧は、35cm H2Oや40cm H2Oの2種類がありますが、これはどちらでも良いでしょう。
さらに、圧モニタも内蔵されていると安全です。
圧モニタが内蔵されていない場合には、別付けの圧モニタを口元の近くに挿入する方法もあります(図2)。


図2 バッグ・バルブ・マスクの圧モニタ


どのくらいの換気量を送るのかを判断するのが難しいですが、圧モニタがあれば、普段人工呼吸器で設定されている最大吸気圧と同じになるようにバッグを押せば、人工呼吸器とおおよそ同じ換気量になるだろうと予測できます。

バッグ・バルブ・マスクは、空気の吸い込み口に酸素投与のポートがあり、酸素を貯めるリザーバーバッグを取り付けることで、高濃度酸素での換気ができますので、リザーバーバッグは酸素を使用していなくても、取り付けて使用するのが良いと思います。
いざというときには、酸素を投与して、リザーバーバッグが膨らんだ状態を維持できれば、ほぼ100%の酸素濃度で換気することが可能です。

また、気管切開ではなく、マスクでバッグ・バルブ・マスクを使用する場合、マスクの密着が悪いと空気が漏れてしまい、なかなか胸が上がらないということが起こります。 この場合は、バッグを大きく潰したり、一気に潰したりという手技になってしまいます。 このような場合に、先ほど説明した高い圧を逃がしてくれる安全弁が有効に作用します。

●バッグ・バルブ・マスクで酸素の口元投与(フリーフロー)は可能?
実は、バッグ・バルブ・マスクに酸素を投与した場合に、バッグを押さなくてもマスクから酸素が流れると思っている医療従事者も多いです。
筆者が、日本救急医学会で行っている「ICLS(Immediate Cardiac Life Support)蘇生コース)」に参加したときには、マスクを口に近づけることで酸素のフリーフローができると教わりました。
しかし、筆者がインストラクターをしている、日本周産期・新生児医学会の新生児蘇生法(NCPR)インストラクターコースでは、バッグ・バルブ・マスクでは酸素のフリーフローはできないと教えています。
なぜかというと、バッグ・バルブ・マスクの酸素の投与ポートの場所や、空気の吸い込み口の弁の構造によって、マスクから酸素が流れるタイプや流れないタイプがあるからです。
マスクから酸素が流れているかを確認するには、マスクのところに耳を近づけて酸素が流れている音を聞くことや、空気の流れで確認することができます。
しかし、酸素が流れていても、酸素流量計で設定した流量がそのままマスクから流れているとは限りません。酸素流量計で5L/分と設定しても、マスクからは3L/分、残りの2L/分は大気に逃げてしまっているというようなことも起こっているのではと考えています。
基本的な知識として、バッグ・バルブ・マスクでは酸素の口元投与(フリーフロー)はできないと覚えておきましょう。
酸素のフリーフローが可能なバッグ・バルブ・マスクなのかを正しく知るときは、バッグ・バルブ・マスクの構造をよく知る臨床工学技士にチェックしてもらってから、どのバッグ・バルブ・マスクを選ぶのかを決めても良いでしょう。

ただ、バッグ・バルブ・マスクで換気を行った場合は、PEEP(呼気終末陽圧)を加えられないということが弱点です。PEEPが加えられないということは、肺胞が潰れやすいということになります。
また、バッグ・バルブ・マスクではCPAP(持続陽圧換気)もできませんので、自発呼吸が自由にできません。よって、換気するためには必ずバッグを押すことが必要になります。

今回は、在宅医療ではディスポーザブルのバッグ・バルブ・マスクを選択するのが良いことや、バッグ・バルブ・マスクの利点と欠点を説明いたしました。

上記で、「バッグ・バルブ・マスクで換気を行った場合は、PEEPを加えられないことが弱点」とお伝えしました。
次回は、このバッグ・バルブ・マスクにおけるPEEPについて詳しく説明します。
さらなるバッグ・バルブ・マスクの知識を増やして、使いこなしてほしいと思います。

<引用・参考文献>
1)松井 晃.完全版 新生児・小児ME機器サポートブック:きほん・きづく・きわめる.第2版.メディカ出版,2016,207.
2)1)と同書.201.



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

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#04 換気モードのお話〈後半〉 CPAP・PSV・HFO
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