今回は、用手換気装置の選びかたの3回目になります。
前回は、在宅医療で使用するバッグ・バルブ・マスクの選びかたや必要な機能、利点と欠点について説明しました。
さらに、「バッグ・バルブ・マスクで換気を行った場合は、PEEPを加えられないことが弱点」とも説明しました。
しかし、最近「バッグ・バルブ・マスクでもPEEP(呼気終末陽圧)を加えられるのですか?」という質問を多く受けます。
そこで、今回は、バッグ・バルブ・マスクにおけるPEEPについて説明します。
通常、人工呼吸療法を行う場合には、呼気時に一定の陽圧を保つPEEPを加えます。PEEPの設定は、5cm H2O程度にすることが多いでしょう。
PEEPは下記のような目的に使用され、とても大事な役割をします。
●PEEPの役割
①肺胞の虚脱・再解放をくり返すことによる肺損傷の軽減
②機能的残気量(FRC)の増加による酸素化効率の増大
③呼吸仕事量の軽減
④1回換気量の増加 → PaCO2の正常化
⑤気道を広げる
PEEPの役割について、私が行うセミナーではその効果をじっくりお話ししていますので、機会があれば私の
セミナーに参加していただければと思います
バッグ・バルブ・マスクによる人工呼吸では、基本的にPEEPを加えることができないとされています。
つまり、呼気においては、ゼロcm H2Oになるため、気道が細くなったり、肺胞が虚脱しやすくなったりします。
人工呼吸によって、同じ最大吸気圧をかけても、PEEPがゼロcm H2Oで肺胞が虚脱していると肺胞は膨らみにくくなります。
健康な人の肺胞は自然PEEPといって、常に肺胞は開放していますが、2cm H2OのPEEPと同じくらいの大きさで開放しています。
自然に呼吸をしているときの肺胞は、胸腔内圧で作られる陰圧によって、肺胞が外に引っ張られており、人工呼吸のPEEPの陽圧とは異なり、肺胞の内圧は陰圧になっています。
また、肺胞のⅡ型肺胞上皮は肺を膨らませておくために、肺表面活性物質(肺サーファクタント)を分泌しています。肺胞の内側は肺サーファクタントで覆われているので、肺胞は虚脱しにくくなっています。
肺サーファクタントは、界面活性物質で、石鹸水のような液体です。
シャボン玉を作る液体と考えると良いでしょう。
ところが、在宅人工呼吸療法を行う患者さんの多くは、肺胞が潰れやすいことや気道が潰れやすいことが多いので、PEEPを加えた呼吸療法が必須であり、用手換気においても本来であればPEEPを加えられるジャクソンリースを使用するほうが、患者さんにはメリットがあります。
しかし、第31回と第32回で説明した通り在宅医療で使用されるのはバッグ・バルブ・マスクが主になることから、PEEPを加えられないという欠点があります。
では、なぜ最近筆者に対して、「バッグ・バルブ・マスクでPEEPが加えられるのですか?」という質問が増えたのかというと、『日本版救急蘇生ガイドライン2020に基づく 新生児蘇生法テキスト 第4版(メジカルビュー社)』において、PEEPの加えられるバッグ・バルブ・マスク(新生児蘇生法での名称:自己膨張式バッグ)が掲載され、NCPRの新生児蘇生法コースでもPEEPを加えられるタイプのバッグ・バルブ・マスクとして紹介されるようになったためです。
PEEPが加えられるバッグ・バルブ・マスクといっても、決して新しいものではなく、バッグ・バルブ・マスクの呼気排気口にPEEPバルブと呼ばれるデバイスを取り付けるだけです(図)。
図 PEEPバブル付きバッグ・バブル・マスク(写真提供:ジーエムメディカル株式会社)
このPEEPバルブは、筆者の記憶では30年以上前から存在しており、在宅で人工呼吸療法を行う患者さんに使用していました。
30年前の在宅用の人工呼吸器ではPEEPを加える機能がなかったので、人工呼吸器の回路の呼気弁の呼気排気口にPEEPバルブを取り付けてPEEPを加えていました。
バッグ・バルブ・マスクにPEEPバルブを取り付けて、PEEPが加えられるとして、カタログに載せていたのはアンブ社で、25年くらい前にはあったと思います。
PEEPバルブを、人工呼吸器の回路の呼気弁の後ろに取り付けることやバッグ・バルブ・マスクの呼気排気口に取り付けることで、PEEPを加えられるのですが、この機構は、PEEPバルブの中の呼気弁をバネの強さでガスを抜けにくくすることで、呼気時に陽圧がかかるのです。
PEEPバルブのダイヤルを回すことで、バネの強さを変えることができ、ゼロcm H2O~20cm H2Oの範囲で設定できます。
しかし、バッグ・バルブ・マスクによる人工呼吸中にPEEPを加えるには、下記の条件があります。
① マスクが密着していて、口や鼻から呼気が漏れないこと(リークがないこと)
② 患者さんの自発呼吸がないこと
この2つの条件が整わないと、PEEPが加わる人工呼吸はできません。
マスクが密着していないということは、マスクの隙間から空気が漏れてしまうので呼気相の圧は、大気圧(ゼロ圧)になってしまいます。
また、マスクが密着していてPEEPバルブによって呼気相にPEEPが加わっていても、患者さんが自発呼吸をしてしまうとバッグ・バルブ・マスク内で維持されていたPEEPが低下してしまうのです。
バッグ・バルブ・マスクはもともと、CPAP(持続陽圧換気)はできません。
CPAPはPEEPの圧を維持したまま、自由に自発呼吸ができるように口元にガスが常に流れる機構が必要であるため、用手換気装置としてはジャクソンリースでないとCPAPはできません。
PEEPが加えられるバッグ・バルブ・マスクが紹介されたことで、バッグ・バルブ・マスクでもCPAPができると勘違いしてしまう方もいますし、ジャクソンリースの代わりになると思ってしまう方もいます。
新生児蘇生法コースで、インストラクターが紹介したり説明したりしていますが、正しい機能を理解できず混乱してしまったり、受講者からの質問に答えられなかったなどという理由で、多くの問い合わせが筆者に来るのです。
筆者がインストラクターで参加している新生児蘇生法コースでは、コースの開始前に、参加しているインストラクターにPEEPが加えられるバッグ・バルブ・マスクの機能やメリット、CPAPはできないことなどを説明して、一人でも多くのインストラクターが間違いのない知識をもって、コースに挑めるようにしています。
前回、バッグ・バルブ・マスクで酸素の口元投与(フリーフロー)はできないことを説明しました。もし、酸素のフリーフローができて口元に酸素を流すことができても、その酸素には圧を加えられるエネルギーがありません。
たとえ、マスクを密着させても、酸素が逃げないようにしたとしても、大気はバッグ・バルブ・マスクの大気吸込口から逃げてしまう構造であるため、持続的に陽圧を加えることはできません。よって、PEEP弁を取り付けてもCPAP はできないことになります。
マスクが密着していることが、PEEPを加えるために必要であることを説明しましたが、気管切開を行っていても同様です。カフの無い気管切開カニューレが使用されることの多い小児では、リークを起こしやすく、呼気が鼻や口に漏れていってしまいます。
よって、気管切開をしている患者さんでもPEEPを加えた人工呼吸器は難しいことを知っておきましょう。
人工呼吸器の回路の呼気弁の後に、PEEPバルブを取り付けて在宅人工呼吸を行っていた時代がありましたが、気管のリークによって効果的なPEEPを加えることは困難でした。
PEEPの設定は7cm H2O程度にしていましたが、呼気相ではゼロcm H2OのPEEPになってしまいました。
しかし、PEEPバルブを取り付けることによって、呼気をゆっくり逃がすようにし、肺胞が潰れるのをゆっくりにすることで、肺胞が膨らんだゼロ圧になること願ってPEEPバルブを装着していました。筆者は、呼気のゼロ圧では、肺胞が膨らんだ状態と肺胞が潰れた状態があると考えています。ですので、肺胞が潰れないゼロ圧を目標にPEEPバルブを装着していました。
どうしても、持続的にPEEPを維持したい、CPAPを行いたい場合にはジャクソンリースが必要となります。
次回は、用手換気装置の最終回として、在宅呼吸療法におけるジャクソンリースの必要性や使いかたについて説明したいと思います。

KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory
イラスト:八十田美也子
呼吸生理/換気モード/グラフィックー 3大苦手ポイントをコンパクト解説!
「赤ちゃんの肺の中で酸素がどんなふうに動いているのだろう」「動脈血酸素分圧90mmHgってどういう意味だろう」といった素朴な疑問から、むずかしく思われがちな換気モードやグラフィックモニタまでもカンタンに知ってもらおうというセミナーです。
▼プログラム 【収録時間:約130分】
#01 酸素と二酸化炭素 〜肺胞の中でどのように移動しているか?
#02 なぜ小さな赤ちゃんにとってPEEPが重要なのか?
#03 換気モードのお話〈前半〉 IMVとCMV・SIMV・A/C
#04 換気モードのお話〈後半〉 CPAP・PSV・HFO
#05 フロー波形を見て同調性を極めよう!
#06 グラフィックモニタとトラブル対応
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一般社団法人日本呼吸療法医学会 小児在宅人工呼吸検討委員会 編著
岐阜県総合医療センター 新生児内科 寺澤 大祐 監修
神奈川県立こども医療センター 新生児科(非常勤) 松井 晃 監修
神戸百年記念病院 麻酔集中治療部/尾﨑塾 尾﨑 孝平 監修
定価:5,500円(税込)
刊行:2022年8月
ISBN:978-4-8404-7888-5
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