今回は、用手換気装置の選び方の4回目、最終回になります。

前回は、バッグ・バルブ・マスクでPEEP(呼気終末換気)を加えた人工呼吸ができるのかについて説明しました。
バッグ・バルブ・マスクの呼気排気口にPEEPバルブを取り付けることで、PEEPを加えた人工呼吸が可能になりますが、リークが存在すると、呼気は大気に逃げてしまうので、PEEPを加えた人工呼吸をすることは難しいと説明しました。
さらに、PEEPバルブを取り付けたとしても患者さんに自発呼吸があると、バッグ・バルブ・マスク内で維持されていたPEEPが低下するため、CPAP(持続陽圧換気)はできないと説明しました。

バッグ・バルブ・マスクでは、有効的なPEEPを加えることはできないのです。

在宅医療では、高いPEEPを必要とする患者さんがいます。
また、CPAPができる用手換気装置(ジャクソンリース)が必要なことがあります(図)。


 ジャクソンリースの原理(文献1より引用、一部改変)



●筋緊張が高まる場合
筋緊張が高くなる患者さんは、息ごらえをします。
息ごらえをするときに、人工呼吸器が強制換気を行っても、有効な換気が行われません。
それだけでなく、吸いたくもないときに強制換気が行われると、これが刺激になって、さらに筋緊張を高めることにつながってしまいます。
筋緊張が高まることによって、有効な換気ができずSpO2の低下を招きます。
人工呼吸器は万能ではありません。
人工呼吸器は、患者さんの筋緊張が高まったことを知ることはできず、設定された通りに換気を行います。小児ではPCV(圧規定換気)を使用するので、設定吸気圧以上に上がることはありませんが、設定吸気圧に上昇しても、筋緊張の状態では空気を送り込むことはできません。
筋緊張が高まっているときには、人工呼吸器を外すほうが良いこともあります。しかし、人工呼吸器を外してしまうと、PEEPは低下するし、酸素の投与もできなくなります。 こんなときにジャクソンリースに切り替えて、CPAPの状態にすると患者さんのSpO2が大きく低下することなく、筋緊張の高まりを低下させることができます。

ジャクソンリースは、駆動ガスがないと使用できません。
在宅医療で使用できる駆動ガスは、酸素濃縮器や酸素ボンベ、液体酸素装置になります。
ジャクソンリースでPEEPを加えながら、自発呼吸ができるようにするためには、最低でも 5L/分の駆動ガスが必要となるので、在宅用の酸素装置の流量は5L/分以上のガスが流せる装置の選択が必要になります。
また、駆動ガスは100%に近い酸素濃度になるため、患者さんにとっては不必要な高濃度酸素になると考えられます。しかし、筋緊張が高くて息ごらえしている場合には、SpO2の低下を招くので、一時的に高濃度酸素を投与しても良いと考えています。

●急性窒息症状が起こる場合
その他にジャクソンリースが必要な患者さんは、気管が発作を起こして(spellを起こして)攣縮し細くなり、完全に閉じてしまうことがある気管の疾患を持っている患者さんです。
気管が攣縮して、開かなくなってしまい、呼吸ができなくなり死を招くような危険な状態になる発作をDying spellといいます。
Dying spellは、その名の通り、死に至る発作です。
Dying spellは、気道の閉塞により呼吸ができない窒息の状態になり、低酸素によって死に至ると考えている医師もいます。
しかし、Dying spellは、もっと緊急的な、下記のような心停止が起こる状態です。
①あえぎ呼吸によって吸気時に胸腔内圧が陰圧になり、一時的に吸気時のみ気道が開放し吸気が行われる
②肺に空気がトラップされて肺内圧が上昇する
③肺内圧の上昇によって胸腔内圧が上昇し、呼気時に下気道が閉鎖する
④胸腔内圧の上昇によって静脈環流が低下し(心臓に血液が戻りずらい)血圧が低下する
⑤胸腔の中にある心臓は、胸腔内圧の上昇によって圧迫され、心臓の拍動が阻害される
⑥低酸素が起こる前に胸腔内圧の上昇によって心停止に至る


Dying spellを起こす患者さんの呼吸管理はとても難しく、人工呼吸器の選択も非常に難しいです。
そして、常に気道の開放を保つためにHigh PEEP(7~10cm H2O、もしくはそれ以上)による管理が必要です。
気道が攣縮し、心停止を起こすまでに達したときには、高い吸気圧によって、無理矢理に気道を開いて、肺内の空気を抜いてあげないといけません。
高い圧を加えやすいのは、バッグ・バルブ・マスクと考えていますが、高い圧をかけるために吸気圧の安全弁が作動しないようにして、強い換気をします。
気道が開いて、肺の空気が抜ければ、心臓の拍出が可能になります。
この対応が遅れると、患者は亡くなってしまいます。
筆者も、Dying spellで亡くなった患者さんを知っています。
Dying spellを起こす患者さんには気管切開をして、攣縮する主気管支をバイパスすることで、Dying spellを起こさないようにしますが、攣縮して細くなるのは太い気管だけでなく、気管切開した気管よりも末梢の気管も攣縮するので、気管切開してもDying spellを防ぐことはできません。
気管切開を行ったその深夜にDying spellを起こし、亡くなってしまった患者さんもいます。

このような患者さんには、気管分岐部に外ステントの手術を行い、気管を外に引っ張るようにして、Dying spellが起こっても気管が閉塞しないような手術をします。
手術を行い、呼吸の安定が保てるようになったら、在宅人工呼吸管理に切り替えていきます。

●泣いている赤ちゃんを落ち着かせる場合
在宅を開始するのは乳児時期であり、お腹がすいたり、オムツがぬれたりしたら泣いてその意思を伝える赤ちゃんです。
しかし、泣くという行為自体がDying spellを引き起こすきっかけになるので、できる限り泣かせないことが必要になります。
赤ちゃんを泣かせないなんて無理なことではありますが、このような対応をしないといけない難しい患者さんなのです。
泣いているときの呼吸に同調できる人工呼吸器はありません。
ですから、このようなときは、CPAPにして、自発呼吸を安楽にできるようにするのです。
バッグ・バルブ・マスクによって、自発呼吸に合わせて換気するという神業ができる人はいません。
したがって、泣き止むように早く落ち着かせるために、ジャクソンリースを使用してCPAPを行うのです。
ジャクソンリースであれば、高いPEEPを保ちながら自由に自発呼吸ができますので、「在宅医療で使用する用手換気装置はバッグ・バルブ・マスク」という考えを捨てて、ジャクソンリースを持ち帰ることもあるのです。

バッグ・バルブ・マスクのメリットやデメリット、ジャクソンリースのメリットやデメリットを理解して、在宅医療を行う患者さんにとって、どのような用手換気が必要なのかを考えて、適切な用手換気装置の選択と、適切なサイズ、そして、十分な用手換気の方法を指導することが重要になります。

<引用・参考文献>
1) 松井 晃.完全版 新生児・小児ME機器サポートブック:きほん・きづく・きわめる.第2版.メディカ出版,2016,203.



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

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#04 換気モードのお話〈後半〉 CPAP・PSV・HFO
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