前回で、小児在宅医療における用手換気装置の選びかたが終了しました。
さて、次のテーマは何にしようと考えたのですが、フリーランスの臨床工学技士として、訪問看護ステーションや重症児デイケアなどの事業所のアドバイザーをさせていただいているのですが、ふと気になったことや、これって正しいのかな~とあいまいな気持ちで行っている手技について質問が飛び込んできます。
世の中には、医療に関する教科書や専門書などが山のように販売されていますし、著名な先生方の講演やセミナーもあるのですが、落とし穴のように、どこにも書かれていない、誰も教えてくれないってことがありますよね。
今回から、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問というタイトルで進めていきたいと思います。
第1回目は、人工鼻に酸素を送るとき、加湿は禁忌ですよね? という内容です。
「気管切開で使用する人工鼻に酸素を流すときって、加湿するのは禁忌ですよね。分泌物が硬くなるので、水分が足りないと思うのですが。」という質問がありました。
「人工鼻と加温加湿器の併用は禁忌」ということはしっかりと覚えておかないといけない禁止事項です。
人工呼吸器で使用される人工鼻は、人工呼吸器から送気されるガスの全てが通過するため、この吸気ガスを加温・加湿してしまうと、人工鼻がびちゃびちゃになり詰まってしまうことがあります。
人工鼻が詰まってしまうと、換気が低下し、胸も上がらなくなり、適切な換気ができなくなってしまいます。
よって、人工鼻と加温加湿器の組み合わせで使用することは危険であることをしっかりと覚えておきましょう。
では、今回の質問ですが、気管切開をしていますが、人工呼吸器は使用していません。
気管切開用の人工鼻は、人工呼吸器との接続部はなく、大気が吸える構造になっています。
また、酸素を投与するために人工鼻の外側に取り付けるデバイスがあるものや、人工鼻そのものに酸素投与ポートが付属しているタイプもあります。
この酸素投与は、低流量システムの酸素療法になりますので、大気を吸うときに酸素が混合されて吸われることになります。
「加湿するのは禁忌ですよね。」という質問ですが、「気管切開用の人工鼻を使用している患児に、酸素を投与するときに加湿してはいけないですよね。」というのが正確な質問になります。
人工鼻を使用するにあたっての禁忌事項は、加温加湿器の併用は禁忌ということですが、今回の質問にこの禁忌事項は当てはまるのでしょうか。
まず、答えを言ってしまうと、今回の質問は、人工鼻の禁忌事項には当てはまりません。
なぜかというと、禁忌事項は人工鼻と加温加湿器との併用です。
気管切開用の人工鼻で酸素を加湿する際には、「酸素を温める」ということは基本的に行いません。
気管切開用の人工鼻で酸素を投与するときには、水の中に酸素を通して、ボコボコとさせることで加湿を行う方式になります。
在宅酸素を行う装置(酸素濃縮器・酸素ボンベ・液体酸素装置)から流れてくる酸素の湿度は、通常0%の相対湿度でカラカラに乾燥しています。うるおい機構をもつ酸素濃縮器もありますが、あくまでもうるおい程度です。
水に酸素を通過させて加湿を行うと、相対湿度は何%になるでしょうか。
酸素の相対湿度はほぼ100%になります。
では、温度は何℃になるかというと、室温に近い温度もしくはこれ以下の温度になります。
空気に含むことのできる水分は、温度が高くなるほど多くなります。
よって、酸素は“加湿”はされていますが“加温”はされていないため、室温程度で考えると、相対湿度が100%であっても、多量の水分を含んでいるわけではないのです。
例えば、室温が20℃とすると、相対湿度100%のときの絶対湿度は、17mg/Lです。
人工呼吸器では、44mg/Lの絶対湿度になるように加温加湿器を作動させるのが基本ですが、この加温加湿された吸気ガスが人工鼻を通過すると、結露を起こし詰まってしまうということが起きるので、禁忌事項になります。
気管切開用の人工鼻での酸素投与は、大気と混合される低流量システムになるので、酸素が相対湿度100%で17mg/Lの水分を含んでいても、大気と混合させる際に相対湿度も、絶対湿度も低下したガスが人工鼻を通過すると考えれば良くなります。
体重50Kgの成人の患者さんが、1回換気量を吸うときの吸気流速の平均速度は30L/分とされています。
人工鼻から5L/分の酸素を投与すると、25L/分の大気が吸われて、合計30L/分の吸気が行われます。酸素の相対湿度が100%であっても、酸素に含んだ水分は大気によって5倍ぐらいに薄められるため、高加湿な状態の吸気ガスにはならないのです。
では、体重10Kgの小児の患者さんだったらどうでしょう。
1回換気量を吸うときの、平均の吸気流速は5L/分ぐらいです(吸気流速の計算はちょっと複雑なので、深く考えないようにしましょう)。ここに酸素を1L/分で投与したとすると、4L/分の大気が吸われて混合されます。加湿された酸素は、大気によって4倍ぐらいに薄められることになります。
部屋の相対湿度も影響しますが、真夏で気温が35℃・相対湿度が90%と、ジメジメしている場合、酸素の絶対湿度が上乗せされ高加湿になることもあるかもしれませんが、ジメジメした夏であれば、大気がすでに高加湿になっているため、酸素の加湿を行う必要はありません。
しかし、このような真夏であっても、部屋で快適に過ごすためには、エアコンを使用するでしょう。エアコンを使用することで、室内の空気は除湿され乾燥化します。相対湿度が下がることだけでも、涼しく感じます。睡眠中にエアコンを使うと、朝、目が覚めたときに、喉が渇いた、喉が痛いなんてことがあるので、エアコンは嫌いという方もいます。ただ、最近では相対湿度も調節できるエアコンもありますが……。
鼻や口から呼吸をする場合でも、喉が渇くのですから、鼻や口から呼吸せず、自分の加温加湿機能が使用できない気管切開の患児は、人工鼻を使用しても加湿不足で分泌物が硬くなるのです。ジメジメした真夏であっても、酸素投与する場合には加湿をしたほうが良いということが考えられます。
したがって、質問の答えは、「気管切開に人工鼻を使用して自発呼吸をしている患児で、分泌物が硬くなるときには、酸素を加湿して投与しましょう」となり、加湿は禁忌ではないと覚えておきましょう。
小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問というテーマで書かせていただきました。しばらくは、このような質問にお答えするような連載になると思います。

KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory
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刊行:2022年8月
ISBN:978-4-8404-7888-5
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