前回より、『誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問』というテーマで開始しました。
今回も気管切開用の人工鼻についての質問です。
気管切開用の人工鼻では、真ん中にスリットが入っているものがあります。
今回は、「このスリットから気管吸引をしているご家族がいるのですが、ここから気管吸引をして良いのですか?」という質問です。
このスリットは何のためにあるのでしょうか(図1)。
図1 スリット付き気管切開用人工鼻(写真提供:株式会社フジメディカル)
このスリットを使えば、人工鼻を外さずに気管吸引ができると、多くの医療従事者が気管吸引のポートとして使用しています。
そして、ご家族にも気管吸引できますよと説明しています。
確かに、厚生労働省が決めている認証基準のなかで、気管切開用のスリットは「吸引用スリット」という名称で提示されています。
お国が気管吸引として使っていいですよ! とOKを出しています。
気管は外気が出たり入ったりする臓器であるため、感染防止の点では、消毒程度の清潔度で良いとされています。
消毒程度というのは、セミクリティカルのレベルでの消毒とされ、粘膜組織や損傷のある皮膚に触れる部分に使用されます。
気管吸引は、感染しないようにと、とてもシビアな方法で、清潔度を高く保った方法で行われています。
しかし、気管吸引を行うときに、気管チューブを伝わって、容易に気管や肺にウイルスやバクテリアを運んでしまいます。
よって、気管吸引チューブも、病院では滅菌したものが使用され、1回で捨ててしまう施設も多いです。
手洗いや手の消毒もしっかり行うように指導されます。
標準予防策(スタンダードプリコーション)をしっかり行いましょう。という指導です。
ウイルスやバクテリアは気管や肺に入ることによって、気管支炎や肺炎を容易に引き起こします。
人工呼吸管理において発生する呼吸器感染症のことをVAPといいますが、比較的高い率で発生し、時に死に至ることもあります。
気管吸引においては、感染リスクに対して十分な感染対策をした方法が必要になります。
こんな清潔度を保たなければいけない気管吸引を、気管切開用人工鼻のスリットから行うことは正しいと思いますか?
このスリットは、常に外気に触れており、外気によって運ばれたウイルスやバクテリアが付着しているかもしれません。
しかし、このスリットは、柔らかくて消毒しようとしても、しっかり力を入れて清浄綿で拭くことはできません。
しっかりと消毒ができないということは、吸引チューブを挿入するときに、スリットに付着したウイルスやバクテリアが吸引チューブに張り付き、吸引チューブの挿入とともに、気管や肺にウイルスやバクテリアが運ばれてしまいます。
その結果、呼吸器感染症を発生させる原因になっているかもしれません。
気管切開患者用人工鼻のスリットから気管吸引をすることで、呼吸器感染症を医療行為によって惹起してしまうことになるのです。
また、吸引チューブを抜くときには、気管チューブの外側に付着した患者の分泌物がスリット部分で削ぎ落され、スリットの内側(気管側)に残ってしまうのです。
気管切開患者用人工鼻の内側は、患者の呼気によって、温度が34℃、相対湿度が100%という、ウイルスやバクテリアが増殖しやすい環境です。
スリットの外側(大気側)の消毒もしっかりできない構造の気管切開用人工鼻ですから、スリットの内側に付着したウイルスやバクテリアを消毒して清潔に保つことはできないのです。
というより、気管切開用人工鼻を外さずに気管吸引ができることが、このスリットの目的であると考えられているため、人工鼻の内側を消毒することはありません。
よって、吸引チューブがスリットを通過するときに、スリットの内側に増殖したウイルスやバクテリアを付着させて気管に運んでしまうことになります。
ここまで説明すればわかると思いますが、気管切開用人工鼻にあるスリットは気管吸引のためにあるのではありません。
しかし、いつのころか「このスリットは気管吸引するのに便利だね」ということが広まり、気管吸引に使用され始め、現在では、あまり問題視されずに、多くのメーカーから、「気管切開ができるスリットがあり便利です」といった説明をカタログに書いて、販売されるようになってしまいました。
筆者が知る限り、このスリットの目的は、咳嗽をするときに、高い圧が気管切開用人工鼻に加わることで人工鼻が外れてしまうことを防ぐための呼気を逃がすためのスリットであると認識しています。
咳嗽のときには、流速の速い呼気ガスとともに、分泌物が運ばれます。
このスリットから呼気ガスが逃げることによって、分泌物が呼気の水分をトラップする濾紙やスポンジに付着しにくくなり、人工鼻の詰まりを防止することにも役立つといわれています。
気管切開用人工鼻にはスリットではなく、開閉できる蓋が付いているタイプがありますが、これは、気管切開用人工鼻を外さずに気管吸引をするためにあります (図2)。
図2 吸引用ポート開閉式気管切開用人工鼻(写真提供:ICUメディカルジャパン株式会社)
多くの医療従事者がこのスリットを使用して気管吸引をしており、在宅医療の介護者にも、医療従事者は気管吸引用のスリットが付いているから便利だよと指導しています。
呼吸器感染症を発生させないためには、このスリットから気管吸引を行わないということを医療従事者や介護者に伝える必要があります。
また、気管切開患者用人工鼻を販売するメーカーにもしっかりと考えてほしいと思います。
気管切開用人工鼻にあるスリットは、咳嗽のときの高い圧を抜きと、人工鼻の外れることを防ぐ目的であり、上記の理由から気管吸引を行う目的のスリットではないと筆者は考えます。
臨床の現場では、さまざまな考えが浮かび、便利ということが優先されて、行うべきこと(今回は感染対策)を忘れてしまうこともあります。
そして、この結果として、当たり前のようにメーカーの言い分のまま吸引用として国も認可の認証基準に入れられてしまうのです。
ですが、よく考えればこのスリットを気管吸引に使用すると感染リスクが高くなることは、誰でも想像がつき、理解できると思います。
しっかりと学んだ知識と経験を応用して、デバイスを使いこなしていくということが大切であると思います。
次回も、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問というタイトルで、問題解決をしていきたいと思います。

KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory
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神戸百年記念病院 麻酔集中治療部/尾﨑塾 尾﨑 孝平 監修
定価:5,500円(税込)
刊行:2022年8月
ISBN:978-4-8404-7888-5
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