今回で、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問の3回目になります。
今回は、「知らないうちにMR820という加温加湿器に変わったのですが、これまでのものと何が違うんですか?」という質問に対しての解答です。

気管切開を行って人工呼吸器を使用するときに加温加湿器が使用されますが、加温加湿器にもさまざまなタイプがあります。

①吸気回路にヒーターが入っていない呼吸器回路で、加温加湿チャンバーの水を温めるだけのタイプ
②吸気回路にヒーターが入っている呼吸器回路で、温度表示がなく自動的に3段階で加温加湿を調節するタイプ
③吸気回路にヒーターが入っている呼吸器回路で、温度センサーがあり、測定された温度を表示するタイプで、温度設定をマニュアル(人が行う)で行うタイプ
④吸気回路にヒーターが入っている呼吸器回路で、温度センサーがあり、測定された温度を表示するタイプで、温度設定をオート(自動的)で調節するタイプ

おおよそ、上記の4つのタイプに分けられます。

●吸気回路にヒーターがないタイプ
吸気回路にヒーターがないと、部屋の温度によって吸気回路が冷やされて、吸気回路に多量の結露が溜まります。多量の結露が起こるということは、患者さんに水分が届く前に吸気回路で水分がうばわれるため、吸気回路がボコボコと水が溜まっているにもかかわらず、効果的な加温加湿はできないタイプです。これは、気管切開をしていない患者さんで、非侵襲的陽圧換気(NPPV:Non invasive Positive Pressure Ventilation)の患者さんで、高い加温加湿を必要としない患者さんに使用するのが良いタイプです。Fisher&Paykel HEALTHCARE株式会社(以下、フィッシャー&パイケル社)の製品でいえば「FISHER&PAYKEL MR410」になります。

●吸気回路にヒーターがあるタイプ
吸気回路にヒーターがあることで、部屋の温度で吸気回路が冷やされても、吸気回路を温めてくれるので、吸気回路に結露が出にくく、加温加湿チャンバーで温められた水分を患者さんに運ぶことができます
加温加湿チャンバーの出口と口元に温度センサーを接続し、温度を測定しながら加温加湿チャンバーの水温と吸気回路のヒーターを調節するタイプは、③と④です。
任意の温度に変更できるのが③で、フィッシャー&パイケル社の製品でいえば「FISHER&PAYKEL MR730」になります。 ④はフィッシャー&パイケル社が推奨する温度に、オート(自動的)に調節するタイプで、フィッシャー&パイケル社の製品でいえば「FISHER&PAYKEL MR850」になります。

②は、①と③④の間に位置する加温加湿器で、温度表示はなく、決められた3パターンの温度に自動的に調節する加温加湿器で、フィッシャー&パイケル社の製品でいえば「FISHER&PAYKEL MR810」になります。



在宅医療では、温度設定があるタイプは難しいという理由で、温度設定のないタイプが選ばれることが多かったです。
しかし、気管切開の患者さんでは、十分な加温加湿効果がないと、分泌物が硬化するため、吸気回路にヒーターがあるタイプを筆者はすすめてきました。 筆者が全国で講演することで、④のタイプの加温加湿器を使用する施設が徐々に増えてきました。
この同時期にフィッシャー&パイケル社で開発されたのが、②の「FISHER&PAYKEL MR810(以下、MR810)」です。
温度センサーを使用せず、温度表示もなく、設定変更は3パターンということで、気管切開の患者さんに使用されるようになってきました。

②のタイプは吸気回路に結露が溜まらず、①より良い効果があるだろうと考えていました。しかし、「吸気回路の結露を抜く手間はなくなったけど、分泌物が硬化してしまった」という患者さんも増えてきました。
なぜ、分泌物が硬くなってしまったのかというと、MR810はNPPV用に設計されたもので、①のような吸気回路に結露が貯留することを防ぎながら(吸気回路を乾燥化)、鼻や口から空気が送気されても乾燥感を感じないようになっているためです。
つまり、このMR810を気管切開で使用すると、乾燥した気体を送ってしまうことになり、空気に含まれる水分は増えるものの、温度が高いうえに相対湿度は低めに調節されることから、分泌物から水分を奪い、分泌物を硬化させてしまったのです
MR810を、気管切開下陽圧人工呼吸(TPPV:Tracheostomy Positive Pressure Ventilation)で使用している施設が増えたことから、筆者は、MR810はNPPV用だから、分泌物が硬化することもあるので、注意してくださいと講演してきました。

さて、今回のタイトルにあるMR820は、MR810と数字がいちばん近いですね。
MR820はMR810と外見はほとんど変わりませんが、MR810が3段階の設定であったものが、MR820では4段階の設定になり、気管切開でも使用できる調整が増えたということなのです。

MR820は、温度センサーもない、温度表示もない、吸気回路の結露も少ないので、患者さんや家族が使用しやすく、さらに、気管切開でも使用できる能力をもったということで、分泌物が硬化することも少なくなるのではと期待しています。

四季のある日本で、このMR820がどれくらい効果的に働いてくれるかを判断、評価(非効果的になるかも……)するのはこれからになりますが、筆者は中立的に見ていきたいと思います。

今回は、加温加湿器のテーマでした。
加温加湿器は簡単そうで奥の深い医療機器なので、理解するのが難しい医療機器の一つといっても良いです。
加温加湿器をテーマにすると3年くらい連載しないといけないので、あえてテーマにはしませんが、現場では、ギモンも多く出てくるテーマなので、「誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問」では、また登場するかもしれません。



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

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