今回で、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問の4回目になります。
今回は、「加温加湿器に使用する水は何を使用するのが良いですか?」という質問に対しての解答です。

●カンボジアのNICUの支援で筆者が見たもの
先日、カンボジア王国 国立母子保健センターのNICU(以下、NICU)の支援に行ってきました。
今回は、呼吸療法のレベルアップということで、はじめて国際支援に参加することになったときにされた質問をテーマに取り上げます。
最近、このNICUに人工呼吸器が寄付されましたが、「NICUでは、自動給水の水(点滴のびん針が刺せる注射用水)がないので使用できない」というコメントが医師からありました。
人工呼吸器に加温加湿器は付属しているが、自動給水用の水を入手できないため、加温加湿器を使用しない搬送で使えるのではと解釈していたようです。ただ、移動中に、加温加湿器の代わりに人工鼻を使用することは知らず、そもそも、それ以前に人工鼻を入手できる方法もなさそうでした。
政府開発援助(ODA)などで発展途上国に医療機器が寄付されますが、寄付した後のサポートまでは考えられていないことが多いのです。
今回は、人工呼吸器は寄付されたものの、加温加湿器の加温加湿チャンバーに使う注射用水が寄付されることもなく、人工鼻の寄付もありませんでした。
しかも、注射用水も人工鼻も購入できるお金がないことから、日本から寄付してほしいという要望も出るのです。
この人工呼吸器は物品が揃わず、NICUで使用できないので、無駄な寄付といってもいいでしょう。
医師より、「ミネラルウォーターを使えば良いですか?」と聞かれたので、「水道水のほうが良いです」とお答えしました。
現状、水道水を使用するしかない状況ですが、日本のように水道水を飲むことができないことから考えると、煮沸した水道水の使用を勧めました。

とはいっても、経鼻的持続陽圧呼吸(n-CPAP)の加温加湿器には水道水がそのまま使われており、患者が変わっても加湿槽の掃除が行われることもなく、水道水が追加給水されるという使われかたでした。加湿槽の水は濁り、浮遊物もあり、こんなn-CPAPは使いたくないというのが本音でした。
このように、感染管理の知識もまだまだ低いのです。
よって、気管挿管による人工呼吸管理をするのはまだまだ早いという結論となりました。
いつか、人工呼吸器が使用できるように継続的に支援できたら……と想いを馳せながら、帰路につきました。

●新型コロナの蔓延により、浮き彫りになった在宅呼吸療法と水
さて、前置きが長くなりましたが、本題の質問についての説明に入ります。

人工呼吸器の加温加湿器の加温加湿チャンバーに入れる水は、注射用水もしくは滅菌蒸留水を使用することが基本であることは、医療従事者であれば誰もが知っていることでしょう。
しかし、日本における在宅呼吸療法で使用される水は、注射用水や滅菌蒸留水になっているでしょうか?
実際のところ、注射用水や滅菌蒸留水が使用されていることはまだまだ少ないのです。
では、何を使用しているかというと、ドラッグストアなどで売っている精製水です。
しかも、在宅人工呼吸器を使用している、患者・家族が自腹で購入しているのです。

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の蔓延によって、ドラッグストアから精製水が消えてしまったことがあったのを覚えているでしょうか。
消毒薬の希釈のために、一般の方々が精製水を購入したために、在庫不足が生じてしまったのです。
そんな折、
在宅診療をされている医師から、精製水が手に入らないことについて厚労省から質問があり、回答に困っているので教えてほしいと、筆者に連絡がきました。
そのときの解答が下記になります。

■在宅医療指導管理料に、必要かつ十分な消耗品を提供することになっていますので、注射用水や滅菌精製水は基本的に、在宅医療指導管理料を算定している病院、クリニックで払い出すことになります。

■医療的ケアが多い患者さんにおいて(例えば、気管切開、在宅酸素、人工呼吸器、胃瘻、経管栄養を同時に行っている患者など)では、このケアに必要な消耗品をすべて提供すると在宅医療指導管理料の金額を越えてしまうことがあります。

■払い出しの個数の制限をして、それ以上の消耗品は個人購入にされていることもあります。今回の精製水に関しては、払い出さずにすべて個人購入にしている場合もあると考えられます。病院、クリニックで払い出すのは、注射用水もしくは滅菌精製水で共に薬価がついておりますが、人工呼吸器や酸素装置で使用する注射用水もしくは滅菌精製水に関しては、その治療に対する診療報酬に含まれるため、注射用水もしくは滅菌精製水そのものを処方箋で出せず、薬価として算定できないため病院、クリニックの持ち出しになります。

■払い出ししていない原因として、ある人工呼吸器では月に50Lという多量の水が必要となり、多くの患者さんを抱える病院、クリニックでは対応できない量になってしまいます。家族が車で運べる地域は良いですが、都内で車を保有していないことの多い場所では運ぶことも大変です。このような場合に、院外薬局に運んでもらうことも可能ですが、その費用は病院、クリニックになります。

■このような現状から個人購入にされている場合があると考えられます。

■在宅医療指導管理料が行われている在宅医療の個々で算定できれば良いですが、今は一番高い指導料しか算定できません。このシステムを変えるか、もしくは、消耗品加算的な点数加算をしていかないと、特に重症な症例の多い小児の在宅医療をサポートしている病院、クリニックは非常に厳しい状況ですし、解決しない問題かと考えます。

■新型コロナの蔓延により、注射用水や滅菌精製水が病院の在庫として足りないという情報を聞いたことはありません。一般のドラッグストアで販売されている精製水に関しては、スプレー用の消毒剤の作成などで多く買われており、在庫が切れて入手できないという情報はマスコミでも取り上げておりますし、筆者の情報網として在宅医療を行っている患者さんやご家族からも入手できないという情報が多く入ってきております。

■人工呼吸器に使用する精製水は医薬品、一般用医薬品、医薬部外品のどれでも構いません。

以下の水道水でも良いという考えかたに則ります。
 ・医療機関でつくられた精製水の製造器による精製水は、お勧めしません。
 ・注射用水、精製水に関しては、基本H2Oの水のみであり、純度(滅菌度)が良いほど非常にデリケートで、細菌汚染が起こりやすいです。病院で作られた精製水がどのようなボトルでどのような方法で運ばれるのかを考えると、汚染をしやすい状況があると考えられるので推奨からは外しました。現状、新型コロナウイルスが混入している可能性は否定できませんので。H2Oの分子は菌を運ばず、感染リスクはありませんが、目に見える霧(エアロゾル)や液体は菌を運ぶなど培地になります。
 ・注射用水や滅菌精製水でなければいけない理由は、メーカーの言い分では、医療機器守るためであります。水道水を使った場合に、医療機器に流れますとカルキの成分が部品に付着し、故障の原因になると考えているからです。酸素濃縮器の場合は加湿した後に本体の内部を通過するので、カルキの付着はゼロではないかと思います。ですが、人工呼吸器の場合は、人工呼吸器の吸気の後に加温加湿チャンバーがあるため、本体への影響はほぼありません。
 ・特に最近の在宅人工呼吸器は1本の回路であり、呼気は回路の途中から排気されるのでカルキの影響はありません。2本の回路で、本体の呼気弁を使用する場合にはかなり遠い位置なので影響は少ないですが、カルキの付着の可能性はあります。
 ・医療従事者のほとんどは、注射用水や滅菌精製水を使用すると、きれいな水の状態が保てると考えています。また、水道水を入れるという選択肢を持ち合わせていません。しかし、人工呼吸器の加湿チャンバーにこの水を入れると、即、患者のもつ常在菌に汚染され、菌が繁殖しますので、水が綺麗な状態に保つことは不可能です。
 ・菌の繁殖のことを考えれば、次亜塩素酸ナトリウムで消毒された水道水のほうが少ないです。水道水は非常に濃度の薄い次亜塩素酸ナトリウム水といってよいでしょう。
また、加温加湿器で加湿された水分は、H2Oしか浮遊しませんので、カルキの成分は加温加湿チャンバーで濃縮され底に付着します。加温加湿チャンバーは基本的に1カ月1回程度の交換なので、この汚れも気にすることはありません。レジオネラによる問題がありますが、60℃の過熱で死滅しますので、通常の加温加湿器であればほぼ死滅します。この問題を解決するのであれば一度煮沸をしてから使用すれば良いことになります。冷蔵庫の製氷用には水道水を使うように取り扱い説明書に書かれているのは菌が繁殖しにくいからです。日本の水道水は世界一綺麗ですし、安定もしています。富士山の天然水など美味しい水で氷を作ったら良いのではないかと考える方も多いと思いますが、ミネラルウォーターが美味しいのはたくさんのミネラルが混入しているからです。注射用水や滅菌蒸留水の代わりにミネラルウォーターを使えば良いのではと考える方も多いですが、ミネラルウォーターは水道水のように殺菌がされていません。そして、菌が繁殖しやすい水なので、加温加湿器への使用は推奨できません。

●対策は、病院、クリニックが必要かつ十分な水を含めた消耗品をしっかり出すようなシステムにすることだと思います。が、すぐに対策は取れないと思いますし、今回の新型コロナは災害と同じことを考えないといけないので、どうしても精製水が入手できなければ緊急時は水道水でも良いとしていただきたいのです。災害時は、一般市民に飲料水としてミネラルウォーターは届きますが精製水は届きません。ですので、場合によっては飲料水でも良いことにしたほうが、災害が多発する昨今の日本の対策として必要であると考えます。

●ちなみに、在宅人工換気療法が今のように一般化せず、診療報酬もなかった時代、加温加湿器の自動給水方式が一般化していなかった約10年間で、50名程度が在宅人工呼吸療法で煮沸水を使用してきましたが、煮沸水による感染は起こっておりません。

以上が、筆者から厚生労働省への回答になりますが、厚生労働省から返ってきた回答は、あくまでも注射用水や滅菌蒸留水を使用するということ以外は認められないということでした。 また、「精製水の入手に関して、検討し対策を考えます」ということでした。

その後、厚生労働省より、精製水が入手できない患者・家族には、国より精製水を配給するという通知が出されました。

新型コロナの蔓延における、精製水の入手困難についてはある意味、解決したのではと思いますが、精製水を患者・家族が購入している現状は変わっていません。 睡眠時無呼吸症候群(SAS)に対して行われる持続陽圧呼吸療法(CPAP療法)で、注射用水や滅菌蒸留水は払い出されていません。CPAP療法を行っている患者数は約70~80万人といわれていますが、指導管理料が安いために、水を払い出すようなことはできないのが現状です。精製水を個人購入している患者もいると思いますが、水道水を使用している方がほとんどなのではないかと筆者は考えています。そして、厚生労働省がCPAP療法の水についてどう理解しているかはわかりません。



人工呼吸器の加温加湿器の加温加湿チャンバーに使用する水に何を使用すればよいのかについてまとめてみます。

1)注射用水・滅菌蒸留水の使用を推奨(デリケートな水なので菌が繁殖しやすい)
2)注射用水・滅菌蒸留水は在宅指導管理料を算定している病院等が負担する。
3)患者・家族が精製水を購入するのは診療報酬上違法となる。
4)在宅指導管理料を算定している病院等は、院外薬局に注射用水や滅菌蒸留水を患者宅に配送するシステムを作り、この費用は在宅指導管理料を算定している病院等負担する。
5)災害等で射用水や滅菌蒸留水入手できなくなった場合には、水道水を煮沸して使用する。
6)ミネラルウォーターには、さまざまなミネラルが入っているのでおいしい。ということは、菌が繁殖しやすいので、加温加湿器には使用しない。
7)厚生労働省は注射用水・滅菌蒸留水しか使用してはいけないというだけでなく、現状を把握し、医療機関に通達することや、指導管理料の改訂をする必要がある。


今回は、長文になってしまいましたが、水1つに対しても、しっかりと理解して使用する必要があるということです。
ただ単に、注射用水や滅菌蒸留水を使いましょうといっても、簡単には変えられない現実があることを知り、気管切開で人工呼吸療法をされている患者には、注射用水や滅菌蒸留水が負担なく使用できるシステム作りが早急に必要なのです。

次回も、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問のテーマで進めていきたいと思います。



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

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