今回で、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問の5回目になります。
今回は、「加温加湿器の自動給水の注射用水のバッグ(図参照)がたまに膨らんでいることがあります。特に問題ないですよね?」という質問に対しての解答です。
気管切開を行って在宅人工呼吸療法をする場合には、分泌物を正常に保つために、吸気ガスを加温加湿する必要があります。
成人では人工鼻を使用することが多いですが、小児では加温加湿器を使用することが基本です。これは、小児では、炎症による分泌物の増加や粘液分泌腺が過形成を来しやすいことや、線毛運動による排出が弱いことなどによって分泌物が多く、この管理を十分に行わなければならないからで、人工鼻では理想的な(肺胞と同じ加温・加湿された状態)加温・加湿ができないためです。また、小児においては、カフなしの気管切開チューブが使用されることが多く、気管からのガスリークが多いです。つまり、呼気が人工鼻を通過せず、人工鼻の機能を果たさないことが多いのです。
加温加湿器を使用する場合、加温加湿チャンバーに一定の水を供給して、水を温めて吸気ガスの加温・加湿を行います。
加温加湿チャンバーには、手動で水を給水するタイプと、自動的に一定の水位を調整するように水を供給する自動給水タイプがあります。
ここでは、質問内容の通り、自動給水タイプの話をしていきます。
自動給水型加温加湿チャンバーには、点滴するときと同じようなチューブが付属しており、注射用水を接続できるようになっています。
自動給水型加温加湿チャンバーを使用する場合には、病院等(指導管理料の請求がある施設)から、点滴チューブを刺すことができる注射用水が払い出されていると思います。
自動給水型加温加湿チャンバーには、一定の水位になるように、水面に浮かぶフロート(浮き子)と呼ばれるものがあります。
このフロートが水によって浮かび、一定の水位に達すると、給水するチューブを塞ぎ、給水を停止します。
加温加湿チャンバーから水分が蒸発して水位が低下すると、フロートが下がり、給水チューブが開放されるため給水が行われ、また、水位が上昇すると給水が停止するという、常に水位を一定に保つ便利な機構になっています。
今回の質問は、注射用水のバッグが膨らんでいても大丈夫か? という質問です。
注射用水のバッグが膨らんでいるということはどういうことでしょうか。
通常は、フロートによって水位が維持されていると、給水チューブは閉鎖されているため、注射用水のバッグが膨らむようなことは起こりません。
●注射用水のバッグが空の場合
注射用水のバッグが膨らんでいるときの一番の原因は、注射用水のバッグが空になり、加温加湿チャンバーの水がなくなり空焚きしていることが原因です。
注射用水の水がなくなれば、給水ができなくなりますので、加温加湿チャンバーの水位が下がり、フロートが下がったままになります。
フロートが下がったままになるということは、給水チューブが開放されたままになり、注射用水のバッグに人工呼吸器から送気されるガスが、流れていってしまうのです。
つまり、注射用水のバッグが膨らんでいるというのは、人工呼吸器で設定された圧で膨らんでいることになります。
注射用水のバッグに吸気ガスが漏れていってしまうということは、肺に送る吸気ガスより多くのガスを送気しなければなりません。
呼吸器回路が人工呼吸器の圧によって伸び縮みすることをコンプレッションボリュームといいますが、患者さんに適正な吸気ガスを送気するためには、コンプレッションボリュームが少ないほうが良いです。
呼吸器回路の伸び縮みが少ないほうが良いということで、単純には伸び縮みの少ない硬い呼吸器回路が良いことになります。
加温加湿チャンバーの水が空になり、注射用水のバッグに空気が漏れるということは、コンプレッションボリュームが多くなってしまい、人工呼吸器で設定された圧が上がりにくくなるため、通常よりも多くの吸気ガスが送気されます。
吸気ガスが増えるだけなら良いですが、患者さんへ送られる吸気ガスのスピードが低下するなどによって、圧の上昇するスピードが遅くなり、胸の上りが悪くなる可能性があります。
結果、換気不良になり、潰れやすい肺胞は膨らみにくくなります。
注射用水のバッグが膨らんでいるときは、患者さんの換気が低下している可能性があるということを覚えておいてください。
●注射用水がバッグに残っている場合
注射用水のバッグが空になっていないのに、注射用水のバッグが膨らんでいる場合の原因として、フロートが正常に機能しておらず、給水チューブが開放したままになっていることが考えられます。
また、フロートが加温加湿チャンバーの底に張り付いてしまっている場合や、フロートが斜めになってしまい、しっかりと給水チューブを閉鎖できていないことも考えられます。
この場合には、通常、給水が止まらず、多量の水が供給されるので、注射用水のバッグが膨らむことはありません。
では、どんなときに注射用水のバッグが膨らむかというと、人工呼吸器で設定された圧よりも低い場所に注射用水が吊るされている場合です。
人工呼吸器の設定圧の単位は、水柱センチメートル(cmH2O)です。口から肺に至る気道にかかっている圧力の単位で、1cmの水を持ち上げることができる圧力が由来です。この水を持ち上げる力で、肺胞を膨らませるのです。
よって、注射用水の液面が人工呼吸器の設定圧より低い場合には、加温加湿チャンバーの水面が人工呼吸器の圧に押されてしまい、フロートが下がってしまうため、給水チューブが開放され、吸気ガスが給水チューブを逆流して流れ、注射用水のバッグが膨らんでしまいます。
注射用水の水位は、常に人工呼吸器の圧より高い位置になければいけません。
人工呼吸器の最大吸気圧が20cmH2Oであれば、注射用水の水位は、加温加湿チャンバーの水位より20cm以上、高い位置にないといけないということです。
つまり、人工呼吸器で設定される圧よりも高い位置に注射用水のバッグを吊るし、落差圧を利用して給水できるようにしなければいけないということです。
注射用水の水位が加温加湿チャンバーの水位より20㎝高い位置にあれば、人工呼吸器の最大吸気圧20cmH2Oよりも20cmH2O高い、40cmH2Oの落差圧になっていることになります。
なお、注射用水が満タンであるときと、少なくなったときでは水面の位置が変わるので、注射用水が少なくなったときでも、落差圧が保てる位置に注射用水のバッグを吊るす必要があります。
注射用水のバッグが膨らんでいるときの一番の原因は、注射用水が空になったときと説明しました。
そして、患者さんに送られる吸気ガスが少なくなるため、換気が低下する可能性があることを説明しました。
しかし、一番危険なことは、空焚きによって、患者さんに乾燥したガスが送気されていることです。
在宅用人工呼吸器は、部屋の空気を吸い込んで患者さんに送気するので、病院の酸素や空気より水分を含んだ空気が送気されます。しかし、空焚きの状態は、この水分を含んだ空気の温度を上昇させてしまうため、相対湿度は低下します。
相対湿度の低下したガスが送気されると、患者さんの気道や肺胞から水分を奪っていくことや、線毛運動の停止、線毛や肺胞を壊してしまい、分泌物が硬くなるだけでなく排痰機能を停止させてしまうこと、時にガス交換機能も働かなくなります。
ガス交換機能が働かなければ、低酸素状態となり、死に至る可能性もあるということです。
加温加湿器には空焚きアラームがあるという医療者もいますが、現在、病院も含め、在宅で使用される加温加湿器には空焚きアラームはありません。
空気は熱伝導率が低いため、加温加湿チャンバーに水がなくなると、空気を直接温めることになり、加温加湿チャンバーを温めるヒーターは異常な高温にしなければなりません。
温度を測定しながら調節する加温加湿器では、異常なヒーターの状態が継続することによってアラームが鳴りますが、これは空焚きアラームではなく、異常制御状態であることを表しているだけです。
また、この異常状態を知らせるアラームが作動するには30分もかかることがあります。
30分も乾燥した吸気ガスを送気していたら、肺胞や気道(線毛)が壊れることが容易に考えられます。
したがって、注射用水のバッグが膨らんでいるときは、非常に危険な状態が患者さんに起こっていると考えて、早急に新しい注射用水に交換する必要があります。
アラームが鳴ってからの対応ではとても遅いのです。
空焚きはとても危険なので、注意してください!
夜間、寝る前には新しい注射用水に交換して、朝まで注射用水が空にならないようにすることが良いと思います。
次回も、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問のテーマで進めていきたいと思います。

KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory
イラスト:八十田美也子
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