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遂行機能障害(実行機能障害)という症状があります。
段取りが必要な一連の作業が行えなくなることです。
アルツハイマー型認知症の初期に、「教師なのに、授業の準備ができない」「主婦なのに、調理ができなくなった」など、熟練していたことができなくなります。

遂行機能に必要なのは、何かやり始めようとする最初の意欲、目標のために必要な準備、「いま何をしているか」の記憶、行動の実行など、いろいろな要素が含まれます。

このなかのどこが問題なのか、問診や検査で調べます。

必ずしも、記憶だけの問題ではありません。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 042
56才男性

その男性はハンカチで額の汗を拭いながら、そわそわした様子で診察室に入ってきました。

失語のため、話はたどたどしく、何を言おうとしているか、なかなかわかりませんでした。よく聞いていると、以下のような訴えでした。

「たいへんなことになってしまいました。隣の部屋に住むヤクザに嫌がらせを受けています。人を殺めたこともあるという噂のある男です。怖くて家に帰れません」

パニック状態です。
いったい何があったというのでしょう。

これまでの経過

中学卒業後、地元の調理師学校を出て17歳で上京しました。大手の日本料理店に就職しました。真面目に勤めて、やがてチェーン店の店長を任されました。仕事一筋で、結婚歴はなく、アパートに一人暮らしです。

他に趣味もなく、お酒を飲むことぐらいしか息抜きがありません。飲酒量が多く、慢性胃炎で通院していました。

X-11年、携帯電話の契約の際、書類に自分の名前を書こうとしたところ字が思い出せませんでした。免許証の字を見ながら真似をして書きました。「おかしいな」と思いましたが、病気だとは思わず、そのままにしていました。

自動車運転中に突然不安感が込み上げてきて、動悸、冷や汗が出てくるパニック発作が起こるようになりました。また、鍵を何度も確認するなど、強迫神経症の症状もありました。

精神科に通院し、ジアゼパムなどのマイナートランキライザーを内服していました。ジアゼパムはセルシン®︎やホリゾン®︎という商品名の薬です。不安神経症や不眠症、てんかんの治療薬として使われています。

魚がおろせない

X-7年、板前なのに魚がおろせなくなりました。店長なので、魚がおろせなくても仕事ができました。何とか仕事を続けていました。料理を盛り付ける際に、ときどき手に持った食材を投げてしまうようになりました。

X-6年、たびたび立ちくらみを起こすようになりました。

X-4年、交通事故で頭部を打撲しました。両側前頭葉に脳挫傷を負いました。その後、嗅覚障害が残存しました。

X-2年、外を歩いていて、つまずきやすくなりました。特に電車に急いで乗ろうとするとき、焦ると余計に転びやすくなりました。

X-1年、会社で書類に名前を書いて提出するように言われたのですが、書けませんでした。以前のように免許証を見ながら書き移そうとしましたが、どうしても書けませんでした。このため本人は会社を休みました。

お酒の飲み過ぎ?

胃炎で通院中の内科に相談したところ、「お酒の飲み過ぎなので、酒量を減らしたほうがよい」と言われました。

本人は真面目な性格なので、「お酒のせいか」と思い、すっぱりお酒をやめました。それでも症状は良くなりませんでした。むしろ徐々に悪くなりました。

本人は困り、別の精神科を受診しました。その精神科では本人が問診表に自分の名前が書けないので、「これは何か脳の病気ですよ。神経内科を受診してください」と説明し、すぐに私に紹介してきました。

パーキンソン症候群

X-1年、当院初診しました。まずは神経学的所見をとりました。眼球運動制限が少々あり、眼振がみられます。対光反射は鈍いです。脳神経や脳幹、小脳などの異常が考えられます。

歩行時のバランスが悪く、すり足気味です。継ぎ足歩行や片足立ちはできませんでした。姿勢反射障害です。パーキンソン症候群の症状の一つです。パーキンソン症候群は、錐体外路症状といって運動神経の経路の一つ、錐体外路の異常が原因です。錐体外路症状は、大脳基底核や中脳の病変を示唆します。

四肢の腱反射は亢進していました。腱反射の亢進は、通常1次運動ニューロンの障害を示唆します。脳梗塞後遺症や脊髄の病巣で腱反射亢進が見られます。その際には病気になった部位を反映して亢進するので、局在診断するのに役立ちます。

パーキンソン病などのパーキンソン症候群でも腱反射が亢進することがあります。亢進と言うより「出やすくなる」という感じです。この人の場合は出やすい状態でした。

失語

本人は「眼鏡など、身の回りのものをなくしやすい」と言いました。この話をするときに、「眼鏡」という言葉がなかなか出てこず、「えーと、あれが」と言いながら、眼鏡をかけるジェスチャーになっています。喚語(かんご)困難という症状です。

本人はけっこう多弁でよく喋りますが、言葉に詰まることが多く、何を言おうとしているか、わかりません。単語が出てこないので指示語が多く、意思が伝わりにくくなっています。このような失語を健忘失語といいます。責任病巣は頭頂葉の左角回といわれています。

記憶障害

MMSEは18点でした。時間的・場所的見当識障害がみられ、記銘力障害がありました。

セブンシリーズで失点が目立ちました。セブンシリーズは暗算で100から7を順に引いていく検査です。おもに集中力や注意力を見る検査です。前頭葉機能を見ます。引き算は1つもできませんでした。

失書

文章を書くように言ってもまったく文字が書けません。問診票も書けないので、受付の事務員が代筆しました。失書です。失書は重度で、お手本を見ても自分の名前さえ書けません。

ダブルペンタゴンという重なる2つの5角形を模写するテストもまったく描けませんでした。構成失行です。

他にも失行があると思われました。「影絵のキツネ」を真似してやってもらう検査をしました。右手でも、左手でも、できませんでした。観念運動失行です。また、問診で「魚がおろせなくなった」と話していたのは観念失行と考えられました。

これら種々の失行の責任病巣は左半球頭頂葉と言われています。

失書も頭頂葉の左角回の病巣で起こることが知られています。失書の原因はいろいろありますが、この人の場合、失行が多く見られたので失行性失書の可能性もありました。

なんの病気なのか

失行を来す病気です。脳血管障害以外で、神経内科医の私がまず思い付くのは「大脳皮質基底核変性症」です。

画像検査を行いました。頭部MRIで脳血管障害ではなく萎縮がみられました。萎縮しているのは左頭頂葉でした。症状通りの場所です。

また、側脳室は左側が顕著に拡大していました。右側も萎縮していますが、明らかな左右差があります。

両側の前頭葉眼窩面に、X-4年の交通事故の際の脳挫傷の痕がみられました。こちらは嗅覚障害の原因病巣と考えられました。

グレーゾーン

大脳皮質基底核変性症を鑑別するためDATスキャンを行いました。両側の線条体の集積はやや低下していましたが、左右差がはっきりせず「グレーゾーン」の結果でした。

精神症状

本人はこだわりが強くなっていました。家中のコンセントを抜かないと出かけられなくなりました。強迫症状です。

不安感も強く、「夜中に何度も目が覚めて眠れない」と訴えます。このように精神症状が目立ってきました。大脳皮質基底核変性症というには、診断基準に合致するその他の症状が見られないのも気になります。

大脳皮質基底核変性症の診断基準は、難病情報センターのホームページに出ています。以下に引用します。

非対称性の四肢の筋強剛ないし無動、ジストニア、ミオクローヌスのうち、二つ以上の症状がある。
失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候のうち二つ以上の症状がある。
他の疾患が除外できる。

この人は上記の診断基準の症状が揃っていません。とりあえずは原発性進行性失語と診断しました。

原発性進行性失語とは

前頭側頭型認知症の一つです。精神症状や行動異常も伴うので、精神疾患と思われているケースもあります。この人も、強迫性障害の症状を伴っていて、以前通院していた精神科では神経症の治療薬を処方されていました。

自宅を出るときに1時間も確認行動がありました。冷蔵庫だけ残して家中のコンセントを抜いて、家を出て鍵をかけます。その後また鍵を開けて家に入り、家中のコンセントを確認します。それを1時間やると出かけることができます。

本人は「前にアパートの隣の部屋が火事になって、コンセントが原因だと聞いてからです」と言いました。

原発性進行性失語は、進行するとパーキンソン症候群や嚥下障害などの偽性球麻痺などが加わってくることがあります。

症状が出揃って、将来的に大脳皮質基底核変性症と診断されることもあります。DATスキャンの結果はグレーゾーンでしたが、経過を見ていく必要がありました。

ケースワークを開始

経過を見るために定期的に通院してもらいました。本人は仕事ができないので休職していました。

この人のように、現役時代に認知症を患うと収入が途絶えて生活に困窮します。生活を支える援助が必要です。

仕事ができず休職していました。毎回、意見書を書いて傷病手当金がもらえるようにしました。いままでの給料の100%ではありませんが、ある程度は収入が入ります。また、自立支援医療が受けられるように診断書を作成しました。

強迫性障害の症状や不眠を訴えていたので、向精神薬による薬物療法も行いました。薬代が高く、医療費がかかっています。自立支援医療が受けられると、医療費の自己負担額が所得に応じて軽減されます。

いつもの話じゃない話

診察時の話はいつもだいたい同じ内容でした。携帯電話の店で、名前が書けなくてショックを受けたこと。脳挫傷になった交通事故の話。隣の部屋の小火の話。

あるとき、「出かけるときに、確認行動しているのを、隣の部屋のお婆さんが覗いて見ているんです」と、いつもと違うことを話しました。最近、本当にあったことなのか、窃視妄想か、判断しかねます。

吃音

このころから吃音がひどくなりました。語頭の音を繰り返す症状です。

吃音は、パーキンソン病や進行性核上性麻痺などでよく見られます。「お変わりないですか?」と聞くと「かかかかわりないです」などと答えます。すくみ足と同じように、言葉がすくんで前に出ないような感じです。

管理能力低下

通院日ではない日に通院するようになりました。カレンダーを見ても間違えてしまいます。「友人から『明日、通院日じゃないの?』と言われたから」と、来てしまったこともありました。

記憶障害だけでなく、人の言いなりになって行動してしまっているのです。前頭葉機能の低下によるものと思われました。

薬の管理も難しくなりました。薬局に依頼して日付を入れて分包してもらいました。

前頭葉症状の進行

注意力はどんどん低下しました。スーパーに自転車で買い物に行き、前かごにバッグを置き忘れて店内に入ってしまいます。支払おうとしてバッグがないことに気づき、自転車に戻るとバッグが開いていました。誰かに開けられたようです。

同じものばかり食べ続けるようになりました。体重が増加してきたので、食生活について尋ねると、「チョコレートばかり食べています」と言うことでした。常同行為です。前頭側頭型認知症によく見られる症状です。「マイブーム」です。同じものばかり食べる、同じところで同じものばかり買う、などです。

「アボカドを毎日食べる」
「アーモンドを毎日食べる」
「八百屋で毎日みかんを買う」

程度問題で、ある程度は普通の人にもある行動ですが、病的になるとそればっかりになります。

「隣のお婆さん」

しばらくすると、また隣のお婆さんの話が出ました。

「隣の部屋のお婆さんが『あいつは、ちょっとおかしいよ』と、アパートの管理会社にチクっているんです」

私は「どうして、チクっていると思うんですか?」と尋ねました。

「ドアの鍵が開かなくなったからです。鍵が開かないのは、鍵が壊れているからだと思って管理会社の人を呼んだんです。そうしたら、壊れていないと言われたんです。管理会社の人に変だと思われています。隣の部屋のお婆さんにチクられたからです」

思考障害です。被害妄想と思われます。また、鍵が開けられなくなったのは失行の悪化と考えられました。

パーキンソン症候群の進行

手の強張りが悪化しました。巧緻運動障害が出現し細かい動きができません。

以前から、手に持った食べ物を勝手に投げてしまう症状がありましたが徐々に増悪しました。本人は「自分が投げたのではなく、手が勝手に動いてしまいました」と言いました。

他人の手徴候です。手が自分の意志と無関係、あるいは意志に反した動きをしてしまう症状で、前頭葉の症状です。大脳皮質基底核変性症の診断基準に含まれます。まだ診断基準を満たすその他の症状がありませんが、大脳皮質基底核変性症なのでしょうか。

仕事をしているときには、料理の盛り付けの際に食材を投げてしまっていました。いまは仕事はしていませんが、食事の際、食べ物を皿に盛るときに投げてしまいます。

幻聴

診察の前に当院の看護師が「待合室でずっと誰かと話しているような独り言を言っています」と耳打ちしてきました。対話性幻聴です。

診察室で私と対面しているときには独語はないので気が付きませんでした。看護師の観察など、診察室以外での様子も重要な情報なのです。

近隣トラブル?

X年、いつもと違う様子で入室しました。冬だと言うのに何度も額の汗を拭っています。表情は険しく、言葉はたどたどしいながらも切迫感を感じさせます。

「たたたたいへんなことになってしまいました」

以前からちょくちょく話題に出ていた「お婆さん」とのエピソードでした。
以下は本人の話です。

居住するアパートの隣の部屋にくだんの老年女性が住んでいますが、「電球が切れたので取り替えてほしい」と頼まれたと言うのです。部屋を訪問し、電球を取り替えてあげました。

お返しに「飲みに行こう」と誘われて、高齢女性とその息子という男と3人で飲みに行きました。そこでお酒を飲んで2軒目までハシゴしました。もともと酒量が多い人でしたが、長らく飲酒していませんでした。久しぶりにたくさん飲んでしまいました。

別れるとき、息子に「俺が今回おごったから、次回はおごってくれ」と言われました。それで震え上がってしまったのです。

3人での飲酒の席で息子は自分の過去を語りました。その高齢女性は若いころは水商売でした。息子はどうやらヤクザらしく、人を殺めたこともあり、刑務所にも何度か入っていると言いました。その話題が出たときに、高齢女性が息子と称する男に向かって「そんな恥ずかしいこと言わないで」と怒っていたのも真実味がありました。

本人は怖くなり、郷里の妹に相談したり、警察に電話したりしました。

登場人物の高齢女性は、以前から話題に上っていた人物であるものの、あまりにも具体的な内容でした。一概にすべてが妄想とは言い切れず、何らかの対応が必要でした。

最近は失行や他人の手徴候が悪化し、鍵の開け閉めや食事動作にも困るようになっていたので、グループホームのような施設に入るのが適切と考えられました。

本人には手続き能力はありません。このため誰か親族に相談して関わってもらうことにしました。連絡をして、いっしょに通院してもらうように言いました。

妄想かもしれないのでエビリファイ®︎を処方しました。副作用の薬剤性パーキンソン症候群が比較的軽い非定型抗精神病薬です。服薬を開始したところパニックのような状態は少し落ち着きましたが、体の動きは悪くなりました。

親族の登場

23区内に弟夫婦が暮らしていました。弟の嫁が付き添って受診しました。「本人が電話で相談してきました」とのことで、ちゃんと連絡できたようです。

本人は言いました。

「隣のお婆さんの息子が嫌がらせしてくるようになりました。昨夜は突然、『どーん』と大きな音がして拳で壁を叩いているのではないかと思いました。お婆さんの息子だと思います。自分に対してです。男の声がして、内容はよく聞こえないけど、嫌がらせだと感じます」

幻聴に基づく妄想のようです。

義妹は、久しぶりに会った本人の様子に驚いていました。体の動きが鈍くなり、不器用になり、いろいろなことがうまくできません。受診の付き添いのため、最寄駅で待ち合わせをしましたが、本人は時間が読めず、何時間も前から待っていたということでした。

「さっき受診の前にファミレスでいろいろ話をしたんですけど……こんな状態ですけど、本人は『仕事に戻りたい』と言っています。でも、どう見ても無理だと思いました」

本人は自分の病気の認識ができていないのです。

預金はないということでした。あと少しで傷病手当金が出なくなるので、そのタイミングで福祉サービスを利用して生活を支えていくことなりました。

右麻痺、嚥下障害

傷病手当金が出なくなると、いまのアパートの家賃は払えません。このため弟が住んでいる家に一時的に同居することになりました。

転居の準備を進めている最中にも症状は進行しました。右手の麻痺が出現し、力が入らなくなってきました。入浴時の洗身、リュックを背負うなどの際に腕が上がりません。動作に介助が必要です。

姿勢反射障害も悪化し、ふらつきが見られます。嚥下障害も出現し水ものでむせます。とろみが必要になりました。

荷造りなど何もできないので、すべて親族がやりました。転居後の家では水道栓の使い方がわからず水が出せません。脱抑制が出現し、相手さえいれば1日中のべつ幕なしにしゃべっています。思ったことをダラダラと話し続けます。

転居の荷物整理や荷解きなど、親族がバタバタやっているとき、本人は落ち着かないのかずっと立っています。座るように言っても座らないで、ただぼーっと立っています。話しかけるとまた喋り出します。

スーパーマーケットに連れて行くと、人が多い通路では足がすくんで前に出ません。すくみ足です。歩行は遅くなり、つんのめりそうになりながら歩いています。

介護認定申請

X+1年、施設入所を視野に入れ、介護保険制度を利用できるようにしました。この人はまだ50代と若く、介護保険制度を利用できる年齢には達していません。しかし、この年齢でも「第2号被保険者」としてなら認定申請ができます。

第2号被保険者は40歳~64歳で特定疾病に罹患している人です。特定疾病には認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患が含まれます。

私は主治医意見書を作成しました。

ミオクローヌスの出現

2~3カ月すると手が急にピクっと痙攣するようになりました。ミオクローヌスです。固縮がひどくなり、背中や腰、腕などの痛みを訴えるようになりました。

また、本人が「歯が痛い」としつこく訴えるようになり、歯科受診させましたが異常ありません。
何軒かの歯科を受診させましたが、どこの歯科でも異常は見つかりませんでした。通常の鎮痛剤の効果はありません。口腔セネストパチーです。体感幻覚の一種です。

強制把握の出現

手すりにすがって歩くようになりました。握った手すりをなかなか離すことができなくなりました。強制把握です。「右手を出して」と言っても、どちらの手かわからなくなりました。左右失認です。

ベッドに寝かせようとすると体が固くて、仰向けでは頭を枕につけることができません。体幹の固縮です。

嚥下障害はますます悪化し、薬を飲み下すのが難しくなりました。嚥下補助ゼリーを使ってなんとか飲んでもらいます。

鼻水がひどく出るようになりました。とめどなく出て止まりません。自律神経症状の一つのようでした。

地域包括支援センターとつながる

ようやく要介護度が出て、弟夫婦は地域包括支援センターでサービスの相談をしました。

すでに筋強剛、ミオクローヌス、失行、他人の手徴候など症状が出揃い、大脳皮質基底核変性症の診断基準をクリアしました。

両腕の肩関節が拘縮してきました。バンザイをしても半分しか腕が上がりません。固縮が強くなるとこのように肩関節の可動域制限が起きたり、肩関節周囲炎(五十肩)になる人がいます。着替えができないので弟の嫁が着せてあげます。

もはや日常生活動作は全介助です。弟夫婦の介護負担軽減のため、デイサービスでの入浴や訪問看護の導入を提案されました。

病識の欠如

本人はそのような状態でも「一人暮らしをして仕事に戻りたい」と言い続けていました。病識の欠如です。診察のたびにそう語ります。診察室の椅子で常に前後に体を揺すりながらそう語ります。体を揺らすのは、不随意運動です。

弟夫婦の介護は行き詰まっていました。全介助のうえに幻覚妄想もあるのです。

本人を施設に入れるためにはお金が必要でした。精神障害者保健福祉手帳を取得してもらいました。さらに障害年金を取得してもらうために年金診断書を作成しました。

自宅の様子と通所先での様子の解離

弟の家では全介助でしたが、デイサービスでは口頭指示でいろいろな動作ができました。このためケアマネジャーは施設への入所を提案しました。

家族の前では能力が発揮できなくても、他人の前ではいろいろとできることがあるのです。デイサービスの担当者や訪問看護師らは、「家族といっしょにいると、かえってよくないのでは」と言い始めました。

確かにそのようなことはあります。家族の前では認知症の症状がひどくなり、他人の前では取り繕いもあり能力が高まるのです。

このとき本人はMMSE16点でした。おおむねMMSE20点を切ると日常生活動作に介助が必要になり、在宅生活が難しくなるといわれています。

地域包括支援センターと当院との話し合いで、ショートステイ入所後に介護老人保健施設に移ってもらい、その後の入所先を探す手筈となりました。介護老人保健施設は3カ月間しか入所できないからです。短期間しか入所できない代わりに、空きが出るのも早く、比較的早く入所ができます。

その後は病気が進行して、寝たきりになっても介護をしてもらえる施設、特別養護老人ホームか、介護医療院、介護療養型医療施設などを探して移ることになるでしょう。

ショートステイに入所

介護老人保健施設のショートステイに空きが出て、ようやく入所できました。

ショートステイ中に弟に付き添われて診察に来ました。

本人は、言いました。

「自分では何も変わっていないと思います。自分の家に戻りたいです。会社に行きたいです。一人暮らしをして、店長の仕事を続けたいです」

そのような内容でしたが、吃音や換語困難があるので意思が伝わるのにすごく時間がかかりました。不随意運動で前後に体を揺らす動きが持続しています。ときどきミオクローヌスもあります。

弟は「兄は昔の記憶に戻っていて、1人で暮らして職場に戻りたいと言っているんです」と言いました。

介護老人保健施設に本入所すると他の医療機関を受診できないので、この診察が最後の診察です。以前によく話していた、アパートの小火の話、交通事故の話など、定番の話はもうありません。隣室のお婆さんに悪口を言われたり、その息子のヤクザに脅かされた話も、もう忘れてしまったようです。

怖い妄想は忘れてしまったほうが幸せです。
施設で心穏やかに、安心して暮らしてほしいと願いました。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。