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認知症の治療は何のために行うのでしょうか。

現在の認知症治療の主役は抗認知症薬です。抗認知症薬を投与する主な目的は、早期~中期に投薬を開始して、後期へと進行する時期を遅らせることです。デイサービスで行うようなアクティビティケアも進行予防に寄与しますが、医療機関ならではの治療が抗認知症薬です。

中期ぐらいまでは、ある程度身の回りのことができ、周囲の人とコミュニケーションができ、人生を楽しむこともできます。後期になると、身の回りのことができなくなり、コミュニケーションが困難になり、生きていさえすればささやかな喜びはあるものの、嚥下障害など生命の危険も出てきます。

人生をなるべく長く楽しんでもらうためには、早い時期からの進行予防策が必要なのです。ところが、早い時期に来る患者さんばかりではありません。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 045
92才女性

「薬は、効いているんでしょうか……」

診察室で娘は私に尋ねました。
現在は評価が難しい状態です。
私には判断する術がありません。
何と答えればいいのでしょう。

これまでの経過

X-12年、スケジュール管理ができなくなりました。同じものを何度も買ってきます。幻聴が聞こえるのか、独語するようになりました。「壁の模様が人に見える」と錯視を訴えるようになりました。大学病院を受診し、アルツハイマー型認知症と診断され、アリセプト®︎の服用を開始しました。

X-9年、服薬のタイミングがわからなくなり、娘が服薬管理するようになりました。

X-7年、家事全般を徐々にしなくなりました。

X-5年、つまずくことが多くなりました。1人での入浴が危険なため、介護認定を受け、デイサービスで入浴するようになりました。尿意、便意がわからなくなり、トイレ誘導が必要になりました。

嚥下性肺炎

徐々に嚥下機能が低下し、嚥下性肺炎を発症しました。通院中の大学病院に入院しました。それを機に、外来で服用していたアリセプト®︎が中止になりました。肺炎はすぐに治りましたが、食事の経口摂取ができなくなりました。

大学病院では、栄養状態を改善するためにCVポートを入れました。CVポートとは、皮下埋め込み型中心静脈アクセスポートのことです。中心静脈栄養を入れるために皮下に設置されます。

病院側では、CVポートを留置した状態で療養型病院に転院してもらい、そこで最期まで看取ってもらうという方針を考えていたようです。ところが、このCVポートはうまくいきませんでした。ポート部分に細菌感染を繰り返し、抜去せざるをえなくなりました。

代わる手段として胃ろうを増設しました。胃ろうであれば、療養型病院だけでなく、特別養護老人ホームなどの施設で介護できますし、在宅で介護することも可能です。

胃ろう造設後は、療養型病院や特別養護老人ホームを検討していましたが、尿路感染症から敗血症を合併し、退院することができなくなりました。入院が長引き、大学病院に入院し続けることはできませんでしたので、他の病院を転々としながら治療を続けました。

在宅生活を目指す

X-4年、およそ1年間の入院生活を経て、ようやく感染症が落ち着きました。

入院中の病院から療養型病院に行くのか、特別養護老人ホームに行くのか、娘は決断を迫られましたが、どちらの選択肢も選ばずに「自宅で介護したい」と言いました。この病院の相談員は、娘の意思に寄り添うケースワークを行いました。在宅介護につなげることにしたのです。

簡単なことではありません。すぐには帰れません。このため、娘の意向に沿って自宅退院に向けて、リハビリテーションを行うことになりました。介護保険施設の一つ、「介護老人保健施設」に移りました。介護老人保健施設とは、病院と自宅をつなぐ役割を担っているリハビリテーション施設です。

入院生活が長かったため、すっかり寝たきりになっていました。認知症の進行も相まって、リハビリテーションは難航しました。それでも、徐々に車椅子座位が取れるようになったり、ゼリー食を少量摂取できるなど、嚥下訓練も進みました。

X-3年、介護老人保健施設に入所して半年後、当院を受診しました。

介護老人保健施設

初診時は、まだ介護老人保健施設に入所していました。介護老人保健施設は、介護保険施設でありながら、医師が常駐しているため医療機関として扱われます。入所中に他の医療機関を受診するには診療報酬上の制限があります。施設内では行えないような専門的な医療のみが、診療報酬で認められるのです。このようなルールがあることを知らない人が多いので、ときどきトラブルが生じます。

介護老人保健施設に入所していることを知らずに、別の医療機関が外来で診察してしまうと、介護老人保健施設の入所者には認められない診療報酬を請求してしまうことがあります。すると、請求が認められない報酬分が、介護老人保健施設の持ち出し(負担)になってしまうのです。入所中の施設に迷惑をかけてしまいます。

当院ではそのようなケースが多いので、受診の予約を受ける際に施設や病院に入っていないかを必ず確認するようにしています。また、通院中の人がこれから介護老人保健施設に入所することがわかった場合には、入所中には基本的には通院ができないことを伝えます。薬は入所先の医師から処方してもらうように依頼します。

退所前の受診

予約の段階で介護老人保健施設入所中であることが明らかでしたので、上記のような理由で入所中の診察には制限があることを伝えました。すると、「もうすぐ退所します。在宅介護を始めるので、主治医になってほしいのです」ということでした。

このため、まずは来院していただきました。

初診時の状態

介護老人保健施設入所中の認定で要介護5の認定を受けていました。最重度の状態です。日常生活は全介助です。寝たきりですが、介助して車椅子に乗せるとなんとか座っていられます。

食事は胃ろうからの栄養剤の投与です。そのほかに、介護老人保健施設では経口摂取訓練を行なっていました。ゼリー食などは少し嚥下できるようになっていました。尿意、便意はなく、常時オムツを着用しており、定期的な交換が必要です。入浴動作は不能で機械浴です。

開眼はしています。発語はありません。「こんにちは」とこちらから話しかけると、なんとなく視線を向けますが視線が合いません。返答もありません。

観察しているとミオクローヌスが出現しています。四肢がぴくっと痙攣するような動きです。寝ているのか起きているのかわからない状態ですが、寝ている状態なら睡眠時ミオクローヌスかもしれません。

睡眠リズム

娘の話では、睡眠リズムは保たれているということでした。夜は静かに熟睡しています。日中は車椅子に座らせてもぼーっとしていますが、声かけで開眼するので「起きていると思います」ということでした。

これは起きているのではなく意識障害ではないかと思いました。身体診察を行うと、介護老人保健施設で関節可動域訓練を行なっていたため他動的な四肢の運動制限はありません。しかし、こちらが力を加えると反発するような動きが出て、緊張が高まり抵抗します。ゲーゲンハルテン、抵抗症です。前頭葉機能の障害による症状です。

また、握った手すりからなかなか手が離れない「把握反射」が強く見られました。こちらも前頭葉機能の障害による症状です。前頭葉が重度に萎縮しているのではないかと思いました。

認知機能検査のMMSEは施行不能です。会話ができないからです。

ABC認知症スケールを行いました。このスケールは、本人と会話ができなくても、極端な場合は診察ができなくても、介護者から見た状態を聞き取ることで認知症の程度を判定できます。

最重度の認知症

ABCスケールは39点でした。かなり低い点数です。CDR3相当です。CDRも認知症の評価スケールの一つですが、これも最重度です。誰がどう見ても末期の状態です。

頭部MRIを施行しました。大脳全体が著しく萎縮していました。このような状態を失外套症候群と言います。アルツハイマー型認知症の末期や低酸素脳症が原因で起こります。2年前の嚥下性肺炎による低酸素脳症も影響したのかもしれません。

アルツハイマー型認知症だけなのか

アルツハイマー型認知症を発症してから9年です。発症してから後期の状態に至る平均的な経過年数はおよそ6年といわれています。

この人は抗認知症薬のアリセプト®︎を服用していたので、もう少し経過が伸びていてもおかしくないと思いました。何らかの理由で、すべての人で同じように進行抑制ができるわけではないので、薬の効果が得られない人もいます。

もう一つの可能性もありました。この人は病気の初めころに幻聴、錯視を伴っていたので、アルツハイマー型認知症にレビー小体型認知症を伴っていたのかもしれません。

高齢になると、2つ以上の認知症を合併する人が少なくありません。認知症を複数合併していると、1つの病気だけをもつ人に比べ悪化速度が速くなることがあります。そうだったのかもしれません。

治療を求める

娘は治療を求めていました。

「睡眠覚醒のリズムはちゃんとありますし、話しかければ目を開けます。ときどき簡単な返事もするんです。何かできる治療はありませんか」

診察時には、その「簡単な返事」は得られませんでしたが、娘が話しかけると答えることがあるというのです。家族にしかわからないことがあるのです。

私は失外套症候群について説明しました。ほぼすべての大脳の機能が失われ、意識もほとんどない状態であること。回復は難しいこと。しかし、周りの人が何もしてあげられないのではなく、関節可動域訓練はこれからも必要であることや、スキンシップや音楽など、本人にとって心地良い刺激を与えることが重要であると話しました。

このとき私は、薬を使うことはまったく考えていませんでした。介護指導や生活上の工夫、アドバイスを求めてきたものと考えていました。ところが、娘は「薬を出してほしい」と言いました。

抗認知症薬是か非か

抗認知症薬は、認知症が進行して要介護状態になるのを遅らせるのが目的です。このようにすでに全介助の人に対して抗認知症薬を投与することはどうなのでしょうか。賛否両論があると思います。

外来でずっと見ていた認知症の人が後期になると、家族から「薬をやめてほしい」と言われることがあります。いろいろな理由があります。

後期になると認知症の状態を評価することが困難で、医師が客観的なデータを用いて「薬が効いて、進行が遅くなっていますよ」と励ますことができません。家族や介護者が効果を実感できなくなります。「効いているのかどうかわからない」ので、治療のモチベーションが下がります。

家族は長く介護していると、徐々に病気を受け入れて、「このままでよい」と思えるようになり、「無理に進行を抑えなくてもいい」と思うようになる人もいます。

経済的理由

長引く介護で介護費用がかさみ、介護度が上昇することによって介護報酬も上がり、経済的負担が増えます。高い薬をやめたいと思うようになります。

意思疎通が難しい人に服薬の援助をし続けるには、手間も費用もかかるのでたいへんになります。「もうやめたい」と思うようになる人もいます。

そうして薬を中止してみても、後期の人では「やめてもあまり変わらなかった」ということがほとんどです。

抗認知症薬のタテマエ

現在発売されている4種類の抗認知症薬には、保険診療で認められるための条件があります。

アリセプト®︎は、早期~中期では維持量が1日5mg。後期には10mg。
レミニール®︎は、早期~中期で維持量が1日16mgまたは24mg。
リバスタッチパッチ®︎(イクセロンパッチ®︎)は、早期~中期で維持量が1日18mg。
メマリー®︎は、中期~後期で維持量が1日20mg。

これに合わせると、後期の認知症ではアリセプト®︎10mgとメマリー®︎20mgしか選択肢がありません。

抗認知症薬の実際

実際の診療では、アルツハイマー型認知症早期~中期の人でも進行が速い場合、アリセプト®︎を10mgに増量してやっと抑制できる人がいます。

気管支喘息や胃潰瘍がありコリンエステラーゼ阻害薬が服用できない人では、早期でもメマリー®︎を処方することがあります。

後期になってもレミニール®︎で進行抑制できる人もいます。この人にも、何か薬でできることがあるかもしれません。考えてみることにしました。

「施設を退所したら処方をお願いしたいので、よろしくお願いします」

娘はそう言って施設に帰って行きました。

薬物療法開始

介護老人保健施設を退所するにあたり、ケアマネジャーと改めて契約しました。

作成されたケアプランは、通所介護週5回、リハビリデイサービス週1回。平日は毎日、通所が入りました。娘がパートに出る日の週2回はデイサービスに送り出す準備ができないので、送り出しヘルパーも入れました。通所サービスを利用するためには玄関を出入りする必要があるので、出入りに必要な福祉用具をレンタルしました。具体的にはスロープや手すりです。もちろん介護用ベッドも導入しました。

退所後、娘と相談の上、リバスタッチパッチ®︎を開始しました。経口摂取が困難で、嚥下訓練は行なっているものの、ほとんどが胃ろうからの注入です。もちろん、内服薬の剤形を工夫して、胃ろうから注入する方法もありますが、薬を注入することはチューブが詰まったり、消化吸収力が低下している人では薬剤の効果が十分に得られないなど、問題があります。このため経皮吸収剤が適切なのではないかと考えたのです。

抗認知症薬への反応

保険収載された服薬方法通り、リバスタッチパッチ®︎を4.5mgから開始しました。診察室での様子に変化はありませんでしたが、娘の話では会釈をしたり笑顔が出たり、少し反応があるということでした。また意味は通じませんが、喃語のような音声を出すということでした。娘は薬に手応えを感じていると言いました。

9mgに増量しました。貼付部位に赤みが出てきたので、リンデロン軟膏®︎を処方しました。

13.5mgに増量しました。退所して2カ月以上経っており、平日毎日の通所サービスだけでなく、ショートステイも使い始めました。薬を増量したためか、通所サービスやショートステイで人と接することが増え、活性化したためなのか、話しかけに対する反応が改善したということでした。

診察時に四肢のミオクローヌスだけでなく吃逆も見られました。吃逆はしゃっくりのことです。横隔膜のミオクローヌスといわれている不随意運動の一つです。ミオクローヌスや吃逆は、介護や生活に支障がないので経過観察にしました。

訪問診療、訪問看護

当院に通院していましたが、日々の健康状態のチェックや、褥瘡などが生じていないかチェックするために訪問看護を導入しました。

訪問看護を導入するには一つ問題がありました。介護老人保健施設に入所中は要介護5でしたが、退所してから自宅での認定調査で要介護4に介護度が下がりました。

施設入所中から立てていたケアプランでは点数が足りなくなりました。要介護5の介護報酬を、目いっぱい使用していたのです。点数が足りなくなるということで、医療保険での訪問看護導入を目指しました。

自立支援医療の導入

訪問看護の導入は、精神科訪問看護を利用することになりました。このために、自立支援医療を申請することになり、診断書を作成しました。自立支援医療とは、精神疾患で投薬や訪問看護など継続的な医療サービスが必要な場合に、医療サービスを継続できるように医療費を助成する制度です。

リバスタッチパッチ®︎を18mgまで増量し、副作用の赤みはリンデロン軟膏®︎で改善していました。

訪問リハビリテーションで言語聴覚士による嚥下機能訓練を行い、ゼリー食、ペースト食、全粥など試していくうちに食べられる量が増えました。

言語聴覚士の提案で、大きな病院の口腔リハビリテーション科に受診してもらい、摂食嚥下機能評価を行ないました。すると、咀嚼や嚥下機能が改善し、昼食1食分ぐらいは経口摂取で可能な状態との結論が出ました。

同じころから声を立てて笑うようになりました。意味のある会話はできませんが、視線が合うようになりました。

試しに、初診時には不可能だったMMSEを施行してみました。会話形式の知能検査なので、会話ができない人では施行できません。すると、即時再生項目で、検者が言った単語を一つ、おうむ返しに言うことができました。例えば、「桜、猫、電車」と言って、直後に復唱してもらうと「桜」とだけ答えるようなものです。それ以外はできませんでしたが、施行不能であることと1点が取れることには大きな違いがあります。なんとなくでも意思の疎通ができるということです。

誤嚥

リハビリテーションや薬物療法で改善は見られていましたが、もちろん治ったわけではありませんでした。進行性の病気であることを忘れてはいけません。

X-2年、微熱や痰がらみがしばしば起こるようになりました。また、一度は口から食べたものを嘔吐したこともありました。嘔吐は誤嚥のリスクが高まります。吸引処置が必要になりました。

車椅子上での座位を保つことも徐々に難しくなりました。自宅で身体介護を併用することが増えました。介護保険の範囲を超え自費の負担が重くなりました。

身体障害者手帳の申請

身体障害者手帳を申請し、重度訪問介護サービスを受けられるようにしました。座位が取れない場合、体幹機能障害1級になります。申請してもらいました。

痰の吸引を日中も夜間も行います。夜間、吸引している娘が異変に気づきました。

「夜に、呼吸が止まっているのです」

睡眠時無呼吸症候群です。種々の原因で起こりますが、気道の筋力が低下して起こることがあります。また、脳の変性が進行すると脳幹の機能も低下して、呼吸中枢の機能障害が起こり、無呼吸になることも考えられます。

呼吸が止まっていても、酸素飽和度モニター上は酸素療法をするほどの低下を示していないため経過観察としました。

体重減少

X-1年、体重は少しずつ低下してきました。昼食を経口摂取にしていましたが、十分摂取できなくなったためです。

あるとき嘔吐を繰り返し、胃ろうからも内容物が逆流しました。原因を調べるため2週間ほど入院しました。検査では大きな問題はなく、「感染性胃腸炎」との診断でした。訪問看護でこまめに口腔ケアを行っていたのですが、どこからか感染したようです。免疫力が低下しているので感染症にかかりやすい状態でした。

2週間の入院を経て、また在宅介護に戻りました。娘は今回の入院でちょっと疲れた様子でした。このため私のほうから声をかけました。

「まだ、家で介護できますか?」

私が尋ねると、娘は「特別養護老人ホーム等には入れず、家でがんばりたいです」と言いました。

抗認知症薬の貼付剤を始めて2年経っていました。「貼付剤を使用しているにもかかわらず、少しずつ悪化していますが、このまま続けますか?」と私が尋ねると、娘は躊躇することなく答えました。

「薬の貼り始めにすごく良くなったので、効いていると思うのです。続けたいです」

四肢の拘縮

訪問リハビリテーションで関節可動域訓練を継続していました。それでもベッド上に臥床している時間が長くなったためか、下肢の拘縮が強くなってきました。

両足が尖足です。伸展拘縮という状態です。以前みた別の患者さんの家族は「バレリーナの足みたいになって固まってしまいました」と言いました。足首が硬くなり曲がりません。足が床につけないので立たせることができません。

褥瘡

X年、寝返りが打てなくなりました。娘がいない日はヘルパーを増やすなどして体位交換を行っていましたが、それでも仙骨部に褥瘡ができてしまいました。

週2回、訪問看護師に処置をしてもらいました。また、訪問形成外科医にも入ってもらいました。エアマットをレンタルしました。

両腕が屈曲拘縮してきました。両足が伸展拘縮し、両腕が屈曲拘縮している状態は除皮質硬直による肢位です。

一時的に改善していた意識状態も徐々に低下しました。

嚥下性肺炎の再発

嚥下性肺炎を再発し、経口摂取はできなくなりました。退院直後に胃ろうから出血し再入院しました。

2度目の入院から退院後は喃語のような言葉を話さなくなりました。復唱もしません。視線を向けることはありません。開眼していることも減りました。声かけに少し顔を向けるなどの反応は残っていましたが、それ以外は無反応になりました。

「薬は、効いているんでしょうか……」

診察室で娘は私に尋ねました。難しい質問です。今回の急な悪化の原因は、嚥下性肺炎で入院したためと考えられます。しかし、入院する前から状態は徐々に悪化してきていました。

「薬が効いているかいないかは、わかりません。私に言えるのは、病気が進行しており、治ることはないということです」

娘は黙って考え込んでいました。
診察時に結論は出ませんでした。

次回の診察では、その答えが出ているのでしょうか。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。