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若年型認知症にはさまざまな問題が生じます。働き盛りの世代に発症しますので、仕事に支障を来して就労が持続できないと家族が経済的に困窮します。

自立支援医療制度を利用して医療費助成を受けたり、障害者手帳を取得してもらい障害年金を申請するなどさまざまな支援を行います。

一方で、家庭の主婦だった場合はどうでしょう。他の家族が家事を担うことになります。家事だけではなく本人の介護も行う必要が出てきます。就労していると介護まで手が回りません。たとえ認知症の本人が専業主婦であったとしても、介護のために配偶者が仕事を辞めざるを得なくなり、経済的に困窮することがあります。

経済的な問題以外にも、認知症の種類によってはいろいろ社会的な問題が生じます。

CASE 057
42才女性

若年型認知症で通院している患者の夫だけが診察室に入ってきました。

「すみません。どうしても車から降りようとしないのです。今日は私だけでいいでしょうか……」

いつもは人懐こくて診察に来ると医師に親しげに接していた患者です。いったいどうしたのでしょうか。

これまでの経過

X-20年、交通事故で頭部打撲しましたが後遺症はありませんでした。

X-13年、結婚しました。仕事はやめず共働きを続けていました。

X-10年、話し方が幼児のように舌足らずになりました。

X-9年、夫に対してヒステリックに接するようになりました。夫が大事にしている趣味の道具をわざと壊します。何度もするので夫と大喧嘩になりました。あるとき、ついに夫が本人を突き飛ばして怪我をさせてしまいました。本人は実家の両親に「暴力を振るわれた」と言いました。実家の母が心配し、夫の両親にも相談をしました。実家の母が頻繁に電話や訪問をするようになりました。

社会的トラブルの始まり

X-8年、会社の同僚とトラブルになり退職しました。言葉のイントネーションがおかしくなりました。

X-7年、精神的に不安定で、自ら大きな病院の精神科に通い始めました。精神安定剤や睡眠薬を処方されたようですが一向に良くなりませんでした。語間代が出現し「みみみみみ」など語頭を何度も繰り返します。それも時間と共に減り、言葉が出なくなっていきました。

実家に帰る

X-6年、嫉妬妄想が出現しました。夫を拒否し突然実家に帰りました。「んー」という音しか出せず言葉が喋れません。会話ができませんが筆談はできました。母が大きな病院の神経内科に連れて行き、精密検査のため入院しました。「進行性失語症」という診断がつき、障害者手帳4級をもらって実家に帰りました。

実家の母に対してもヒステリックに怒るようになり、母をベランダに締め出し鍵をかけて入れなくするなど常軌を逸した行動が頻繁にみられるようになりました。

X-5年、ゴミが捨てられなくなりました。

警察沙汰になる

X-4年、道端で知らない人に鼻歌のような音で話しかけます。相手はなんとか聞き取ろうとしますが、意味がわからないので立ち去ろうとすると本人が相手の腕を掴むなどしてしつこく付きまといます。警察に通報されました。母が呼び出され警察署に迎えに行きました。

X-2年、ワインの空き瓶を部屋に何十本も溜め込んでいたので、本人の外出中に母が捨てました。すると帰宅後にひどく怒り興奮して母を突き飛ばすなど暴力が見られました。

筆談をしていましたが文章が書けなくなりました。単語の羅列になりました。整容は徐々にだらしなくなり、穴が空いた服を平気で着て、洗濯しない汚れた服を何日も着続けました。

母が対応に困り当院に連れてきました。

初診時の状態

私とほとんど年齢が変わりません。スリムでまっすぐなロングヘアーが印象的な女性でした。診察時、会話はまったくできません。「んー、んー」と高い音を発し鼻歌のようです。筆談を試みましたが、単語をいくつか書いたものの意味が通じません。まったくの無表情です。喜怒哀楽が感じられません。

母の話では外出は頻繁でした。実家に住んでいましたが、もともと住んでいた家に行き夫の夕食を作ります。数日同じメニューが続き、また別のメニューになり数日続くという繰り返しです。マイブームという前頭葉症状です。買い物はできますが同じものを何度も買います。

実家でも料理はしていましたが、同様に同じメニューの繰り返しでした。食後の皿を舐めます。自分が食べ終わると母にはおかまいなしに入浴します。入浴が終わると母の腕をつかんで風呂場に連れて行き強制的に入浴させようとします。母が嫌がると怒ります。

外では、犬を連れた人を見ると駆け寄って鼻歌のような音で話しかけます。「distant loss」と言われる前頭葉症状です。相手との距離感がつかめず異常に接近して馴れ馴れしくなります。猫も好きで近所の野良猫に餌付けをしています。毎晩同じ時刻に餌をやります。こちらは時刻表的生活です。ピック病などの前頭側頭型認知症によく見られます。

被害妄想があり、見覚えのある花瓶を見て「自分のものだから返してほしい」とジェスチャーと単語の筆談で主張します。

介護認定申請

初診の段階で入院や入所を勧めましたが、母は受け入れられない様子でした。まずは母の負担軽減が必要でした。介護認定申請を勧めました。40歳以上であれば「初老期の認知症」で特定疾患になり介護保険サービスが使えます。

認定調査員が訪問しましたが会話が理解できないので調査は難航しました。調査員は母からも聞き取り、介護認定申請ができました。

以前からパソコンで株取引を行なっていました。その流れで毎日同じ時間にパソコンの前に座っていますが株取引はできていませんでした。このような時刻表的生活は続いており、パターン化した行動を毎日繰り返していました。障害者手帳が使える地域の障害者センターに出かけて昼はそこで弁当を食べて帰ってきます。センターでは会話が通じないと職員を傘で叩いたり爪で引っ掻きます。困って母に連絡が入りました。このような行動を抑える治療はないのか相談されました。

私は常同行為を抑えるためにSSRI(抗うつ薬の一種)を処方しました。ルボックス®︎という薬です。母は「やはり入院させたいので病院を探してください」と言いました。私はいくつかの病院を候補としてあげ、資料を渡して見学に行くよう言いました。

夫の登場

入院先を探していたところ、別居中の夫が同伴して受診しました。夫が当院に来るのは初めてです。

「ルボックス®︎を飲ませたら少し落ち着いたので、母が見てくれると言っています。入院しなくても大丈夫そうです。じつは私もいっしょにあちこちの病院を見て回ったのですが、母のほうから『入院させるのはかわいそう』と言いまして。それにルボックス®︎を飲んでから穏やかになって、私といっしょに外出できるようになったので、通院には私が付き添うことにしました」

診察時には紙とボールペンを欲しがるジェスチャーをしました。紙を渡すと漢字や単語を書きました。「浮気 女 夫」などの字が書かれ、夫に対する嫉妬妄想が推測されました。

置き引きの被害にあう

X-1年、図書館でいつも持ち歩いているブランド品のバッグを置き引きされました。本人は警察署に行きましたが言葉が通じないのでトラブルになりました。警察官がなんとか連絡先を調べ、母が呼び出されました。興奮した様子の本人を数人の警察官が囲んでいる状況でした。この事件の後は図書館に行かなくなりました。

本人がいつも乗るバスで運転手に話しかけるようになりました。障害者手帳があるので都営バスは無料で乗れるのです。喉の奥から鼻歌のような音で一生懸命に訴えている様子がありますが意味が通じず、バスの発車時刻が遅れます。近所の人がその様子を見て母に「一人で外出させないほうがいいのでは」と言ってきました。

犬のぬいぐるみ

診察時に犬のぬいぐるみを持ってきてしきりにキスをします。犬が好きなのです。私に紙とボールペンを要求するといつものように字を書きます。単語の羅列で性的な言葉が含まれています。

母は「バスが遅れるなど人様に迷惑をかけているので入院させます」と言いました。入院させるにはお金がいります。私は年金診断書を作成し、障害年金を受給してもらうことにしました。

入院の準備を再開していたところ今度は夫が「入院は忍びない」と言い出し「いっしょに住んで面倒をみる」と言い出しました。そして夫が自宅に連れ帰っても本人はまた実家に帰ってしまいます。しばらくそんなことが続きました。障害者手帳で乗れる都営バスと都営地下鉄を乗り継いで、いろいろなところに一人で出かけます。

嚥下障害の始まり

しばらくすると夫の家に泊まるようになりました。同時期から嚥下障害が出現しました。食べ物を喉に詰まらせ咳き込みます。

夫と暮らすようになり夫婦での外出が増えました。障害年金がもらえるようになり確定申告が必要になりました。すると本人は自分で確定申告書を書いて提出しました。数字は合っていました。

遺伝がないのか

あるとき離れて暮らす本人の兄弟が「遺伝する病気ではないのか」と問い合わせてきました。

前頭側頭葉変性症を呈する疾患群のなかには、タウ蛋白が溜まるピック病、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺や、TDP43という蛋白が溜まるもの、そのほか少数ながらレビー小体型認知症、アルツハイマー型認知症の非典型例などがあります。

いずれの疾患も遺伝性ではありません。その旨を説明すると安心した様子でした。

人懐こい

夫といっしょに暮らすうちに夫に頻繁にメールするようになりました。自分の行動予定を書きますが「てにをは」はありません。単語の羅列です。

夜になると実家に帰る習慣は続きました。日中は夫と過ごします。ルボックス®︎内服で機嫌は良くなりました。常同行為は減っています。夫婦2人分の食事をちゃんと作ります。後片付けまできちんとやります。

物は捨てなくなりました。破れた服やストッキングを捨てずに使い続け、身なりはみすぼらしくなりました。レシート類もまったく捨てないので財布が膨れ上がっています。穴が空いたり汚れた服は捨てるところを見られてしまうと嫌がるため、夫がこっそり捨てるようにしました。

小康状態

夫といっしょに住んだことで、米を買い、鍋でご飯を炊くようになりました。料理のレパートリーも増えました。いままでは数種類のメニューでしたが15種類ほどまで作るようになりました。夫の話では2人のときには笑顔が出るということでした。

テレビで「認知症によい」という品物を宣伝していると自ら購入しました。自分なりに健康に関心を持ち、万歩計をセットして毎日の歩数を記録していました。夫が「認知症によい」と話してデイサービスの見学に連れていきました。本人が気に入り週1回通いはじめました。

診察に来ると私に近寄り髪を触ります。ボディタッチもあります。親しみを感じているようでした。処方薬は自分で近所の薬局で取り替えられました。

とある診察のときには、ボールペンと紙を渡すと字ではなく私の似顔絵を描き始めました。漫画のようなタッチで上手に特徴をとらえた絵です。結構似ているので感心すると、書き終わった紙を私にくれて、私を指さして笑いました。元の人格の片鱗を見たような気がしました。これが私に見せてくれた最初で最後の笑顔でした。

荒んで行く生活

小康状態は長くは続きませんでした。生活は徐々に荒んでいきました。下着も服も替えなくなり汚れた下着におりものシートをつけています。使用済みのおりものシートを捨てずに取ってあります。異臭がしていますが意に介しません。夫が捨てようとすると怒って暴力を振るいます。

ファンデーションがうまく塗れなくなって化粧をしなくなりました。いつも着ている服も長らく洗濯していないので臭います。

ボールペンと紙を渡すとこう書きました。

「OL 退職 昭和 女 OL 11年 結婚 全 無」

いままでの嫉妬妄想の延長のようですがもはや意味不明です。

ケアマネジャーの登場

ケアマネジャーが付き添ってきました。ケアマネジャーの話では、関わり始めた1年前に比べ、コミュニケーションが難しくなったとのことでした。ケアマネジャーの顔は覚えており、訪問すると人懐こく近づいてきますが意思疎通不能です。

夫はときどきドライブに連れ出しました。運転していると本人が指差しで道を示します。言われた通りに運転して行くと、本人お気に入りのレストランに到着します。家族で行ったことがある店や、好きなカレーの店です。自宅のポストに入っていた割引券をバッグから出して使います。

嚥下障害は徐々に悪化しました。常にのどに痰が絡んでいて食事中にむせます。

自宅に悪質な訪問販売が訪れ商品を売りつけました。本人は商品を受け取り家の中にしまい込みましたが支払いませんでした。トラブルになりました。

診察室に入ってくると私の横に立ち、私の肩に触ったまま椅子に座ろうとしません。のどの奥から笛のような音を出しながらしきりに私の顔を指さします。

徐々におとなしくなる

以前のような暴力は振るわなくなりました。ルボックス®︎がよく効いているようでした。久々に頭部MRI検査を行うと側頭葉の萎縮が進行していました。

作る料理にはブームがありました。最初のころはにんじんと玉ねぎが必ず入っていました。1年ほど経つとトマトとキャベツばかりになりました。

買い物に行っていましたが、財布からお金を出すのにものすごく時間がかかるようになり、レジの担当者が警察を呼んでしまいました。警察が来ても会話ができないのでもめましたが、警察官が財布を見るとちゃんと現金が入っていたので代わりに数えて払ってあげました。そんなことが2度ほど続き、買物に行かなくなりました。

老眼になり老眼鏡が必要になりました。夫が老眼鏡を買ってあげたら本人はバッグに入れて持ち歩き、診察のとき、医師と筆談する際にバッグから老眼鏡を出してかけます。

待ち合わせできない

X年、当院の診察時に夫と待ち合わせしましたが、待ち合わせの時間に間に合わなくなりました。前年までは夫にメールしていましたができなくなりました。電話の音や呼び鈴の音に無反応になりました。音の意味がわからなくなったのです。

株取引はもうやりませんが、代わりにパソコンゲームのソリティアをしています。トランプのマークと数字を合わせていくゲームです。言語や音の意味はわからなくなりましたが、数字や形などはわかります。

ボヤ騒ぎ

アルミホイルのカップをそのまま電子レンジで加熱しボヤを出しました。

入浴しない状態が1年ほど続き、髪はフケと皮脂でべったりしていました。手の爪も切らないのでかなり伸びました。手洗いもしないので黒い垢がこびりついています。

相変わらず診察時には私の横に立って、髪や頭を触りたがります。手が不潔なので私も引き気味になりました。

衝動性が増し、夫の車でドライブ中に犬を見かけると突然助手席のドアを開けて降りようとして危険です。

それでも雨の日には自分から長靴を履きます。

パーキンソン症候群の始まり

徐々にすり足小刻み歩行になってきました。パーキンソン症候群の始まりです。パーキンソン症候群を伴う進行性失語症です。大脳皮質基底核変性症、嗜銀顆粒性認知症、進行性核上性麻痺などが考えられます。

筆談しなくなりました。自分の名前のみ書けます。

一人で買物に行かなくなりましたが、車で連れて行くと夫の付き添いで好きなものを買います。支払いの際にカードを使いますが暗証番号を間違えるようになりました。違う番号を入れると決済できませんが、本人は決済できたと思い込みそのまま品物を持ち帰ります。夫が代わりに支払います。

診察に来ない

あるとき、夫の付き添いで来院しましたが車から降りようとせず、診察に来られませんでした。いつものように夫が誘導して車に乗せ当院に連れてきたのですが、どうしても車から降りません。コインパーキングに停めた車に本人を残し夫だけが診察室を訪れました。

「すみません。どうしても車から降りようとしないのです。今日は私だけでいいでしょうか……」

困惑しています。やむを得ません。

「いいですよ。ご本人のご様子を聞かせてください」

次の診察でも車から降りないので夫だけが診察室に入りました。しばらくそういうことが続きました。

失禁の出現

尿失禁が出現しました。実家で預かった際に尿で服を濡らしていたので、母はショックを受けました。冷蔵庫内の古い食材を食べて嘔吐します。尿失禁だけでなく便失禁も出現しました。排泄物で汚れた服で平気でいます。

母は娘がかわいそうで我慢の限界になり「病院に入れます。娘と離婚してください」と夫に頼みました。ところが夫は「自分が最後まで面倒を見るのでどうか入院させないでください」と言いました。離婚も拒否しました。

夫が下の世話を開始

それまではときどき実家に預けていましたが、まったく帰らせず夫が面倒をみるようになりました。本人は帰りたがることがあったようですが、このころには夫が車で連れて行かなければ実家に行けません。

再び診察に来るようになりました。雨でなくても毎回長靴を履いてきます。

本人は出かけたがり、大学病院の待合室がお気に入りの場所になりました。毎日弁当を作って持っていきます。昼時になると大学病院の食堂に行き持参の弁当を食べます。夫が付き添ってほかの人に話しかけないように注意しました。目を離すと行方不明になるので本人のバッグにGPSを入れました。

夫が付きっきりになる

種々のトラブルを避けようと思うと、つねに夫が付きっきりなりました。仕事そっちのけで妻に付き添うようになりました。

本人は診察室に入るのを躊躇するようになりました。以前は私の顔を見ると近寄ってきて頭や肩をしきりに触っていたのですが、私の顔を見てもじっとしたまま動きません。私の顔を忘れてしまったようです。手には身体障害者手帳を握りしめています。この手帳があればバスや電車に乗れるのです。本人にとって大事なもので心のより所なのでしょう。

目を離した隙に夜中に家を出て、1人で駅に行き終電が終わったホームに立っていたことがありました。1人で出て行かないように夫は家に徘徊防止の鍵をつけました。

毎日の外出はパターン化していて同じルートを回ります。このような行動は徘徊とは言わず、周遊と言います。ピック病によく見られる前頭側頭型認知症の特徴的な症状です。夜中にも家から出て行こうとします。しかし、夫がロックをつけたので玄関の扉は開きません。3時ごろまで鍵をガチャガチャやって、そのうち玄関で眠ってしまいます。

料理ができなくなる

ついに料理もできなくなりました。コンロのスイッチの付け方がわからなくなったのです。

長らく入浴していませんでしたが、夫が入浴していると後から入ってくるようになりました。久々に入浴させることができました。

診察に来たとき、私に身体障害者手帳を差し出して見せました。その手が震えています。パーキンソン症候群による手指振戦です。私が「大丈夫ですよ」というと安心したのか診察室の椅子に座りました。顎を引いて両手をあげて肘を曲げたままのバンザイのような形でじっとしています。寝ている赤ちゃんが両手をあげた姿勢によく似ています。

夫が仕事を辞める

着替えができなくなりました。チャックの上げ下げ、服の裏表もわからなくなり夫に手伝ってもらわないと着られません。

顎を引いた姿勢は徐々に増悪し、首はつねに前に垂れた状態、首垂れになりました。首垂れはジストニアの一種で錐体外路症状です。パーキンソン症候群と関連があります。同じくパーキンソン症候群の症状で流涎も出現しました。首が垂れていますので、着衣の胸元が涎でびしょびしょになります。なかなか着替えないので夫が無理やり脱がせて洗濯します。

「力の限り妻を介護したいのです」と夫は診察室で言いました。夫は仕事を辞めました。下の世話も含めすべての介護をしました。手指振戦が酷くなり、箸を持つ手が震えて食べこぼします。食事も全介助になりました。

このような人格変化を伴う病気になってしまうと、元の人格がわからなくなります。すでに発病してから関わっている私には本人がどんな人だったのかわかりません。しかし夫がこれだけ妻の介護をがんばろうとしているのを見ると、愛されるべき人だったに違いありません。

行動範囲が狭まる

X+1年、ほとんど外出しなくなりました。外に出てもすぐに家の中に入ってきます。夫の付き添いで頻繁に買い物をしていましたが行かなくなりました。

入浴頻度は徐々に増えました。以前はまったく入らない時期が続きましたが、1日3回入る日も出てきました。そのうち1日4〜5回入るようになりました。失禁するたびに風呂に入れるからです。入浴時に夫がこっそり髪を切るようになりました。長い髪の手入れがたいへんだったからです。徐々に切ってベリーショートになりました。長く伸びていた爪も夫が切って短くしました。清潔になりました。

診察でも変化があり、以前はなかなか座ろうとせず立ったままが多かったのですが、診察室に入るとすぐに座るようになりました。

食事を飲み込む前に次の食べ物を口に入れるようになりました。どんどん詰め込んでいきます。噛まずに丸呑みすることも増えました。常時よだれかけを使用するようになりました。

笛のような発声はほぼなくなり静かです。睡眠リズムが崩れ、寝たり起きたりがランダムになりました。意思はまったく伝わりません。空腹なのか満腹なのか、外出したいのかしたくないのか。テレビは字幕にして見ていますが意味をわかっている様子はありません。

薬をやめる

活動が減り、困ることが減ったので、夫は薬をやめたいと言いました。ルボックス®︎を中止してみました。それでも以前のような周遊は再燃しませんでした。

体はどんどん曲がり、右前方につねに傾いています。これに伴い、赤ちゃんが寝ているときのように両腕をあげることはなくなりました。食事がしにくくなりました。プリンなど喉の通りの良いものを好むようになり、本人を喜ばそうと夫がたくさん買ってきて与えていました。このため本人は太ってきました。咀嚼もほぼしなくなったので食事は刻んで与えるようにしました。

衝動性は残っており、油断していると稀に診察中に突然立ち上がり奥の事務室に入っていきます。

家では電気のスイッチをパチパチ入れたり切ったりするのが好きでしたが、やらなくなりました。

食事中に眠る

食事中に眠り込み流涎が目立ちます。このように食事中に眠り込むと窒息や誤嚥の恐れがあります。その矢先に心配していたことが起きました。

うとうとしながら食事をしていたところむせこんで嘔吐し、吐瀉物を喉に詰まらせました。夫が救急車を呼んで救命センターに搬送されましたが意識は戻りませんでした。

気管内挿管されました。何度か抜管を試みましたが感染を繰り返して困難でした。

慢性期病院へ移る

X+2年、気管切開を行い人工呼吸器管理となり、救命センターのある病院から慢性期病院へと転院になりました。

栄養は経鼻胃管からでした。夫からの報告では「植物状態」と言われたとのことでした。

X+5年、血圧が自然に下がり意識がないまま他界されたと連絡が入りました。享年58歳でした。私の似顔絵を描いたときに見せてくれた、たった一度の笑顔をいまでも思い出します。

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。

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