バックナンバーを読む

3月8日は国際女性デーでした。男女平等を考える重要な機会になります。

1960年の4年生大学への進学率は男子13.7%に対して女子は2.5%と5分の1以下でした。現代では男子57.7%、女子50.9%と1:1に近づきつつあり格差が狭まってきています。

しかし、賃金格差や女性性を尊重した社会の実現までは程遠く、平等までの道のりはまだありそうです。

認知症の人やその介護者を見ていて、夫に不当に扱われているのではないかと考えさせられるような人を見かけます。

結婚後、夫からのパワハラを受け、自分の意思を押し殺して生きてきた人が認知症になる姿を数えきれないほど見てきました。意思を抑制することは、前頭葉の機能を自ら封じることです。抑圧することなく脳を使って意思を表明し実行すること、それが生き甲斐すなわち生きる意味なのではないかと思うのです。

CASE 064
82才女性

「歩けるんですね!」

初診のときからうとうとと眠っている姿しか見なかった人が、笑顔を浮かべて歩いています。確かに歩行はおぼつかなく転倒リスクは高そうです。私たちはこの人に何をしてあげればいいのでしょう。

これまでの経過

この女性は1941年生まれです。この女性の時代には、女性の大学進学率が低く男性の5分の1以下でした。そんな時代にあって、大学に進学しています。当時の女性の2.5%しか4年生大学に進みませんでした。優秀で向学心のある人だったのでしょう。

しかし、二十歳の時にある人と出逢います。いまの夫になる人です。せっかく入学した大学を中退し、結婚して家庭に入る道を選びます。その時代なら当たり前のことだったのかもしれませんが、おそらくそこには葛藤があったのではないかと思います。自分の意思で選んだ結果なのか、周囲からの圧力で行われた選択なのかは本人にしかわかりません。

それから60年。家庭人になり、子を産んで、専業主婦として長年暮らしてきました。家族のために生きてきました。どんな人生だったのでしょう。

子どもが独立し夫と2人の生活になり、いつのごろからか認知症を発症しました。記銘力障害、見当識障害が出現し、徐々に生活に支障が出てきました。そのうち家事ができなくなりました。まず調理ができなくなり、掃除や洗濯などの簡単な家事もできなくなっていきました。

家事ができなくなる

X-5年、その人がいままでやっていた家事を年上の夫がするようになりました。いままで家庭を守ってきてくれた妻へ感謝の思いがあったので、今度は自分が妻に尽くす番だと考えたようです。

定年退職していたこともあり時間がありましたので、夫が家事をこなしてなんとか在宅生活できました。

その後徐々に認知症が進行し、身の回りのことができなくなりました。入浴動作ができなくなり、トイレを失敗するようになりました。服の脱ぎ着もできなくなりました。家電の使い方もわからなくなり、電気のスイッチもわかりません。

身体介護

夫は家事だけではなく妻の身の回りの世話もしなければならなくなりました。

薬もお金も管理できなくなりました。だらしがなくなり汚れた服を平気で着続けるようになりました。

夫が献身的に介護してきましたが、いままでになかった症状が現れるようになりました。周辺精神症状です。

夫の介護に抵抗し、暴言を吐いて暴れたり、夫に暴力を振るうようになりました。結婚してからつねに夫の意に沿うように生きてきた人が、夫に抵抗するようになったのです。夫にとっては青天の霹靂でした。ついに介護しきれなくなりました。

施設入所

X-4年、夫は妻と2人で有料老人ホームに入居することにしました。

本人はホームに入居するとすぐに自分がどこにいるのかわからなくなりました。夜中に起きて、夫を探して徘徊します。夫に依存しているのです。しかし、隣で寝ている人が夫であることはわかりません。認知症が進行し記憶が過去に遡っていますので、その人のなかでは夫はもっと若い男性なのです。

夜な夜な徘徊するので問題になり、施設で提携している訪問診療医が薬物療法を試みました。

鎮静を図る

訪問診療医は、グラマリール®︎、ロゼレム®︎、ルネスタ®︎、バルプロ酸ナトリウムを次々と処方しましたが効果がありませんでした。

グラマリール®︎は抗精神病薬の一種で、一過性の意識障害であるせん妄や高齢者の幻覚妄想に使用されることが多い薬剤です。効果も副作用もほどほどで、激しい精神症状には効果がないこともあります。

ロゼレム®︎はメラトニン受容体作動薬です。従来の睡眠薬に比べると副作用がほとんど見られず、安全に使用できる薬剤です。こちらも効果は弱く、単なる不眠症には効くこともありますが、精神症状が激しい人を眠らせる効果は薄いです。

ルネスタ®︎は睡眠薬のなかで非ベンゾジアゼピン系といわれるタイプで、筋弛緩作用や依存性が少ないのが特徴です。口の中に苦味が出る副作用が有名です。こちらはロゼレム®︎よりは眠らせる効果が高い薬剤なのですが、これも効果がなかったようです。

バルプロ酸ナトリウムは抗てんかん薬の一種です。気分調整薬としても使われます。情緒のアップダウンが激しい、カッとなりやすい、興奮しやすいなどの精神症状を抑える作用があります。また少量であれば、高齢者に処方した際の眠気、ふらつきや転倒なども少ないのでよく使われます。しかしこの人には効果がなかったようです。

ようやく眠れるようになる

X-3年、ベルソムラ®︎を処方されたところ、少し眠れるようになりました。この薬剤はオレキシン受容体拮抗薬というタイプの睡眠薬です。オレキシンというのは脳内の覚醒物質です。オレキシン受容体に働いて覚醒を抑制することにより、睡眠を保つという作用です。

眠れるようになったので、小康状態になりました。

他人への暴力

X-2年、ホームの他の入居者を叩いたりつねったりする暴力行為が出現しました。それまでは介護しようとする夫に対しての暴力だけでしたが、何の関係もない人への暴力が出現したので問題になりました。

施設の訪問診療医は抑肝散を処方しました。抑肝散には暴言、暴力、幻覚妄想などを抑える効果があります。しばらく服用しましたが暴力行為はおさまらず、より悪化して介護スタッフへの暴力も出現しました。介護者への暴力は本人が適切な介護を受けられなくなるので、ひいては本人の不利益となります。

抗精神病薬

訪問診療医は抗精神病薬のセロクエル®︎を処方しました。

セロクエル®︎は抗精神病薬です。統合失調症の薬です。幻覚妄想、興奮などを抑える薬剤ですが、ドパミン系を抑制するので副作用として薬剤性パーキンソン症候群が起こります。それでも、他の抗精神病薬に比べれば薬剤性パーキンソン症候群が起こりにくいといわれています。このため高齢者によく使われる薬剤です。

セロクエル®︎服用後、歩行時にふらついて転びやすくなりました。両便失禁が悪化し常時オムツを着用するようになりました。認知機能が低下して服のボタンを口に入れるなどの異食が出現しました。過食になり体重が3kgほど増加しました。

歩行障害、失禁、認知機能の低下、過食による体重増加、これらはセロクエル®︎の副作用だったようです。これだけ副作用が出現したにも関わらず、期待されていた精神症状への鎮静効果は得られませんでした。

夜な夜な施設内を徘徊し、他の入居者やスタッフに暴力を振るいます。

X-1年、訪問診療医が薬剤調整に行き詰まり、当院紹介され初診しました。

初診時の状態

車椅子に座ったまま入室しました。身体的には歩くことができません。種々の向精神薬を処方されていたせいなのか、認知症の進行に伴うものなのかわかりませんが、立位をとることも難しく、車椅子介助の状態でした。歩かせてみましたがつかまらないと立てません。両手を持ってなんとか数歩の歩行ができる程度でした。

椅子に座らせるとじっと固まっており体動がほとんどありません。アキネジアです。このような状態でも夜中になると動き出して施設内を徘徊するというのです。

認知機能のほうは、数分で忘れる記銘力障害を認めます。時間的見当識障害があり、日付や曜日、時間がわかりません。

現在は有料老人ホームに住んでいますが、それがわかっていません。

重度の認知症

MMSEを施行しました。結果は4点でした。おうむ返しの反応程度しか得られません。単語の意味がわからず会話が通じないのです。

頭部MRIを行いました。すると大脳皮質は全般に重度に萎縮しており、認知症の程度は末期に近いと思われました。

介護に抵抗するのは介護者からの声かけの意味がわからないからと推測されました。自分がいる場所が理解できないので、知らない人がいると侵入者だと思って攻撃する可能性があります。

現在入居している施設は認知症対応型ではありません。このような重度の状態の人を介護する体制にないのです。

私は認知症専門病棟でのケアが適切と判断し、その旨を施設担当者と家族に伝えました。

ミスマッチ

本人の状態と介護環境が合わないことをミスマッチといいます。まさにいまの状況はミスマッチです。私の説明を聞いた施設担当者が夫に説明しましたが、夫からは「入院させないでこのまま施設でいっしょに暮らしたい」という返事でした。

本人の認知症は重度で声かけしても意味がわからず指示に従いません。いまいる場所がわからないので突然不安になり、車いすから立ち上がって転倒します。目が離せません。

施設は重度の認知症のケアには対応していません。付きっきりで監視することは不能と告げられました。

施設側は「夫の納得が得られない。まずは夫の要望通りに施設で介護するが、常時監視はできないので薬で鎮静してほしい」ということでした。鎮静は本人の利益に反します。

夫の意思

私は「薬で鎮静すると嚥下障害や歩行障害が増悪し、本人の生活の質に悪い影響を与える」と説明しました。

ところが夫は「本人が不利益をこうむってもかまいません。副作用があっても施設でいっしょにいられるようにしてほしい。妻は絶対に入院させません。私は妻といつまでもいっしょにいたいのです」と言いました。

妻のためではなく夫の身勝手なエゴです。

抗精神病薬にはパーキンソン症候群、構音嚥下障害、失禁、意識障害、高血糖などさまざまな副作用だけでなく心臓突然死のリスクもあります。

本人は重度の認知症なので意思表示ができません。本人の意思決定を援助する必要があり、身近な保護者である夫にも意思決定を援助してもらう必要があります。私たちも援助者の一員として意見を述べました。

ところが夫は妻を手元に置いておきたいという自分の欲望のまま、私の意見を熟慮せず、妻の利益を損ねるような意思決定を行いました。施設側の担当者も夫の意思決定に沿うことを決めました。

認知症の人の意思決定支援とは

平成30年6月に厚生労働省から「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」が発行されました。

意思決定支援とはどのような概念なのでしょう。「これから受ける医療や介護サービスを自分の意思で決めていくことを支援する」という概念です。

1.認知症になっても、意思を表明して生活を決めていく。
2.認知症の人が、意思に基づいた生活を送ることができるように支援を行う。
3.意思を形成すること、表明すること、実現することを支援する。

つまり、これは認知機能が低下して意思決定能力が不十分な「本人」の意思を尊重することの入り口なのです。

本人の意思の尊重

この人のように重度の認知症で、意思決定が難しそうでも、意思決定は重要だと認識するところから始まります。

本人に説明しても通じません。意思を推測するにはどうしたらいいのでしょう。そのためには、言語以外の身振り、手振り、表情から読み取ります。本人の示した意思は、他者に害がない限り尊重します。

どんなに認知症が重くても、本人には意思があり、意思決定能力があると考えます。認知能力等を向上させる働きかけを行ないます。

本人に意思決定能力が低下している場合に、本人の価値観、健康観や生活歴を踏まえて、もし本人に意思決定能力があるとすると、この状態を理解した本人が望むであろうところ、好むであろうところを、関係者で推定するのです。

施設の要望

施設スタッフからは次のような要望がありました。

「昼夜なく、いきなり立って歩こうとします。常時監視することはできないので、立てないようにしてください」

夫や施設の要望は本人にとって不利益であることは言うまでもありません。一方、本人が施設介護を継続して受けられなければそれも本人の不利益になります。

本人の意思はどこへ

本人の意思は推測するしかありませんが、たびたび立って歩こうとすることから、自由に動きたいのだと思われます。本人の意思に寄り添うには、本人が歩きたいように援助するのが本来です。

ところが施設ではそのような援助は不可能だというのです。

まさにミスマッチです。私は再度提案しました。

「本人には自由に徘徊できるような認知症専門病棟での生活が合っているのではないでしょうか」

しかし「妻を手元に置いておきたい」という夫の強い意思は変わりませんでした。

私はエビリファイ®︎を処方しました。エビリファイ®︎はセロクエル®︎よりも作用がマイルドなのですが、薬剤性パーキンソン症候群の出現がさらに少ないといわれています。

「うるさい」

セロクエル®︎からエビリファイ®︎に変更したところ、施設から「うるさくなり困りました。寝なくなりました」との連絡がありました。重度の認知症を介護することを想定していない施設なので、介護者が不足しており対応できないのです。

施設側は介護に難渋しました。「早くなんとかしてください。即効性のあるお薬はないのですか?」ということでした。

このためシクレスト®︎という薬を処方しました。抗精神病薬ですが、唯一の舌下錠です。口に含ませると口腔粘膜から吸収されて、飲み下さなくても即効性がありすぐに効果を発揮します。

すると期待した通りすぐにおとなしくなりました。車椅子から立ち上がろうとする行動はなくなりました。その代わり眠気が非常に強くなりました。診察時にも車椅子の上で眠っている状況でした。

眠気が強い

X年、シクレスト®︎でおとなしくなりましたが眠気が強く、食事の時間に起きられません。

これでなんとか落ち着いたかと思われましたが、しばらくするとまた車椅子から立ち上がろうとする行動が増えました。本人は立ち上がりたいのです。

その後、徐々にシクレスト®︎に慣れたのか、意識が少しはっきりしてきました。

本人の話

意識がはっきりしてくると、診察時に会話ができるようになりました。いままでは車椅子の上で眠っている状態でしたが覚醒していました。

私は話しかけました。「いかがですか?」と尋ねると後ろを指さして「向こうから来たんですけど」と言います。噛み合いませんが対話できました。

自分のズボンの毛玉をつまんで熱心にちぎっています。小さいゴミが虫に見えて、つまんで取り除こうとしているようです。錯視の症状と考えられました。

すると突然立ち上がりました。後ろに控えていた当院の看護師が支えると立てました。両手を引くと歩けます。両手引きでかなりの距離を歩けました。診察室を出て廊下を行ったり来たりします。歩きながら楽しそうに笑っています。

本人の様子を見ると、介護者がいて歩き回れることが本人の幸せではないのかと思えました。立ち上がって歩くこと、それは人間の本能です。この世に生を受け、成長に伴い人間は立ち上がり歩き始めます。歩いて好きなところに行く、それは自己実現です。自分の意思で行い、思いを達成することなのです。

結婚を機に大学を中退して家庭に入り、家族に尽くして自分の意思を抑えてきた人の自己主張を垣間見た気がしました。

しかし、施設からはさらなる鎮静を求められました。

食事摂取不良

意識がはっきりしているのは困るということで、シクレスト®︎を増量しました。すると今度は覚醒している時間が減り食事摂取量が半分以下に減りました。水分摂取量も減りました。

薬の量を微調整して、落としどころを探りました。

しばらくすると流涎がひどくなりました。これも抗精神病薬の副作用です。涎掛けが必要になりました。

関節拘縮

薬剤性パーキンソン症候群が長引いて、関節拘縮が出てきました。体が曲がり通常の車椅子に座ることが難しくなりました。リクライニング車椅子を導入しました。

診察時に発語がありません。開眼はしていますが、以前のような会話や笑顔はありません。立位も取れません。

薬の副作用でこうなっているのか、認知症が進行してパーキンソン症候群が悪化したためなのかは判断が難しいところです。

いずれにしても動けなくなったので施設介護は以前より楽になり、夫が望んだとおり夫婦いっしょにいることができています。

しかし、これは本人のための治療でしょうか。本人が望んだことは何だったのでしょう。自分の人生を生きることができているといえるのでしょうか。

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。

バックナンバーを読む