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認知症の症状は大きく分けて二種類あります。

一つは中核症状です。脳の萎縮そのものを反映した症状で、萎縮している部位に応じて、高次脳機能障害や巣症状が出現します。

具体的には、記憶障害、見当識障害、失語、失行、失認、遂行機能障害などです。何かができなくなる「マイナスの症状」として現れます。

もう一つは周辺症状です。周辺症状は、別名精神症状ともいいます。こちらは脳の萎縮そのもので起こることもありますが、多くは心因反応で出現します。

怒る、興奮する、暴言を吐く、暴力を振るう、など情緒の問題が代表的です。

徘徊についても、在宅介護で家族から冷たくされ自宅の居心地が悪くなり「ここは家ではない」と感じて出て行ってしまう場合は周辺症状と言ってよいでしょう。

周辺症状の治療は、多くの場合、精神科的な治療になります。

介護者に対して本人への接し方を指導したり、うまく接することができないときには介護サービスの利用を促します。また本人に対しては精神安定剤の投与などを行ないます。

いずれにしても、それが中核症状なのか周辺症状なのかを見極めないことには適切な対策を立てることができません。

それを見極めるのが時にとても難しいことがあります。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 072
88才女性

待合室から大きな声が聞こえてきます。

「おかあさん起きて! いい加減にしてよ!」

「子どもじゃないんだから恥ずかしいよ! ちゃんとしなさい!」

返事は聞こえません。

認知症の人に付き添ってきた娘が、大きな声で1人で興奮して怒っています。

いったい何が起こっているのでしょう。

これまでの経過

X-6年、服のしまい場所がわからなくなりました。タンスに出したり入れたりを繰り返すようになりました。

X-5年、得意だった裁縫ができなくなりました。

X-4年、書類や金銭の管理ができなくなりました。

X-3年、夫が他界しました。夫と二人暮らしでしたが、一人暮らしになり生活が立ち行かなくなりました。このため、娘が同居を始めました。

同居してすぐにもの忘れがひどいことがわかったので、娘は大きい病院に連れていき検査を受けさせました。するとアルツハイマー型認知症と診断されました。

味噌汁の具が毎日同じになりました。野菜の切り方がわからなくなりました。

原因不明の意識障害

同時期からときどき意識を失うようになりました。会話中、突然話さなくなり娘の話しかけにまったく返答しなくなります。目をぎゅっと閉じてまぶたはピクピクしています。

最初、娘は本人がただ黙っているだけだと思っていました。しかし、5分も10分もその状態が続いたので救急車を呼びました。救急病院に搬送されましたが、病院に到着したときにはすっかり意識がはっきりしており、採血や頭部CTで異常が認められず、原因不明ですぐに自宅に帰されました。

もの忘れだけでなく、このような原因不明の意識障害を繰り返すようになったので、かかりつけの内科医の紹介で当院を初診しました。

初診時の状態

もの忘れはひどく、しまい場所を忘れます。

献立がワンパターンです。書類や金銭の管理ができないので娘が行っています。

できないことが増えたので、娘に対する依頼心が強くなりました。なんでも娘を呼んでやってもらおうとします。やってもらえなかったり、うまくできなくて娘に怒られると泣いてしまいます。

日付や曜日がわからなくなりました。外出すると家に1人で帰れません。

昼間寝てしまうようになりました。娘が見ていないと食事もしないで昼寝をしています。昼の薬も飲みません。

怒られる日々

食事中にむせることがあります。食べこぼしも増えました。その度に娘が怒ってしまいます。

娘がいないと生活できません。このため娘に依存的です。しかし頼れば怒られます。その繰り返しが延々と続きました。

娘はイライラして怒ってしまいます。しかし、怒られた母親が泣いてしまうと罪悪感に駆られます。

母と娘の関係は徐々に悪化していきました。そんなある日、意識障害の状態となりました。そして徐々にその頻度が増したので娘が対応に困り、娘がかかりつけ医に相談をしたということでした。娘の付き添いで当院受診しました。

中等度の認知症

MMSE22点でした。時間的見当識障害、場所的見当識障害を認めます。中等度の認知症です。

頭部MRIでは海馬に萎縮がみられ、画像上は典型的なアルツハイマー型認知症と考えられました。

意識障害には種々の原因が考えられます。

まずは認知症に伴う器質性てんかんの可能性があります。

65歳以上の高齢者のてんかんの有病率は約1%といわれています。100人に1人です。さらにアルツハイマー型認知症にてんかんを合併する頻度は1.3〜6.1%といわれています。通常の高齢者よりもアルツハイマー型認知症の人のほうがてんかんを合併するリスクが高いということです。

アルツハイマー型認知症とてんかん

アルツハイマー型認知症の発病前から軽度認知障害を経て、初期のアルツハイマー型認知症の段階までのあいだに側頭葉てんかんを合併することが多いといわれています。

文献によれば、アルツハイマー型認知症の人でMMSE24点以上、つまり軽度認知障害までの段階の人で、77%がてんかんを発症しているというのです。驚くような高い合併率です。

本当にそんなに合併しているのかと疑問に思われるかもしれません。

「てんかん」といわれて多くのみなさんは全身を突っ張らせる発作や、全身をガクガク痙攣させ泡を吹いて倒れる「強直きょうちょく間代かんだい発作」を思い浮かべるでしょう。いわゆる「全般発作」と呼ばれるものです。

そのような発作は頻度が少なく、「部分発作」と呼ばれている発作の方ほうがずっと頻度が多いのです。

焦点意識減損発作なのか

焦点意識減損発作という発作ではないかと思いました。以前は複雑部分発作といわれていました。側頭葉てんかんともいいます。

意識がなくなりますが、倒れたりけいれんすることはなく、ときどき口をモグモグしたり、1点をじっと見つめて固まってしまう発作です。

高齢者のてんかんの約半数を占めるといわれています。とても多いのです。

意識がなくなるとはいえ、はたから見るとぼんやりとしただけに見える場合もあります。呼びかけに応答しなくなります。数分続くことも稀ではなく、発作の間に顔や体の一部を動かすこともあります。

認知症とてんかん

最近の研究で、認知症とてんかんは同じ原因で起こることがあるとわかってきています。

アルツハイマー型認知症で合併しやすい側頭葉てんかんの特徴である「一点を見つめてぼーっとしている」「急に話しかけても反応しなくなる」「手足や口がモゾモゾ動いている」などの症状を初診時の問診で聞く必要があります。

てんかんを見つけられずに放置しててんかん発作を繰り返すと、側頭葉の神経細胞の機能が過剰放電によって低下してしまいます。そしてさらに認知機能が低下したり、場合によっては脳の萎縮が進行してしまいます。

てんかんを治療することによって側頭葉を守り、認知機能を保ち認知症の進行を抑制することにつながる場合もあるのです。

認知症自体への取り組み

アルツハイマー型認知症そのものについては、進行予防のためにデイサービスに通うようにとアドバイスし、介護認定申請してもらいました。

しかし本人はデイサービスに通うのを嫌がり、要介護度が出ましたが、すぐにサービス導入には至りませんでした。

私は自宅でできる認知症の進行予防対策を勧めました。本人が楽しめる趣味や家族との触れ合い、思い出作りなどです。そして本人ができないことはやってあげること、できなくても責めないことなど基本的な介護者へのアドバイスを行いました。

治療可能性を優先する

てんかん発作には有効な薬剤がいろいろあり、治療が可能です。娘が最も困っていたのもこのてんかんと思われる症状でした。まずは治る可能性がある病気に取り組むのが最優先です。

このため初診時にはまず意識障害の原因と考えられるてんかんの治療から始めることにしました。

高齢者のてんかんではイーケプラ®︎がよく使われます。副作用が少なく有効性も高いです。少量でもよく効くケースが多いです。

1日500mgで開始しました。イーケプラ®︎が効いたのか、しばらく意識消失発作は起こらなくなりました。

再度の意識障害

X-1年、再び意識消失発作を起こすようになりました。

MMSE20点でした。頭部MRIで大脳の所見に大きな変化はありませんでした。

認知機能は緩徐に低下しています。

さすがにデイサービスに通ったほうがよいのではないかとアドバイスして、まずは見学に行ってもらいました。

すると本人が「自宅と違って、余計なことを言われないのでデイサービスは楽しい」と言って通うようになりました。

自宅では、失敗したり上手にできなかったりすると娘に「恥ずかしいよ」「みっともないわよ」「しっかりして」などと言われるので嫌気がさしているのです。

アドバイスが入らない

そのような文言は言わないようにとアドバイスしても、どうしてもできません。言ってしまった後に母親が泣いている姿を見て毎回後悔しますがどうしても治せません。

「自宅と違って、余計なことを言われないのでデイサービスは楽しい」という言葉を何度も娘に言うので、娘はそれを聞くたびに自分が責められているように感じ、イライラしてしまいます。

娘に怒られてばかりなので、娘の留守中に本人が1人のとき、本人は家の片付けや家事を率先してやろうとし、うまくできずにかえって散らかしたり汚したりしてしまいます。

帰宅した娘がそれをまたさらになじるので、悪循環になっています。

なるべく自宅に1人でいる時間を減らしたほうがよいので、デイサービスを増やしてもらうことにしました。

独特な発作

デイサービスの日の朝の送り出しの際に、着替えさせたり準備させたりするときに娘の指示に従わず目をぎゅっと閉じて、全身に力を入れるようになりました。

娘が無理やり腕を引っ張って立たせようとしても、力を込めて抵抗します。

「それが、お芝居のようなのです。演技じゃないかと思うのです」

娘はそう言いました。

特に娘が会社に行く時間が近づき忙しくなってくるとひどくなります。そのようなときにはよりいっそう娘もイライラして本人を急かします。するとその症状はますますひどくなります。

「おかあさん起きて」

最初は穏やかに話しかけていますが、だんだんイライラして大声になります。

「起きなさい!」「お迎えの人に迷惑でしょう!」「会社に行く時間だからいい加減にして!」
娘の声が大きくなるにつれ、目を強く閉じて歯を食いしばって固まってしまいます。

対応に困っていました。

てんかんか否か

MMSE15点でした。認知症は進行しています。

デイサービスの準備の際などに、固まってしまう症状は、精神的な症状なのかてんかんなのかはっきりしません。

イーケプラ®︎を処方していましたが、血中濃度が低かったため増量しました。すると、固まる回数が減ったということでした。

デイサービスに送り出すのはこのようにたいへんでしたが、相変わらず行くのは好きでした。

デイサービスがない日は、1日機嫌が悪いです。朝から晩までめそめそしているということでした。娘を呼んでも、すぐに来てくれないと泣いてしまいます。

画像所見と認知機能が一致しない

X年、MMSE16点でした。頭部MRIで画像所見自体は大きく変わっていません。MMSEの点数だけが徐々に下がってきています。なぜでしょう。

検査結果を説明しなければなりません。

MRI画像をチェックしながらカルテに所見を転記していると、待合室から大きな声が聞こえてきました。

「おかあさん、目を開けて!」

本人と娘は検査が終わり待合室にいるはずです。これは娘の声です。私は母娘を診察室に呼びました。

解離

本人は車椅子に乗っていました。目をぎゅっと閉じて体を固くしています。まぶたがピクピクしています。

「診察だよ、おかあさん!」

娘は私に向かって「すみません、こんな、タヌキ寝入りして! 本当にみっともない!」と言いました。

私は「かまいません、寝ていていいのです。そっとしておいてあげてください」と言いました。

娘は「いつもこうなるんです。子どもじゃないんだから。恥ずかしいでしょ!」と言いました。

私は「いや、恥ずかしくありません」と言いましたが私の声は娘の大声にかき消されてしまいました。

毎朝デイサービスに行くときの症状がこれだったのであれば、てんかんではなく解離かもしれません。

ヒステリーを見分ける

ヒステリーというのは神経症の一種です。神経症というのは精神的ストレスでさまざまな症状を来す疾患で、脳神経の器質的病変で起こる疾患のような症状を呈するため鑑別診断が重要になります。

別名「機能性神経障害」ともいいます。

かつて神経内科学は脳神経の疾患とそうでない機能性神経障害を見分ける方法を探し出す学問でした。

転換型ヒステリー

私が病院勤務医時代に経験したヒステリーの人はいまでも忘れられません。

手足がじょじょに麻痺してくるという訴えでした。その人は歩けなくなっており、車椅子でないと移動ができませんでした。手の力も入らず、箸やスプーンも持てないので食事には介助が必要だということでした。

トイレに行けないので床上排泄です。

近所のかかりつけ医は「多発性硬化症」という神経難病であると診断していました。難病の医療費助成も申請していました。

詳しい検査が必要と考え、短期間の入院を勧めました。

入院初日に神経学的所見を取ろうとして安全ピンを使った痛覚検査を行った際に、神経学的に説明ができない感覚障害を呈していたため、確認のため何度も針を往復させました。すると「痛いじゃないか!」と怒り出し、私を突き飛ばしました。

「手に力が入らない」と言って食事介助してもらっていた人です。

驚いて逃げた私を、車椅子に飛び乗りものすごい勢いで車椅子を漕ぎ(もちろん手足を使ってです)、ナースステーションまで追いかけてきました。看護師が集まってきてなんとか騒ぎは収拾しましたが、興奮が静まると元のように手足が動かなくなりました。その人はまもなく精神科病院へ転院となりました。

このように手足の麻痺のような身体症状として現れるものを「転換型ヒステリー」といいます。身体表現性障害の一種です。詐病とは違い、自分で症状をコントロールできません。

採血

過去の記憶が呼び覚まされ、この人がヒステリーかどうか見分ける必要があると思いました。

診察室で声を荒げる娘は私の話を聞いていません。

「イーケプラ®︎の血中濃度を測りますから、採血させてください」と私は言いました。

本人はずっと目を閉じたままでまぶたはピクピクしています。ナースに頼んで本人を処置室に連れて行ってもらいました。

解離型ヒステリー

処置室からナースの声が聞こえてきました。

「はい採血しますよ。腕を貸してくださいね。力を抜いてくださいね」

何度か話しかけている様子ですが返事は聞こえません。相変わらず反応できない状態のようです。

ナースがもう一人処置室に入りました。一人が本人の体を押さえる係です。

「ちょっとチクっとしますよ」

ナースの声がして途端に「いたーい!」と言う声が聞こえてきました。

意識障害のレベル判定では痛覚刺激への反応が基準に使われますが、採血時の痛みには即座に反応したようです。

タヌキ寝入り(詐病)だったのか、解離型ヒステリーだったのか不明ですが、これで本人は完全に覚醒しました。

娘からの叱責が度重なり精神的に耐えられなくなったため、本人は解離症状を起こしたのではないかと思いました。

強いストレスに精神が耐えきれなくなり体の症状に転換されて起こるのが転換型ヒステリー、意識が飛んだり記憶がなくなるのが解離型ヒステリーです。

娘の反応

私は娘に言いました。

「あなたの叱責が意識障害の原因です。お母さまに寛容になってください。お母さまの認知症の症状を受け入れることです。あなたがお母さま自身を受け入れることです」

「そんなこと言わないでください! それができないから、いっぱいいっぱいなのです。これ以上言われても困ります! 先生はひどい! 私のことわかってない!」

興奮してしまい言葉が止まりません。私に対して逆ギレしています。これは失敗したと思いました。確かにこの娘のことはわかっていませんでした。

「わかりました。そういうことであればあなたにはお母さまの介護をするのは難しいようです。デイサービスに毎日送り出しをすることに無理がありますから、ショートステイのようにしばらく預けることができるサービスを使ったほうがいいでしょう」

「先生はわかってない! わかってない!」

娘は激しく興奮して言葉を繰り返しており、私の話は聞いていません。黙って治まるのを待つしかありません。

医学用語で「ヒステリー」というと先に挙げたような「転換型ヒステリー」と「解離型ヒステリー」のことをいいますが、世間一般でいうヒステリーというのがまさにこの状態です。感情が爆発し興奮してまくし立てています。

この勢いで責められたら解離症状が出るのも納得できます。

私の言葉にかぶせるように大声で「先生はひどい!」と連呼している娘を見ながら、この母と娘の歴史に思いを馳せました。意識障害の原因はわかりました。その治療のために二人の歴史をどこから紐解いていけばいいのでしょうか。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。