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認知症の精神症状は、人によってさまざまです。もとの性格に影響されたり、あるいはまったく人格が変わってしまったりします。また、まったく精神病と同じような状態になってしまう場合もあります。うつ病や統合失調症、不安神経症のようになる人もいます。

そのような人といっしょに過ごすのは介護者にとってストレスです。いっしょにいると気分が滅入ったり、体調を崩して、介護者自身の健康が損なわれてしまいます。

その場合、いっしょにいないことが必要です。その方法はいろいろありますが、介護保険サービスを利用してデイサービスに行ってもらうのが一般的です。また介護者がある程度まとまった休息を取るためにショートステイの利用も有効です。

しかし、介護保険に対するマイナスイメージが強いとなかなか利用できないことがあります。

CASE 077
87才女性

診察室には本人と娘が座っていました。パーキンソン症候群による転倒が増えて娘は困っていました。

本人の娘への依存心も強く、娘が疲れ切っています。イライラして怒ってしまいます。怒られた本人は娘に頼ってしまう自分自身に罪悪感が強くなっています。

本人は「しょっちゅう転んでしまって娘に怒られます。娘に申し訳なくて……それでも娘がいないと不安でたまりません」と言います。

私は「別々に過ごしたほうがいいですよ。介護保険サービスはいかがですか? リハビリもやってもらえますから転びにくくなりますよ」と言いました。

娘は「介護保険はトラウマがあってどうしても受け入れてもらえません」と言います。

トラウマとはどういうことでしょう。介護保険が利用できないとなると介護保険外のサービスを検討しなければなりません。

さあ、どうすればよいのでしょうか。

これまでの経過

X-20年、夫が病気で他界しました。その後、不安感が強くなり、1人でいられなくなったので、娘が援助するようになりました。不安感だけでなく、夫が亡くなったことが自分のせいだと思い込み、罪の意識に悩むようになりました。罪業妄想です。

精神科通院によって薬物療法を行い、多少の改善が見られて、X-16年には普通の生活が送れるようになりました。

X-15年、家計の管理ができなくなりました。認知機能低下の始まりです。娘が管理するようになりました。

娘に援助してもらいながら落ち着いて生活できるようになり、しばらくは問題ありませんでした。

X-8年、通院していた精神科では「もう薬はいらないでしょう」とのことで通院が終了となりました。その後2年間は落ち着いていました。

うつ状態の再燃

X-6年、自宅近くで工事が始まり、工事業者が工事の日程等について説明に来ました。その後「工事業者とうまく話ができなかった」と自責的になりました。

X-5年、寝ようとしてもあれこれ後悔して頭の中でぐるぐる考えて寝付けなくなりました。食事も満足に取れなくなり、体重が5kg減少しました。食事が摂れないため便通も滞るようになり、便秘がひどいので下剤を買ってきて飲んで下痢をして、また便秘になることを繰り返します。このため、近所のメンタルクリニックを自ら受診しました。

メンタルクリニックでは心理検査などをされましたが、その検査がちゃんとできなかったと思い込み、不安感が強くなり「テストができないと警察に捕まる」という罪業妄想が再燃しました。

せん妄

帰宅後に夜間せん妄になり救急搬送されましたが、その際「脳に萎縮がある」と言われて救急病院でリスパダール®︎0.5mg錠が処方されました。せん妄は一過性の意識障害で寝ぼけたようになり幻覚妄想に悩まされるものです。

リスパダール®︎は非定型抗精神病薬です。統合失調症の薬ですが、せん妄の治療にも使用されます。

リスパダール®︎0.5mg錠1錠を服用したところ、丸一日昏睡状態となり、トイレも食事もできないような状態でした。その後、目が覚めたときには再度せん妄状態となり、その場に存在しない自分の義理の姉がいるかのように振る舞い、起き上がってお茶菓子を出そうとしたり、夢遊病のような状態となりました。

レム睡眠行動異常症です。レビー小体型認知症によく見られます。認知症を疑ったメンタルクリニックからの紹介で当院初診しました。

初診時の状態

本人は眠れないことを強く訴えます。食欲不振や不安感、疲労倦怠感があります。また自責の念が強く、過去のあれこれを思い出しては後悔しています。「警察に捕まる」と主張します。

娘の話では、最近電化製品がうまく使えなくなり、新しいものは特に使い方が覚えられません。

便秘をしていることを気にして、市販の下剤を買ってきて下痢をします。結果として下痢と便秘を繰り返すという状態になっています。

意欲が著しく低下していて、何もやる気が起こりません。トイレに行くのも面倒です。このため、自らオムツを着けています。

抗うつ薬が効かない

メンタルクリニックではリフレックス®︎を処方していました。リフレックス®︎は抗うつ作用に加えて、睡眠薬としても使える便利な薬です。不眠とうつ状態があったので処方されていました。しかし効果は見られません。

試しにリフレックス®︎を休薬してもらいましたが、薬を飲んでも飲まなくても症状には波があり、良い時と悪い時が交互にくるということでした。このためリフレックス®︎を中止してもらいました。

病院で処方されたリスパダール®︎は0.5mgだったとのことで大変少ない量でしたが、丸1日、目を覚さないなど激しい副作用が出たことを考えると、薬剤過敏性といってよいのではないかと思いました。薬剤過敏性もレビー小体型認知症に特有の現象です。

傾眠状態

診察室で娘が話していると本人は横で眠り込みます。傾眠状態です。ぼんやりしており現在もせん妄、意識障害が続いていると考えられました。

レビー小体型認知症の診断基準に照らすと、以下の症状があります。

・注意や明晰さの著明な変化を伴う認知の変動
・認知機能の低下に先行することもあるレム期睡眠行動異常症
・抗精神病薬に対する重篤な過敏性

Probable DLBです。レビー小体型認知症と診断しました。

レビー小体型認知症の治療を開始

レビー小体型認知症はコリンエステラーゼ阻害薬による治療によく反応します。このためアリセプト®︎、レミニール®︎、イクセロンパッチ®︎のいずれかを使ってみましょうと提案しました。

本人に尋ねると「飲み薬はなんとなく怖いです」ということでイクセロンパッチ®︎を少量開始しました。

貼付開始後、少し調子が良くなり、散歩や食事の後片付けができるようになりました。効果が感じられました。

うるさくなる

少し元気になった分、うるさくなりました。娘が目の前にいないと「ねぇねぇ」としつこく呼びます。娘が近くに来るまで呼び続けます。

貼付薬を漸増したところ、幻聴が出現しました。音楽性幻聴です。『ゆうやけこやけ』『七つの子』などの童謡が聞こえます。

貼付薬は徐々に増やして18mgにしました。幻聴対策で抑肝散も併用しました。不安神経症や不眠、幻覚妄想にも効く漢方薬です。抑肝散の効果は、少し不安感が改善した程度でした。幻聴は治りませんでした。

幻聴が聞こえてくると不安感が強まり、過呼吸発作を起こします。パニック発作です。貼付薬や抑肝散では幻聴は改善しませんでした。

抗精神病薬をトライ

リスパダール®︎では顕著な薬剤過敏性が出現しましたが、もう少し弱い薬であれば使えるかもしれません。

セロクエル®︎をごく少量使用してみることにしました。この薬は抗精神病薬のなかでも薬剤性パーキンソン症候群の出現が少なく、パーキンソン病に伴う幻覚妄想の治療に使用されることがあります。

セロクエル®︎を服用するとようやく幻聴が改善しました。しかし、便秘が悪化しました。抗精神病薬のよくある副作用です。

娘のイライラ

本人が娘に依存的で頻繁に呼びます。うるさいため、娘がイライラしていました。試しに親子でカウンセリングを受けてもらってみました。ところがこれが逆効果でした。

カウンセリング自体は問題なかったのですが、カウンセリング終了後にカウンセラーが当院の業務を終えて帰宅しました。たまたま帰っていくその姿を見て「私のせいでカウンセラーが帰ってしまった」という妄想になりました。自責の念が強まってしまい、カウンセリングはやめることになりました。

当初は幻聴が改善したのですが、その後は徐々にセロクエル®︎の効果が得られなくなりました。便秘もあり、増量するよりも薬剤を変更したほうがよいと考えました。

抗精神病薬を変更

今度はジプレキサ®︎を1.25mgとごく少量使ってみたところ、幻聴は改善しました。また便秘についても以前よりは良いということでした。

本人の自覚症状も改善し、診察時には「最近調子が良いです」と発言するようになりました。ようやく治療で落ち着いてきたという印象でした。

X-4年、イクセロンパッチ®︎で少しかぶれが出てきましたが、ステロイド軟膏を塗布することにより何とか継続できていました。相変わらず小康状態が続いていて「普通に生活できています」とのことでした。

その後、腰痛になったときに軽いうつ状態になったり、多少の波がありましたがなんとか乗り切って安定していました。

もの忘れの悪化

もの忘れが悪化しました。すぐに忘れるようになり、何度もしつこく聞くので娘のイライラが増えました。それでも本人は診察時に「元気です」と言っていました。

X-3年、本人は「調子が良い」と言っています。「もの忘れもなくなってまともになりました」と言いました。もの忘れのある人が「治りました」と言ったら、それはもの忘れが悪化したということです。もの忘れの自覚が乏しくなることを病識欠如といいます。自分が忘れていることを忘れるようになったということです。

もの忘れが悪化したら抗認知症薬の替え時です。貼付薬のかぶれも我慢できなくなり、飲み薬に変えたいと申し出があったので、ちょうど良いタイミングと考えアリセプト®︎に変更しました。アリセプト®︎は日本で唯一レビー小体型認知症の進行予防に保険適応のある薬剤です。

この人には効果があり、それでしばらく落ち着きました。

経過中、股関節の痛みが出たときには軽いうつ状態になりましたが、大きく悪化することなく多少の波で落ち着いていました。

杖の使用を開始

X-2年、杖歩行になりました。腰痛や股関節の痛みが原因です。痛みが悪化するとうつ状態になることを繰り返しましたが、アリセプト®︎と抑肝散とジプレキサ®︎少量投与で落ち着いて経過していました。

もの忘れについて本人は「治った」と言っていましたが、実際には徐々に悪化していました。また日中傾眠傾向が強くなりました。眠気が強いため漢方薬の減量を試みましたが、減量したところうつ状態が再燃したため再開しました。

いろいろと嫌がる

X-1年、午前中の眠気は強いものの午後には動けるということでした。段取りがわからなくなり入浴を嫌がるようになりました。

通院も嫌がるようになりました。特に午前中は起きられないのです。予約を午後に変更しました。

もの忘れの度合いを見るためにMMSEを行おうとしたところ、本人が拒絶しました。

パーキンソン症候群の出現

手の震えが出現しました。安静時振戦です。

前傾姿勢になり、すり足、小刻み歩行です。レビー小体型認知症の進行に伴うパーキンソン症候群か、薬剤性かもしれません。薬剤性パーキンソン症候群の原因となりうるアリセプト®︎やジプレキサ®︎を増減してみましたが症状に変化がなく、薬のせいではないようでした。

X年、自宅で転倒するようになりました。腰椎圧迫骨折をしました。介護保険を利用して自宅に手すりを付けたり段差の解消を行うように指導しました。それでもなかなか実行に移す様子が見られませんでした。

また、訪問リハビリテーションを利用するか、通所リハビリテーションに通うように本人と娘に話しましたが、相変わらず実行に移す気配はありません。

介護保険のトラウマ

「夫が亡くなるときに介護保険を利用していたことが思い出されるから、介護保険は使いたくないんです」と本人が拒絶しました。

夫は内臓疾患で、最後は家で寝たきりでした。自宅にヘルパーや訪問看護が入って、最期は自宅で看取りました。介護保険のサービスが来ると、夫が亡くなったときのことが思い出されて辛いというのです。

仕方がないので、とりあえず医療機関での通院リハビリテーションに通ってもらいました。これは医療保険を利用するものです。本来は介護保険を利用して通所リハビリテーションに通ってもらうべきです。

記憶障害の進行

X+1年、徐々に過去の記憶がさかのぼって消えてきました。夫がいつ亡くなったのか思い出せなくなりました。過去に獲得した記憶がなくなってくる時期には、生活に支障が出てきます。

物のしまい場所がわからなくなりました。食器を入れる場所がわかりません。

2年前に施行しようとして拒絶されたMMSEを行いました。認知症が進んだためか、拒絶は弱くなっており、素直に検査を受けてくれました。

MMSEは30点満点で20点でした。時間と場所の見当識障害と、記銘力障害が顕著でした。在宅で自立して生活できるギリギリの状態です。

認知症が進行したので、抗認知症薬をレミニール®︎に変更しました。

以前に比べて精神的に安定していたので、娘の援助で生活できていました。

錯視

ときどき寝ぼけることがあり、夫が他界したことを忘れていて「あれ、お父さんは?」などと言いながら家の中を探索します。娘が気づいて寝床に誘導すると素直に寝つきます。

寝巻きや衣服などを寝室に置いていると、夫と見間違えるようになりました。錯視です。レビー小体型認知症によく見られる症状です。

寝巻きを指さして「お父さんここにいたよね」などと言います。

頻度が低いので様子を見ました。

パーキンソン症候群が急速に進行し、介助歩行になりました。

水頭症を合併

X+2年、久々に画像検査を行ったところ水頭症の所見が見られました。パーキンソン症候群の急速な進行はこれが原因でした。

通常レビー小体型認知症では大脳萎縮が目立たないことが多いのですが、DESHと言われる典型的な画像所見を呈していました。DESHとは,側脳室・シルビウス裂の拡大と高位円蓋部・正中部の脳溝・脳槽の狭小化の共存を指し,特発性正常圧水頭症の特徴的画像所見です。

パーキンソン症候群は、レビー小体型認知症によるものと思い込んでいましたが、水頭症が合併していました。特発性正常圧水頭症は、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの変性疾患にも合併しうる疾患です。

髄液を抜いて検査するタップテストで治療効果の予測ができます。手術の効果がありそうだということになれば、髄液を腹腔内に流すチューブを挿入するシャント手術により症状の改善が期待できます。改善する可能性があるものを見落とさないために、定期的な画像検査が必要であることを痛感しました。

脳神経外科に紹介しました。

歩行障害が改善

タップテストとシャント手術のあいだに本人は少し不安になりましたが、無事に手術を受けることができました。

手術後は歩行速度が改善しましたが、認知機能は改善しませんでした。転倒はしなくなり、よく歩けるようになった分、自宅で「ねぇねぇ」と言いながら娘の後ろを常に付いて回るようになりました。しかし、これが娘にとって大変なストレスになりました。

脳神経外科に入院中に抗精神病薬は中止されていました。当然でしょう。脳神経外科の治療目標はパーキンソン症候群の改善です。抗精神病薬によってパーキンソン症候群が増悪する可能性があるわけですから、中止されるのも頷けます。

入院前に内服していたジプレキサ®︎を再開することも考えましたが、せっかく歩行障害が改善しているので別の薬を試すことにしました。ロナセンテープ®︎です。この薬は抗精神病薬ですが貼付薬なので血中濃度の上昇が穏やかで、副作用が発現しにくいといわれています。また、もし副作用が出現したときにも貼付薬を剥がせば速やかに血中濃度が低下して、副作用の改善が望めます。

テープ剤で落ち着く

ロナセンテープ®︎で気分が安定し、意欲も出ました。また、食欲も増してなんとなく元気な感じになりました。新聞を読むようになりました。娘を追いかけ回すことも減ったということでした。

その後、状態に大きな変化がなかったのですが「死にたい」と言うようになりました。うつ状態が再燃したようです。何が原因でしょう。

きっかけは娘のイライラだったようです。

依存心

娘を追いかけ回すことは減っていましたが、相変わらず頻繁に話しかけてきます。依存心はなくなりません。

認知症は少しずつ進行し、入浴動作がわからなくなりました。このため、一つひとつの動作を指示しないと入浴ができなくなりました。入浴が面倒になり入るのを嫌がります。

レム睡眠行動異常症も少し悪化しました。悪夢を見て起き出し「小さな子どもがナイフを持って追いかけてくる」と言って怯えます。娘は夜中に起こされると「そんな子ども、いるわけないじゃないの」と怒ってしまいます。

頼りにしている娘に否定され、「死にたい」と言うようになったようです。

生きた心地がしない

診察時に本人は「娘がいないと不安で、生きた心地がしません」と言いました。

娘は体調を崩しました。もはや娘の健康のほうが心配です。

私は「やはりデイサービスやショートステイの利用が必要ではありませんか」と言いました。

いままでは「本人が嫌がっているから」とその利用を躊躇していましたが、背に腹は変えられません。

「介護保険の申請をしました。主治医意見書の記載をお願いします」

ようやく娘からそう言われました。介護保険のトラウマも忘れてくれていればよいのですが。

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。

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