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介護家族にはさまざまな人がいます。介護される人もする人も、一人ひとりいろいろな事情を抱えた人間です。そこには長年の歴史があります。

特に夫婦の歴史ほど多様なものはありません。病気の有無に関わらずです。

介護する側のイライラは多かれ少なかれ存在するものですが、暴言がひどければ虐待になります。

一方、介護される側が被害的になって「殴られた」「怒鳴られた」と大袈裟に訴えたり、作話や妄想を語っている場合もありなす。

このため、介護される側の話だけ聞いていると、介護者のイメージが誤って伝えられているのかも知れず、介護する人、される人、双方の話を聞き取らないと判断は難しいです。

CASE 078
79才男性

「毎日、妻から『早く死ね、帰ってくるな』と言われて追い出されます」

「『言うこと聞かないのか』と言われて、妻に頭を小突かれたり叩かれたりします」

「暑いからエアコンがある部屋に行くと、妻に『出て行け』と言われます。だから自分はエアコンがない暑い部屋にいるのです。暑いから窓を開けっ放しで寝ていたら、妻に蹴飛ばされました」

「最近は娘も妻といっしょになって私に『臭い、出て行け』と言います」

私が子どものころに読んだマンガを彷彿とさせるような「オニババと娘」ではありませんか。

本当なのでしょうか。

これまでの経過

もともとおっちょこちょいでした。

新婚旅行のときにカメラにフィルムを入れ忘れていたので写真が撮れていませんでした。

また結婚前に妻と2人で外食したとき、財布を持ってくるのを忘れ、妻が支払ったこともありました。

娘が生まれて大きくなり中学校の卒業式に出席しましたが、自分の娘が卒業証書をもらう番が終わったら、「面白くない」と言って途中で帰ってしまいました。

このような行動パターンは、注意欠陥多動性障害にみられます。

奇妙な行動の出現

X-15年、本人は自宅で食堂をやっていました。妻は外にパートに出ていましたが、妻がパートを休むとなぜかいっしょになって自分も店を閉めてしまうようになりました。「私が休んでいても店を閉める必要はありませんから、店を開けていてください」と妻が頼んでも通じませんでした。

X-10年、食堂が立ち行かなくなり、店をたたむことになりました。

閉店の際に届け出の書類など必要書類を探しましたが見つからず、手続きができませんでした。このため妻が代行しました。

もの忘れ

X-9年、もの忘れがひどくなり、妻の付き添いで内科の診療所を受診しました。

小さい脳梗塞が複数見つかり、血管性認知症と診断されました。内科では「店を閉めて何もしなくなり運動不足なので、少し体を動かしたほうが良い」と言われ、シルバー人材センターに登録して仕事を探しました。

まもなく公共施設の清掃の仕事が見つかりました。

X-6年、実印を紛失しました。いつもの置き場所に見当たらず本人がパニックになりました。妻が探すと、清掃の仕事に行くときに使うカバンから出てきました。

X-5年、悪化してきたのでいままで通院していた内科の紹介で当院を初診しました。

初診時の状態

探し物が多く、探し物をしていないときにはぼんやりしています。

もともと注意力が低い人でしたが、目の前にあるものを見つけることができないなど、以前にも増して注意力低下がひどくなりました。

せっかちで待てなくなりました。こだわりが強くなり、同じものばかり食べるようになりました。天気予報に異常な興味を示すようになり、いつも天気ばかり気にしています。

背中が丸く姿勢が悪くなり、足の運びがすり足になりました。

単語が思い出せず指示語ばかりになってしまいます。

妻に頼まれた買物をしてくることができません。食事のときにむせやすくなりました。

検査所見

頭部MRIでは、多発性ラクナ梗塞が認められ、両側のレンズ核に慢性虚血性変化を伴っています。このような脳梗塞では、血管性パーキンソン症候群という症状が出現します。すり足歩行になりバランスが悪くなり、前傾姿勢になります。

血管性認知症では前頭葉の症状が目立ちますが、この人もそうでした。

前頭葉症状の主な症状は注意力の低下です。探し物が見つけられなくておろおろしていると、妻に「そこにあるじゃないの」と怒られます。何かやりかけていて、途中で忘れて放置してしまいます。

シルバー人材の仕事では、言われた通りの手順で清掃することができていました。指示された通りに単純作業をすることはできるのです。

夫婦ともに進行予防の治療を希望しました。このためレミニール®︎を開始しました。

本人の話

認知症の程度は軽く、1人で通うことができたので2回目からは本人だけが受診しました。

本人は妻についてこう言いました。

「家でテレビを観ていると、妻に『音量が大きい』と文句を言われます。いっしょに見ている孫は何も言わないのですが」

「薬を飲むときの水の量まで妻がうるさく言ってきます」

「タバコは職場でしか吸いません。家で吸うと妻に怒られるからです」

X-4年、頭部MRIを施行しましたが、脳梗塞の再発などは見られず、変化ありません。シルバー人材の仕事も続けられていました。

物の置き忘れが増え、電気カミソリなど使った後にしまわず、置きっ放しにしています。妻に見つかると怒られます。

買物もうまくできなくなりました。頼まれたものを買ってこないと「買ってこない」と怒られますし、頼まれていないものを買ってくると「余計なものを買った」と怒られます。

怒られる、文句を言われるという話が非常に多いので、妻に来てもらいました。

妻の話

最近の状態について聞きました。

「洗濯物の中に大便があるのを発見しました。おもらししたようです。洗濯機の近くにも落ちていました。本人は気づかないで踏んで歩いていました」

「家族に対して無関心です。孫が大学受験に合格し皆で祝ったのですが、本人は食事が終わると1人でさっさと自室に引き上げてしまいました。どうでもいいようです」

「シルバー人材で清掃の仕事に行き始めていますが、自宅では頼んだことを満足にできたためしがありません。仕事がちゃんとできているとは信じられませんが、1年経ってまた契約更新してくれました」

などなど、実際の生活ぶりについて聞き取ることができました。

私は聞きました。

「あなたはついイライラしてご主人を怒ってしまいませんか?」

「怒っているのではなくて……なかなかわかってもらえないのでしつこくなったり、大声になったりはしているかもしれません。怒っているつもりはないのですが」

妻は困った顔をして言いました。話が通じない相手に一生懸命伝えようとして、「怒られている」という印象を与えてしまっているようです。

被害妄想

その後はしばらく本人1人の受診が続きました。

X-3年、薬を飲み忘れることが出てきました。MMSE27点でした。軽度認知障害のレベルです。記銘力障害はありますが、シルバー人材の仕事は続けていました。

同じ時期から妻に対するもの盗られ妄想が出現しました。探している物が見つからないと、「妻が意地悪をして隠している」と言うのです。

「妻に『早く死ね』と言われました。『家族に迷惑だ』と怒られます」

「最近やる気が出ません。妻から『臭いからそばに寄るな』と言われます」

本人から聞く妻の発言内容が変化しました。いままでは生活上の指示だけだったのに、暴言を言うようになったのでしょうか。それともこれも妄想の一環でしょうか。また妻に来てもらいました。

妻の話

妻の話では、入浴できちんと洗えておらず、歯磨きもうまくできていないということでした。

「たしかに『ちゃんと洗わないと臭いと言われるよ』と言いました。でも『臭いからそばに寄るな』『死ね』などとは言っていません」

妻は困った顔をして言いました。

職場の作業着はタバコの焼け焦げだらけです。遅刻もあるようです。遅刻しないように妻が「早く行きなさい」というと、「家から追い出された」と言います。

妄想があるので、抑肝散の併用を開始しました。すると妻に対する猜疑心は少し下火になりました。

X-2年、妄想は下火になったと思っていましたが、薬をなくした際に「妻に薬を隠されました」と言いました。

何を言われても被害的になる

「朝から晩まで『臭い臭い』と言われます」

そんなわけないと思いますが、本人はそう言います。

しばらくすると「妻に『テレビを観るな』と言われ、観させてもらえなくなりました」と言い出しました。これも実際は「そろそろテレビ消して寝なさい」と言われたことを被害的にとらえて妄想になっているようでした。

仕事をどうするか

「体力が落ちて、清掃の仕事がきつくなりました。膝が痛いのです。そろそろ辞めたいです」と言いました。

「仕事をやめたいと妻に言いましたが、『仕事を辞めるなら家を出て行け』と言われて、仕事は辞められませんでした」

本人はそう言いましたが、実際には仕事を辞めると認知症が進むことを恐れた妻が、できるだけ続けるように言っただけでした。

X-1年、「妻に言われて仕事を続けていますが、職場からは『早く辞めてもらいたい』というようなことを言われました」とのことでした。

「薬が少し余りました。最近妻が『薬をきちんと飲まなくて良い』というのです。私に早く死んでもらいたいのでしょう」

「妻に『パンを買って来い』と言われ買ってきたら『ご飯があるのでご飯を食べろ』と言われました。言われたようにやったのになんでも否定されてしまいます」

本人の話だけ聞いているとひどい妻のようです。

妄想に娘も加わる

X年、「最近は娘も妻といっしょになって私のことを『臭い臭い』と言います。孫にも嫌われるようになりました。家族と食事をしていても『臭いから自分の部屋に行け』と言われます。妻が『薬なんか効かないんだから飲まなくていい』と言うのです」

事実でしょうか。本人がずっと1人で通院しているので、再度妻の話も聞く必要があります。久しぶりに妻に来てもらいました。

妻の話

妻は言いました。

「タンスの引き出しは一度開けると閉めません。薬だけはちゃんと飲ませています。漢方薬をこぼしてしまうことが多いので、こぼさないようにいちいち指示しないといけません。ちゃんと飲めるように手伝っています。飲まなくていいなんて言っていません。

尿失禁するようになりました。ズボンやパンツをびしょびしょにします。相変わらず大便も漏らすことがあります。介護や後始末が大変でストレスです。だからついきつい口調になってしまいます。

夜中に本人がトイレに行った後は、トイレのスリッパが尿でびしょ濡れになっています。注意力が低下していて、話しかけても最初の言葉が聞こえないのです。

私の母が亡くなったときに葬儀に出てもらいましたが、精進落としの会食中に、親戚に挨拶もしないで勝手に席を立って出て行ってしまいました」

職場を変わる

清掃の仕事が終了になりましたが、登録していたシルバー人材センターで次の仕事がすぐに見つかりました。

前の仕事とほとんど同じ内容で、言われたように仕事はできていました。

スケジュールがわからなくなり、仕事の日や通院日を間違えるようになりました。妻が毎日指示をしていました。

仕事をクビになる

「仕事をクビになりました」

本人が言いました。本人の話では、清掃中に職場のゴミ置き場で賞味期限が切れて廃棄されている食品を見つけました。「捨ててあったので『もったいない』と思って持って帰ったら職場の人に呼び出されてクビになりました」とのことでした。

この件について妻にかなり怒られたということでした。

シルバー人材センターに相談して、新しい仕事がすぐに見つかりました。ところが今度は「『勝手に新しい仕事を決めた』と妻に怒られました」とのことでした。

本人の話だと妻に怒られてばかりです。

まだらボケ

X+1年、MMSE30点でした。MMSEで拾えるような認知機能の低下はありません。いわゆる「まだらボケ」です。血管性認知症なのです。注意力の低下や、両便失禁の増悪などが見られました。前頭葉症状です。記銘力障害については、アルツハイマー型認知症のような海馬の萎縮によるものとは違い、注意力低下によるものです。

被害妄想もエスカレートしました。

「『言うこと聞かないのか』と言われて妻に頭を小突かれたり叩かれたりします」

「暑いからエアコンがある部屋に行くと、妻に『出て行け』と言われます。だから自分はエアコンがない暑い部屋にいるのです。暑いから窓を開けっ放しで寝ていたら、妻に蹴飛ばされました」

いままでは「怒られた」という話だけでしたが暴力を振るわれるというのです。

念のため、妻の話

私はまた妻に連絡をして、「来てください」と言いました。

妻は言いました。

「夜間おもらししてそのまま寝ています。尿で濡れた服のまま朝食の席に来るので着替えるように言うと『いつも濡れているから気にならない。このままでいい』というのです。ショックでした。

仕事をクビになったときも、本人は『もったいないから持ち帰った』と言っていますが、そうではありません。職場で賞味期限切れのお菓子が捨ててあるのを見つけて、仕事中に拾って食べていたところを見つかりクビになったのです。

入浴した後に脱いだ服をまた着てしまうようになりました。薬を飲もうとして床に落として見つけられません。さらに姿勢が悪くなり、体が曲がってきました。何か失敗すると『難聴だから聞こえなかった』と言い訳します。

電気を消し忘れるようになりました。

家族で出かけたときに、1人だけどんどん先へ行ってしまいました。歩調を合わせることができません。

早食いです。皆で食事していても自分だけ食事の皿に指を突っ込んで自分のほうに引き寄せて、がつがつ数分で食べてしまいます。

促さないと着替えません。

実は先日、私が大きな病気にかかりに入院手術しましたがまったくの無関心でした。あんまりなのでつい本人を一度叩いてしまいました」

妻は一気に話すと涙ぐみました。

次の診察で「奥さまはいかがですか」と尋ねると「妻に毎日小突かれています」との返事でした。病気の話はいっさいありません。話はすぐに清掃の話になりました。「落ち葉が多くて今日は掃除が大変でした」と言います。「職場でもやることを忘れると怒られます」と言いました。

妻からの連絡

X+2年、いままでは私から妻に連絡をしてときどき来院してもらっていましたが、珍しく妻のほうから連絡してきました。

「トイレが間に合わなかったためか、トイレの中が便器も床も尿と大便でひどく汚れていました。失敗したときに本人がイライラして便器の蓋を思い切り閉めたようで、便器の蓋が割れていました。怖いです」

軟便や頻尿がひどくなって、排泄の失敗につながっているようなので、レミニール®︎をいったん中止してみました。レミニール®︎のようなアセチルコリンエステラーゼ阻害薬は、副作用として軟便や下痢になる人がいます。また、尿失禁も増える場合があります。

レミニール®︎を中止してから便失禁がなくなりました。軟便が原因だったようです。イライラしているようなので抑肝散だけは服用を続けてもらいました。

診察時に尿失禁について尋ねると「ときどき漏らします。でももともと汗かきなので下着がびしょびしょでも気にならないのです。着替えないのが普通です。汗だけでなく少し尿があっても、自分では気にしません」と言いました。

「尿が出たらパンツを取り替えてください」と私は言いました。

MMSEは下がらない

レミニール®︎を中止したので念のためMMSEを行いました。30点です。

冬にはこう言いました。

「暖房がない部屋で生活しています。あるとき寒くて朝起きたときにお腹を壊して下痢をしました。トイレに間に合わなくて汚してしまい妻に叩かれました」

夏にはこう言いました。

「暑いから窓を開けて寝ていると妻が部屋に入ってきて、窓を閉めて蹴飛ばされました」

外来で聞く話はどんどんエスカレートしました。

「仕事に行くときには『臭いからもう帰ってくるな』と言われて叩き出され、自宅に帰ると『帰ってくるなといっただろう』と5、6発殴られます」

「『自分の洗濯物は自分で干せ』と言われ、干さないとつねられます。干し方が悪いと殴られます」というのです。

本当なら虐待です。

「奥さんはご飯を作ってくれますか」と尋ねると「いままで通り食事は作ってくれます」と言います。

「仕事に行くとき弁当も作ってくれます」とのことでした。「でも仕事に行くときはいつも『早く出て行け、早く死ね』と言われます」とのことでした。本当でしょうか。

職場の同僚にも被害妄想が出る

X+3年、「職場の人がうるさくて、同僚にガミガミ怒られます。毎日乱暴なことを言われます」とのことでした。「でも、いつも家では妻に怒られていますから。全然気になりません。ストレスもありません」ということです。職場の同僚に対する被害妄想も出てきたようです。

ちょっと症状が進んだかなと思いMMSEを行いましたが30点でした。この人の認知症は進行しても MMSEの低下がありません。

「雨の日に仕事をして靴が汚れたら妻に怒られました。妻は叩くだけじゃなくつねります。娘もいっしょになって怒ります。顔を合わせると妻も娘も怒るので、なるべく顔を合わせないように食事が終わったらすぐに自分の部屋に入ります。テレビは観るなと言われているのでテレビの部屋には行きません。仕方がないのでラジオを聞くようにしましたが、今度はラジオもうるさいから聞くなと言います。何もかも頭ごなしに妻に否定されます。

妻に携帯電話を勝手にいじられて音が鳴らないようにされてしまいました。それから自分のへそくり16万円を封筒ごと妻に持ってかれました。自分の小遣いは、月1万円妻から渡されて医療費や薬代もすべてそこから出さなければならないので好きな物を買うこともできません」

これが本当なら経済的虐待です。

仕事は続けられる

「同僚に怒られる」とか言っていた割には職場で「もう1年働いてほしい」と言われました。

このころは「妻が小遣いやご飯をくれません」と言うようになりました。私もいちいち妻に確認しなくなりました。

少し体が右に傾くようになりました。ジストニアです。頭部MRIを行うと小さい脳梗塞の数が増えていました。

X+4年、コロナウイルス感染症が蔓延し、マスク生活になりました。使い捨てマスクを使うようになりましたが、同じマスクを1~2週間取り替えずに使うので不潔です。黒ずんで汚くなっています。

不潔が悪化

「不潔で平気なのが困ります」ときどき付き添って来る妻は言いました。

「入浴中に便が出てしまい、洗い場に大便が落ちています。睡眠中のおならやいびき、はぎしりの音がうるさくてイライラします。

トイレを使った後、流さなくなりました。水道の出しっ放しや引き出しの開けっ放しが多くなり、私もイライラしてつい大声を出して、大人げないことを言ってしまいます。後で反省します」

MMSE29点です。遅延再生で1失点です。

本人の話

「暑いので扇風機を回していたら『扇風機を回すな』と妻に殴られました。妻は四六時中イライラしています。朝ご飯の後、食器を洗っていたら『洗うな』と怒られました。洗わなくても怒られるし、洗っても怒られるし、どうしていいのかわかりません。毎朝『出て行け』と言われるし、なんで嫌われているのかわかりません。

妻は東京に出たいから私と結婚したようです。私のほうは好きでも嫌いでもなかった」

X+5年、「寒いので暖房を入れて寝ていると、夜中にこっそり妻が入ってきて暖房を切っていくのです。そして窓をこっそり開けていくので、朝寒くて目が覚めます。風邪を引いて死ねばいいと思っているようです。インフルエンザの予防注射に行けと言いながら、小遣いはくれません。

最近重たい物が持てなくなって、清掃の仕事がきついです。平日だけではなくて土日の仕事もさせられています。休みで自分が家にいるのがたえられないようです。どうしても休みで家にいなければならない日には、家にいると怒られるから近所の図書館で時間をつぶします。

ご飯が減らされる

弁当のご飯の量が減らされました。肉体労働なのでお腹が空いてしまい、コンビニで買って補っています。自宅でご飯のお代わりをしようとしたら『だめ』と言われました。

白内障になり、目の手術を受けることになりました。手術が無事に終わって目がよく見えるようになりました。手術のため仕事を3日休んだところ、妻に蹴飛ばされました」

X+6年、「毎日毎日『早く死ね、帰ってくるな』と言われながら仕事に行きます。出勤前に下痢をしてズボンを汚したら『自分で洗って干してから行け』と言われたので遅刻しました」

お小遣い

「テレビを観ていると、妻が来て消されてしまい、リモコンを取り上げられます。弁当が減らされお腹が空くのでコンビニで買って補っています。そしたらお金がかかるので小遣いが1万5000円に上げてもらえました。清掃の仕事は1日2万歩ぐらい歩くので、食べないとやっていられません」

私は耳を疑いました。いままでは妻に対してマイナスの話ばかりでしたが、お小遣いを上げてもらえたと言うのです。これは良い話です。良い話をするのは初めてです。

MMSE28点でした。じわじわ進行しています。

また妻に来てもらいました。

「汚れた服をずっと着ているし、お風呂の湯船に便が浮いています。私がガミガミ言うと、娘には『あまり言うと虐待になるんじゃないの』と注意されるのです。でも言っても全然聞いてくれないので、ときどき叩いてしまいます。お弁当が足りないようでコンビニでおやつを買って食べているので、お小遣いを増やしました」

娘もいっしょになって暴言を吐いているわけではないようです。

妻は手が出てしまっているようです。辛そうにしていました。

「イライラしてしまったら、まず深呼吸して6秒数えてみてください。あなたがご主人を叩かないで済むようになると良いですね」

妻が退職

その後間もなく妻が定年退職しました。

妻が定年退職してから初めての診察で本人は言いました。

「妻が弁当を作ってくれています。ブツブツ文句は言うけれど、作ってくれるからありがたいです。私のほうは定年がないので、雇ってもらえているあいだは働こうと思います」

おや、いままでとだいぶトーンが違います。本人が妻に対しての感謝の言葉を言うのを初めて聞きました。

妻は仕事を辞めたので気持ちに余裕が出たのでしょうか。私のアドバイス通り6秒数えるようになったのでしょうか。いずれにしても、少し優しくなったようです。

「オニババ」ではありませんね。

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。

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