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認知症という病気は、高齢になればなるほど発症するリスクが高まる病気です。長い人生を生きてきて、その最後の時に認知症を発症してしまうのです。

長い人生のなかで、最後の最後につらい思いをするのは本当に悲しいことだと思います。

最後に好きなものを食べたり飲んだりして過ごしたいのは、よくわかります。「もしも自分がそうなったら」と思うと、私だって好きにさせてしてほしいと思います。

病気の治療をしなければならない立場と、その人の人生の質を高めたいという気持ちのあいだで、いつも揺れ動いています。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 036
88才男性

夫婦で当院に通院しています。
2人とも認知症なのです。

夫のほうが、「一生懸命働いたんだから、最後ぐらい、お酒飲んでもいいじゃないか!」と、泣きそうな顔で訴えました。

本当につらそうです。

そんなふうに言われると、「それもそうだ」と思ってしまいます。しかし、お酒を飲んではいけない理由があるのです。

これまでの経過

老夫婦二人暮らしです。長男がいますが別のところに一人暮らしです。

夫は職人でした。
妻は社交的な性格でした。

夫の職人仲間や周囲の人たちとにぎやかに暮らしてきました。

その妻が、ある時から認知症になり、夫はその介護に追われるようになりました。

夫が元気なうちは妻の排泄の後始末や生活の世話をしてきました。若いころから仲の良い夫婦だったので、世話をするのは苦にならなかったと言います。自分のために、いろいろ尽くしてくれた妻に恩返しの気持ちもあったとのことでした。

歳をとるにつれて妻が失禁するようになり、後始末がたいへんになってきました。

介護生活の破綻

そのうち、夫が外出中に自転車で転倒し、打撲症を負いました。杖をつくようになり、体の動きが全体的に悪くなりました。

いよいよ介護ができなくなりました。
妻が失禁するとどうにもならなくて救急車を呼んでしまいます。時に間違えて、警察に通報してしまうことも出てきました。

振り込め詐欺

X-3年、夫婦の自宅に振り込め詐欺の電話がかかってきました。妻は電話の相手に言われるがまま、銀行口座の番号や暗証番号などを伝えてしまいました。

妻の様子がおかしいことに夫が気づきました。警察を呼び、事なきを得ました。そのときの警察官が夫婦に事情を聞いた際、妻の様子がおかしいことに気づきました。

何度も同じ話をします。警察官の質問と妻の答えがかみ合いません。あまりにひどいので、「奥さんを病院に連れて行きなさい」とアドバイスしてくれたといいます。

しかし、いくら夫が勧めても妻は病院に行くのをとても嫌がりました。どうしても連れて行くことができませんでした。

妻の介護で不眠

X-2年、 夫のほうが朦朧とした状態で当院に初診しました。地域包括支援センターの人が付き添っています。

「毎晩、妻がお金を探して起きているのでまったく眠れません」と言います。妻は認知症で、大事なもののしまい場所がわからなくなり、夜な夜なお金を探しています。

「通帳がなくなった」と言って騒ぎます。妻が自ら警察に電話し、「通帳を盗られた」と言ったので警察官が家に来ました。振り込め詐欺のときと同じ警察署です。

今度は、警察官が地域包括支援センターに通報しました。通報を受けた地域包括支援センターの担当者が夫婦の自宅を訪問しました。

すると、夫のほうがぐったりしており、意識も朦朧としていました。その様子を見て、まずは夫を連れて来院したのです。

介護不能に陥る

初診時、夫はMMSE18点でした。日付、時間がわからない、時間的見当識障害が顕著です。

記銘力障害もあります。集中力が低下して、100から7を次々に引いていくセブンシリーズがほとんどできません。文章を書く検査では、「金に、こマル、話にコマル」という意味不明の文章です。2つの五角形を描く検査では、2つとも四角形になってしまっています。

夫も認知機能が低下し、妻の介護どころか自分のことで精いっぱいです。

物忘れがひどくなり、いろいろな手続きや生活の管理などができなくなっていました。また、感情のコントロールもきかなくなり、すぐに泣いたり怒ったりします。

不安感が強くなり、「死にたい」と言います。希死念慮です。

認知症の妻と2人暮らしですが、妻が言うことを聞かないので叩いてしまうことも度々でした。虐待です。

血管性認知症

地域包括支援センターの担当者は、「別居の長男がいるので何とか関わってもらおうと考えています」と言いました。

頭部MRIを施行すると両側の大脳に慢性虚血性変化が強く認められ、多発性ラクナ梗塞があります。これによって大脳が全体に萎縮していました。血管性認知症です。

血管性認知症では前頭葉機能の低下や抑うつ症状が目立ち、感情のコントロールができない、怒りが抑えられない、衝動的になるなどの特徴が見られることがあります。感情失禁が出現することもあります。

まさに、いまの夫の状態がそれでした。

カッとなるのを抑える

感情の起伏が激しく、不安感が強いので抑肝散を処方しました。しかし、「漢方薬の顆粒が入れ歯にくっついて気持ちが悪い」とのことで内服できませんでした。

「どうしてもカッとなってしまう」と言うので、次にデパケンR®︎を処方しました。成分は、バルプロ酸ナトリウムです。抗てんかん薬の一種ですが、感情の起伏を安定させたり、片頭痛の頻度を減らす作用もあります。

抗精神病薬に比べて副作用が少ないので、抑肝散の次に使ってみることが多い薬です。

よくよく話を聞くと、「妻にはアルコール多飲があり、飲酒するとおかしくなる」ということでした。「飲酒すると別人のように乱暴になり、そういうときに叩いてしまう」と言いました。

「奥さんを連れて来てください。奥さんのほうが治療が必要なのではありませんか?」

妻の受診

翌月、夫といっしょにケアマネジャーの付き添いで妻が来院しました。

もともと明るく朗らかな性格で、結婚してからは夫の職場仲間を家に呼んでいっしょに食事したりお酒を飲んだりする人でした。人寄せが大好きでした。

診察してみるとMMSE15点とやや重度の認知症でした。もの忘れはひどく、日付や時間、曜日がわかりません。場所的見当識障害もあり、自分が医療機関を受診していることがわかっていません。

文字が書けません。会話の理解も悪く、話していてもかみ合いません。

書類の管理も、金銭の管理もできません。
億劫で家事もしません。

しかし、電話でお酒の注文だけはできていました。

妻のアルコール依存症

毎週のようにビールをケースで購入していました。
「我が家はお酒が薬なの。だから病院に行かないの」と言いました。

若いころからお酒が大好きで、「お腹に赤ちゃんがいるときにもお酒はやめられなかった」と言います。

現在は、1日2リットルぐらいビールを飲みます。昼間からちびちびビールを飲んで、家の中ではいつもふらついています。伝い歩きです。

ときどきトイレに間に合いません。
お風呂に入るのも面倒で不潔になっています。

夜になると機嫌が悪くなり、暴言を吐いて怒鳴り散らしたり、夫に何か指示されると怒ります。

飲酒して寝ると、寝ているあいだに便や尿を漏らします。トイレ誘導や入浴の促しを拒否します。

その世話は、ずっと夫がやってきました。

夫婦を分ける

夫が「ビールでお腹が一杯になって、ろくに食事しません」というので採血検査をしました。採血の結果、妻は低タンパク血症でした。また、γGTPが高値でした。低栄養状態、アルコール性肝機能障害です。

ビタミンも調べましたがまだ正常範囲でした。ビタミン欠乏症になると種々の神経障害が出ますので注意が必要です。

「俺だけ、あの家、出たいです。施設に入りたいです。でも女房のことも心配で」
夫はつらそうに訴えました。

いっしょにいたいけど、もう無理だということです。
夫を入所、または入院させて、自宅の妻は介護サービスでケアしていくことを検討しました。

アクシデント

ケアマネジャーに長男に連絡をとってもらい、夫の入院か入所を進めていこうと動き出しました。

その矢先に、妻が自宅内で酔って転倒、右足骨折で1カ月入院しました。進めようとしていたプランとは違いましたが、期せずして1カ月間の夫婦分離ができました。

通院介助ヘルパー

夫は一時的に一人暮らしになりました。

夫のほうは自転車での転倒を繰り返していたので、自転車に乗らないように注意しました。しかし、歩行障害があり、前傾姿勢で長距離は杖がないと歩けないので自転車を乗り回していました。

多発性ラクナ梗塞による血管性パーキンソン症候群です。パーキンソン病に似た症状が出ますが、主に歩行障害を呈します。手の振戦や固縮は目立ちません。姿勢反射障害が目立ちます。バランスが取れなくなり転倒しやすくなります。

また、小刻み、すり足歩行になります。本態性パーキンソン病では、両足の間隔がくっついて、足をそろえた状態でちょこちょこ歩きます。血管性パーキンソン症候群では、本態性パーキンソン病と違い、両足の間隔が広めになります。足を広げて、よたよた歩きます。両足の間隔が広いことを「ワイドベース」といいます。

夫の歩き方もワイドベースでよたよたしていました。長距離を歩くのはたいへんでした。このため、当院への通院も自転車でした。

事故を未然に防ぐため、徒歩で来てもらうように通院介助ヘルパーを付けました。ところが、ヘルパーが迎えに行くと家にいません。毎回、勝手に一人で自転車で出てしまいます。一人で診察室に入ってくるので、「あれ?」と思ってケアマネジャーに確認の電話をすると、「自宅にいないので探しています」との返事。

電話で事情を話し、ヘルパーには当院に迎えに来てもらいました。帰りはヘルパーが付き添って、自転車を押しながら帰ります。

長男の登場

X-1年、長男が付き添って来院しました。初めての来院です。ケアマネジャーからの連絡を受け、関わってくれるようになったのです。

長男が現在の困り事を教えてくれました。

食事の支度が満足にできていません。同じようなものばかり食べ、食生活が偏っています。夫婦共にです。

おかずが作れないので夫が買ってきます。毎回、同じような惣菜ばかり買ってきます。ご飯は長男が訪問したときにまとめて炊いています。

夫は、長男が炊いたご飯と自分が買ってきたおかずを食べていました。妻にも自分と同じものを食べさせようとしていました。

しかし、妻はご飯もおかずもほとんど食べず、ビールばかり飲んでいます。乾パンや煎餅などをつまみにすることはありますが、他のものはほとんど食べません。乾パンも煎餅も、炭水化物だけで、タンパク質も、ビタミン、ミネラルも、繊維質もありません。栄養失調になります。

現に、初診時の血液検査では低タンパク血症が見られました。

アルコールによる神経障害にはいろいろな疾患があります。
いくつか、ご紹介したいと思います。

ウィルニッケ脳症

ビタミンB1欠乏症の一つです。アルコール多飲により偏食になり、ビタミンを摂取しないことにより起こります。

記憶障害がメインの症状で、「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」といわれることもあります。特に「作話」という症状が目立ちます。まことしやかな話をするので周囲の人が振り回されてしまいます。大酒飲みの人がまことしやかな作り話をしていたらウェルニッケ脳症かもしれません。

マルキアファーヴァ・ビニャミ

脳梁の変性による病気です。脳梁とは、左右の大脳を繋いでいる組織です。

脳梁が壊れると左右の脳が分離された症状が出ます。他人の手徴候などが現れます。他人の手徴候とは、自分の手が他人の手のように感じられる症状です。これに伴って、右手でやろうとする動作を左手が邪魔したり、自分の意思と無関係に勝手に物をつかんでしまうなどの症状が出ます。

急性期には意識障害や痙攣などが起きます。慢性期には前頭葉症状、認知機能障害が残ります。

ODS(浸透圧性脱髄症候群)

CPM(橋中心髄鞘崩壊症)、EPM(橋外髄鞘崩壊症)といわれていたものです。脱髄による症状で、橋中心以外にも大脳基底核や視床に脱髄を来す例があります。

アルコール多飲で低ナトリウム血症になっているとき、急速にナトリウム補正を行うと発症することがあります。

意識障害になり、四肢麻痺などの後遺症が残ることもあります。

アルコール性大脳萎縮・小脳萎縮・視神経萎縮・筋萎縮

アルコールは神経や筋肉の萎縮の原因になります。

大脳が萎縮すれば認知症になります。

小脳が萎縮すれば小脳失調症状が出現し、失調性歩行になります。酔っ払いのような千鳥足がそれです。

視神経が萎縮すれば視力が低下し、筋萎縮を来せば全身の筋力が低下します。

末梢神経障害

アルコール多飲を長く継続すると末梢神経も障害されます。手足の先から痺れてきて感覚が鈍くなります。痛みなどを感じなくなり、怪我をしても気がつきません。「足の裏で砂利を踏んでいるようだ」などと訴える人が多いです。

さらに増悪すると手足の先に力が入らなくなってきます。

このように、アルコール多飲では多くの神経障害が起こります。

仮性対話

さて、症例に戻りましょう。

妻は酔って転倒し足を骨折して入院していました。1カ月ほどして骨折が治り、妻が退院してきました。お酒も抜けていました。

このあいだに夫のほうは血管性パーキンソン症候群による歩行障害が悪化し、通院は車椅子介助になりました。

妻が退院してきたためか夫は嬉しそうでした。基本的には仲の良い夫婦でいっしょにいたいのです。

夫婦の生活を援助するため、長男がいっしょに過ごす時間が増えました。長男がそばで聞いていると夫婦の会話はかみ合っていません。かみ合っていませんが、なんとなく通じているふうでもあります。こういうのを「仮性対話」と言います。雰囲気で伝わります。通じないので、かえって互いに怒り出すこともなく、けんかも減りました。

夫の認知症が緩徐に進行

けんかしなくなり、穏やかで、夫のほうは夜もよく眠れるようになりました。

一本杖が使えなくなり、4点杖を導入しました。外は車椅子、室内は4点杖です。

認知機能はMMSE20点でした。1年前は18点でしたので点数は上がっていますが、実際は認知症は進行しています。

買い物の際に計算ができなくて、お店の人に財布を渡して取ってもらっています。

会話の理解力が顕著に低下し、口頭指示が入りにくくなりました。

身体機能も低下

夫は上肢の筋力も低下し、洗濯物を運ぶことができなくなり、ヘルパーが行うことになりました。それを忘れて運ぼうとして家の中で転倒します。

肩関節を痛めてしまいました。腕の力が入らず、食器洗い中にどんぶりを落として割りました。

自転車に乗らないように注意していましたが、このころに一度乗って出掛けてしまいました。交差点で左右確認しないで飛び出すので危険です。注意力が低下しており、判断ができないのです。

長男にアドバイスして自転車を隠してもらいました。

飲酒しなければ落ち着いている

X年、夫婦の生活は小康状態といえる状態で、しばらく穏やかな日々が過ぎました。飲酒を控えていたので落ち着いていました。

骨折は、飲酒して室内で転倒したのが原因でした。入院していた病院でも「もうお酒は飲まないでください」と言われていました。

妻は骨折で入院してから歩けなくなり、ほぼ寝たきりです。自分でビールを注文できません。取りに行くこともできません。

しばらくは飲まない日々が過ぎました。

飲酒行動の再燃

通院介助ヘルパーが、ある日「妻は、飲酒して人格が変わります」と相談してきました。人が変わったように大声を出し、ヘルパーに対しても乱暴な言葉、汚い言葉を使います。興奮もしてしまいます。

「また飲み始めたのですか?」
「ええ、そのようです。どうも夫が飲ませているようです」

妻は自分では飲めなくなっているわけですから、誰かが飲ませているのです。夫以外にあり得ません。

検査してみるとMMSE12点に下がっていました。飲酒の影響もあり急激に悪化しています。

通院介助でヘルパーが入ったためか、夫に対する嫉妬妄想が出てきました。「ビールをくれないのは若いヘルパーと浮気をしているからだ、私のことが嫌いになったんだ!」と言い、夫を責めます。夫が「そんなことはない」と否定しても、「嘘をついている」となじります。

もともと夫もビールが好きで、ささやかな晩酌を楽しんでいました。

夫のほうは晩酌でビール1缶ほどしか飲まないのですが、以前は妻といっしょに毎晩飲んでいました。妻の入院中も同じペースで晩酌していました。妻が退院してからも晩酌を続けていました。

退院後、最初のうちは妻にビールを与えないでいました。毎日「ビールちょうだい」と言われますが、「酔うと転倒してまた骨折する」と言われていたので飲ませないようにしていました。

ところが、最近になって「ビールちょうだい」と言われると夫はビールを与えてしまうようになりました。嫉妬妄想があり、なじられるからです。「浮気しているからビールを飲ませてくれないのね!」と言われると、そうではないことを証明しようとして飲ませてしまうのです。

昼間からでも飲ませてしまいます。
「女房がおいしそうに飲んでいるのを見ると、先も短いのだから飲ませてあげたいと思うんです」
そう言いました。

しかし、とある出来事があってから長男にビールを隠されてしまい、夫も飲酒できなくなりました。

生きている意味

「お酒を飲めないのなら生きている意味がありません!」

長男がビールを隠してからお酒を一滴も飲ませてもらえません。
「一生懸命働いたんだから、最後ぐらい、お酒を飲んでもいいじゃないか!」
泣きそうな顔で訴えました。

しかし、飲んではいけない理由があるのです。

「女房が、本当においしそうにビールを飲むので、つい与えてしまうんです。ビールを飲むと、女房は人が変わってすごく乱暴になるんです。あまりにもひどいことを言うので、俺も我慢できなくて女房の首に手が伸びてしまって……」

長男がその場にいなかったら絞め殺してしまうところでした。

長男が驚いてビールを隠しました。

目の前で夫が飲んでいれば、妻は「ビールちょうだい」と言うのです。だから、夫も飲んではいけないのです。

お酒が抜ける

X+1年、妻が飲酒しないで何カ月か経ち、検査しました。MMSE20点でした。20点ぐらいあれば、なんとか在宅生活ができます。

前の年、12点に低下していたのはやはり飲酒が原因でした。お酒が抜けると理解力が改善し、会話もある程度かみ合います。身の回りのことも少しはできますし、両便失禁もほとんどありません。

夫もお酒を飲まない生活に慣れてきました。夫婦に穏やかな日々が戻ってきました。認知症は緩やかに進み、夫婦とも以前に比べて寝ている時間が増えました。

介護サービスを嫌がる

寝ているのが楽なので、デイサービスに行くのを嫌がるようになりました。

「お金がかかるし、デイサービスを減らしたい」と夫が言い出しました。いままでビール代にいくらかかっていたのでしょうか。月々数万円はかかっていたはずです。喉元過ぎれば、という言葉がありますが、そんなことは忘れているのです。

ケアマネジャーも私も「夫婦で寝たきりになってしまうと自宅で暮らしていけなくなるから、デイサービスは減らさないほうがいいですよ」と説得中です。

なるべく長く、夫婦仲良く、自宅で暮らしてほしいのです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。