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認知症の診療は、何が目標なのでしょうか。治る病気であれば、治すことが目標になります。認知症は、治らないので、目標を見誤ると診療が迷走します。

アルツハイマー型認知症の場合、「進行を遅くして、なるべく長くいまの生活を維持すること」が、目標になることが多いです。

周辺精神症状、いわゆるBPSDのある認知症の場合は、「精神症状を抑えて、家で暮らしやすくする」「家族が介護しやすくする」「施設に預けやすくする」などが目標になることがあります。さらに、どうしても介護がうまくいかない場合には、「入院先を探す」「施設を探す」ことが目標になります。

その見極めは主介護者が行うことが多いのですが、医師やケアマネジャーが客観的に見て、代わりに判断する必要が生じることもあります。主介護者が、判断力を失っている場合です。介護疲れが重なり、主介護者がうつ病を発症したり、もともと精神疾患など思考に問題を抱えていることもあります。

判断をプロに任せてもらえれば、共倒れや虐待を防げるケースがあるので見逃さないようにしなければなりません。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 038
91才男性

当院の相談員が長電話をしています。もう1時間半ほどになるでしょうか。

予約変更や新患からの問い合わせ、薬局やケアマネジャーからの連絡がくるので、電話がふさがっているのは問題です。

私は相談員にジェスチャーで受話器を置く動作で「電話を切ってください」と伝えました。しばらくすると、ようやく電話を切ることができました。

数日前から入院相談をしていた人の娘からの電話でした。どうしてこのような長電話になってしまうのでしょう。

これまでの経過

X-14年、体が左に傾くようになりました。

X-6年、毎晩寝言を言うようになり、もの忘れがひどくなりました。循環器科で睡眠時無呼吸症候群と診断され、CPAPが開始されました。

X-5年、一晩中寝言を言うようになり、日中は傾眠状態となりました。もの忘れも悪化しました。

X-4年、自ら「よく眠れない」と訴えて大きな病院でベルソムラを処方されました。外出中にカバンを紛失しました。幸い警察署に届けられていました。1人で受け取りに行って、持ち帰った後で「警察署でカバンを受け取るときに健康保険証を出したら警察官に盗まれた」と言っていました。

このころから嚥下障害が出現しました。

寝言がひどいので睡眠時無呼吸症候群で通院中の循環器科に相談したところ、「病気ではない」と言われたということでした。振り返ってみると、寝言はレム期睡眠行動異常症(レム睡眠行動障害、RBD)の始まりでした。専門医でないと病気の症状だとは気がつかないのです。

その後も徐々にもの忘れが悪化し、寝る前にCPAP を付け忘れてしまったり、通帳を紛失して何度も再発行するようになりました。現金を自宅内のあちらこちらにしまい込んで紛失します。

いよいよ、生活に支障を来してきました。このため家族に連れられて当院初診しました。

初診時の症状

初診時、日付や曜日がわかりません。時間的見当識障害です。物なくすと「人に盗られた」と言います。もの盗られ妄想です。

薬の管理ができません。病識がないので家族が管理しようとすると本人は怒り出します。

季節に合った服装ができません。

こういうところはアルツハイマー型認知症と変わりません。もしかするとアルツハイマー型認知症を合併しているのかもしれません。

高齢ですので、2種類の認知症を合併している確率は高いでしょう。

便秘へのこだわり

元来便秘で、排便に対するこだわりが強く、市販の便秘薬を大量に買い込んであります。

これも、レビー小体型認知症によくある症状です。レビー小体型認知症はαシヌクレインというタンパク質が神経細胞に溜まって起こる病気です。脳の神経細胞だけでなく、全身の神経細胞に溜まるということがわかっています。

腸管の神経細胞にも溜まります。脳に溜まるよりも腸に溜まるほうが早いので、認知症の症状が出る何年も前から便秘になるのです。

睡眠リズム障害

日中の眠気が強く、食事をしながら眠り込んだり、逆に夜中に起き出して歩き回ることがあります。夜間の行動時には「外から人が覗いている」など不穏な妄想を話します。後で覚えていません。睡眠リズム障害とレム期睡眠行動異常症です。

嚥下障害が軽度に見られていましたが、唾液分泌も亢進し流涎がみられます。流涎は唾液が嚥下できないだけでも見られますが、唾液分泌の亢進でより増悪します。

パーキンソン病など脳の変性疾患では、唾液分泌の亢進が見られるケースがあります。唾液分泌は自律神経の支配を受けています。自律神経障害はパーキンソン病に多く見られますが、同じ原因で起こるレビー小体型認知症にもよく見られます。

運動症状

診察室で歩いてもらいました。すり足歩行でバランスが悪いです。診察室の中、2~3mはなんとかフリーハンドで歩けました。外出時は杖を使用しています。身体はつねに左に傾いています。

MMSE21点でした。頭部MRIでは海馬の萎縮はあまりなく、MMSEの割には萎縮の所見が軽度です。アルツハイマー型認知症の症状もありますが、レビー小体型認知症の症状がメインのようです。

付き添ってきた妻と娘はイライラしており、「困っている」と切々と訴えます。

治療の開始

レビー小体型認知症と考え、抗認知症薬を開始しました。レビー小体型認知症で保険適用があるのはアリセプト®︎だけです。しかし、アリセプト®︎以外のレミニール®︎、リバスタッチパッチ®︎など、そのほかのアセチルコリンエステラーゼ阻害薬もレビー小体型認知症に効果があります。

通常、レビー小体型認知症では脳内のアセチルコリンが著しく減少しているということがわかっています。このため、アセチルコリンの量を増やす薬であればどれも効くはずなのです。

内科からは降圧剤2種類、便秘薬が処方されていました。飲み薬はもう3種類飲んでいます。嚥下障害があり、これ以上増えると飲ませるのがたいへんということでした。このため貼り薬にしました。

貧困妄想

まずリバスタッチパッチ®︎4.5mgを開始しました。副作用がないので漸増しました。

本人は貧困妄想が出現し、不安感が強くなり、現金をたくさん手元に置こうとします。食べ物をときどき喉に詰まらせるようになりました。

X-3年、リバスタッチパッチ®︎は漸増中です。金銭に対するこだわりは持続しており、いつもお金を数えています。

ときどき幻聴があり、誰もいないのに会話しています。対話性幻聴です。「大工が貸してくれと言ってるから」とバケツを持ってきます。

昼寝から覚めると時間がわからず朝だと思っています。「頼まれたんだけど」と言って、椅子を持ってウロウロしています。

認知機能の低下

着替えをするときに、自分の服と妻や娘の服の区別がつきません。妻や娘の服を着てしまいます。視覚認知障害のようです。

寝言は毎晩のようにあり、玄関を開けて外に出ていきます。目が離せません。

薬は効いていないようです。

介護認定申請し、まずはデイサービスに通うことになりました。日中活動することで疲れてもらい、夜間の行動を抑えるのが狙いです。

また、リバスタッチパッチ®︎の効果がないので、レム期睡眠行動異常症に対しリボトリール®︎を開始しました。

レム期睡眠行動異常症の治療

レム期睡眠行動異常症は、夜間の寝言や夢遊病、夜驚症のようなさまざまな症状が出現します。抗てんかん薬の一種、リボトリール®︎が奏効することがあります。

この人もリボトリール®︎を追加したところ、夜間、静かに眠れるようになりました。しかし、日中の眠気が強くなり、ふらつきも出現し、トイレに間に合わなくなりました。

薬剤過敏症

レビー小体型認知症には薬剤過敏症という特徴があります。抗精神病薬などの副作用が強く現れるという症状です。

リボトリール®︎でも眠気やふらつきなどが激しく現れました。認知機能も低下しました。家の中で迷子になります。

視覚認知が悪化し距離感がつかめなくなりました。目の前の皿に入っている食べ物を箸でつかもうとして空中をつかんでしまいます。

便失禁が出現しました。もともと便秘がひどく下剤を服用していますが、コントロールがうまくいかないので下痢と便秘を繰り返すようになっています。

便失禁すると、妻に「変なものを食わせるからだ」と言って怒ります。

妻や娘の対応

本人には錯視の症状があり、日中でもタオルや衣類が人間に見えることがあります。「小学生が入ってきた」と言うので娘が確認すると、椅子にかけてあった娘の上着です。娘はついつい「嘘つき!」となじってしまいます。

錯視などはあくまでも認知症の症状で、本人にはそのように見えてしまっているだけです。嘘をついているわけではありません。何度もそのように指導しましたが対応は改善しませんでした。

認知機能の改善

リバスタッチパッチ®︎は、初診時以来、維持量の18mgまで漸増し継続していました。初診から1年が経ちMMSEを施行したところ25点でした。初診時には21点でしたので4点の改善です。夜間のレム期睡眠行動異常症も頻度や持続時間が激減していました。

全般に薬物療法はうまくいっているほうです。しかし、妻と娘の接し方は相変わらず厳しくて、本人の錯視をことごとく否定します。「嘘を言うな!」「そんなことあるわけないでしょう!」といった具合です。

レム期睡眠行動異常症も回数は減ったものの、たまに出現すると必ず娘と言い争いになります。

本人の訴え

本人は妻や娘からの厳しい対応に苦しんでいました。

「似た話が頭の中で混じり、混乱してしまうんです。違う、ダメだと言われるたびに、こっちもイライラして言い張ってしまいます」

本人にも、わかっています。

娘も言いました。

「母も私も優しくないので、お父さんがだんだん意固地になっているのを感じます。もちろん、わかっています。日々感じます。でも優しくできません」

家族3人ともがせっかちで、ゆっくり相手の話を聞くとか、相手に寄り添って思いやると言う気持ちが少ないようです。

朝起きて、誤って妻のズボンを穿いてしまうと妻が怒り出します。また間違えると喧嘩になると思うので、毎朝早く起きてタンスの中の衣類を洗いざらい引っ張り出します。そして、これでもない、あれでもないと自分の衣類を探します。それでも間違えます。

家族との分離を図る

家族いっしょにいないほうが互いのためのようです。このためケアマネジャーに連絡し、デイサービスなど家族が離れる時間を増やしてもらいました。さっそくデイサービスを増回してもらいました。

要介護2でした。FAXでケアプランが送られてきました。1日型のデイサービス1回、半日のデイケア1回です。デイサービスは家族との分離が目的です。デイケアはパーキンソン症候群による歩行障害に対するリハビリテーションが目的です。

寝言が受け入れられない

介護サービスは素直に受け入れ、送迎の車が来れば自分から乗り込みます。

私からみると小康状態でした。以前のような夢遊病のように起き出して玄関から出て行ったり、家族を起こしにきてあれこれ話しかけることはありませんでした。

それでもときどき寝言はありました。寝言を完全に抑えようとすると、薬の副作用で日中の傾眠と認知機能低下が悪化します。診察のたびに、妻は「寝言がうるさくて気になります。イライラします」と訴えました。

寝言ぐらいならいいじゃないかという考えもありますが、妻にとっては寝言があることが現在の大問題のようでした。「うるさい!」と言って、怒鳴りつけてしまうようでした。

貧困妄想の悪化

日々、妻や娘から怒られているためか貧困妄想がひどくなり、「お金がなくなる」と不安感が強くなりました。手元の現金を靴下の中などに隠すようになりました。

排便へのこだわりも強くなり、特に便失禁すると「妻に変なものを食べさせられた」と言います。
妻と喧嘩になってしまいます。下剤の飲み方でも言い争いが絶えず、本人は下剤を隠し持っていて、こっそり多く飲んだりします。

デイの増回

X-2年、妻との関係は徐々に険悪になりました。ケアマネジャーと相談し、デイは週3回に増回しました。

本人は、デイの日の朝は早起きして喜んで機嫌よく出ていきます。よほど家の居心地が悪いのでしょう。前の晩から「明日は何を着て行こうか」と楽しみにしています。デイを増やしてから気分が明るくなったのか、夜間の寝言も笑い声を交えて楽しそうな寝言になりました。それがまた気に入らなくて妻が怒ります。

認知症の進行

日中の認知機能は徐々に低下しました。薬を飲んでいないのに「飲んだ」と言います。探し物が増え、あちこちからいろいろなものを出してきて散らかします。やはりアルツハイマー型認知症を合併しているようです。

娘の対応は相変わらずでした。本人が食べ物を残していると「残したの?」と聞きます。当然、本人は覚えていません。聞く必要はないのです。黙って廃棄すればよいのです。本人は「知らない。誰かが食べたやつだ」と答えます。不毛なやり取りです。

そこで娘が「これはお父さんの食べかけでしょ。残すんでしょ」とたたみかけます。本人は「違う!勝手に誰かが置いていったんだ!」と怒ります。言い争いはエスカレートしてしまいます。無用のケンカです。

便失禁も増えました。下剤を飲むと失禁したり、拭ききれずに服を汚します。娘が見つけて「お父さん、後始末ができてないよ、汚れているから着替えて」と言います。言う必要のない言葉です。

すると「そんなはずはない。おかしいな、自分じゃない」と言います。指摘されれば、否定します。指摘しないで、黙って着替えさせればよいのですが、どうしても言ってしまいます。黙っていればよいものを、言い争いになるので着替えさせるにも一苦労になってしまいます。

薬を飲ませることも同じです。まずは本人の失敗を指摘するところから始めてしまいます。「お父さん、薬を飲んでいないじゃない」となじります。その後で「飲み忘れているから、いま飲んでください」という調子です。本人は「そんなことはない、もう飲んだ」と頑固に言い張ります。その結果、薬を飲ませるのがたいへんになってしまうのです。

失行

服が着られなくなりました。着る順番はもとより、上着をズボンのように穿こうとしたり、裏返してみたりです。

パーキンソン症候群も増悪しました。早朝にトイレに立った際に、狭いトイレの中で方向転換をしようとして転倒しました。じっとしていることが増え、下肢の筋力も低下しました。

ケアマネジャーの提案で介護老人保健施設の利用を開始しました。通所リハビリテーションとショートステイです。家族のイライラが強まっているので、ショートステイでさらに距離を取ってもらうことになりました。

寝言や錯視の受容

できないことはやらせない、錯視や妄想はスルーするなど、毎回しつこく介護指導を繰り返しました。おかしなことを言ったりやったりしていても、指摘しないで指示だけ出していればよいと話しました。

娘は言いました。

「指示すればできました。こっちが何も言わなければ言い争いにもなりません。でも、わかっていても、つい言ってしまうんです」

「母にも、何も言わずに指示だけ出してと頼みましたが、母は無理です」

妻は言いました。

「お薬飲ませるのが本当にたいへんです。薬を袋から出させて、水を汲んでこさせて、正しい量を飲み終わらせるまで、本当に時間がかかるんです。ケンカしながらです」

水の入ったコップと、正しい分量の薬を手渡して、「飲んで」と言えば済むことです。本人に対する要求水準が高すぎるのです。

間違いを指摘する

また、間違いをいちいち指摘するのでその指摘に対する行動も出てしまいます。

トイレのスリッパを履いたまま出てきます。こういうときは黙って「こちらのスリッパに履き替えてください」と差し出せばいいのです。ところが、まずは「それはトイレのスリッパだよ」と言ってしまいます。すると、自分なりに何か行動しないといけないと思うのでしょう。スリッパを脱いで、今度はゴミ箱を探してうろうろ歩き回り、最後にはスリッパをゴミ箱に入れます。

認知機能

X-1年、1年ぶりに検査するとMMSE25点でした。MMSEには、この人の場合は認知機能の低下が反映されません。MMSEは、記銘力、見当識、注意力、言語機能などをみるのが中心で、失行、失認などは評価が困難です。

MMSE25点は前の年と同じ点数でした。2年前の初診時よりも、むしろ点数自体は改善していました。点数だけでは認知症の進行は判断できないのです。

このころから尿失禁も出現しました。以前から便失禁がありましたので、両便失禁の状態になりました。紙パンツの使用を開始しました。

頭部MRIで確認すると、大脳全体の萎縮は緩徐に進行していましたが、アルツハイマー型認知症でよく見られるような海馬の萎縮の顕著な悪化は目立ちませんでした。

妻に嫌われる

妻は相変わらず毎日怒っていました。本人の一挙手一投足にいちいちダメ出しをします。朝から晩までガミガミ、イライラしています。娘に言わせれば「お母さんが、うるさすぎる」とのことでした。

診察に付き添ってきた妻に、毎回根気よく介護指導するうちに私は嫌われてしまったようです。

「だって、何もないところに向かって話しかけているんですよ!」
「寝言がうるさくて、静かにするように言っても言うことを聞きません!」

「症状だから本人を責めてはいけないのです」とスルーするように指導しました。それでもとことん受け入れるつもりはないようです。

そのうち、「クリニックが遠すぎるので近所の医院に移ります」と言われてしまいました。妻は当院に来なくなってしまい、娘と本人だけが来るようになりました。

服を脱いでしまう

服を脱いでしまうようになりました。理由は不明ですが、放っておくと裸になります。何が原因でしょう。妻や娘の服を間違えて着たり、ズボンをかぶったりして、その都度ガミガミ怒られるので、服を着ること自体が嫌になってしまったのかもしれません。

これも妻のイライラを助長しました。

毎日、怒鳴ってばかりいて、妻も体調を崩しました。「もう面倒見られない!」と寝込んでしまいました。娘に重い負担がのしかかってきました。

もの盗られ妄想

もの盗られ妄想も度々ありました。「保険証がない。誰かが入ってきて盗ったんだ」と言います。否定しないで、まずは訴えを受け止めて、「それはたいへんね、いっしょに探しましょう」と言うのが正解と言われています。

また、本人は誰か侵入者がいると思って不安に思い怖がっていますので、安心させるような対応が必要です。「大丈夫だよ、玄関に鍵をしっかりかけてきましたよ」など、安心させる声かけが必要です。

しかし、この家族にはそれができませんでした。「そんな人がいるわけない、お父さんが失くしたんでしょう」「また失くしたの? 自分で探しなさい!」などです。

本人は正気の時間が徐々に減少し、朦朧として譫言のように寝言を言い続けています。言葉の意味も徐々に分からなくなり、簡単な口頭指示も何度も聞き返すようになりました。

食が細くなり、体重が減り始め、衰弱してきました。体重が減ると筋肉が落ち、歩行距離も短縮しました。反応が鈍くなり、話しかけてもぼんやりしています。

突然、外に出て行こうとします。「だめ!」と言って娘が手を引っ張り引き戻そうとすると、その手を振り払い、キレて怒り出します。

妻は寝込んでいましたが、突発性難聴で耳が聞こえにくくなりました。突発性難聴は睡眠不足や疲労など、ストレスが原因で免疫機能が低下して起こるウイルス感染症ではないかと言われています。妻のストレスは相当なものだったのでしょう。

良い対処とは

本人は「上司に会いに行く」と言い、現金を封筒に詰めてデイサービスに持って行こうとします。

本人「どうしても今日、会社に持って行く」
娘「現金を持って行ったらだめ!」
本人「取り上げるのか?」
娘「デイサービスは現金を持って行ってはいけないの!」
本人「あんたがお金を盗ったのか?」
娘「盗ってないわよ」
本人「あんたが盗ったんだろう!」
娘「違うわよ!」
本人「返せ!」

2人とも徐々に大声になります。

「こんな感じでたいへんでした。良い対処ではなかったかもしれませんね」と娘は言いました。たしかに良い対処ではなかったと思いますが、この娘にはこの対処しかできません。

認知症の症状を受け入れられない

昼間に家族と言い争いになると、夜間の行動も増悪します。

リボトリール®︎開始後に治まっていた夜間のレム睡眠期行動異常症が再燃し、増悪しました。夜間、家の中を歩き回り、玄関やベランダの窓を開けようとします。

時には妻の寝室に入り込み、妻の布団を剥がして自室に持ち帰って眠るなどの行動があり、これをきっかけに妻と夜中に怒鳴り合いになりました。

汚れた下着をタンスにしまい込んでいます。

夜間の行動が目立つのでリボトリール®︎を半錠増量しました。

薬の調整を継続

半錠の増量でレム睡眠期行動異常症は治まりました。しかし、やはり副作用は強く、翌日は日中の傾眠が1日中続きました。

リボトリール®︎の増減だけで調節することに限界を感じました。そして、初めてレキサルティ®︎を使って見ました。統合失調症の薬、抗精神病薬です。

薬剤過敏性

レビー小体型認知症の特徴、薬剤過敏性は抗精神病薬の副作用が激しく出ることです。

リボトリール®︎をレキサルティ®︎に変更したところテンションが上がり多弁になりました。この薬剤変更は失敗でした。認知機能も低下しました。

さすがに在宅で薬剤調整できるとも思えなくなり入院を勧め、入院先を探し始めました。

認知症専門病棟

認知症専門病棟には、治療病棟と療養病棟があります。治療病棟は、激しい精神症状で自傷他害の恐れがある場合、保護室での対応も含めて急性期対応できる病棟です。

もう一つは療養病棟です。療養病棟は、精神症状は激しくないものの、家族がいっしょに住めないような状態の人を預けるための病棟です。

この人は言葉が通じないとか、妄想に基づいて行動してしまうなどの症状があります。昼夜逆転もあります。しかし、人を傷つけたり、自殺を試みなるなど、命に関わる症状はありません。このため、娘に療養病棟のリストを渡しました。

てんかんを合併

このころになると、本人は焦点意識減損発作を起こすようになりました。この発作は、高齢者のてんかんによく見られる症状です。

娘の話では、「急にぼんやりして、目の前が見えないような感じになり、反応しなくなる」ということでした。初めてその発作があったときには、家族は驚いて救急車を呼びました。搬送中に意識が戻り、いつも通りの状態になりました。搬送先の病院では、採血、頭部CT検査などを行いましたが異常はなく、そのまま帰宅しました。

この発作はアルツハイマー型認知症の前駆症状として見られたり、いろいろなタイプの認知症の症状として現れたりします。発作を放置すると認知症の進行を早めるので治療する必要があります。脳波をとっても異常が出ないことがあります。症状で診断し、抗てんかん薬がよく効くので処方が必要です。

病院を選んでもらう

てんかんの治療も必要なので、入院したほうがいいと勧めました。しかし、娘は「薬の副作用で、おかしくなるなら飲ませたくありません」「入院したら一生出られなくなるのではありませんか?」「入院はかわいそうです」「入院させたらボケが進むと聞きました」など、いろいろ理由をつけて受け入れようとしません。

私は娘に「レビー小体型認知症は薬剤調整がたいへん難しい病気なので、外来に通いながらの、これ以上の治療は無理です」と言いました。

そして、「また娘さんやお母さんが本人をガミガミ叱ったり、喧嘩をすることも、症状を悪くしている可能性があるので、入院したほうが良くなるかもしれませんよ」とも言いました。

娘は「家で母と相談して決めます」と言い、持ち帰って検討することになりました。「決まったら、電話してください」と伝えました。

相談員との電話

その後、娘はたびたび当院に電話してきました。相談員に対して、病院についていろいろと質問してきます。毎回、質問に答えていきますが、娘は「入院したらボケが進みますよね?」「一生出られなくなりますか?」「入ると体が弱りますか?」などの質問を繰り返し、なかなか進展しません。

そのうち病院についての質問だけでなく、本人が錯視に基づいておかしな行動をとるといちいち電話してくるようになりました。そして冒頭の長電話となったのです。

「家族と相談します、と言われて決まりませんでした」と相談員は言いました。毎回そう言って終わります。

決まるときは来るのでしょうか。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。