2023年7月に、ゼロから周術期管理の全体像がわかる『ねころんで読める周術期管理のすべて』(詳しくはこちら)が発売されました。新人オペナースはもちろん、診療報酬改定で多職種が周術期にかかわるニーズが高まるなか、周術期にかかわる全職種の必読の知識が満載です。楽しい4コマ漫画つき、100分でパッと読めて日々の業務にすぐに生かせる一冊です。今回は本書に収載されているプロローグを全文公開します。

著者
讃岐 美智義
呉医療センター・中国がんセンター 中央手術部長・麻酔科科長
鈴木 昭広
自治医科大学附属病院 周術期センター長



手術は成功すればよいのか

ドラマなどでは、手術が終了して手術室から外科医が出てくると、待ち構えていた患者さんの家族が駆け寄って来て「手術は成功ですか?」と聞くシーンがよくあります。その場合、外科医は必ず「成功です!」と答え、家族は嬉しくて涙を流すというのがお決まりです。

しかし、手術がうまくいけば患者さんは元の生活に戻れるのでしょうか? 例えば、体の弱ったお年寄りが大手術を受けたあと、すんなり回復するでしょうか? ケガで大量出血して瀕死の状態で運ばれてきた患者さんが、すんなり回復するでしょうか?

回復するとしても、相当な時間がかかることは少し考えればわかりますよね。術前に弱った状態の患者さんの場合、たとえ、手術自体はうまくいったとしても、術後の管理のほうが大変なのは明らかでしょう。元の社会生活に戻るには、医療チームも患者さん本人にも尋常ではない努力が必要になるのです。

周術期とは?

周術期とは手術の前後で医療スタッフが関与できる時期のことで、「手術が決定してから手術を行って退院するまで」を指します。その周術期というのは、手術をする患者さんにとってもとても重要です。

手術をするのは、うまくいく見込みがあるからですよね。手術をしたあとも、元の状態に戻ることを期待しますね。ということは、手術を成功させて、その後、満足できる状態にまで回復させるには、手術が決まった瞬間から入念な準備をして手術に臨むのがいいに決まっています。低栄養で長期臥床の高齢患者さんを手術するには、それなりの準備をします。栄養状態を改善することや術前からのリハビリに加えて、コントロールできていない血圧や血糖および臓器の機能を改善して全身状態を整えます。この準備なしでは手術がうまくいったとしても術後に良い状態にもどるとは限りません。それどころか、手術をすれば重篤な合併症を引き起こして命を落とすかもしれません。そうなると手術は成功でも、とても悲しい結果です。

せっかく準備するなら「早期回復」を目指す

患者さんの体力を落とすことなく、術後早期に元の生活に戻れるようにすることが周術期管理の大きな目標です。そのためには、患者さんの回復を阻みそうな要因を知って対応することが大切です。早期離床や早期回復のためには、術後に起きるべきことに計画的に対応する医療チーム側の準備が必要です。そして、もっと大切なことは、起きるべきことや準備すべきことをあらかじめ患者さんに説明して、患者さん自身に術前や術後の対応への心構えをつくっておいてもらうことです。

また、手術に対する不安を取り除くことも大切です。そのために、外来通院のうちから術前検査だけでなく、手術や麻酔の内容に応じた術前の準備、具体的にはリハビリ、全身状態の改善、常用薬の継続・休止の判断、栄養・食事内容の調整(指導)、禁煙、歯科治療や口腔ケアによる感染予防などの対策を行う必要があるのです。

「早期回復」のためには、医療チーム側と患者さん側の双方の準備と努力が必要なのです。

早期回復を阻む術後3大合併症

術後の疼痛管理が早期回復の鍵


術後の早期回復に影響するのは、「痛み」「悪心」「感染」です。

昔は「術後は痛みがあるのが当たり前」と考えられて、術後の痛みに対しては積極的に対策が取られているとはいいがたい状況がありました。鎮痛剤を使う程度の対策では、病床のベッドから立ち上がるのも痛くてできません。それどころか、術後のリハビリも痛くてできません。早期離床をするのに、痛みは大敵なのです。

最近では術後鎮痛の正しい考え方が浸透し、多くの施設で早期離床・早期回復のために「痛くない術後」を目指すような鎮痛対策をするようになってきました。IV-PCA※1やPCEA※2を活用して持続かつオンデマンドの鎮痛に加えて別の鎮痛薬の定時投与を行うマルチモーダル鎮痛が常識になっています。

痛くない術後を提供することは早期離床やリハビリの早期開始だけでなく、手術創の回復にも好影響を与えます。術後の疼痛管理をうまく行うことで手術で傷ついた体を元に戻す役割を担っています。トータルとして良い鎮痛を提供するために多職種で連携してシームレスな疼痛管理を行い、そこにリハビリテーションを加えることで早期離床・早期回復を目指します。


※ 1 IV-PCA(intravenous patient-controlled analgesia):静脈内PCA。オピオイドを持続投与および患者さん自身が1 回投与できる装置(PCA ポンプ)を静脈ルートに接続して行う術後疼痛管理手段。
※ 2 PCEA(patient-controlled epidural analgesia)は、硬膜外腔に留置したカテーテルから、局所麻酔薬(オピオイドあり/ なし)をPCA ポンプで投与する術後疼痛管理手段。




患者さんの特性や習慣に合わせて個別に対応



次に問題となるのが「悪心」(吐き気)です。原因は、麻酔薬や手術の影響、体調の変化などさまざまですが、術後の「悪心」は食事の開始を遅らせ、手術からの回復を遅らせる要因になります。術前に「悪心」を起こしやすいと予測される患者さんには積極的な対策が求められます。

3つめの問題は、肺炎などの感染症です。特に誤嚥性肺炎は手術からの回復を遅らせるだけでなく生命の危険につながります。これを防ぐには術前から口腔内をキレイに保っておく(口腔ケア)必要があります。歯科医師や歯科衛生士と連携し、術前から専門的な口腔ケアを行います。

また、喫煙習慣は喀痰の増加から無気肺となり、重篤な肺炎を引き起こす可能性が高くなります。手術創の治癒にも大きく影響する喫煙は術後の回復を遅らせる困った習慣と言わざるをえません。そのため、術前は必ず禁煙を指導しますが、禁煙は患者さん本人の努力とやる気によるものが大きく、手術4 週間前からの積極的な介入が必要です。

術後3大合併症を引き起こすことにつながる要因を取り除くことが、早期離床や早期回復につながります

多職種による術後早期回復のためのチーム

2022(令和4)年度の診療報酬改定では、術後疼痛管理チーム加算、周術期栄養管理実施加算、 周術期薬剤管理加算が加わったことにより、周術期管理に対する関心が盛り上がってきました。

術後疼痛管理チームは、術後疼痛管理に関する多職種連携で、医師、看護師、薬剤師、臨床工学技士がチームをつくり、離床の改善、術後合併症の軽減、入院日数の短縮を目標とした質の高い術後疼痛管理を行うもので す。これに対して術後3 日間1 日あたり100 点の加算がつきます。

手術が決まった時点から多職種が共通の目標をもって関わり、専門的な観点から介入やサポートを行って術中や術後のリスクを管理していくのが今の周術期管理の基本的な考え方です。麻酔科医や手術室看護師だけでなく、薬剤師や臨床工学技士、管理栄養士、理学療法士などを加えたチームを形成して周術期管理を行うのが通例です。患者さんの早期回復という目標を共有しながら、緊密に連携していくことが重要なのです(図1)。

周術期管理センターがなければだめなのか

安全で快適な安心できる術前・術中・術後の環境を効率的に提供することを目的として、周術期管理センターが設立されている病院もあります。しかし、周術期管理センターという部署がなくても、周術期医療に多職種がチームを作るだけで患者管理を行うことができます。どちらの形態でも、手術のために入院治療を受ける患者さんのサポートは可能です。ただ、周術期管理センターがあるほうが効率はよいですね。

チームみんなでできることを考えよう(もちは餅屋)

周術期に関わる医療従事者がチームをつくって患者管理を行うためには、チームメンバー全員が同じレベルの知識と意識を持ち、患者さんの情報を共有して各職種の目線で協働することが求められます。

周術期管理を理解するためには、全身麻酔がどのように行われるのか、術中に患者さんがどのような状態になっているのか、それに伴って術後に何が起きるのか、患者さんの術前状態の違いが手術・麻酔後の状態にどのように影響するのか、術前に何を準備して手術に臨むのかなどの理解が必要です。もちは餅屋といいますが、各職種の専門的な力を発揮しつつ、全員で同じ方向を向いて前進しましょう。

次章以降を、ねころんでお読みになれば、周術期管理の全体が分かるようになります。

〈引用・参考文献〉
1)厚生労働省ホームページ.https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000868120.pdf(2023 年3 月閲覧).



書籍紹介



ねころんで読める周術期管理のすべて

やさしい周術期入門
ねころんで読める周術期管理のすべて
ナースと多職種でおさえる術前・術中・術後のキホン


100分で読める身につく周術期のキホン
ゼロから周術期管理の全体像が「わかる」一冊。新人オペナースはもちろん、診療報酬改定で多職種が周術期にかかわるニーズが高まるなか、周術期にかかわる全職種の必読の知識が満載。楽しい4コマ漫画つきで、100分でパッと読めて日々の業務にすぐに生かせる。

目次


【プロローグ】
なぜ、いま周術期管理が熱いのか

【1章】周術期管理のキホン
1. 誰にでも起きる「術後3大苦痛」
“いたい”“さむい”“きもちわるい”
2. 手術後に不幸になる持病
よくある併存合併症
3. 「手術前の健康診断」からのリスク評価
麻酔方法決定、手術後鎮痛計画
4. タバコ・お酒と手術との関係
タバコを吸うと、術後の痛みがより強い!?
5. 「術前ドーピング」について考える
薬を飲み続けたせいで、手術が受けられなくなる!?
6. 術前の注意点あれこれ
サプリは? ワクチンは?
7. 術前の食事はどうする?
手術と栄養管理のカンケイ
8. 術後はいつから歩ける? いつから食事できる?
「飲め!食え!動け!」のスパルタ方式!?
9. 変わる周術期管理
「まな板の鯉」ではダメ!

【2章】手術と麻酔を知ろう
1. 麻酔と手術によって術中には何が起きているのか
手術侵襲が強いとどうなる?
2. 麻酔は眠っているだけ?
全身麻酔で起きるコト
3. ABCDEの回復で起きる術後3大苦痛
“いたい”“さむい”“きもちわるい”
4. 麻酔科医が行う術中の管理の流れ
麻酔の流れと術後対策
5. 術中から術後を考える
術後鎮痛の世界
6. 安全に手術を行うための5つの対策
10分でわかる手術安全チェックリストの知識

【3章】周術期管理センターのキホン
1. マラソンと総合デパートと手術
周術期センターの役割って?
2. 周術期管理センターの仕事と役割分担
チームの中心は患者さん
3. 周術期管理センターと術後疼痛管理
術後疼痛管理チームの申請には何が必要?

【4章】職業別! 周術期の仕事図鑑
・外来における看護師の 術前・術中・術後の仕事
・手術室・病棟における看護師の 術前・術中・術後の仕事
・薬剤師の 術前・術中・術後の仕事
・歯科部門(歯科医・口腔外科医・歯科衛生士・歯科工学技士)の術前・術中・術後の仕事
・理学療法士の術前・術中・術後の仕事
・管理栄養士の術前・術中・術後の仕事
・事務・クラークの 術前・術中・術後の仕事
・臨床工学技士の 術前・術中・術後の仕事
・[各職種の仕事一覧]術前編
・[各職種の仕事一覧]術中編
・[各職種の仕事一覧]術後編

【エピローグ】
・周術期管理はチーム医療
一人ひとりの自覚とチーム意識が大事

発行:2023年6月
サイズ:A5判152頁
価格:2,200円(税込)
ISBN:978-4-8404-8188-5
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