2025年6月に刊行された『未来を拓く周産期の栄養:ヘルスリテラシー向上と課題解決のために』の編者である竹田省先生(恩賜財団母子愛育会愛育研究所 所長/順天堂大学医学部産婦人科学講座 名誉教授・客員教授)に、同書についてお聞かせいただきました。
◆本書を企画したきっかけを教えてください。
3年ほど前に開催された周産期の国際学会の際に、ヨーロッパの医師から、やせ体型や微量元素をはじめとする栄養素の摂取不足が、日本における産後うつや自殺の増加の原因ではないかという質問がありました。日本ではやせの成人女性の割合が先進諸国の中でも非常に高く、また1970 年代後半から平均出生時体重が減少に転じています。栄養状態が改善されると平均出生時体重は増加していくのが通常ですし、欧米諸国ではここ20年ほど変化はありませんが、日本だけどんどん減っているのです。これは先進国では唯一です。
私が医師になったころは、体重増加やそれに伴う妊娠糖尿病、帝王切開率の上昇などが課題で、肥満を回避するための食生活の改善が勧められていました。1980 年代後半から90年にかけ、やせ体型がもてはやされるようになり、現在に至るまでそれは変わりません。このような日本の特殊な状況が世界的にも認知され、注目が集まっていることにショックを受けました。
私は長年にわたり、日本人女性のやせ志向や栄養不足が母子双方に及ぼす影響について問題意識を持っていましたので、プレコンセプションの時期からヘルスリテラシーを高める必要性を感じ、本書を企画しました。
◆ 第1章の「日本が危ない!」はインパクトがある章タイトルですが、どのような背景によるものでしょうか?
子どもの出生時体重は妊娠前のBMIや妊娠中の体重増加量など、母親の体型に関連します。胎児期の低栄養やストレスが成人期の代謝異常、循環器疾患、骨粗しょう症などの疾患リスクにつながるというDOHaD 理論が注目を集めてしばらくたちますが、日本では「小さく産んで大きく育てる」という誤解がいまだに存在します。
やせは骨量や筋肉量の減少、月経異常、貧血といった母体の健康のみならず、子どもの将来の生活習慣病発症リスクに影響しているのです。
さらに、栄養素不足とメンタルヘルスとの関連がさまざまな論文で報告されています。やせ志向は慢性的な栄養素不足をもたらします。うつ病の発症には神経伝達物質などの異常が関与しますが、その合成や調整に欠かせない栄養素の不足が精神疾患の発症に影響するのです。
われわれが東京都監察医務院のデータをもとに妊産褥婦の自殺について検討したところ、後発妊産婦死亡を含めると、妊産婦死亡報告事業のデータよりもはるかに多いことが明らかになりました。厚労科研のリンケージ解析結果もこれと同様の結果でした。また、妊娠中の栄養素不足は、子どもの自閉スペクトラム症発症リスクに関連するということも明らかになっています。
このように栄養素不足は、母体の健康のみならず、生まれてきた子どもの将来の疾患発症リスクや周産期のメンタルヘルスなど、次世代にわたって影響を及ぼしているのです。
◆ 周産期における栄養の問題を解決に導くために、今後、どのようなことが必要ですか?
健康診断結果に基づくデータによると、日本では生殖年齢にある女性の貧血罹患率は20%を超え、50%以上が診断されておらず、約45%程度が未治療だとされています。このことからも、「貧血は病気ではない」と思っている人や栄養に無頓着な人がいかに多いかがわかります。やはり教育が大切だとつくづく感じます。
自分自身の健康について考え、健康のために最善の選択をして、実行する能力、つまりヘルスリテラシーを高めることが求められますが、日本では学校教育において、ほとんど健康教育は行われていません。そこで、社会人教育の一環として、プレコンセプションケアの視点も含め、栄養についてきちんとまとめなければならないと思い、まずは専門家向けに本書を編集しました。本書では、栄養に関するエビデンスの高い文献やガイドライン、公的データに基づき、専門家が解説しています。
コロナ禍を経て健康に対する機運がますます高まっている今、プレコンセプションの時期から妊娠期、そして育児期の栄養の重要性を理解し、ヘルスリテラシーを高めるために、医師、助産師、保健師、栄養士などの多職種が、生殖医療や周産期医療に必要な栄養の知識を持ち、情報を発信していく必要があります。また、養護教諭や産業保健に携わる看護師、産業医にも読んでいただきたいですし、将来、子どもを産み育てる人になる可能性のある看護職自身にも手に取っていただきたいです。
(ペリネイタルケア 2025 vol.44 no.11 P92-93 より)
目次
【第1章 日本が危ない!】
■1 現代日本女性と栄養
■2 現代女性のやせ体型志向
■3 体型と代謝異常
■4 貧血は重大損失
■5 妊産婦死因の第1位は自殺
■6 次世代の危機 DOHaD理論が示す未来への警鐘
【第2章 栄養と生殖医療】
■1 プレコンセプションケア
■2 ヘルスリテラシー教育
■3 着床・妊娠維持と栄養
■4 不妊症・不育症を予防・治療する栄養や生活習慣
■5 女性アスリートと栄養 女性アスリートの三主徴の予防と治療
【第3章 栄養と周産期】
■1 産科異常と栄養
■2 栄養・薬剤と周産期メンタルヘルス
■3 栄養と免疫能・感染防御
■4 妊婦体型が出生体重に及ぼす影響
■5 栄養不足と胎児・新生児への影響
■6 乳幼児の栄養不足
■7 テクノロジーの活用による栄養管理
■8 栄養サポートにおける多職種の役割と連携
【第4章 妊娠期・授乳期における栄養サポートの実際】
■1 エネルギーと体重管理
■2 体型別 栄養指導 ①プレコンセプション
■3 体型別 栄養指導 ②妊娠期
■4 体型別 栄養指導 ③授乳期
■5 体型別 栄養指導 ④乳幼児期
■6 妊娠期における栄養素摂取 ①たんぱく質
■7 妊娠期における栄養素摂取 ②脂質
■8 妊娠期における栄養素摂取 ③炭水化物
■9 妊娠期における栄養素摂取 ④ビタミン
■10 妊娠期における栄養素摂取 ⑤ミネラル
書籍のご案内
プレコンセプションケアと妊婦支援に活かす
痩せ体型への志向や偏った食生活などを背景に、20代女性の5人に1人が痩せとされる。慢性的な栄養不足は月経異常や貧血、妊孕性低下、代謝異常、メンタル疾患などさまざまな健康問題をはらみ、妊娠・出産を通してその影響は次世代にまで及ぶ。栄養と疾病発症のエビデンスが蓄積されてきた今、ヘルスリテラシーを高めるためのプレコンセプションケアや周産期医療の現場で活かせる知識を整理・解説する。
発行:2025年6月
サイズ: A5判 296頁
価格:3,960 円(税込)
ISBN: 978-4-8404-8805-1
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