最近では学生のうちに学ぶことも増えた「キャリアデザイン」ですが、実際に臨床現場に入ると目の前の仕事に集中し、キャリアについて考える時間も得られないのではないでしょうか。また経験を重ねるうちに、思い描く自身のキャリア像が変化したり、見失ってしまうことも少なくありません。そんなときに、一つの標石となるが、先を歩く先輩方ではないでしょうか。本連載は、いまでは多くの看護師のマネジメントに携わる看護部長や、専門性をもって看護にたずさわる方々に、どのような経験を通して、自身のキャリアを切り開いてこられたのか、お話をうかがいます。
数々の経験を積み重ねたなかで、さまざまな資格を取得
Q)鈴木副看護部長のこれまでのご経歴を教えてください
1994年に日本医科大学看護専門学校を卒業し、当院に入職しました。5年間、内科やICUで勤務した後、医師を目指すために退職。3年間は医学部入学を目指して猛勉強しましたが、結果につながらず医師への道を断念しました。
その後、非常勤勤務で働いた後、1年後再び当院に再就職。現場復帰後は、看護教員の資格や緩和ケア認定看護師の資格を取得し、認定看護師としての活動や臨床現場での指導、主任の役割を担ってきました。そして法人内の診療所に異動し7年間の臨床経験を経て、現在は副看護部長としての役割と教育担当者として、新人から中堅・ベテラン看護師の教育を実施しています。
看護学校の実習で看護師として働く決意が芽生える
Q)ご自身が看護師を目指した理由を教えてください
私は初めから看護師を目指していたわけではありませんでした。年の離れた弟はいましたが、母親が看護師で幼いころから寂しい思いをした記憶が大きく、高校時代はインテリアや建築関係の仕事を希望していました。浪人してその道に進学する経済的な余裕もなかったことから急遽、合格した看護学校へ進学する道を選びました。そんな状況でしたから初めの1年間は楽しいという気持ちはなく、アルバイトなどを行いながらの学生生活を送っていたのです。
そんな思いが一変したのは実習に参加したときでした。患者さんと接するなかで、生命の尊さを実感するとともに、勉強すれば勉強しただけ患者さんが喜んでくれることの経験を通して、初めて看護が楽しいと思えたのです。
当時の実習指導者の方から、患者さんがなぜ悪化していくのかなど病態生理を学ぶことも、看護を行ううえで大切なことだと理解しました。
実習中、化学療法を受けていた患者さんが、院内を散歩中にトイレに行きたいという場面に出会い、他の実習生とトイレに同行しました。普段ポータブルトイレを使用していたため、「久しぶりにトイレを使えてうれしかった」という言葉を聞き、当たり前のように過ごしている日常生活の一コマも患者さんにとっては大切な場面であることを実感するとともに、看護の芽が芽吹いた瞬間でした。そして看護は素晴らしい仕事だと思え、看護師を目指そうと決意したのです。
回り道をした結果、再びたどり着いた看護の道
Q)医師を志した思いや、資格取得を目指したきっかけは何ですか
入職後の5年間は内科やICUの現場で経験を積みましたが、患者さんのためにも病態生理を極めたいという思いが強まり、医師を目指すことを決断しました。3年間勉強を続けましたが、結果的に合格には至りませんでした。その間にアルバイトで勤務していた診療所の看護師から「なぜ医者になりたいの? 看護師のほうが楽しいのに」と言われたとき、すっとその言葉が入ってきて、医師を諦め看護師の仕事に戻ろうという思いに至りました。
その後は非常勤勤務で1年間働き、翌年再び当院に再就職しましたが、もともと現場で実践指導を行いたいという思いもあり、看護教員養成コースで教員資格を取得しました。
現場復帰後は外科病棟で、がん患者さんの術前術後や終末期の患者さんを受け持ちました。これまでの看護を少しでも患者さんに還元したいと思いましたが、患者さんを目の前にして無力感しかありませんでした。
もっとがん看護の知識や技術を身につけたいとの思いから、2007年に緩和ケア認定看護師の資格を取得。資格取得後の10年間は、認定看護師として緩和ケアチームでの活動と実戦での指導や、主任としての業務を行っていました。
チャレンジと挫折を繰り返したことが自分自身の財産となる
Q)さまざまなキャリアをお持ちですが、挫折などはありましたでしょうか
医師を目指し、結果として諦めたことは挫折のひとつですが、自分では納得できるまで挑戦できたため悔いはありません。看護師としては、内科の急性期病棟の師長の役割を担っていたとき、入退院管理が優先され思うように緩和ケアを行えない状況が続きました。重症患者さんを受け持つ中堅看護師が疲弊し辞めていく姿を見ることがつらく、看護師を守れなかったことを後悔しました。
また、緩和ケア認定看護師の資格を取得後、学会などに参加し多くの知識を得ましたが、知識が先行するあまり、現場の看護師の気持ちに寄り添うことができなかったことがありました。
アルツハイマー型認知症の患者さんで、看護師の身体に危害を及ぼす患者さんがいました。患者さんの行動に恐怖を感じていた看護師は、一時的抑制を行いました。そのときは、抑制は患者さんの尊厳に反することでよくないと一方的に伝えるだけで、泣きながら訴える看護師の気持ちを理解できませんでした。このときの経験から、患者さんだけでなく、スタッフに寄り添う気持ちを現在も大切にしています。
思い返してみると、さまざまな場面でチャレンジと挫折を繰り返してきましたが、それぞれの経験は現在の自分の糧になっていると思います。
キャリアアップは自分自身で望み、実践することが大切
Q)ご自身の考えるキャリアアップとはどのようなものでしょうか
平面で考えると視野が広がり、立体で考えると深みを増すことだと思います。さまざまな環境に置かれたとき自分で行動しなければ、視野も広がらず深みも増しません。キャリアアップは自分自身で考えなければ、実現できません。
看護師は自己研鑽が求められる職種です。向上心を持つためには、師長や主任が動機づけを行ってくことが必要です。目標がない人には、少しずつ課題を提示し、個々と面談を行い、興味のあること、キャリアをどう考えているかを聞くことで、看護師としての使命を考えてもらえるようサポートしたいと思っています。
当院の場合は法人全体の研修への参加も行えますし、外部研修への参加も可能で、学びたい人への環境は整っています。研修での学びを、どう実践に生かしていくか、アウトプットしていくことが大切です。そして学びを継続していくことがキャリアアップにつながると考えています。
挑戦したい気持ちになったときに行動することがキャリアアップにつながる
Q)キャリアアップを行う際の、勉強法やアドバイスはありますでしょうか
私自身は現場で何かに行き詰まると、勉強したいという思いが強まります。さまざまな状況に置かれたとき、その場で求められていることの知識を深めてきました。
振り返ると、これまでにも診療所の管理師長と副看護部長とでは、求められるものが異なるため、セカンドレベルを目指しました。何か悩んだら学ぶ、知識を吸収し実践することの繰り返しでした。
キャリアアップを目指す人へのアドバイスは、やりたいと思ったときに挑戦してほしいということです。
将来、認定看護師の資格を取得したいが、今ではないと、すぐに踏み出せない人がいますが、目標を達成したいと思ったときに行動に移すことが大切です。1回で受からなくても、次にチャレンジすればいいし、諦めないことが必要です。
もちろん計画性をもって準備している人はいいですが、トライすることで足りない部分も見えてくるので、1回挑戦してみることをお勧めします。
患者さんへケアすることで多くの学びをもらっている
Q)好きな言葉や座右の銘はありますか
ナイチンゲールは、「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩するもののために戦う者である」という言葉を残しています。この言葉は看護学生や新人看護師に、リアリティショックの軽減になるよう伝えるようにしています。
また、森田ゆりさんがエンパワメントについて「お互いがそれぞれ内に持つ力をいかに発揮しうるかという関係性」と定義しています。この森田さんのエンパワメントの考え方に感銘を受けました。一方向で相手の力を引き出すのではなく、患者さんの内にもつパワーを信じてケアしながら傾聴していくと、患者さんの表情がいきいきとしてきて本来の力を発揮できることがあります。患者さんの表情や変化から私たち看護者はパワーをもらい、自分たちもケアされているのだと思っています。講義の最後に必ずこの言葉を添えています。
新人看護師が成長していく姿を見ることがやりがいとなる
Q)看護師としてのやりがいは、どんなときに感じられますか
現場で悩んでいる看護師にアドバイスを行った結果、実践に生かせて患者さんが喜んだ報告を聞くときにスタッフの成長を実感し、やりがいを感じます。患者さんの喜びはもちろんですが、スタッフが喜ぶことにも看護を実践するうえで意味があると感じています。
また実地指導者が悩みながら指導していく過程で、新人看護師が逞しく成長していく姿を見ることは、看護師としての醍醐味だと感じています。
休みの日は健康維持のため、ジムで筋トレやランニングマシーンで走っています。家にいるときは、ここ1年ほど刺繍キットを購入し楽しんでいます。さまざまな色の糸を用いての、完成までの過程が楽しみで、つい集中してしまいます。
リフレッシュ方法は、夫や友人と旅行に行くことです。夫は動物好きなので、動物とふれあうなど、旅行にも出かけています。
先日は友人4人と屋久島に行き、迫力ある屋久杉や大自然の醍醐味に感動しました。こうした気分転換の時間も大切にしています。
|病院情報|看護師として成長するための当院の教育の特徴
地域密着型病院の特徴的な教育をはじめ、自分の目指すキャリアを構築できる環境
当院の教育体制は、1年目の集合研修で3カ月間は、週1回ピア・サポートを行い、メンタル面のサポートに力を入れています。現在悩んでいることなどを話し合い、雑談を通して悩みを共有し、自分自身を振り返ります。
2年目以降は、地域密着型の病院としての役割を果たすべく、川崎市ならではの公害研修、在日コリアン研修、認知症サポーター研修などを実施しています。
中堅看護師向けには、各主任の得意分野について講義するリレー学習会などのオンライン配信なども実施しています。
今後は、リーダーシップ研修や自身の看護実践を振り返り看護観を養う、きらり看護研修にも力を入れていきます。
キャリアアップを目指す人に向けては、キャリアアップ支援制度を設け、認定看護師、臨床実習指導者、看護教員、看護管理者などの研修に参加する場合、業務保証、研修費の補助を行っています。
住所:〒210-0833 神奈川県川崎市川崎区桜本2-1-5
病床数:267床
看護方式:固定チームナーシング(多職種が力を発揮し合い患者さんを支えていくチームワーク医療)
診療科目:内科、神経内科、腎臓内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、外科、整形外科、リハビリテーション科、麻酔科、耳鼻咽喉科、皮膚科、泌尿器科、眼科、婦人科