▼バックナンバーを読む

1.まずは軽く自己紹介

戦国大名、越前朝倉氏の末裔の朝倉崇文と申します。大学病院・総合病院の依存症専門外来を担当するほか、精神科救急の診察、災害派遣精神科医療チーム(DPAT)の活動、横浜のドヤ街(※1)や拘置所(※2)の内科診療、精神保健福祉センター(※3)の市民相談、依存症中間施設(※4)のアドバイザー、学生指導など、いろいろなことをしています。

一時期は、厚生労働省や内閣官房の技官として毎日のように大臣室に呼び出されたり、100連勤したり、2016年に起こった相模原障害者施設殺傷事件の対応をしたこともあります。臨床医に戻ったら戻ったで、新型コロナウイルスの集団感染で注目を集めたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船して支援活動を行い、マスコミにバッシングされるという、しんどい経験もしました。どれもこれも、依存症を抱える患者さんたちとの出会いがなければ乗り越えられなかったと思っています。

2.治らなくても生きていける?治っても生きていけない?

自己紹介で馴染みのない語句がたくさん出てきましたね?でも、安心してください。文末に解説を載せましたので!……、えっ、興味ない?

真面目な話をすると、皆さんが医療現場に立つときに、馴染みがない名前の機関や制度をたくさん耳にすることになると思いますが、その制度や機関をよく知ることは、とても大切なことなのです。なぜなら、医療だけでは患者さんの生活上の問題を解決できないことは多いからです。ですので、患者さんが抱えている問題をしっかり把握して、患者さんを助けてくれる制度や機関に、医療がつなぐことが必要となります。
これを最近は社会的処方と呼び、流行語大賞を取る可能性も微レ存(※5)です。精神科では大昔から当たり前のように、この社会的処方によって患者さんの生活の向上を目指してきました。必要な社会的処方があれば、病気が治らずとも生活できる一方で、病気が治っても社会的処方がなければ生活できないことがあるからです。

例えば、ある高校生が幻聴に苦しみ、5年間の入院治療で治ったとします。その入院中に親が蒸発。住む家がなくなり、高校も中退していて仕事の経験もない。もし、こんな状態になったら、ただ退院して、生活が成り立つでしょうか?

私の曽祖父は旧制中学校(今でいう高校)を中退後、親と住む家を失い、路上生活中にやくざ者に因縁をつけてボコボコにされたところを、通りすがりの実業家に助けられてそのまま養子になったという、とんでもない強運の持ち主ですが、そんなことはめったに起こりません。病気が治っても戻る場所がなく、ネットカフェで寝泊まりしながら仕事を探すもお金が底をつき、万引きや窃盗を繰り返して刑務所へ。犯罪歴のせいでどこにも雇ってもらえず、刑務所を出たり入ったりしながら路上生活をしている、というような人人とも私はお会いしたことがあります。

その一方で、「あいつを殴れ」という幻聴は続いているけれど、幻聴に従うべきか相談できる訪問看護師がいるので問題行動は起こさない人もいます。対面だと相手の声と幻聴の区別がつかないためにコミュニケーションがとれないけれど、自宅のパソコンに送られてきたメールだったら会話もできるし、指示された業務もこなせるから問題なく仕事ができるという人もいます。精神障害は「治らないのが当たり前」という時代が長かったため、「治るか治らないか」ではなく、「よりマシに生きる」ことを目指してきました。現在は良い薬や心理療法が開発され、精神障害も治るようになってきましたが、少しでも患者さんの幸せにつながるように社会的処方をしていくことは続けられています。

3.依存を絶つ勇気がない人も支援できる、それが「よりマシに生きる」サポート

これまで依存症の支援は、「依存しているものを断つ」ことが基本とされてきました。まず、依存しているものを断ち、その後、断ち続けるために、「生き方」を変える。つまり、支援のスタートラインに立つには、患者さんが「断つ」決断をする必要があり、これができないと「まだ支援できる状態ではない」と門前払いされてしまうこともありました。しかし、最近は、依存しているものを完全に断つことは無理だとしても「今よりマシな使い方」ができるように支援するのがトレンドになりつつあります。これが、まさにわたしがハマっている依存症治療、「よりマシに生きる」サポートなのです。

ところで、依存症の患者さんはなぜ苦しんでいるのでしょうか?依存する行動をやめられないからに決まっている!と皆さんは思っているかもしれません。でも、実はそうとは限らないのです。

生物は「苦痛」があると、本能的にそれを「緩和」する行動をとります。人間が痛いところをさするとか、犬が傷口を舐めるといったことがこれに当たります。この緩和行動は、効果が高ければ高いほど繰り返されやすくなります。脳に直接作用する酒や薬物は苦痛の緩和効果が高い物質であり、ギャンブルやゲームにのめり込んでいるときの強い興奮は苦痛を忘れさせます。ただし、困ったことに、人類が発見した飲酒や薬物使用、ギャンブリングやゲーミングといった緩和行動は、一時的には高い効果を発揮しますが、過度に行うと徐々に心身の健康を害したり、財産がなくなったり、人間関係が悪化したりして、より一層、問題となる苦痛が増えてしまいます。そして、新たに増えた苦痛に対しても、緩和行動が必要となります。この悪循環を防ぐため、宗教や国家はこれらの緩和行動を悪行と認定して制裁を与えてきました。その結果、この行動を繰り返す人への差別や非難が生まれ、当事者が罪悪感を持つようになるなど、結局さらなる苦痛を増やして悪循環を招いています。

依存症を持つ人の苦痛に周囲が気付くのは、この悪循環がかなり進んでからです。それまではあたかも苦痛を緩和する行動自体が苦痛の原因のように見え、「依存するから苦しくなる」と思われがちです。しかし、実際は先に苦痛があって、それを緩和するために依存し、依存することで苦痛が増えてより苦しくなるのが依存症なのです。

この悪循環の真っ只中にいる人が依存しているものを断つのは、苦痛を緩和する行動を手放すのと同じです。苦痛がすごく増えるんじゃないかという不安もあるし、実際に禁断症状が出て、想像以上の辛さに襲われることもあります。ですので、断つ決断をするのは、とても勇気がいります。だから勇気が出なくて、断つ決断を先延ばしにしてしまう人には、まず依存的な行動を少し減らせるように支援するというやり方があります。そうして「苦痛と緩和」の悪循環が少しずつマシになるにつれて、勇気が出てきて「よし、断っちゃえ!」となることもあります。逆に、依存的な行動は変わらなくても、先に述べた社会的処方や心理療法で「苦痛だけを少し軽くする」ことで、最終的には依存的な行動が減る人もいます。

なかには依存的な行動を断つどころか、減らす勇気すら出ない人もいます。依存の問題は、悪循環にあるわけですから、悪循環を減らす目的で、その過程にある罪悪感だけでも減らすサポートをする方法もあります。このように工夫を凝らせば、今まで「苦痛の緩和行動」を手放せずに一人で死に近づいていた人をできるだけ死から遠ざけ、少しだけ幸せに近づける手助けができるのです。

もちろん、断つ勇気を持った人には断ち続けられるように応援していきますが、今はその勇気が出ない人も、支援者が一緒に頭をひねればいろいろなサポート方法が見つかるのです。依存症を抱える人が病院に来るのは、「状況を少しでもマシにしたい」からです。そして、そういう人たちの多くは、孤独のなかで依存行動だけを心の支えにしてきたんですから、誰かが手を貸せばどう転んでも現状よりマシになります。つまり職種、立場、経験にかかわらず、苦しんでいる人とともに考える姿勢さえあれば、誰でも何らかのサポートができる。これが依存症支援の魅力だと思います。

4.依存症支援のゴールは「幸せに生きる」こと

依存症支援で大切なのは、目指すべきゴールは「依存しているものを断ち続ける」ことでも「依存症が治る」ことでもなく、「幸せに生きる」ことであるはずということです。ゴールに近づく方法としてもっとも効率が良い方法が「依存しているものを断ち続ける」ことだから、これまでそれが治療の基本と考えられていましたが、依存症で苦しんでいる人の中には、効率が良い方法を選択できない人もいます。その人たちに対して、精神科領域が長らく培ってきたさまざまな技術や心構えを活かしてどうアプローチするか、医療従事者の腕とハートが試される場面であり、そこに喜びがあると思います。

精神科の治療薬は、この20年で大幅に進歩したため、薬だけで改善できる精神症状が増え、試行錯誤しながら自分の血肉となるような支援方法を身につける機会が減っています。しかし、薬だけでは治せない問題を抱えた患者さんに向き合うことでしか得られない技術や心構えもあり、長く医療現場にいると、どうしてもこれが必要になるタイミングが来るものなのです。これらを身につける手っ取り早い方法は依存症の支援に身を置くことだと思います。

私が薬物依存症専門外来を立ち上げたように、あなたが働く施設が、ある日急に専門病院になるかもしれません。どの現場にも依存症を持つ人はいます。きっと、あなたの近くにも。だから、依存症のことを少しでも頭に置いておくといいと思います。そして、興味があれば一緒に支援に取り組みましょう。

プロフィール:朝倉崇文
北里大学医学部精神科学 助教
医学博士、精神保健指定医
2007年に帝京大学医学部卒業。聖隷横浜病院・聖隷三方原病院での初期臨床研修を経て、北里大学精神科学に入局。総合病院、精神科救急病棟での勤務を経て、大学病院でギャンブル障害専門外来、薬物依存症専門外来を立ち上げ、嗜癖障害全般を対象とした集団療法プログラム(KIPP)を開発。相模原市精神保健福祉センター、厚労省・依存症対策専門官、内閣官房・参事官補佐を経て、2020年にはダイヤモンド・プリンセス号にて、DPAT先遣隊本部長として支援活動にも従事。現在は大学病院にて依存症専門外来と一般精神科外来を担当する傍ら、行政機関での市民相談や、ドヤ街や矯正施設での内科診療、依存症中間施設のアドバイザーも行っている。

▼バックナンバーを読む

【解説】
※1 横浜のドヤ街:もともとは日雇い労働者の住む簡易宿所。現在はさまざまな理由で住む場所がなくなった人が行政に紹介されて住むケースが多い。
※2 拘置所:刑事事件で裁判を待っている人や死刑囚が収容される施設
※3 精神保健福祉センター:都道府県・政令指定都市にある行政機関。こころの健康に関して住民への啓発や、他の行政機関でできない専門的な支援を行ったり、他の行政機関が行う支援に対してサポートする。
※4 依存症中間施設:依存症の人が社会復帰をするためにリハビリを受ける施設。多くの場合、依存の問題があった人がスタッフとして働き、自分の経験を生かして新規の利用者をサポートすることが多い。
※5 微レ存:微粒子レベルで存在。ほとんど可能性はないが、ごくわずかな可能性に期待してしまっていることを示す。