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1.精神科医1年目の私が、感じたこと学んだこと

はじめまして。私は今年度、精神科に入局した1年目の精神科医です。先輩医師の温かい指導のもと、診療に当たっています。この仕事を選んだのは、高校時代、精神的に辛かった時期があり、自分の経験を誰かのために生かしたいと思ったからでした。今回は、あるアルコール依存症の患者さんとの出会いをとおして感じたこと、学んだことをお話しします。

2.アルコール依存症の患者、Aさんとの出会い

春も過ぎて暖かくなってきたころ、その患者さんは病院にやって来ました。仮にAさんとします。初めて会ったときのAさんは身なりもきれいだし、どこにでもいる普通の人という印象で、とてもアルコールの連続飲酒によって生活がうまくいっていないようには見えませんでした。しかし、話を聞いてみると、一人暮らしをしていて食事は1日1食同じものを食べる程度、コンタクトも数週間つけっぱなしにしているなど、日常生活能力は低下していました。

Aさんは日中、アルコール通所施設に通っていました。アルコール通所施設というのは、簡単な手作業、工芸やリサイクル品の引き取り・配達、スポーツなどのレクリエーションなどを通して、人とのふれあいのなかで依存物質を必要としない生活を目指していくところです。利用するには、「飲酒や薬物の再使用をしないこと」「自助グループに参加すること」「再使用に至らないように施設のプログラムに参加できること」などが条件となっています。ただ、Aさんはアルコール通所施設で行った作業やプログラムも夕方には覚えていないような状態であり、日常生活を立て直すために入院となりました。

3.患者さんの生活改善のために多職種が話し合う光景に感動

入院後、Aさんは生活リズムをある程度、整えることができ、今後の方針を決めるために以前の通所施設のスタッフ、医療ソーシャルワーカー、保佐人(弁護士)、市の担当職員、看護師、医師などが集まりました。それぞれが、医療・法律・福祉サービスなどの知識を出し合って、Aさんの生活がよりよくなるように熱心に議論する場面では胸が熱くなりました。話し合いの結果、ダルク(DARC)での生活がよいのではないかということで、私はAさんに付き添ってダルクを見学しに行ってきました。

4.ダルクのプログラムに参加

ダルクとは、Drug(薬物) ・Addiction(依存症)・Rehabilitation(リハビリテーション)・Center(施設)の頭文字をとったもので、おもに薬物依存者の更生施設ですが、現在は薬物だけでなくアルコールや物質依存、窃盗などさまざまな依存症を抱える人を対象としています。大きな特徴は、創設者やスタッフのほとんどが依存症から回復した当事者であるということです。全国に拠点があり、地域の医療・福祉・司法・教育関係者と連携を取りながら運営されています。

私たちがダルクに到着すると、スタッフの方が「ちょうど朝のプログラムをやるところだから参加してみて」と誘ってくれました。そのプログラムは参加者が“どうして私が今ダルクにいるのか”というテーマで各々話すというものでした。1つだけルールがあって、そこでは言いっぱなし聞きっぱなし、話す人を否定も肯定もしません。プログラムの内容を聞いたときは「何でこんなところにいるのだろう」というネガティブな発言ばかりになるのではと思っていましたが、実際は大きなテーブルに座った20人程度の参加者の多くが、薬物やアルコールで失敗してしまった後悔はあるにせよ、「ダルクに来ることができてすごく感謝している」「もし1人だったら何をしていたかわからない」「ここでいろんな人とつながりを持てて寂しくなくなった」とポジティブにお話しされていました。

5.人とのつながりとあったかい場所があれば、きっとがんばれる

プログラムを終えた後は各々昼食をとりながら談笑するなど、ダルクの人たちはみんな仲が良く楽しそうでした。帰り際には所長さんが「いつでも来てください。待ってるね」という熱く優しい言葉とともに、力強く握手してくださいました。いつでも立ち寄れて、同じ境遇の人たちと話ができるこの場所は強いつながりとあったかさを与えてくれる、ここならAさんも安心できる、と感じました。

今後もさまざまな患者さんとの出会いを通して、たくさんの学びがあると思います。まだまだ医師として未熟ですが、これから年数が経っていっても気軽に話せて、常に患者さんの心のよりどころになれるような存在を目指していきたいです。

プロフィール:葛井真守
昭和大学 精神科医

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