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 はじめまして。「三森(みもり)みさ」と申します。
 ここ数年は、漫画家/イラストレーターと名乗ることが多いです。
 その前は飲食業のバイトしながら看板やメニューやチラシを作ったり、絵を描いていた典型的な貧乏芸大卒の人間でした。しかしひょんなことから依存症の啓発漫画を描くことになり、そのあと依存症の啓発活動にお誘いいただきました。
 啓発なんてよくわからないまま、「生きててもやることないし、ま いっか〜」とOKして、自分の体験談を発表してたのですが、いつの間にか「社会活動をしてる素晴らしい人」と間違えられるようになりました。人生どうしてこうなった。

 しかし私は、宗教三世で育ち、父のモラハラで精神がボロボロになり、思春期の両親の離婚騒動でトラウマをつくってゲーム依存症にかかり、実家を脱出しても複数の依存を抱え、危険な異性と恋愛をこじらせ、性被害に遭ったりしてる典型的なアダルト・チルドレンであり、依存症になる素質をバリバリ持っていました。そんな生育歴を持つ人間として、遅かれ早かれ啓発活動に参加していた運命だったんだろうなと考える今日この頃です。

 私は「漫画家」ということで一般の人に取材を申し込まれる機会が多く、ここ数年で色んな人と接する機会がありました。そんななかで見つけた、「啓発には回復の物語が必要だ」という話をさせていただきます。

1.目を逸らしたくなるつらい話は…

 冒頭に書いたように、私は支援職でも心理学を専攻していたわけでもありません。
 ですので講演会を始めた当初は、「啓発とはなにか」なんてむずかしいことは考えることなく、言われるがままに自分の生育歴を語ることを繰り返し、「人に〇〇を伝えたい」「わかってもらいたい」とかはまったく考えていませんでした。
 というか、緊張しすぎて感想なんて聞きたくなかったのが本音です。

 講演会・取材・なにかの打ち合わせで、自分の体験談を語るとき……話し手が聞き手のなにを見ているか想像できますか?
 私は「目」です。相手が私に対して向ける「目」が、その人の心の内側を如実に語りかけてきます。
 私もわかるわ~と思ってる目、哀れみの目、見下しの目、若い女が騒いでるだけだという目(啓発開始当初、当時は20代でした)、なにか間違ったことを話せば「差別だ」と言われてキレられるのが恐ろしい目、めんどくさくてかかわり合いたくない目、どうやってかかわればいいのかわからない目、依存症のことなんて言われてもそもそも知らんがなという目、想像力を膨らませながら聞いてくれてる目、社会問題に興味がある目、好奇心の目、平等な目、あがめ奉られる目……。

 目は口ほどに物を言うなんて言いますが、口以上に心を反映しているのです。
 さまざまな目に晒され、相手がなにを思いながら自分の話を聞いてるのか、ヒシヒシとリアルタイムで感じ取りながら話すのは、SNSでまったく知らない人から感想をもらう以上に、精神的に疲労するものがありました。どう考えても「ま いっか〜」のノリでやることではなかったのですが、今さら引き返すこともできず……。
 そんなわけで最初のころは、話すだけでいっぱいいっぱいだったのを覚えています。

 しかし回数を重ねるほど、いろんな目に晒されることも慣れていきました。実績が増えることで、講演会や取材の機会が増えていき、同時に、相手がどんな気持ちで聞いてるのか、考える余裕ができてきました。

 私は漫画の素材に活用するため、ある程度の基本的な依存症の知識を持っていることもあり、取材中に私以外のことで相談や質問をされることも増えました。
 たいてい「依存症になる原因はなんでしょう?」というものが多いです。「いろいろあると思うけれど、社会や家族の問題がかかわってる」と話すと、面食らったようにびっくりされるときがあります。依存症が自己責任や自制心の問題だと思われているからです。

 そこまではいいのですが、相手に社会問題や虐待の凄惨さ、依存症の背後にあるものを語れば語るほど、相手がどんどん落ち込んでいくのです。
 うつむき加減になりながら目は語ります。「つらくてたいへんで、可哀想な想いをしてきたんだな」「自分は誤解してたな」と同時に、「そこまでたいへんだとどうしようもないのか…」とどんどん沈んでいくのです。

 もし今より10倍気性が荒かった20歳の私なら「は? 今聞いた話の50倍は当事者はつらい思いしてんだよ! 思考停止してないで刮目しろや!! その『なにも考えたくない』が当事者を社会からはじき出して追い詰めてんだろうが〜〜〜〜〜〜!!!!」とキレ散らかしていたことでしょう。今の私は31歳の大人のレディなのでそんなことはしませんが。

 現実を語るほど沈みまくるこの現象を、「この人の個人の問題かな」と思っていましたが、やがて職業も年齢も性別も関係なく、みんなが同じ反応をしてることに気づきました。しかし、気づいたところでどうすることもできませんでした。

2.ある日の講演会で回復の話をしてみた

 あるときの講演会で「自分なりの回復はこうだった」……的な話をさせていただきました。
 それは意図があったのではなく、たまたまそう感じるタイミングだったし、講演会も同じことを話すのはつまらないから内容を変えよう、という理由です。

 ところがその日は、多くの方からいつもと違う感想をいただきました。
 「回復できることに希望を持てた」という話から、「どうやってそこまで回復したのか詳細を教えてほしい」と、別件の講演会としてご依頼をいただくこともありました。取材でも、「どうやって回復したのか」という話が主体になったり……。

 感想がくるっと変わって、思わずガクゼン……。

 振り返れば、それまでおつら〜い体験談”だけ”を語っていたのですが、それだけだと「やべえ体験してる可哀想な人間」の枠から出れなかったのです。
 本当は元気な人に、「このおつらい体験をお持ちの人になにが必要か」を考えてほしいという気持ちもあっての「おつらい体験談語り」だったのですが、私の表現力では伝わらなかったんですね。

 少なくとも心理の知識がない一般の方には、「この状態の人にはどんな支援が必要か?」を考えるのはむずかしいのです。私も他分野になると同じように「あっ…そうだったのか…そんなことが…(以上!)」となるのですが、自分のことで必死になりすぎてそれをわかっていませんでした。
 ほかにも、義務教育で社会問題を自分ごとだと考える教育を受けてないとか、ディスカッションするスキルが弱いとか、自己責任論が蔓延してる部分も影響してるのだと思われます。ともかく、ほとんどの人は、とりあえず言われたことを素直に吸収して、そこで終わってしまう。一般の方に啓発するには「はい、その次を考えてくれ」じゃ、よろしくなかったのです。どおりでみんな沈黙するわけだ。

 つまり、私が今まで話してたことは「依存症は甘えではなくその背後にはつらい体験をしている人がいる」まではわかってもらえても、「病気にかかった人間は一生つらいまま」という偏見を増長してた可能性もあったんじゃないかと。最悪です。
 そして「回復した」という話をするだけで、「やべえ体験を乗り越えた人間」「可能性がある」に、ここまで切り替わるのかと。いや〜モノって伝え方なんですね!(涙)

 その経験をしてから、多くの人から聞かれる「原因」を話す以上に、「回復」を伝えたほうが有意義だと考えるようになりました。
 取材を受けて一対一で話していてつくづく感じるのですが、多くの人は差別や偏見を持ちたくて持ってるのではなく、知識を持っていないだけ。
 そして「そんなつらい現実があるなんて知らなかった」「解決策があるならそれを試行したい」「これから接する人に適応したい」という気持ちがある人のほうが多いように感じます。(わざわざ私に取材するぐらいだから、というのはあると思うのですが)

 それ以後、私は、自分の依存症の原因であった家族関係と症状と、それに加えて回復の話をすることにしました。

3.回復への道はずっと続くから。せめて邪魔をしないでほしい

 実は、私の回復の話に賛否両論がいちばん強いのは当事者です。
 「すごく勇気がもらえた」「この先、がんばりたいと思った」という感想と、「うまくいってない自分を否定されてるみたいでつらい」「こいつは運が良かっただけだ」「着飾った話は聞きたくない」という感想、両方よくもらいます。

 事実として、回復しました!HEY!ハッピーエンド!!みたいな話は、これ以上支援する必要性はないと勘違いされる危険性があります。ですから政治家に話すときは真逆の話をしていますし、支援職にも要望は伝えています。

 賛否両論をいただきながらも、これからも回復の話をしようと思うのは、当事者への偏見を取り除くには、一般の人に向かって回復の話をすることが、いちばんの近道であることを実感したからです。
※ちなみにここでの「回復」は「とりあえず前より良くなった」という意味で使っています。

 回復の道は非常に長い。依存症の回復にはいろいろあるのでしょうが、少なくとも私にとっては「依存対象をやめればいい」というだけではなく、依存する原因となってる心の根底を変えるようなアプローチが必要でした。
 ここ最近になってさまざまな意味で安定しましたが、「自分の人生をどうにかしたい」と心の底から願って試行錯誤して、実に13年以上の時間が経過したうえでの安定です。

 その経験から申し上げますと、回復には、回復したいという本人の意思と、現実で実際に自分の行動を変えることと、その長い道のりを支えるための自助グループ・医療・カウンセリング・福祉などの社会資源が必要だと感じています。

 しかし、言うは易し行うは難しというか……。もう、まず最初の「回復したい」という気持ちにたどり着くまで時間がかかります。

 依存症者はいつだって「このままじゃダメだ」「いい加減になんとかしないと」という「回復への目覚め」と、「どうせ自分の人生を変えたところで」という後ろ向きさの間で、つねにゆらぎ続けています。

 なんの保証もない未来が怖い。ならば今の慣れ親しんだ環境のほうが、少々不満があっても安心できるのは、依存症に限らず多くの人間も同じでしょう。むしろ、依存症の人間は周りの人には見せない形で止める努力を密かにしていたりします。しかしそれでもダメで、これ以上もうがんばりたくないという意味で、回復を拒むときさえあります。

 自分の人生がかかってるならがんばれると思いますか? 私は自分の問題を知りながらも依存行為に走ってるときは、その逆でした。
 依存行為で体を壊したり、借金を背負っていったり、トラブルを起こしたり、ありとあらゆる問題を引き起こすたびに、こんな自分には価値がないという思いが積み重なり、こんな自分のためにがんばるなんて発想は出てきづらいのです。おまけに、先は見えないし。

 また、依存症者は虐待経験者の人も多いです。親子関係がうまくいかないと、それが成人後にも尾を引き続け、なにかよくわからないけど不幸を誘き寄せることが多いのです。
 日常生活の当たり前のことでも幸福を感じづらく、なんならフラッシュバックの苦痛に襲われます。積み重なった学習性無気力みたいなやつのせいか、「自分なんてどうせ」が大きくなっていきます。レジリエンス(回復力)そのものがガッタガタになっていき、せめての逃避行動として依存してる人も少なくありません。

 さらに今の社会では、虐待を受けることもなく、病気にかかったこともない人から「自己責任でしょ」「怠けてる」「一生このままだ」と言葉でぶん殴られるおまけつきです。なにこれ? ハードモードすぎない?

 そんな現実を生きるぐらいなら、ぶっちゃけ自殺したほうが早く楽になれる。少なくとも私は、こんな人生をわざわざ努力して取り戻すぐらいなら、なにかに酔って現実が見えないほうがよほどマシだと思っている時期もありました。

 この「回復への目覚め」だけでもかなりしんどいものがあるのに、引き続き自分の行動を根本から変える努力が必要です。(人によって改善の大きさの程度はありますが)

 回復を選ぶことは依存していたものを手放すことです。
 もっと突っ込むと、依存行為だけではなく、そもそも依存の原因となる生きづらい生き方・考え方を手放す必要があります。
 しかし私は回復を選んだことで、自分が慣れ親しんだ対人関係……共依存だったり、実は自分を苦しめていた関係だったり、あるいは自分が前に進むために、別れなくてはならないときがありました。対人関係を作り直すのだから、当然一時的には孤独を味わいます。

 自分自身が長い間フタをしていた感情に、半分フラッシュバックしながら向き合わなくてはならないときもありましたし、ときに他者を傷つけたという事実に対して見つめなくてはならないときもありました。
 しかしこのような苦行を済ませても、収入が上がるわけでも、目に見える実績になるわけでも、人に褒められるものでもありません。資本主義の真逆を突っ走る行為なので、仕事以外で時間を取る必要があり、それ相応に時間がかかります。私は自力では無理だった分は心理療法(トラウマ療法)を受けに行きました。さらにその分お金もかかってくるのです。

 こんな感じでひいひい言いながら、凸凹の人生を再復帰させた先になにがあるのか? それは各々が自分の物語へ深く問いかけ、自分なりに答えを追求することでしか見つけられないものだと思っています。生きることと変わることを選んだ依存症者の人生の責任を、他人は決して引き受けることはできないのです。

 どれだけ仲のいい自助グループのメンバーでも優秀な医療者や支援者でも、代わりに苦しむことも回復の作業をすることはできません。できませんが、たくさん助けてもらいました。人生でぶち当たった困難を共有したり、アドバイスをもらったり、回復しないなどとウダウダ言ったり、ときに伴走してもらったりして、ちょっとずつ前に進んでこれました。

 そしてこれらは私の特別な経験ではなく、依存症の回復者が多かれ少なかれ通ってる道だと思います。
 私はこの長い長い道のりを歩くのが、どれだけたいへんかわかってるからこそ、世間一般の差別や偏見という形で回復の邪魔しないでほしいのです。

4.自己責任はどこまで通用するのか

 啓発活動をしているとたまに「社会のせいにするな」と言われます。言いたいことはわかります。
 回復はダイエットとよく似てて、「親のせいで太った」「社会が自分を差別するから太ったままだ」と言ってても、現実でピザを毎日5枚食べてる生活を改善しなければまず痩せないのと同じです。環境を整えるのは大前提ですが、多かれ少なかれ生活習慣を変える努力は本人が行う必要はあると思います。

 そして回復への目覚めが来るタイミングは人それぞれだと思っています。だから変わりたくないと言ってる人に押し付けるつもりはありません。病人は全員回復するべきと言うつもりもありません。どれだけ歪(いびつ)でも依存しなければ癒せない心があることも知っているから。

 ですが、病気にかかったぐらいで「惨めな人間」「人生終わった」のレッテルを周りから貼られ、職を見つけられず、自己責任論をぶつけられ、ときには世間からバッシングされ……。
 そもそも立ちあがろうと思える社会なのか? 病気にかかってる時点でボロボロなのに、その追加試練は本当に必要か?

 依存対象のメリットとデメリットを正確に教えられる機会は与えられず、ビジネスの利益のためにバンバン広告は打たれ、いざ病気になったら自己責任だと言われ……。あるいは個人の心の問題だと言われ、病気であることも相談先も認知されず、一人で苦しまなくてはならない社会に本当に責任はないのか?

 先述したとおり、理解ある医療者や自助グループやその他諸々の社会資源が豊富なほうが圧倒的に回復しやすいのは間違いないと思っています。
 私は自分が病気だともわからず、この異常な事態を止めるために9年間一人で試行錯誤しましたが、自助グループや心理士につながった4年間のほうがはるかに回復のスピードが早かったです。もっと早くにつながってたら13年もいらんかったやろ、はよ教えてくれやとしか言いようがありません。

 その必要な社会資源の設置・増設を邪魔しているのが社会的認知の低さと、そこから発生する「一生治らない」という偏見だと私は感じます。
 病状が安定しないとトラブルを引き起こし続けるのも事実なので、それを言いたくなる気持ちもわかります。今までさんざん引き起こしてきたので……。
 それでも、「お前は変わらない」という目線は社会資源につながることを阻んでいるどころか、当事者にとって「私なんてどうせこのままだ」が増幅する最悪の装置であり、回復の邪魔をしてることは確かなのです。

 だから私は回復の話をします。
 小学校の道徳の時間のような「依存症の差別をやめよう」という話では足りない。基本的に自分に関係のない(と思ってる)病気の話など、誰も興味は持たないから。
  「逆境体験にまみれて苦しかった」という話でも足りない。その先を想像するには知識がなければできないことだから。

 そして、なによりも一般の人には、奥深すぎる依存症のすべてをわかってもらえる時間はないでしょう。当事者も医療者も自分がかかわることなので、たくさんの事例を聞く機会に恵まれます。私の体験談は何百と聴く話のなかの一つです。
 でも一般の方にとっては、もう二度と人生で聞かないかもしれない、たった1回の依存症の話のかもしれない。そのなかで人間はちゃんと変わることをわかってもらいたい。

 机上の空論でも理想論でもない、体験談が生み出す圧倒的な説得力を使って、回復できることを訴えること。それがいつかどこかで出会うかもしれない依存症者に向ける目線を変えることにつながるかもしれないから。

5.訴えるものが変われば周りも変わる

……などと、えらそ〜〜に書きましたが、現実の私は自分の描いた漫画に、自分の依存や生きづらさををいろいろと描いて「どう思われるんだろう」とビクビクしていました。なんなら今でも初対面の人に会うときはドキドキしています。

 ところが案外、私の漫画の読者に現実で会ってみたら普通の反応です。
 読者の皆さんには「え!?思ったより普通ですね!?」「思ってた以上に落ち着いてますね!」と驚かれたり(なんだと思われてるんだw)、知り合いたちには「たいへんだったんだろうけど、今はよくなったんでしょ? それでよかったじゃない」と、あっさり言われて拍子抜けしました。

 その言葉が、知識や経験のある当事者や支援職よりもその言葉はずっと軽いものだとわかっています。いや、あの、依存症は治るとかじゃなくてね……。まあ細かいことは突っ込まないでおこう。

 しかし病気や過去のはちゃめちゃな経歴を超えて、今の自分だけを見てる、ただ一人の普通の人間扱いしてるその目は、「哀れでどうしようもない病人」というセルフスティグマから抜けさせてくれました。

 同時に、その言葉、その目線を、同じように苦しむ仲間たちに向けられる社会になれば、どれほどの人が救われるのだろうと、考えずにはいられないのです。

プロフィール:三森みさ
漫画家/イラストレーター/デザイナー
ASK認定依存症予防教育アドバイザー
『だらしない夫じゃなくて依存症でした』『母のお酒をやめさせたい』制作。

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