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 はじめまして、摂食障害・クレプトマニアのゆうです。

 私は中学1年生のときに摂食障害になりました。その後、症状と折り合いをつけながら高校・大学・社会人となんとか生きてきたのですが、36歳でクレプトマニア(窃盗症)になり、約2年間万引きがやめられない生活を送りました。
 入院生活を経て、万引きを手放し、もうすぐ5年が経とうとしています。今はクレプトマニアによる万引きを減らすことを目指して、ホームページ「クレプトマニアからの脱却 https://kleptomania-dakkyaku.com/」やオンライン自助グループ「Room K」の運営、大学での講演、病院にメッセージを届けるなどの当事者活動を行っています。

 今回は医療従事者などの支援職や、その卵の方に読んでいただけるとのことで、当事者の1人として「こんなことをしてもらえると嬉しい、回復の後押しになる」という思いを書きたいと思います。

1.“枯渇恐怖”による窃盗行為、満たされない感覚

 クレプトマニアとは窃盗(おもに万引き)に依存する病気です。加害行為を繰り返すのですが、相手を傷つけることが目的のいわゆる「サイコパス」ではありません。
 “奪いたくて盗っている”というよりも“手に入れたくて盗っている”、そして“盗りたくて盗っている”というよりも“お金が減るのが怖くて買えないから、盗ってしまう”そんな感覚の人が多い印象です。
 モノやお金、そして承認などが減ってしまうことが怖い“枯渇恐怖”が強く、その根底には満たされない感覚が潜んでいることがあります。

 私の場合、万引きが加害行為であるという自覚はありましたが、その重大さを十分に認識できていませんでした。罪悪感はありましたが、それは捕まること、犯罪行為をしていることへの罪悪感であり、被害者に対する罪悪感は少なく、ピントがずれている状態でした。そのため、加害行為であるという罪悪感による窃盗行為へのブレーキは壊れていました。

2.自分の痛みにも他者の痛みにも鈍感だった

 ブレーキの故障の原因を考えると“自分の感情がよくわからない”ということが思い当たります。小さいころから周囲の顔色を伺い、感情を抑え込むことが当たり前でした。辛い・苦しいなどの負の感情はよくない、出したら大きくなってしまうと思い込み、なるべく出さずに矮小化し、自分の感情を蔑ろにし続けたことで、自分の感情がよくわからない状態になっていました。
 そのことが被害者の痛みを矮小化してしまい、被害者に対する罪悪感を抱けなかったことに影響していたと思います。自分の痛みに鈍感になることで、他者の痛みにも鈍感になり、被害者の痛みを軽視していました。

 回復への取り組みのなかで、自分の感情を受けとめること・負の感情もことばにして外に出すことを意識しました。他者にその感情を受けとめてもらう、共感してもらうという感情のすり合わせを重ねるなかで、すこしずつ自分の感情がわかるようになってきました。
 「苦しいことの苦しさ」「辛いことの辛さ」がやっとわかった、そんな感覚です。そして、被害者の痛みも想像できるようになり、自分の繰り返してきたことの重大さにやっと気が付きました。そのことで今は「もう加害行為はしたくない、盗りたくない!」と思えるようになりました。

3.捕まらなければやめられない、捕まるだけではやめられない

 窃盗は犯罪行為であり、捕まるということもわかっていますが自分の意志ではやめられません。万引きは成功率が高く、負の成功体験が積み重なることで「バレなきゃいい」という思考回路ができあがってしまいます。
 捕まって痛手を負うと「もうやらない!」と一時的にとまるパターンも多いですが、しばらくすると「バレなきゃいい」「いつか捕まるかもしれないけど、今日は大丈夫」などという考えが頭に浮かび、スリップ(しばらくとまっていた依存行為を再び行ってしまうこと)してしまいます。そして大概が成功してしまうので、ずるずると窃盗に依存する生活に戻っていきます。
 自分の意志だけではどうにもならない状態です。「スリップしたと伝えたら心配させる、だから周囲に明かさずにやめればいいと思いながらずるずると窃盗行為を続けてしまい、捕まってしまった」というパターンがとても多いです。

 クレプトマニアにも責任能力はあります。病気を理由に赦される必要はなく、むしろ赦されてしまえばやめるきっかけを失うことになりかねません。でも、罰だけではやめられません。回復への取り組みが必要です。「捕まらなければやめられない、捕まるだけではやめられない」のです。

4.まずは感情を受け止めてほしい

 依存症から回復し続けるためには自分と向き合うことが大切ですが、自分1人の問題にしているとうまくいきません。クレプトマニアの依存行為は触法行為・加害行為です。しかも、小学生でもわかるような、どの国でもいつの時代でも犯罪であるようなことです。だからこそ助けを求めることに本当に勇気がいります。1人で抱え込み、悶々としてしまい、そのストレスでまた盗ってしまうという悪循環にハマってしまいがちです。

 そして、こんなことも頭ではわかるのですが、やっぱり正直に誰かに助けを求めるのはむずかしいのです。この「正直に助けを求めることへのハードルを下げる」ためには、周囲の理解もとても重要だと思います。

 もし身近な人から正直に打ち明けられたら、いきなり「なんで盗るんだ!」と𠮟るのではなく、まずは正直になれた勇気を認めてあげてほしいと思います。もちろん窃盗はよくないことです。でも、最初は正直に告白した勇気を受けとめてあげてほしいのです。万引きがやめられない辛さ、正直に告白することへの不安、そのような負の感情も受けとめてほしいと思います。
 この場面で最初に否定的なことばを投げかけられたら、どうなってしまうでしょうか?多くの場合、より隠すようになり、どんどん孤立を深めます。また、負の感情を否定されることでその感情を抑えこんでしまい、自分の痛みにも相手の痛みにも鈍感になります。そうなるといくら「被害者のことを考えろ!」と言われても、それがブレーキとして機能しにくい状態が続きます。

 窃盗は犯罪行為です。厳しい対応をされるのは当然です。でも、そればかりではやめられないのです。厳しいことばをかけないでほしいという意味ではありません。ただ、まずは受けとめてほしい、感情に寄り添ってほしい、そう思います。その後で諭す、順番が違うだけで受けとめ方が全然違うのです。

 クレプトマニアには白黒思考が強く、自責感情も強い人が多いです。事件になれば、当然ながら被害者や警察から厳しいことばが飛んできます。そのため「万引きがやめられないなんて、私は存在価値がない」「通院しているのにスリップしたなんて、意味がないのでは」などと極端な思考で自分を責めてしまい、自ら依存行為にハマりやすい状況に追い込んでしまいがちです。でもこのように周囲からだけでなく自らを精神的に追い込んでしまう方法ではうまくいきません。実際にはクレプトマニアの問題はその人の一部であり、すべてではありません。できている部分やよしとできる部分が必ずあります。

 医療機関にいると、しばらく離れていた患者さんがスリップを機に戻ってくる経験をすることも多いと思います。「またやってしまったのか……」という感覚になるのも当然です。でもそこで、離れていた期間のことを思い浮かべてみていただきたいです。「スリップしたというのは、盗らない時期・それなりにうまくいっていた時期があったということ」「盗るのが当たり前だったんだから、むしろとまっていた時期があったのはがんばった成果」「スリップしたことを受け入れて、正直に助けを求められたこと」など、褒めポイントはあるはずです。でも、本人がそこに目を向けることはむずかしいです。ここは周囲がサポートしていただけるとありがたいなと思います。

5.優しいことばがこころに響いた

 クレプトマニアが医療機関につながるとき、多くの場合が捕まることがきっかけです。被害者や警察はもちろん、家族など周囲の方から当事者を責めることばが並ぶことも多いです。また厳しいことを言われるのではないかと警戒していることもあります。ちょっとしたことばで、ますます自責感情を強め、自分を追い込んでしまいがちです。それとは逆にこころがかたくなになり、開き直って全然響かないというパターンもあります。そんなときにあたたかい対応をされると、どこかハッとするような感覚になります。

 私がはじめて警察に捕まったときの取り調べでは、かなり厳しいことばが飛んできました。犯罪者ですから、当然です。そして、反省の弁を並べましたが、頭のなかでは今回の失敗を踏まえ、どうやったら捕まらないかを考えてしまうような状態で、全然ことばが入ってきませんでした。
 2回目に捕まったときは担当者の対応が違いました。穏やかな口調で、決して犯行を是とするものではありませんでしたが、強く責められることはありませんでした。そして「なんか、しんどいことがあるんじゃないの?」とサラッとこころを見透かされたようなことを言われました。頭のなかでは初回同様盗り続けることを考えてしまう状態でしたが、厳しいことばを並べられたときよりも「なんとかしないとマズい」という気持ちにさせられました。
 警察と医療機関に求められるものは違いますが、「北風と太陽」に似た、ひとつの当事者エピソードとして書かせていただきました。

6.助けを求めてよかったと思える対応を

 依存症からの回復は、自分と向き合うことになりますが、自分1人でなんとかしようとしてもうまくいきません。誰かに助けを求めることが必要です。クレプトマニアの問題はバレにくいし、一度バレたら大ごとになることが目に見えているので、助けを求めることはより困難といえると思います。そんなときに「助けを求めてよかった」と思える対応をしてもらえると次につながります。
 支援者の方は、そんな成功体験を提供していただけると本当にありがたいです。

プロフィール:高橋 悠(たかはしゆう)
摂食障害・クレプトマニア・Xジェンダー
理学療法士
ASK認定依存症予防教育アドバイザー

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