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1 いまだによくわからない依存症

精神科医をはじめて3年目になりますが、幸福なことに依存症治療に積極的に取り組む上級医・スタッフがいる病院で働き始めたので、
「依存症は好きの延長ではなく、多くの人にとってつらさを回避して自己治療を行う手段」
「治療者ができることは依存対象をやめさせるのではなく、やめたい気持ちに寄り添っていくこと」
「再使用はとがめるのではなく、告白してくれたことを受容する」
といった対応の仕方を知って、今まで自分が把握していた社会通念とのギャップに驚き、目から鱗が落ちて、とっても感激しました。

一方で、これまで何人かの依存症患者さんと接する機会をもちましたが、何度も再使用して入退院を繰り返したり、実害が出ていても悪びれず、あまつさえ依存症であることすら否認するような患者さんをみていると、正直、
「なんでそうなるのか、ぜんぜんわからん……」
と、本能レベルで突発的にわきあがる陰性感情を押さえきれず、
「治る日がくるのかしら……」
と不信感を抱き、結局、かける言葉がわからず困りきってしまうこともしばしばです。私自身は依存症になったことがないので、どういう心の動きをしているのか身を持って感じられないのです。
しかし医師(一応プロ)となると患者さんの目の前にそれらしい顔をして立たなくてはならない場面が多く、まいったな……と思いながら、診療に四苦八苦しているというのが正直なところです。そんな依存症治療超初心者の私が、これまでに先輩たちから教えてもらった内容を総動員して、とりあえず実践してみていることを、これを機会に振り返ってまとめてみようと思います(※私見満載になるので、ほかの方のコラムもぜひ読んでください!)。

2 初心者自己流対応術

①患者さんの依存症以外の部分に目を向ける
依存症患者さんを相手にすると、どうしても、依存対象を使った使ってない、それによる実害がどれくらいか、やめたい気持ちがあるかないか、みたいな話題に偏っちゃいがちです。ただ患者さんも1人の人間で、親であったり子であったり、何かの職業についていたり、好きなものがあったり嫌いなものがあったりします。

そういう基本的な事柄ですら、依存症患者さんとなると、ついフォーカスから外れてしまいがちになる気がして、ちょっとの時間でもこのような内容を雑談する機会はもつようにしています。そうすることで治療者対患者さんという形で対決しすぎず、肩書きを取っ払った人間同士として接することができたらいいし、ちょっとしたアイスブレイク的な効果もあるはず、と期待しています。

このあたりを共有できると、+αで患者さんが本当になりたい自分を再発見するきっかけになり治療促進的になることもあるのかもしれませんが、あんまり意識してやりすぎるとただの治療押し付けマンになっちゃう気もするので、普通に自分が雑談を楽しめるようにやっています。

②やめられない気持ちに共感する
治療者だけのパワーで依存対象を手放させることはまずできませんが、せめて患者さんの気持ちには共感したいところ。ただやめない宣言を堂々とされたり、依存症であること自体を否認されてしまうと、つい怒りの感情などが湧いてしまうのを止められていないというのが私の現状ではあります……。

ただ私の場合は、自分の好きなものを「これから一生やめてください」と言われた場面を想像すると、ちょっとしっくりきました。

たとえば、依存症という水準には至っていないのですが、私はお酒が好きです。仲間とわいわい楽しくやりすぎて、ときどき二日酔いになって吐くことがあるくらい好きです。害もありますが、それでも大事なストレス発散手段の一つです。これを、いくら体を壊したからといって一生辞めろといわれたら、依存症じゃないですけどめちゃくちゃ嫌ですし、抵抗したりこっそり飲むと思います。

しかも依存症患者さんの場合はほかにしんどさを軽減させる手段がなかったり生きる術になっていたりするんですよね。それは確かにやめたくないし、やめろって言われたくもないから否認したくもなる。こう考えられるようになってからは、「まあ急にやめられなくても仕方ないよね~」と、前よりちょっぴり思えるようになった気がします。

③こちらからは否定する言葉は言わない
とはいえ、陰性感情を完全になくすのはむずかしいことも多いです。ただ、信じきることはできなくとも、否定的な言葉を言わないという選択肢をとることはできると思います。

依存症患者さんは否定的な言葉を言われ続けていることが多いです。そんななかで、少なくともなんとか外来にたどりついたことや、入院を決めたことは、その言動のなかに治療意欲をみて患者さんの選択を受け入れることはできるのではないかなと思います。

それだけでもひとまずはOK!というスタンスでいるようにしていますし、追加で私は「よく来てくださいましたね」というような一言だけでも、声かけするように心がけています。この一言、まだたどたどしいなあ~と思うこともありますが、一言くらいなら無理しすぎず言えますし、言葉が思考をつくる側面もあるはず!と信じてやってみています。

3 なかなか変わらない自分を受け入れて、なかなか変わらない患者さんも受け入れる

えらそうに書きつらねましたが、書いてみると依存症患者さんに限らずいろんな疾患をもつ患者さんへの対応にも、結局、当てはまる話ですね。依存症患者さんを特別視する必要はないことが、図らずも証明されましたかね!(ドヤ顔)ここに書いたあたりが自分の価値観を押し殺しすぎずに、仕事として今の自分ができることかな~と思ってやっています。

先輩たちの話を聞いて、同じように考えて行動できない自分に情けない気持ちもありましたが、最近は若干開き直って、まあそれでも仕方ないかと思っています。下手にわかったふりをするのも失礼ですしね。何より、自分の価値観は今まで生きてきた歴史があるのでそうすぐには変わりません。それは患者さんもきっと同じです。価値観も依存対象も、やっぱり簡単には手放せないのです。変わらない患者さんを受け止めるには、まずはなかなか変わらない自分をちゃんと受け止めてみることが大事なんじゃないでしょうか。
これからも、いつか自分や患者さんがちょっぴり変わる日がくることを信じながら、毎日の診療をコツコツ積み重ねていきたいと思います。

プロフィール:中井文香

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