前回までのあらすじ
病院の入職式の日。案内にあった集合場所がわからない榛葉にキャストが「病院に行くならこちらです」と、トゥーンタウンの景色の一部だと思っていた小屋の扉を開いた。
恐る恐る近づいていくと、扉の中には長い通路が見えた。その通路の先には急に眩しく広い空間が現れ、ミッキーとミニーが両手を広げたデザインの横断幕が目に飛び込んできた。
『ようこそ、ディズニー記念病院へ!』
「ここがディズニーの病院……!」
榛葉の就職活動はオンラインで完結していたため、実際に病院を見るのは初めてだった。パーク側からは病院があるようには見えなかったが、想像していたよりもずっとディズニーランドに近い。名前からして系列ホテルのようにディズニーの装飾がいっぱいなのだろうと思っていたが、壁にキャラクターのシルエットと床にミッキーやドナルドの足跡がある程度で、院内が抜群に綺麗なこと以外は普通の病院とそれほど変わらないように見える。
「入職式はこちらです」
レセプションスタッフの案内に従い、他の入職者とともに階段を上がっていく。周りを見渡すと外来もある。病棟もある。やっぱり普通の病院と大きな違いはなさそうなのが、榛葉にとって意外だった。
二階の大ホールは新入職者で溢れかえっていた。榛葉はなんとか居場所を見つけて壁伝いに前へ移動した。
「それではただいまから入職式を行います。ディズニー記念病院へようこそ」という司会の言葉の後、突然ホールが暗転した。同時に中央にスポットライトが当たり、大きな頭に丸が二つついたシルエットが浮かんだ。周囲から黄色い歓声が上がる。
(入職式にミッキーが登場するなんて、さすがディズニーの病院!)と思った榛葉の期待は、次の瞬間に消え去った。
「皆さん、初めまして! 当院の看護部長、三木と申します!」
張りのある大きな力強い声が響き、フロアのライトが点いた。中央には両耳の上で髪を丸く結わえたお団子ヘアスタイルの女性が立っていた。
「ミッキーじゃなくて、三木ですからね!」
豪放磊落を絵に描いたような三木看護部長の挨拶に笑いが起こった。
「院長は緊急の用事で本日この場にはいらっしゃいませんが、言伝を預かっていますのでお伝えしますね。『皆さん、当院を選んでくださりありがとうございます。そして入職おめでとうございます。今日皆さんはパークを通ってきましたね。ゲストが楽しそうに過ごす様子を目にしたと思います。その裏側で私たちは働くことになります。夢と魔法の国を守るだけではなく、ここに生きる方々を支えるために皆さんの力が必要です。私たちの対象はゲストだけではありません。周辺地域の住民、従業員の方々もすべて対象です。そしてもちろん、ゲストの抱く夢の国を医療の力で支えていけるように努めていただきたいと願います』とのことです」
三木看護部長は続けて、
「当院は、ディズニーリゾートに併設する医療機関として、そして東京ベイエリアの医療圏をカバーするために開設されました。これまでパークやホテルでの急病や怪我は地域の医療機関に紹介や搬送を依頼する他なく、ゲストにはご不便をおかけし、また周辺の医療機関、地域の方にもご負担をかけていました。私たちはそうした状況を防ぎ、さらなるホスピタリティと医療の追究のために邁進する必要があります。私たちのミッションとデューティを果たしていくのです。院長の言葉にもありましたが、ゲストだけではなく、地域に住む方や従業員にも私たちの力を届けられるように、ぜひ皆さんのイマジネーションを膨らませて医療を必要とする方のためにお力を貸してください。よろしくお願いします」と言い、深々と頭を下げた。
この病院について、榛葉は事前情報と就職後の説明である程度理解していた。ディズニー記念病院は、浦安市舞浜に位置する三二〇床の総合病院で、外科、内科、小児科、救急科を擁する二次救急医療機関だ。ディズニーリゾートに直結しており、医療圏としてはディズニーリゾートにかかわる方や地域をフォローしつつ、浦安・市川を中心としたベイエリアをカバーしている。院内には専用の救急車や患者搬送用ヘリを完備し、今年度中にヘリの台数を増やすことを予定。看護師の教育システムとしては本社の教育システムを応用したバディシステムを採用し、診療看護師や院内救命士の雇用も積極的に行っている。提携している訪問看護ステーションや周辺の医療機関とも協力関係を築き、この地域の医療貢献に尽力しているとのことだった。
しかし、「イマジネーションかぁ」。三木看護部長の話を聞いて、榛葉はそう小さく呟き天井を見上げた。看護学校を卒業して臨床で経験を積んだ。教科書やマニュアルに沿った対応はできるようになったと思う。それではいけないのだろうか。看護にイマジネーションって、必要なんだろうか。
その後、各部門長の挨拶と病棟の師長の紹介があって入職式は終了し、新入職者はユニフォームの採寸、施設の案内、オリエンテーションのスケジュールを確認して解散となった。
(次回に続く)
「あなたがしているのは看護じゃなくて業務でしょ?」そう言われた榛葉(しんば)が、夢と魔法の国の病院で気づいたこととは……。もしもディズニーに病院があったら、そこではどんなケアが生まれるのか? それは、ディズニーでしかできないケアなのか? 新感覚の看護小説、ここに誕生!
定価:1,980円(税込)
刊行:2022年9月
ISBN:978-4-8404-7891-5
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