今回の事例



『手術してから落ち着きがなくなり、
廊下をウロウロするようになった』

70代男性。散歩中に転倒し、大腿骨頸部骨折の手術目的で入院となった。術後2日目に看護師が訪室した際、ベッドの周りに衣服や薬などが散乱していたものの、まったく気にするそぶりはなかった。また、看護師が話しかけている最中でも、たびたびテレビのほうに視線がそれる様子がみられた。さらには、話題が脱線しやすいかと思うと、ときに「えっ? 何の話でしたっけ?」などと聞き返すこともあった。その日の夕方ごろから落ち着きがなくなり、夜には部屋から出て廊下を歩き回るようになった。その姿を見た娘は、担当看護師に対して、「お父さんって、認知症になってしまったのでしょうか?」と尋ねた。なお、薬剤は特に投与されていない。



Q この患者さんで、考えられる疾患は次のうちどれか?



①認知症
②せん妄
③アカシジア





「解きかた」を解説します!




①認知症を疑う場合

認知症とせん妄は、似たような症状が多いため、正確に鑑別することが大切です。ただし、入院患者に興奮や徘徊などがみられた際、それが認知症の行動・心理症状(Behavioral Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)なのかせん妄によるものかによって、薬物治療やケアには大きな違いがないかもしれません。では、なぜ鑑別が必要なのでしょうか? それは、せん妄を誤って認知症と判断すると、治せるハズのせん妄を見逃してしまうことになるからです。

一般に、認知症は治らないことがほとんどですが、せん妄は身体疾患や薬剤などが原因であり、それらを取り除くことで回復が見込めます。そこで、認知症とせん妄を正確に鑑別することがきわめて重要で、もしよくわからない場合はせん妄の可能性を第一に考え、身体疾患の精査や薬剤の見直しを確実に行いましょう。

今回の事例の「夕方ごろから落ち着かない」といったエピソードは、BPSDでよくみられるため、認知症の可能性が十分考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

もしあなたが、患者さんの娘さんから「お父さんって、認知症になってしまったのでしょうか?」と尋ねられたら、どのように答えますか? 実はこの質問自体が、患者さんが認知症ではないことを教えてくれています。つまり、ふだんはしっかりされているお父さんだからこそ、娘さんは心配して尋ねているわけです。このように、今回の事例は急性の発症・経過であることから、認知症は否定的です。



②せん妄を疑う場合

せん妄では多彩な症状をみとめますが、最も頻度が高いのは注意障害です。医療者がせん妄を疑った際、まず見当識障害の有無を確認すると思うのですが、見当識障害はせん妄患者の約75%にみられる症状です。逆に言うと、せん妄患者の4人に1人は見当識が保たれているため、見当識障害がないから「せん妄なし」「せん妄改善」などと判断すると、せん妄患者の約25%を見逃すことになるのです。

今回の事例では、急性の発症・経過であることに加えて、注意障害を疑うエピソードが随所にみられているため、過活動型せん妄と考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

せん妄では、ほぼすべてのケースで注意障害がみられます。したがって、のようなエピソードがあれば注意障害と考えられるため、せん妄の可能性が高いと言えるでしょう。また、注意障害の有無を評価するには、「100から7を、順番に5回引いて下さい」という質問が有効です。もしこれに誤答するようであれば、せん妄と考えるようにしましょう。

 注意障害を疑うエピソード





③アカシジアを疑う場合

アカシジアとは、抗精神病薬【ハロペリドール(セレネース®)、リスペリドン(リスパダール®)など】や制吐薬【メトクロプラミド(プリンペラン®)、ドンペリドン(ナウゼリン®)など】の投与後にみられる副作用です。日本語で「静座不能症」と訳され、じっとできずにベッドの周りを歩き回るといった運動症状だけでなく、不安や焦燥感などの精神症状をみとめる場合があるため、せん妄と間違えられやすいことが知られています。

今回の事例では、「落ち着きがなくなる」「廊下を歩き回る」などのエピソードがみられることから、アカシジアの可能性が十分考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

アカシジアは原則として薬剤性のため、原因薬剤を特定できることがほとんどです。今回の事例では、特に投与薬はないため、アカシジアは否定的です。




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井上真一郎
新見公立大学 健康科学部 看護学科 教授




本記事は『YORi-SOU がんナーシング』2024年2号からの再掲載です。



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