夫婦2人、いつも一緒の暮らし
Nさんは80歳代の男性で、2型糖尿病とアルツハイマー型認知症、糖尿病性腎症第3期、心不全があります。奥さんも同じく80歳代で、2型糖尿病とアルツハイマー型認知症、脳梗塞の後遺症があります。夫婦2人暮らしです。
Nさん夫婦は、長年2人で自営業をしていました。2人は小学校からの幼なじみでもあり、仕事も、ご飯を食べるときも、歯磨きをするときも、寝る時間もいつも一緒の仲良し夫婦です。
Nさん夫婦には、それぞれ週1回、掃除や買いものを行うホームヘルパーが支援に入っていました。それでもNさんは、奥さんのベッドメイキングや食事の準備、着替え、洗濯、ポータブルトイレの掃除などを率先して行っていました。
X-1年、夫婦ともに認知症が進行して外来受診が中断となり、訪問診療に変更になりました。
インスリン注射導入と訪問看護の開始
X年8月、NさんのHbA1c が9.6%、奥さんのHbA1cは12.6%まで悪化したため、急遽訪問看護が開始となりました。Nさんは持効型溶解インスリン製剤を6単位、奥さんは持効型溶解インスリン製剤を10単位でインスリン注射導入となり、訪問看護と訪問診療が交互に入って、毎日のインスリン注射を支援していきました。
追い出されてもあきらめない
当初、Nさんは認知症の症状による易怒性が強く、他人を家に入れたくない気持ちが強くありました。訪問看護師を玄関で追い出すことも数回ありましたが、あきらめず訪問を続けていきました。次第に、訪問看護師のユニフォームのピンク色を視覚で覚えてくれるようなり、「おおーっ! ピンクレディー来たか!」と笑って出迎えてくれるようになっていきました。それからNさん夫婦は、インスリン注射の拒否もなく、すぐに注射を受け入れてくれるようになりました。
また、Nさんはよく訪問看護の約束の時間を忘れて「ほな、買いものに行ってくる」と言ってタクシーに乗り、出発していきました。そうなると、いつも奥さんと一緒に台所に座って、Nさんの帰りを待っていました。Nさんは、みかん7袋と宴会用の刺身2つ、コッペ蟹6匹、あずきアイス4箱など、たくさん購入して帰ってきました。台所にはあちこちに大好きなみかんが積まれていて、あたたかい空間をつくっていました。

夫婦の世界を知ることから
X年11月、NさんはHbA1c9.0%、カリウム5.3~6.1mEq/Lと高くなることがありました。Nさんが「先生はみかんを食べたらあかんと言うし、あんたら(看護師)はすこしなら食べてもよいと言うし、もうややこしいわ! こうなったら、母さん(奥さん)! 腹いっぱいにみかんを食べて、一緒に死のうな」と話すのに対して、無口な奥さんも「うん、お父さん、一緒に死のうな」という会話が続きました。
その後も、台所でNさんが「母さん、みかん搾ったらうまいで! 昔から、みかんを食べていたら絶対に風邪をひかへんからな!」と笑顔で話し、奥さんも「うん、お父さん、みかん搾って」と言って、2人は昔話を続けます。
これからも、Nさんが大好きなみかんを楽しく食べられるように、そして豊かに暮らしていけるように、応援していきますね。みかんの味覚の記憶は、Nさんをとてもなつかしい想い出の旅へといざないます。奥さんの想い出も一緒に乗せて……。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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