本連載は対人関係に悩みを抱える看護師が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りします。私が現場の看護師から受ける相談をもとに、一緒に考えていきます。今回のテーマは、「私だけ無視をする先輩」です。

無視され続ける場合は、周りに相談して対応を求める

看護師は人間を相手にする仕事ですから、患者やその家族はもちろん、多くの医療スタッフとの関係が良くなければ仕事は成り立ちません。なかでもより良い関係を保つ必要性が高いのは、同僚である看護師だと思います。

このため、職場に自分を無視する先輩がいると大変困ったことになります。そんな先輩でもかかわらなければならない場面はあるので、仕事はとてもやりにくくなります。もし先輩から一切の反応がなく、無視され続けるのであれば上司に迷わず報告し、職場の相談担当者などに対応を求めてください。また、看護師向けの公的な相談ダイヤル・窓口も多数あります。1人で悩むことなく行動してください。無視(ネグレクト)は暴力です。悪質なふるまいには、毅然と対応する必要があります。

「苦手な相手と距離を縮めたくない」が無視する目的

一方、そこまでは至らないけれど「無視をする先輩」は、いろんな病院や多くの部署でよく耳にする事例でもあります。そこで、対人関係の視点から「無視」を考えてみます。

仮に先輩がすべての人を無視していれば、当然チームワークは破綻し、先輩は働き続けることができません。おそらく先輩には距離感の近い人もおり、かなり親密な関係に見えると思います。あなたを無視する態度とは正反対な様子にいっそう不愉快になるのではないでしょうか。

そうであれば、「私だけ無視をする」ことに何か目的があると考えます。何らかの理由で先輩はあなたのことが苦手になり、無視している可能性があります。理不尽に無視されれば、苦手意識から先輩とかかわる頻度は減ります。こうして無視をしていれば、先輩は苦手なあなたとかかわらなくてよくなります。わざわざ苦手な人との距離を縮めるのは、大変な労力です。つまり「あなたとの距離を縮めない」ことが、無視をする先輩の目的だと思います。

相手を敵だと認識すると、互いの存在を否定しはじめる

ただ、どんな理由であれ、あなたを苦手に思うのは先輩の問題であり、あなたの課題ではありません。「何か気に障ることをしたのではないか、自分が悪いのではないか」と自分を責める必要はありません。

なお、一方では親密そうな関係をもちながら、他方では無視するという先輩の対人関係は不健全です。一見親密そうに見える関係も、じつは粘着質で依存的なものであると予想します。もしかしたらその先輩は「ベタベタするか、ネグレクトするか」が、人間関係だと勘違いしているのではないでしょうか。この場合、親密そうにしている人でも自分に都合が悪くなった瞬間、無視するようになると思われます。

振れ幅の極端な対人関係しかもてない先輩はとても生きづらく、じつは相当困っているといえます。現在、先輩は「すこし(あなたのことが)苦手だから、できればかかわりたくないな。多分相手も私のことが苦手だろうし、かかわって傷つきたくないな」という気持ちである可能性が高いです。これは、今のあなたも同じような心情ではないでしょうか。しかしこのままお互いを避け続けていては、仕事上困ることが増えます。さらに、すれ違いから生まれる不愉快な感情が積み重なり、いずれ相手を敵だと認識します。一度、「あの人は敵だ」と思い込めば、すべての言動が自分の批判に感じます。それは簡単にエスカレートし、互いの存在を否定することにつながります。

無視を責めるより関係悪化を防ぐ方法を考えるほうが建設的

このため、「私だけ無視されている」と感じたときはいったん冷静になり、慎重に対応したほうが賢明です。もしかしたらあなたの声かけに先輩が小さく返事をしていたり、わずかに頷いていたりということもありえます。望ましいのは、気持ちいい明確な言葉での返事です。しかし、先輩にとってそれは精いっぱいの返答であり、無視ではない可能性もあるのです。

それを無視したと責めたり、不満を同僚に漏らしたりすれば、あとは不毛な戦いに突入です。絶対わかり合えない「生理的に苦手な人」が完成します。ここからの対人関係の改善はとても難しくなります。今後も先輩と一緒に仕事を続けることを想定すると、関係を悪くさせない方法を考えるほうが建設的です。それに気付いたのなら、自分ができることは何かを考え行動します。

仕事の遂行に支障がない距離感で、必要なときのみかかわる

今、提案できるのは、「たとえ無視されたと『感じて』も、仕事で必要なときのみかかわる」です。ただこれだけで、私はすこしずつ先輩との距離が適切に変わると考えます。

ここで重要なのは、適切な距離を見誤らないことです。関係を悪くさせない方法が、「距離を縮めて仲良くする」とは限りません。あなたと先輩は、あくまで「仕事の関係者」です。友人、ましてパートナーや家族ではありません。仲良くする必要はないのです。他の人と同じような「親密そう」な関係を目指してはいけません。それでは、先輩の不健全な対人関係に振り回されてしまいます。

私は「仕事を遂行するのに支障がないこと」が、適切な距離の目安と考えます。先輩とはただ「一緒に仕事をする」関係でかまいません。限られた時間のなかで、先輩と仕事をするのはごくわずかです。その時間をどう過ごすかは、そう難しくありません。仕事には共通の目的が存在するからです。友人やパートナーとの関係に比べれば、とても平易な課題です。

少なくとも自分が敵ではないことが伝われば、先輩の警戒心は次第に薄れていきます。そして距離を遠ざける必要がなくなれば、「私だけ無視をする」必要はなくなります。その後も適切な距離を保ってかかわれば、お互い仕事上困らなくてよい関係は築けます。「ベタベタするか、ネグレクトするか」しか知らない先輩が、ベタベタしなくても一緒に仕事ができることに気付き、他者との適切な距離を知る可能性は十分あります。あなたの対人関係は、きっとよくなります。

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小林雄一
看護師。1979年 広島県生まれ。脳卒中リハビリテーション看護認定看護師。
認定看護師・看護管理者としての実践・指導・教育と並行して、執筆・講義活動をしている。JA尾道総合病院 科長。現在、脳神経外科病棟科長。日本脳神経看護研究学会 評議員、一般社団法人 広島県リハビリケア協会 理事。
施設内外で看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、独自の面談活動・セミナーを行っている。



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