忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
「みんな優しい」のに、なぜか言えない
ナースちゃん:
先生、ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど。
先生:
珍しく深刻そうだね。どうしたの?
ナースちゃん:
私、このコーナではわりといつも深刻そうにしてると思うんですけど。まあいいです。うちの病棟って、先輩たちみんな優しいんですよ。怒鳴る人もいないし、新人いびりもない。恵まれてるなって思ってるんです。……思ってるんですけど。
先生:
けど?
ナースちゃん:
この前、先輩の投薬手順でちょっと「あれ?」って思うことがあって。でも、みんなスルーしてたんで、空気を悪くするのもなと思っちゃって。結局、私も何も言わずスルーしてしまいました。でもずっと、本当に良かったのかなって、もやもやしてるんです……。
先生:
それ、すごく大事な話だね。「優しい職場」あるあるだよね。
ナースちゃん:
え、あるあるなんですか? うちだけの問題じゃなくて?
先生:
全然珍しくないよ。みんな優しい、雰囲気もいい、でもなぜか疑問や反対意見を口に出しにくい。これ「心理的安全性」の概念で説明がつくんだ。
心理的安全性は「優しさ」じゃない
ナースちゃん:
心理的安全性! 知ってます! 最近よく聞くやつですよね。要するに、みんなが安心できる優しい職場ってことでしょ?
先生:
違うんだな、これが。
ナースちゃん:
なんですか、そのどや顔は。ほうれい線浮いてますよ。
先生:
ハーバード大学のEdmondsonっていう先生が提唱した概念なんだけど、定義は「対人リスクを取っても罰されないと感じられる、チームの共有信念」。つまり、「おかしい」と思ったことを口にしても大丈夫だと感じられるかどうか、なんだよ。
ナースちゃん:
ん? 「おかしい」と口にするって、それむしろ空気壊す側のやつですよね。言われた側からしたら、心理的に安全じゃないんじゃないですか?
先生:
そこが日本でよく勘違いされている、間違いやすいポイントなんだ! まず分かって欲しいのは、心理的安全性が高い職場っていうのは、波風が立たない職場じゃなくて、波風を立てても大丈夫な職場のことなんだ。
ナースちゃん:
ちょっと待ってください。その定義だと、空気を読んで指摘を控えてるうちの病棟って――。
先生:
「優しい」けど、「心理的安全性は低い」職場かもしれないってことだね。Leeら(2023)の看護師を対象にした研究で面白い結果があってね。心理的安全性は、発言を増やす効果よりも沈黙を減らす効果のほうが大きいんだ。
ナースちゃん:
黙らせないってことですか? いやいや、誰も「黙れ」なんて言ってませんよ。だって皆、本当に優しいんですから。
先生:
言葉では言ってなくても、空気が言ってるんだよ。「波風立てないで」「みんな仲良く、足並みをそろえよう」ってね。
「優しい職場」と「心理的安全性が高い職場」の違い
(タップして拡大↑)
「仲良しクラブ」は心理的安全性の敵
ナースちゃん:
でも先生、さすがにそれは日本の常識から外れてますよ! 仲良きことは美しきかな。日本人はね、和を以て貴しとなすんですよ。ギスギスした職場よりずっとマシじゃないですか!
先生:
もちろん。でもね、表面的な「仲良し」がいつも良いとは限らないんだよ。むしろ、仲良しクラブは心理的安全性の敵にすらなり得る。
ナースちゃん:
敵!? 先生、さては炎上させてバズらせようって肚ですね!
先生:
まあまあ、落ち着いて考えてみて。「みんな仲良し」だと、空気を壊したくないから問題に気づいても指摘できなくなる。「この人に嫌われたくない」って個人的な関係性が優先されると、患者さんの安全が後回しになるんだ。Choら(2023)の867名の病院看護師を対象にした調査では、心理的安全性が高い環境にいる看護師は、患者安全の評価が有意に高かったんだよ。
ナースちゃん:
……つまり私があの時黙ったのって、先輩との関係を守るために患者さんの安全を後回しにしたってことですか。
先生:
そうかもしれないね。でも、そこまで自分を責めなくていいよ。大事なのは、そういう構造に気づくことだからね。Leeら(2023)の別の研究では、心理的安全性がエラー報告の意図と正の関連を示している。逆に言えば、心理的安全性が低いと、「あれ?」と思っても報告しづらくなるってことだね。
ナースちゃん:
あ、それってつまり、「ミスは開示するけど、全部許してもらえる優しい職場」こそが、心理的に安全ってことですか? それなら分かる!
先生:
残念! それも違うんだな。
ナースちゃん:
マジかよ! もうなんにも分かんなくなってきましたよ!!
先生:
大丈夫、一緒にゆっくり考えていこう。心理的安全性のある環境は、「何をしても許される環境」じゃないんだよ。ミスを開示できる環境と、ミスを許容する環境は全然違うんだ。
心理的安全性 よくある誤解
(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
むむむ……。ミスを隠さなくていいけど、基準は高く保つ――ってことですか?
先生:
そういうこと! Leroyら(2012)の研究では、リーダーが「安全が大事だ」と言うだけじゃなくて、実際の行動でそれを示すことで、チームの心理的安全性と安全への優先度の両方が高まって、エラー報告が促進されるって結果が出ている。「安全を大事にしよう!」という言葉だけでミスが許されるんじゃなくって、ちゃんと安全へ向けた改善がなされないといけないってことだね。言行一致が大事なんだよ!
ナースちゃん:
言ってることとやってることが違うリーダー、確かにいますもんね……。「何でも言ってね」って言うくせに、言ったらめちゃくちゃ嫌な顔するとか、組織ぐるみでミスを隠蔽しようとするとか。
先生:
あはは、それは典型的な心理的安全性を破壊するパターンだね。
明日のカンファレンスからできる3つのこと
先生:
じゃあ最後に、明日からできることを3つにまとめよう。リーダーじゃなくてもできることだよ。ひとつ目、「ちょっと気になったんですけど」を口癖にすること。指摘じゃなくて疑問として出すんだ。相手を否定しない形で違和感を伝えられるよ。
ナースちゃん:
あ、それなら言えそう。「それ間違ってます」だと角が立つけど、「ちょっと気になった」なら。
先生:
ふたつ目、誰かが指摘してくれたら「ありがとう」と言うこと。指摘は攻撃じゃなくて貢献だっていう空気を、自分から作るんだ。
ナースちゃん:
リーダーじゃなくても空気って作れるんですね。それに、自分から「ありがとう」っていうことで、自分の気持ちもちょっと楽になる気がする!
先生:
みっつ目、自分のミスを先に開示すること。「私もこれ間違えました」って先に言うだけで、敷居がぐっと下がる。完璧じゃなくていいんだよっていう空気を自分から作るんだ。Leeら(2021)の研究でも、こういう包摂的な行動が心理的安全性を高めて、チーム全体の発言行動とエラー報告を促進することが示されているよ。
今日からできる「心理的安全性」3つの行動
(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
要するに、空気を読まない勇気ってことですか。
先生:
もう一歩踏み込んで、読んだ上で、患者さんのためにあえて壊すのが大事かもね!
ナースちゃん:
かっこいいこと言いますね、先生。よーし、さっそく今日からやってみよう。あ、先生、『ちょっと気になってたんですけど』、いつも説明長すぎないですか?
先生:
……『ありがとう』。オタク特有の早口、治せるよう頑張ります……。
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【参考文献】
1)Lee S, et al. Voice, silence, perceived impact, psychological safety, and burnout among nurses: A structural equation modeling analysis. Int J Nurs Stud. 2023.
https://doi.org/10.1016/j.ijnurstu.2023.104669
2)Cho H, et al. Psychological safety, communication openness, nurse job outcomes, and patient safety in hospital nurses. Res Nurs Health. 2023. https://doi.org/10.1002/nur.22327
3)Lee E, et al. Testing the association between the enabling and enacting factors of patient safety culture and patient safety: structural equation modelling. BMC Nursing. 2023.
https://doi.org/10.1186/s12912-023-01196-x
4)Lee S, et al. Psychological safety as a mediator of the relationship between inclusive leadership and nurse voice behaviors and error reporting. J Nurs Scholarsh. 2021.
https://doi.org/10.1111/JNU.12689
5)Leroy H, et al. Behavioral integrity for safety, priority of safety, psychological safety, and patient safety: a team-level study. J Appl Psychol. 2012. https://doi.org/10.1037/A0030076
University of Technology Sydney, St Vincent's Hospital Sydney
Visiting Scholar
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。現在はオーストラリア・シドニーで、緩和ケアの質改善や教育に関する研究に携わっています。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
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患者対応に差がつく魔法の緩和ケア 第1回スペシャルトーク!
共感ってなに!?
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もう「何もできない」とは言わせない! 口内炎ケアで看護師ができることまとめ
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