忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
酸素濃度は正常なのに息苦しい、と患者さんに言われたとき、看護師ができることは酸素投与だけではありません。顔に風を当てる、前かがみになる、吐く息を長くする。酸素を投与しても楽にならない理由と、うちわ1本から始める呼吸困難の緩和ケアをまとめます。
酸素濃度は正常なのに「息苦しい」と言われたら
酸素濃度は正常なのに息苦しい(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
先生、また一般病棟の同期から、仕事帰りに電話が来まして。
先生:
お、今回はなんだったの?
ナースちゃん:
受け持ち患者さん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)と肺がんのある70代の男性だったそうです。室内気で SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)は93%。基礎疾患があるので、これは普段の数値と大きく変わらなかったそうです。指示は「SpO2 90%未満で酸素開始」。なのに本人は、「息がどこか苦しい」と。前にCO2ナルコーシスをおこした方で、酸素投与には病棟も本人も慎重。そもそも指示の範囲外でつけられない。夜も付き添う奥さんは、「何かしてあげたいのに」って手を握るしかなくて。
先生:
それで、同期さんは?
ナースちゃん:
「酸素が使えないと、もう手がないんだよね。緩和ケア病棟ならどうしてる?」って聞かれて、「うちわで扇ぐとか」って答えたら、「うちわ? なにそれ?」って。そこで止まりました。うちの病棟だと毎日やってるのに、なんで楽になるのって聞かれたら、当たり前にやっていることの理由が一言も出てこなかったんです。
先生:
それは悔しかったね。じゃあ今日は、なんでうちわが有効なのかちゃんと解説してみよう。
SpO2 が正常でも息苦しいのは酸素不足のせい?
ナースちゃん:
でもその前に、そもそも苦しいのは酸素が足りないからですよね? 普段と変わらない93%でも、本人には足りてないってことじゃないんですか。
先生:
んー、その感覚は自然だよね。安静時にも低酸素血症がある人には、酸素を吸うことがガイドラインで提案されているしね1)。ただ、同期さんの患者さんは、酸素なしで普段と変わらない93%だったわけだよね。こういった息苦しさに酸素を入れたらどうなるか、調べた研究があるんだよ。
酸素吸入を増やしても呼吸困難が楽にならない理由
先生:
こういう研究があってね2)。安静時に低酸素血症はないのに息苦しい患者さんを239人集めたんだ。多くは COPD で、肺がんの人もいたよ。くじ引きで2つに分けて、片方には鼻のカニュラから酸素を、もう片方には同じ機械からただの空気を、7日間流した。すると、息苦しさはどちらの群も同じくらい楽になって、酸素と空気で差は見られなかったんだよ。
ナースちゃん:
えっ、同じくらい!? 空気の群って、何が効いたんですか。
先生:
それがはっきりしないんだ。カニュラの風が鼻に当たっていたからかもしれない、という説明はあるけどね2)。ガイドラインも、こういう人には安静時と睡眠時の酸素は行わないことを提案しているよ1)。息苦しさは感覚なんだ。痛みと同じで、SpO2 の数字とは必ずしも一致しないんだよね。
ナースちゃん:
で。それ、うちわと何の関係が?
先生:
ここからがうちわの話。日本の緩和ケア病棟の研究があってね3)。SpO2 が90%以上で、安静時にも息苦しい進行がんの患者さん40人を2つに分けた。片方は顔に、もう片方は脚に、扇風機の風を5分間当てたんだ。
ナースちゃん:
脚! また当て馬の群が……。
先生:
脚の群はほとんど変わらなかったのに、顔に風を当てた群は、息苦しさの点数が1点以上下がった人が8割いた。5分でだよ。なんで顔かははっきりしてないんだけど、頬から口のまわりに分布している三叉神経や、鼻や口の粘膜が風で冷やされたり刺激されたりすると、呼吸のパターンが変わって息苦しさがやわらぐ、と考えられているんだ1)。カニュラの話とつながるよね。
ナースちゃん:
あー、なるほど! 私のうちわ、ちゃんと理由があったんですね。
呼吸困難を和らげる看護ケア:うちわ・姿勢・呼吸法
呼吸困難(息苦しさ)を増悪させる3つの悪循環と看護ケア
(タップして拡大↑)
先生:
息苦しさには、それを増悪させる3つの要素があると言われているんだ4)。息が苦しいときって、胸で速く息をしようとして首や肩周りの呼吸補助筋を使って呼吸をしてしまうんだ。走った後なんかにもみられる、「肩で息をする」っていう状態だね。これをすると、かえって疲れて苦しくなるんだよ。気持ちの面も大きくて、苦しさが不安を呼び、不安がまた苦しさを強める。それに、苦しくてあんまり動かなくなると、体力が落ちてまた苦しくなる。これら3つの要素が悪循環しているんだよね。
ナースちゃん:
それぞれが繋がって悪い方に行ってるんですね! これを断ち切るにはどうしたらいいんですか?
先生:
呼吸の苦しさには、まず風だよね。顔への送風は、ガイドラインで推奨されているんだ1)。研究では扇風機を使っているんだけど、隣に風が行くし感染対策のルールもあるから、病棟ではうちわで代わりにするのもいいね。
ナースちゃん:
阪神巨人戦でもらったうちわをいつもポケットに忍ばせてますよ。
先生:
姿勢を変えてみるのも効果があるよ。ベッドを起こして、オーバーテーブルに腕と上体をあずける前かがみが楽な人が多いね1)。ただ、楽な姿勢は人によって違うから、本人と相談しながら一緒に探してみてね。
ナースちゃん:
うちでは枕も置いたりしますね。肘をつくと肩の力が抜けるみたい。
先生:
それから呼吸法。鼻から吸って、口をすぼめて長く吐く呼吸。そばで「一緒にゆっくり吐きましょう」って一緒に吐いてあげる。不安も苦しさを強めるから、「そばにいますね」って、患者さんを一人にしないことも立派なケアだよ4)。
ナースちゃん:
でも先生、一般病棟の夜勤は受け持ち10人以上ですよ。ずっとそばにはいられませんって。
先生:
そんなときは、ご家族にうちわを渡してみて! 仕組みも伝えれば、「何かしてあげたい」ご家族がそこから先を担ってくれるはずだよ。あとは環境調整。室温と湿度を少し低めにするのは、緩和ケア病棟の看護師の間でよく行われていた工夫だったよ5)。
酸素濃度は正常なのに息苦しいときに看護師ができること
(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
なるほど。動くときに、なにかコツはありますか?
先生:
動く前に一度休む、トイレも着替えも一度に全部やらない。それと、動いたあとの息切れは、多くは休めば数分で落ち着くことを伝えておく6)。
ナースちゃん:
先が見えないのは不安だけど、楽になるって分かっていれば頑張れますからね!
先生:
最後に、酸素と薬について。酸素はもちろん試してもいいんだけど、この患者さんは CO2 が溜まったことがあるから、試すかは医師と一緒に決めるべきだね。一般に、CO2ナルコーシスの懸念がある患者さんの酸素飽和度は、95%を越えないようにするのが大事だよ。
ナースちゃん:
酸素投与しはじめると、つい90%台後半を狙って調整してしまいがちだから、注意しないとですね。
先生:
ただ、酸素投与は鼻や口が乾くし、チューブで動きにくくもなる。効果が出る患者さんは3日以内に実感が得られることが多いから、試すなら3日ほどで判定するようにしようね1)。薬は、がんの患者さんの息苦しさにはモルヒネがガイドラインで推奨されている1)。これももちろん、主治医に相談だね。モルヒネの話は第16回もぜひ復習してみてね。
ナースちゃん:
ところで先生、鼻や口の粘膜が冷えると楽になるって話なんですけど。私、夜勤明けに冷凍庫に顔を突っ込んで、立ったまま寝る癖があるんですよ。あれもそうですか。
先生:
それは単に暑いか、ナースちゃんの奇癖だと思うよ。
ナースちゃん:
冷食が溶けるんでやめたかったんですけど、私自身のケアになってるみたいなんで続けますよ!
【参考文献】
1) 日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会 編. 進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン 2023年版. 金原出版, 2023. https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=1390
2) Abernethy AP, McDonald CF, Frith PA, et al. Effect of palliative oxygen versus room air in relief of breathlessness in patients with refractory dyspnoea: a double-blind, randomised controlled trial. Lancet. 2010;376(9743):784-793. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2962424/
3) Kako J, Morita T, Yamaguchi T, et al. Fan Therapy Is Effective in Relieving Dyspnea in Patients With Terminally Ill Cancer: A Parallel-Arm, Randomized Controlled Trial. J Pain Symptom Manage. 2018;56(4):493-500. https://doi.org/10.1016/j.jpainsymman.2018.07.001
4) Spathis A, Booth S, Moffat C, et al. The Breathing, Thinking, Functioning clinical model: a proposal to facilitate evidence-based breathlessness management in chronic respiratory disease. NPJ Prim Care Respir Med. 2017;27(1):27. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5435098/
5) Kako J, Morikawa M, Kajiwara K, Kobayashi M, Kanno Y, Nakano K, Matsuda Y. Nursing Practices for Dyspnea Management in Patients with Cancer Based on Monthly and Weekly Prognoses: A Multi-Site Cross-Sectional Study of Palliative Care Nurses in Japan. Palliat Med Rep. 2024;5(1):440-444. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11491572/
6) Hui D, Maddocks M, Johnson MJ, et al. Management of breathlessness in patients with cancer: ESMO Clinical Practice Guidelines. ESMO Open. 2020;5(6):e001038. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7733213/
悠翔会くらしケアクリニック練馬
東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野
University of Technology Sydney
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。東京で在宅緩和ケアをしながら、研究にも励んでいます。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
X:しくじり緩和ケア医@シドニー
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