忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
がんの人にかける言葉に、正解リストはありません。ポイントは言葉選びではなく、その一言の後に相手が弱音を言えるかどうか。「頑張って」が嬉しかったと言う患者さんもいます。大切なのは言葉そのものではなく、返ってきた反応のほうです。
がん患者さんにかける言葉が見つからず、「一緒に頑張りましょうね」と言ってしまった
ナースちゃん:
先生、私、やらかしました。転棟4日目の60代女性の患者さん、清拭の途中で、「私、もう……」ってなにかを言いかけたんです。
先生:
ふむふむ。それでナースちゃんは?
ナースちゃん:
これは重たい話だぞと、肩に力が入っちゃいました。で、私の口から飛び出したのが、「大丈夫ですよ! 一緒に頑張りましょうね!」でした。
先生:
あぁ……やっちゃったね。患者さんは、何て?
ナースちゃん:
「そうね」って、それきりです。翌日からなんか距離感があって……。Xでもうっかり「頑張れ」なんて言っちゃった日には、炎上して親の仇のように叩かれる昨今。患者さんに言っちゃった私、ホント緩和ケアナース失格ですよ……。
先生:
なるほどね。ナースちゃんは禁止ワードを言っちゃったから失敗したと思っているんだね。ところで、黙って続きを待つ手はなかったの?
ナースちゃん:
それができれば苦労しませんよ。沈黙は怖いし、続きが「死にたい」だったらどうしようって。励ますというより、患者さんを守るつもりの言葉だったんですよ……。
「頑張って」と言ってはいけない、は本当なのか?
先生:
守るつもりだった、というのはナースちゃんの本心だと思うよ! 実は、がん経験者に『嬉しかった』言葉を募った記事で、化学療法室の看護師さん達に「一緒に頑張りましょうね」と励まされて嬉しかったって体験談も寄せられてるんだよ1)。
ナースちゃん:
一言一句同じじゃないですか! 私の禁句、よそでは嬉しかった言葉なんですか!?
先生:
そうなんだよ。学術調査じゃない、自由投稿のアンケートなんだけどね。医療者が勝手に作っちゃってる禁句リストってのも、案外ケース・バイ・ケースなんだよね。
ナースちゃん:
それじゃあ、どうやって患者さんたちを傷つけないように言葉を選べばいいか、分からないじゃないですか! そもそも何で、同じ言葉なのにうちの患者さんはあれきり黙っちゃったんでしょうか?
励ましの言葉が逆効果になる仕組み|がん患者さんが弱音を言わなくなるとき
先生:
言葉が同じなら、犯人は言葉の外にいるんだよ。弱音を言いたいのに、周りが前向きだと言えなくなることってない? 研究の世界では、これを社会的制約と呼ぶんだ2)。
ナースちゃん:
わかる! 昔ランニングが職場で流行ったとき、私が楽しく走り始められるように、皆でこぞってあれこれやってくれたんですよ。そりゃ皆にとっては、ランニングは百益あって一害なしなのかもしれないですけどね。私は昼間から家でゴロゴロして、ビール片手に野球を見る自堕落な休日が好きなんですよ! でも、とてもそんなこと言い出せる空気じゃなくて……。流されて、結局2回しか履いてないランニングシューズまで買わされちゃいましたよ。
先生:
まあ、それを一緒くたにするかはおいておいて。例えば、がん体験者4,054人の実態調査で、「用事のない時は、横になっていることが多かった」と答えたある患者さんは、夫から「横になってばかりいないで起きているように言われたときは、心のもっていきどころがなくつらい思いをした」と告白しているんだよね3)。夫からしたら、もっとアクティブに活動しないと、余計体力が落ちてしまうんじゃないかという心配があったんだと思う。前向きに激励しようとしたんじゃないかな。
ナースちゃん:
でも、きついですよね。がん患者さんは倦怠感もとても強くなるから。好きで横になっているわけじゃないんですよ。それを前向きに激励されちゃったら、心の置き所が分からなくなっちゃいます。
先生:
まさに、その通りだと思うよ。この言えない状態は、30研究のメタ解析でも、抑うつや不安の強さと0.37、中等度の相関が報告されているよ2)。
ナースちゃん:
0.37って、打率だったら首位打者ですよ。
弱音を言えないと、どうなるのか
(タップして拡大↑)
先生:
さらに難しいことに、冷たい言葉をかけられたときだけじゃなく、善意や優しさをかけられた時にも、弱音が言えなくなることがあるんだよ。
ナースちゃん:
あー、なんかわかるかも。優しくされたときって、かえって言い返せないですもんね。
励ましたのに話してくれなくなる仕組み
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先生:
それにこういった言葉は、相手の状態で届き方が変わるのも厄介なんだ。手術前のがん患者さん101人に、支えをどれくらい受けていると感じるかを聞いた調査があるんだ。この調査では、患者さんたちを『後ろ向きな考えがぐるぐる回る傾向のある人・ない人』で分けたんだ。すると、後ろ向きに考える傾向が『ない人』たちで抑うつが低かったのは、なぐさめや励ましを受けたときではなくて、アドバイスや助言をうけたときだったんだ4)。
支えの届き方は、相手の状態で変わる
(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
もう分からん! 結局分かれ目はどこなんですか!?
先生:
勝負の分かれ目は、言葉の中身じゃなく、そのあとに相手が弱音を言える余地が残るかどうかなんだと思うよ。
ナースちゃん:
結局、「伝え方が全て」的な?
先生:
伝え方は大事だよね。でも他にも、転棟4日目でお互いをまだよく知らなかったことや、清拭の途中で傾聴が『ながら作業』になってしまっていたこと。それに場所だって、カーテン1枚向こうに同室の患者さんがいるような病室だったんでしょ。コミュニケーションって、そういう環境や状況も含めた総合的なものだと思うんだよね。
がんの人にかける言葉を選ぶより、言った後に相手が言葉を返せるかを見る
ナースちゃん:
なら、相手から弱音が返ってくるまで、毎日通えばいいってんですか?
先生:
んー、聞き出すのが目的じゃないんだよ。いつでも話していい、が伝われば十分だからね。「今は話したくない」も返事のうちなんだ。黙られたのは、必ずしも失敗じゃないんだよ。
ナースちゃん:
ぐぬぬ! 難しすぎる! 結局明日、私はなんて声をかければいいんですか? 具体案プリーズ!
先生:
そうだね……。私なら、「この間は話を途切れさせてしまって、すみませんでした。もしよかったら、続きを聞かせてくれませんか?」って、ストレートに言うかな。
ナースちゃん:
もちろん総室の病室じゃなくて、患者さんがリラックスして話せる状況で、ですよね。
先生:
その通りだね! 忙しい業務の中でそんな場所を見つけるのは難しいかもしれないけれど、例えば緩和ケア病棟なら、散歩や買い物に付き添ったりする時なんかがいいタイミングかもしれないね。
ナースちゃん:
なるほど。ホームランを狙うから、フルスイングになるんですよね。フォアボールでいいんですよ。向こうに塁に出てもらえれば、それで!
先生:
正直、なに言ってるのか分からないのに、半分くらいは合ってる気がするのがスゴいね!
ナースちゃん:
半分って五割じゃないですか。0.37で首位打者なんだから、五割なんて球史に残るやつですよ。よっしゃ、いっちょ振りかぶってくぞー!
先生:
あんまり構えすぎず、肩の力を抜いて患者さんをリラックスさせてあげてね。
【参考文献】
1)オンコロ. 「がん治療・療養中にかけられて嬉しかった言葉やエピソードを教えてください」オンコロ・ワンクエスチョン vol.72. 3Hメディソリューション株式会社, 2025年5月16日公開.
2)Adams RN, Winger JG, Mosher CE. A meta-analysis of the relationship between social constraints and distress in cancer patients. J Behav Med. 2015;38(2):294-305. doi:10.1007/s10865-014-9601-6
3)「がんの社会学」に関する研究グループ. 2013 がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査 報告書概要版「がんと向き合った4,054人の声」. 静岡県立静岡がんセンター, 2016(2020年7月一部改訂).
4)近藤三由希, 大川明子. 術前がん患者の反すう傾向と抑うつ・ソーシャルサポートとの関係に関する研究. 日本看護科学会誌. 2020;40:457-464. doi:10.5630/jans.40.457
悠翔会くらしケアクリニック練馬
東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野
University of Technology Sydney
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。東京で在宅緩和ケアをしながら、研究にも励んでいます。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
X:しくじり緩和ケア医@シドニー
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