新卒では看護師の仕事には就かず、農林大学校へ進学したまめこさん。コロナ禍に初めて病院で働きはじめ、それまで通っていた農林大学校を退学することを決意。2カ月ぶりに学校を訪れて寮の荷物整理を車に載せて実家に戻ってきました。看護師として仕事をしていく覚悟として退学届けを出してから初めての出勤日です。自分のなかで何かが変わっていないか不安もあります……

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あいさつ!あいさつ!

「あいさつは大事!当たり前でしょ」と言われても、他のことに注意がいくと意識が逸れ、タイミングを見失い言えないことがあります。あいさつの大切さがいま一つわかっていないことも上手くできない要因の一つだと思います。

自分自身のなかであいさつが必要なことが腑に落ちていたら、適正なタイミングや声の大きさ、トーンなどもわかるのでしょうが、21歳になってもよくわかっていません。

家にいるほうがあからさまにASD(自閉スペクトラム症)が出ています。母に「おはよう」と言ったことはありません。その「おはよう」が何を意味するかわからないからです。しかし、母は毎日「おはよう」と私に言います。強要はしてこないので、助かっています。

相手の視線が……

自転車を停め病院に入り更衣室に向かう廊下では「あいさつ!あいさつ!」と頭の中で反芻させます。

(すれ違う人にはあいさつ!)

言わなければいけないのはわかっているのですが、あいさつすると相手の視線がこちらにくることが嫌過ぎて小走りで通り過ぎたくなります。

人の視線がとても苦手なのです。
だからしたくないあいさつをして視線がこちらにくるのは最悪中の最悪。

しなくてはいけない。
でも、したくない!!!!!

頭の中で、赤ちゃんの私が転がりながら泣き喚いてます。やだ!やだ!やだ!

そんな私に「生意気な新人と思われないためにもしないといけないんだよ!!」と言い聞かせます。

「私はあいさつするけど、みんな無視してくれよな」と思いながら、すれ違う人にあいさつしていきます。あいさつして無視される分には私には非がなく、視線もこちらにくることもなく、好都合なのです(一般的には無視されたら凹むらしいですが)。

スタンダードに合わせる

近くで誰かが着替えていませんようにと願いながら更衣室のドアを開けます。

私が更衣室に着くのが比較的遅いのか、いつもだいたい空いています。今日も人がいなくて安心しました。

農林大学校に退学届を出したことによって、何かが変わってしまうような気がして、服を脱ぐ動作が遅くなります。本当にこれでよかったのだろうか。いきなり人生が終わったりなんてしないよね……。

ナース服を着た自分を鏡で見ます。次の勤務もこうしてナース服を着られているのかな。「看護師」というワードにも、ナース服に腕を通すことにも嗚咽していたころに比べたら、前には進んでる。

だから、きっと大丈夫。

髪の毛が乱れてないか確認して、更衣室を出ました。


エレベーターに乗ればすぐに病棟に着きますが、待っているあいだに誰かが来ていっしょに乗るのは想像するだけで緊張して心臓が喉から出そうです。

普通の人はエレベーターの中がぎゅうぎゅうでない限り不安や圧迫感を感じることはないと思います。ですが、私は感覚過敏があるためエレベーターに乗っているのが数人でさえも不快感が強いのです。加えて閉所恐怖症のところがあるので、さらに厳しい空間です。

なので、誰にも会わないために階段を使います。黙々と上りながらも頭の中では「あいさつ!あいさつ!」と反芻させ、病棟着いたときにあいさつすることを忘れないようにします。

農林大学校に退学届を出してきたのに、早々に嫌われるような振る舞いはしたくはありません。私の持つ「大丈夫かなセンサー」は定型発達者向けの社会において適切に作動しているかはわかりませんが、私のできる範囲での努力は精いっぱいやります。その範疇を超えてしまったら、もうお手上げです。

定型発達者はなぜこんなにもあいさつを大切にするかわからないなどの疑問にはここでは蓋をしておきます。とにかく定型発達者向けの社会、そして病院のスタンダードに合わせることに集中します。

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プロフィール:まめこ
5年一貫の看護高校卒業後、林業学校に進学。現在は、病院と皮膚科クリニック のダブルワークをしながら、発達障害を持っていても負担なく働ける方法を模索中。ひなたぼっこが大好きで、天気がいい日はベランダでご飯を食べる。ちょっとした自慢はメリル・ストリープと握手したことがあること。最果タヒ著『君の言い訳は、最高の芸術』が好きな人はソウルメイトだと思ってる。ゴッホとモネが好き。夜中に食べる納豆ごはんは最強。