農林大学校に退学届の提出や寮の荷物整理に向かう電車の中でこれまでの学校生活を思い起こしています。森林管理学、測量学、樹木医学、鳥獣対策論、きのこ栽培論、簿記などを学ぶ座学では、看護学校時代と比べて授業のスピードが遅くがっかりしました。テスト前に少し勉強すれば点が取れます。ですが、知ってる基礎知識の量が違うため、高校時代から農業や林業を学んでいるクラスメイトに全教科で勝てるわけではありませんでした。心の療養目的で進学していることもあって、がんばり過ぎないことをがんばるのも目標です。でも、それは想像以上に難しくて……

▼バックナンバーを読む

初めての校外学習

午前中に座学をしたら、午後は校内で実習をします。
校内実習といっても、入学したての4月は刈り払い機やチェーンソーは使えないため、校内に生えてる邪魔な竹を切っていました(これはこれで楽しかったです)。

入学して2週間も経っていないころ、初めての校外実習がありました。植栽をしに行きます。

植栽は木の苗を植えていく作業です。みなさんが見るようなお店に並んでいる木材になるまで、地拵え→植栽→下刈→枝打ち→間伐→主伐→造材→搬出の工程があります。今回の実習ではこの過程の2番目に当たる植栽を行います。

入学したてで農業高校出身でもない私は、「植栽」と聞いてもなかなかピンと来ていませんでした。また、1日中外で作業することがどんなにきついかもこの時は理解していませんでした。作業するのは山です。作業する場所のギリギリまでバスで行けても、その先は自分たちで道具を持って登って行かなければなりません。このときはそのイメージもありませんでした。

好きな時間

実習の現場は学校からバスで1時間ほどです。私は朝に強いほうですが、この後の作業を考慮してバスで寝ていました。この時間がすごく好きでした。

すごく眠そうだったり、寝癖のままだったり、遅れそうになって走って来たクラスメイトが次々と乗り込んできて、いつもより少しウキウキした気持ちでそれぞれがしゃべったり、ご飯食べたり、寝たりしているこの時間が好きでした。

自由で、暖かくて、カオスな時間です。机に向かって淡々と勉強する時間が長かった私にとって、素敵な空間でした。

光がどんどん強くなって、車内の温度が上がって、揺れているバスの中で眠りに落ちていきます。

ずっとこのままバスが走ってくれればいいのに。
そう思うくらい好きだったんです。

私はお嬢さま?

寝ているうちに、気がついたら山の中にバスが入っていました。町から山の中に入ると、どんどん暗くなっていきます。たくさんの木が日光を遮って、ダークトーンな世界になります。

バスが行けるところまで行って止まると、荷物を出して準備をします。腰にナタを巻き、ヘルメットをかぶって安全靴を履きます。

鍬やスコップ、苗木などを分担して持ち、作業する場所まで登って行きます。斜面は整備されていないため、足の踏ん張ることも難しく滑りやすいです。安全靴を履いたことがない人はわからないと思いますが、つま先に鉄芯が入っているため、めちゃくちゃ重いです。初めて履いた日は、少し歩いただけで翌日に筋肉痛になったほどです(私の運動不足もあると思います……)。

作業する場所まで行くだけですでにヘトヘトです。山に登ることに慣れている先生は、「なんでそんなにもう疲れてるん」という顔でこちらを見ていました。60代の先生もいましたがまったく疲れた様子がなく、日ごろから山に登ったり狩猟解禁時期に狩猟をしている人は基礎体力が違うなと感じました。

これからやる作業の説明を聞きながら周りを見渡すと、作業する場所も少し傾斜があることがわかりました。病院は身体機能が低下した高齢者の方も安全に歩けるようフラットでバリアフリーな設計になっています。看護師が作業するときも安全な場所でできます。

しかし、林業は違いました。常に足場が良いところで作業ができるわけではありません。傾斜がある場所がほとんどで、使う道具も危険が伴うものばかりです。

なんとなく当たり前に思っていた「作業する場所は安全である」という常識が通用せず、絶対に安全と言えるわけではないけど、そのなかで注意しながらやらなくてはいけないということを強く意識しました。そして、そんな私の考えを見透かされたかのように、60代の先生には「都会のお嬢さまは鍬も使ったことがねえんか」と言われてしました。

使う機会がなかったんだよ!(笑)
畑を持っていない人間がどのタイミングで使うんだよ!(笑)

地域が違うと、こんなにも環境や経験してきたことが違うんだと感じました。私の地元では日常的に山に入ることも、鍬を使うこともないので、使えなくても変じゃないのです。

でも、ここでは扱えて当たり前。

すごく面白い。いままで経験してきたこととはまったく違うものに出会える。いままでの感覚がひっくり返るような経験ができるって、すごく尊いことだなと心が震えました。

農林大学校で過ごした1年は、それに気づくための時間だったのです。

▼バックナンバーを読む

プロフィール:まめこ
5年一貫の看護高校卒業後、林業学校に進学。現在は、病院と皮膚科クリニック のダブルワークをしながら、発達障害を持っていても負担なく働ける方法を模索中。ひなたぼっこが大好きで、天気がいい日はベランダでご飯を食べる。ちょっとした自慢はメリル・ストリープと握手したことがあること。最果タヒ著『君の言い訳は、最高の芸術』が好きな人はソウルメイトだと思ってる。ゴッホとモネが好き。夜中に食べる納豆ごはんは最強。