地域ケアの現場では、ステークホルダー同士のコミュニケーション不足や情報共有の不足からくるリスクが課題となっています。長年、大阪府庁の行政機関で保健師として活動してきた髙橋 愛 先生は、困ったときは気軽に保健師を頼ってほしいと語ります。訪問看護における保健師の役割や、現場でのリスク管理とは何か、セミナーの聴きどころについてお伺いしました。




――最初に自己紹介も兼ねて、保健師が訪問看護においてどのような関わりをされているのか、その役割について教えてください。


まずは自己紹介になりますが、私自身は1994年から2021年までの28年間、大阪府庁という行政機関のなかで保健師として活動してきました。

ご存じの方も多いかもしれませんが、保健師というのは、看護のなかでも「公衆衛生看護」を担っています。都道府県といった行政機関の場合は、各保健所に所属していて、たとえば大阪府には現在9か所の保健所がありますが、それぞれが複数の市町村を広域的に担当しています。

保健師がおもに関わるのは、まず難病の患者さんです。特に神経筋難病などで在宅療養している方々ですね。

そして、母子保健の分野では「医療的ケア児」と呼ばれる、在宅で高度医療が必要なお子さんたちが対象になります。染色体異常や遺伝性疾患、筋ジストロフィー、原因不明の身体障害に知的障害を伴っていたりと、かなり重度なケースが多いので、保健所の保健師が継続的に関わっています。

あとは精神疾患ですね。かつては何十年も入院されている方も珍しくなかったのですが、ここ十数年で病院から離れて地域で暮らしていこうという流れが進み、「退院促進事業」なども活発に行われています。今は地域で生活する精神疾患の患者さんも多いので、保健師やケースワーカーが訪問し、支援を行っています。

感染症分野では、結核患者さんへの対応も保健師の仕事です。排菌のある方は数か月単位の長期入院になりますが、退院後も服薬支援や生活サポートが必要なので、そうした場合も必ず保健師が関わることになります。

このように難病、母子、精神、感染症といったさまざまな対象と関わるなかで、保健師は「地域の健康・医療・福祉のコーディネーター」の役割を担っていると考えていただけたらと思います。

訪問看護との違いで言うと、訪問看護師が「ご本人への直接的なケア」に注力されるのに対して、保健師はご家族や介護者も含めた「本人とその周囲の環境」を支援しているイメージでしょうか。医療行為そのものではなく、患者宅へ訪問し、生活実態を見て・思いを傾聴し、「どのような療養生活を送りたいか」を確認し、それに応じて医師・医療機関、関係機関との連携調整を行い、本人・ご家族の想いを汲んだ支援を行います。

また、訪問看護は定期的かつ日常的に入られるので回数は多いものの、時間やサービス内容に制限があり、ご本人のこと以外になかなか手が回りにくい。その点、保健師は必要に応じて訪問が可能なので、利用者さんのスキマ時間にちょっと顔を出すみたいな、そのような活動ができます。看護師との同行訪問ももちろん可能ですので、ぜひ電話一本、気軽にご連絡いただければと思います。

保健師をうまく活用することで、利用者さんやご家族にとってより満足度の高いケアが提供できますし、情報を共有することで、潜在的なリスクの早期発見・予防にもつながります。訪問看護とは異なる視点で関われる保健師を、ぜひご活用いただけたらと思います。

――今回のセミナーは「訪問看護でのリスク管理のノウハウ」がテーマですが、現場でのリスク管理にはどのようなものがあるのでしょうか?


事業所単位では、運営上・経営上の課題や、ヒヤリハット事例への対応、感染症対策、そして基本的な看護の質をきちんと保つという点などが、どの訪問看護ステーションでも共通する、一般的なリスク管理かと思います。

ただ、このあたりは皆さんすでに十分意識されていて、日々の業務のなかで実践されていると思いますので、今回のセミナーではそういった基本の部分ではなく、「地域のステークホルダーとの連携不足からくるリスク管理」に焦点を当てます

利用者さんやご家族が感じた不安や困りごとが、ちょっとしたすれ違いから大きなトラブルに発展してしまうことがあります。その多くは、看護技術の問題ではなく、コミュニケーション不足や情報共有の不足によるものです。

もちろん、個人情報やプライバシーの関係で慎重にならざるを得ない場面もありますが、何よりも目指したいのは、利用者さんとそのご家族が、できる限り住み慣れた自宅で、安心して、心地よく療養生活を送れるようにすることですよね。それって、訪問看護だけが頑張っても限界がありますし、逆に抱え込みすぎるとリスクも大きくなる。

ちょっとしたトラブルや行き違いがあっただけで、次の訪問がしづらくなってしまうことってありますよね。訪問看護もサービス業の側面があるので、関係がこじれてしまうと「もう別の業者に」とか、そんな話にまで発展してしまうこともあります。

実際、保健所に「今の訪問看護さんとは合わないので、変えてもらえませんか」なんて相談が来ることもあります。でも、よくよく聞いてみたら、「あの時言ったのに返事がなかった」とか、「話をちゃんと聞いてもらえなかった」とか、ちょっとしたコミュニケーションのズレが原因だったりするんですよね。

そういう時こそ、「なんかうまくいかなくて困ってるんだけど……」ぐらいでいいので、保健師に相談していただけたら、別の立場から改めて状況を確認したり、間に入って調整したりすることができます。このセミナーを通して「そんなことでも保健師に頼っていいんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。

――ちょっとしたことが膨らんで、後々の大きな負担につながることもあるんですね。では今回のセミナーの「聴きどころ」や、「受講することで解決できること」について教えていただけますか?


一番お伝えしたいのは、「地域ケアに関わるステークホルダーを知り、それを活用することで防げるリスクがある」ということです。

訪問看護の現場は本当に忙しいと思います。そのなかで、利用者さんやご家族が口にした小さな不安や訴えが、つい忘れられてしまうこともあるかもしれません。そうした小さな行き違いから、信頼関係にヒビが入ってしまうこともあります。これは、技術の問題というよりは、やっぱりコミュニケーションの部分が大きい。

今回は特に「保健師」にスポットを当てていますが、保健師と看護師って、もともとは同じ資格からスタートしている仲間です。専門用語や業務に対する理解も共通していて、言語のコミュニケーションが非常に取りやすい関係です。

訪問看護だけでは手が回らない部分も、保健師が入ることで補えることがあります。保健所の保健師は比較的フットワークも軽いですし、そういった「使える人材」「支えになる存在」が地域にちゃんといるということ、そしてそれをどう使えばうまくいくのかということを知っていただけたらと思います。

今後、2050年頃までは間違いなく、訪問看護のニーズって右肩上がりになるんですよね。これはもう明確で、裏を返せばそれだけ地域から期待されているということです。

訪問看護ステーションの役割も、この30年で本当に大きくなってきました。今では、地域ケアを支える第一線の機関という位置づけにもなっています。行政がどんどん縮小していっているなかで、訪問看護は逆に成熟してきた、そういうふうに私は捉えています。今は在宅における直接的なケアのほとんどが訪問看護に委ねられているような状況ですし、これからもどんどんニーズは広がっていくと思います。

だからこそ大切なのは、やはり「連携」です。利用者さんは基本的に自宅にいることが多いので、小さな不安や悩みにずっととらわれてしまう傾向があります。だから、時間が経つと「あれ? そんな話だったっけ?」というぐらい、本人のなかでどんどん大きく膨れ上がってしまうことがある。

そうなる前に、同じ利用者に関わるチーム員として、フットワークが軽くて課題を共有できる保健師と連携していくことが大事です。今、どこの訪問看護ステーションでも人材不足だと聞きます。だからこそ業務に対する理解も共通する保健師とうまく連携、活用してほしい。保健師も利用者さんに関わるチームの一員として現場に入っているので、頼ってもらえたら嬉しいです。

髙橋 愛
株式会社ビューティヘルスラボ Maria
大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 総合ヘルスプロモーション科学講座





ライブ配信(アーカイブ視聴付)
『知って得する! 訪問看護でのリスク管理のノウハウ』
配信日:7月30日(水)19時30分~20時50分


▼<プログラム>
※各セクションで関連事例を入れて解説する予定です。


1.地域におけるリスク管理とは
・なぜ、地域におけるリスク管理を学ぶ必要があるのか
・地域のステークホルダーとの連携の必要性
・利用者(患者)・事業所・個人を守るためのリスク管理

2.在宅で自分らしく療養するために
・利用者(患者)のニーズとリスク
・家族のニーズとリスク

3.多様な疾病、年代、対象者の違いによるリスクを知る
・障がい・先天性疾患をもつ子どもの生活・療養上のリスク
・精神疾患患者の生活・療養上のリスク
・高齢期患者の生活・療養上のリスク

4.地域のステークホルダーとの連携によるリスク管理
・なぜ、地域連携・多職種連携が必要なのか
・地域のステークホルダーを活用して安定経営の担保とする
・行政の役割を知ること・関わることでのリスク管理
・知っておくこと・備えておくことから始まるリスク管理

5.質疑応答
皆さまの質問に回答いたします。
※ZoomのQ&Aボタンよりご質問いただけます。