手話通訳でよどみない会話を
ろう者の医療面接では手話通訳者が立ち会うことがあります。手話通訳者は、手話のできない医療者の日本語を日本手話に通訳してろう者に、反対にろう者の日本手話を日本語に通訳して医療者に伝えます。手話通訳があると、筆談に比べてリアルタイムに近い早さで会話が進みます。
なお、手話通訳の資格は、数年間かけて手話通訳者養成講座を修了後に手話通訳者全国統一試験に合格した「(狭義の)手話通訳者」と、手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)に合格した「手話通訳士」があります1)。いずれも難関で、試験に合格した資格登録者は手話通訳のエキスパートといえるでしょう。
ろう者あるある 手話通訳時の注意事項
手話通訳者がいるときの注意事項がいくつかあります。前回は、医療面接時に避けるべき手話通訳者の位置取りについてお話しました(#006“手話通訳は見やすい位置で)。
今回お伝えするのはもっと重要です。誰もがしがちで、しかし一番してはいけないのはなにか。それは「手話通訳者だけに話しかけること」。通訳者ばかりに話しかけ、自分の方をちっとも向いてもくれないというのは「ろう者あるある」だそうです。
健康問題はその人にとって非常に重要です。それなのに自分のいないところで話が進むのはとても怖いですよね。医療面接の主役はあくまでろうの患者さん。手話通訳者は脇役で、会話の中心は患者さんご本人であるべきです。
“Nothing About Us Without Us”
障害者の間で使われているスローガンに“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)というものがあります。この考えは国連で障害者の権利に関する条約が作られたときにも重視されました2)。診療時にも当てはまる、とても大切な言葉です。
もちろん聴者の患者さんの場合でも、本人抜きに診療してはいけません。たとえば「高齢患者のご本人ではなくご家族へだけ説明する」「患児にわかるように話さず保護者にだけ説明する」「外国人患者であるご本人の方は見ずに通訳者にだけ説明する」などです。
どれもときに見かける光景ですが、好ましい対応とは言えず、普段から誰に対しても気をつけなければなりません。
あくまで通訳者、あくまで他人
手話通訳者関連の注意事項をもう少しお話します。手話通訳者は、あくまで通訳者。医療のプロではありません。病気の背景知識には詳しくありませんので、専門用語は避けて、わかりやすい言葉で伝えましょう。通訳者自身がわからないことは当然、通訳できないのですから。
また、手話通訳者はあくまで他人。健康問題というデリケートでプライバシーに関わる内容を、通訳者とはいえ他人にそのまま伝えてよいか考えたことはあるでしょうか。
業務で医療通訳に来ている手話通訳者であれば、そのあたりは同意済みでしょう。しかしご家族や知人、ボランティアが通訳として同席している場合は特に注意が必要です。家族には知られたくない病名や予後もありますよね。話の内容によってはそのまま会話を続けてよいか確認しましょう。
医療に特有 手話通訳にかかる過度な負担
最後にもうひとつ。病院では悪いニュース、つまりがんの告知や死の宣告をしなければならない場面があります。重い病状の告知は受ける側のみならず、告知する側にも大きなストレスです。告知は普通、看護師でも行いません。
医療の手話通訳では、残酷でショッキングな内容を手話通訳者にも一旦受け止めてもらい、さらにそれを通訳者の口や手から告知してもらわなければなりません。手話通訳者には、告知する側と告知される側の二重の負担がのしかかります。それも、同時に、です。
通訳してもらう酷なその内容が、ろうの患者さんのみならず、手話通訳者も傷つけてはいないでしょうか。告知の内容や重み、負担に耐えられているでしょうか。ケアする相手は目の前に二人います。両者の反応をみながら対応できるようになれば、あなたの看護力・診療力はさらにレベルアップするでしょう。
まとめ
〇筆談よりもリアルタイムで話せるのが手話通訳。
〇(狭義の)手話通訳者や手話通訳士は難関を突破したエキスパート。
〇医療面接の主役はろうの患者さん。手話通訳者だけに話しかけてはいけない。
〇手話通訳者にも配慮する。
第7回は以上です。
次回以降も「手話と医療、ろう者に関するハッとするような常識・非常識」「日常では気づきにくいが、気づかなければいけなかったこと」などを取り上げていきたいと思います。
明日からとは言わず、必ず今日から誰かの役に立つ内容です。是非シリーズを最後までご覧になってください。
※本内容はすべてのろう者、聴覚障害者やそのご関係者にあてはまるものではありません。
※手話表現には、地域差、個人差があります。ご自身の周囲の手話表現を大切にしてください。
※特に断りのない限り、本記事内では「手話通訳者」という用語を「手話通訳の資格のある人」という狭義ではなく、「手話通訳をしている人」という広義で用いています。
参考文献
1)木村晴美ほか.手話通訳者になろう.東京,白水社,2019,176p.
2)外務省 「障害者権利条約」パンフレット
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page25_000772.html
相澤病院 救急科 医長
中高生の頃にマンガ『ブラックジャック』と海外ドラマ『ER緊急救命室』に影響され医学部を受験するも不合格。1浪して東京慈恵会医科大学へ。その後は松本市の相澤病院で初期研修をして救急医になる。書籍『無名の医療者が医学書を出版するまでの道(メディカ出版)』『季節の救急 第2版(日本医事新報社)』などの単著を出版後、京都大学大学院で専門職学位課程(社会健康医学修士)を修了。コロナ禍に筆談でろう者を診療していたが、実はまるで通じていなかったとあとでわかり衝撃を受ける。今は手話と医療に関する本を出版したい。
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