筆談してもいいよ
本連載のタイトルは「ろう者と筆談してはいけない」。でも、「だからみなさん、手話を学びましょう」と結論付けるつもりはありません。もちろん興味が湧いたら手話を学べばいい。でも日本手話はただのジェスチャーや日本語の代替ではなく、そのものがひとつの言語(#001 ろう者と筆談してはいけない)。言語の習得に時間がかかるのは、みなさんも英語の勉強で思い知らされているはず(私だけ?)。医療面接ができる程度まで第二言語のレベルをすぐに上げるのは容易ではありません。
一方、手話がペラペラでなければろう者とコミュニケーションがとれないというわけではありません。シリーズのタイトルの手前、申し上げにくくはありますが、筆談は「アリ」です。ただしいくつか注意事項はあります。ここでは手話ができない医療者が、少しでも円滑にろう者とコミュニケーションできるよう、筆談で工夫できるポイントをまとめます。
理解度をこまめに確認
筆談する場合、相手の理解度をこまめに確認するようにしましょう。一文ごとでもいいですし、ある程度まとまった分量、一段落分くらいを目安にしてもいいでしょう。
伝わらなければ、原因は「内容が難しい/情報量が多い」「内容がショックで頭に残らない」「文章がわかりにくい」などがあります。
文章がわかりにくいせいで伝わっていないなら、もったいないです。改善案をお示ししますので、ひとつでも参考になれば幸いです。
自然な常用漢字で、ふりがなもつけてみる
漢字はできるだけ常用漢字にして、表外字は避けます。また、文字変換で出てくる難解な表記、たとえば「有難う御座います」は避け、「ありがとうございます」としましょう。漢字にふりがなを振るのもよいでしょう。
かんじをひとつもつかわずにすべてひらがなでかいてもよいですが、かえってよみにくくなるばあいもあります。もし ひらがなだけに するのなら このように スペースを いれると よみやすく なるでしょう。「分かち書き」と言い、一部の教科書や絵本などでも使われています。
言い回しを代えてみる
「内服薬」は「飲み薬」、「座薬」は「おしりにいれる薬」とするなど、専門用語を控え、別の言葉に置き換えてみましょう。「ろう者は具体的な表現が好き」だと述べた以前の記事もヒントになると思います(#004 8時15分前に来てと言ったのに)。
また、人によっては受動態(受け身)の文章や一部の言い回しはわかりにくいようです。「おいしいコーヒーは彼女によっていれられた」(受動態)は「彼女はおいしいコーヒーをいれた」(能動態)とするなど、受け身の表現を能動態にしてみましょう。
ほかにも「しなければならない」よりは「する必要がある」の方がわかりやすいようです。たとえば「手話の練習をしなければならない」を「手話の練習をする必要がある」などとしてみましょう。
紙とペンがなかったら
ベッドサイドなどで、もし手元に紙やペンがなければ、マスクを外して口型(口の動き)を見せましょう(#002 マスクは目隠し)。そして普段よりはっきり、ゆっくり口を動かせば、それだけで通じることもあります。また、単語レベルであれば、指で文字を大きく空書きする方法もあります。
自分なりの身ぶりや手ぶりを使ってみるのもいいかもしれません。なお、繰り返しますが、日本手話は言語で、身ぶりや手ぶりとは異なります。
次の一歩を踏み出そう
本シリーズをここまで読んでいただきありがとうございました。もし身近にろう者がいらしたり、これまで日本手話を系統的に学んだりした経験がなければ、シリーズを通して初めて見聞きする内容が多かったはずです。
聴覚障害は見た目から気づきにくい障害です。でも、気づいていないだけで、私たちの周囲に確実にいらっしゃいます。書籍『手話通訳者になろう』によると、聴覚障害者として障害者手帳を持つ人は約34万人(2019年時点)で、そのうち日常生活で手話を使っている人は約6.4万人であるといいます1)。
ろう文化や日本手話が身近であるとはまだ言えません。何事もまずは興味・関心を持つことが第一歩です。ここまで読んでくださったみなさんなら次の一歩も踏み出してくださるはず。
これからは、ろう者や聴覚障害者に関するニュースを見たり、本を読んだり、映画を観たりするのもよいでしょう。ご自分の住んでいる地域で手話を学べるところを探してみるのもよいでしょう。今回のシリーズで知った学びをご家族や知人に話してもよいでしょう。実際に行動していただけたらうれしいです。
今日の内容がどこかひとつでもみなさんや患者さんの診療でお役に立ちますように。どうもありがとうございました。
まとめ
〇筆談はしてもいい。ただし伝わるように工夫をする。
〇ろう者や聴覚障害者、ろう文化や日本手話について興味を広げ、周りの人と話してみる。
第8回は以上です。
これまで「手話と医療、ろう者に関するハッとするような常識・非常識」「日常では気づきにくいが、気づかなければいけなかったこと」などを取り上げてきました。
明日からとは言わず、必ず今日から誰かの役に立つ内容です。是非シリーズを通してご覧になってください。
※本内容はすべてのろう者、聴覚障害者やそのご関係者にあてはまるものではありません。
※手話表現には、地域差、個人差があります。ご自身の周囲の手話表現を大切にしてください。
参考文献
1)木村晴美ほか.手話通訳者になろう.東京,白水社,2019,176p.
相澤病院 救急科 医長
中高生の頃にマンガ『ブラックジャック』と海外ドラマ『ER緊急救命室』に影響され医学部を受験するも不合格。1浪して東京慈恵会医科大学へ。その後は松本市の相澤病院で初期研修をして救急医になる。書籍『無名の医療者が医学書を出版するまでの道(メディカ出版)』『季節の救急 第2版(日本医事新報社)』などの単著を出版後、京都大学大学院で専門職学位課程(社会健康医学修士)を修了。コロナ禍に筆談でろう者を診療していたが、実はまるで通じていなかったとあとでわかり衝撃を受ける。今は手話と医療に関する本を出版したい。
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