神奈川県立こども医療センター総合診療科 患者家族支援部長
はじめに
虐待は、見逃すと危ない子どもの疾患の1つです。整形外科では、身体的虐待の結果として骨折などで受診することがあります。
医療機関で子どもの虐待を見逃さないために、知っておくべき知識を身に付けましょう。
症例
◎3カ月男児
主訴:左手を動かさない
妊娠分娩歴/既往歴/家族歴:特記すべきものなし
現病歴:父と入浴中に子どもが左手を動かさないことに気付き、近位を受診した。X線撮影で右上腕骨骨折を認め【図1】、小児専門病院に搬送となった。専門病院にて全身骨撮影を行ったところ、肋骨骨折、下肢の骨折も見つかったため、虐待の疑いで院内虐待対応チーム(Child Protection Team:CPT)に連絡。協議のうえ、虐待の疑いで児童相談所に通告となった。
【図1】右上腕骨骨折のX 線像
病態
どのような場合に虐待を疑うか
家庭内でのけが、原因不明のけが、原因不明の消耗状態、“何か気になる子ども”をみたら虐待を疑いましょう1)【図2】。整形外科の外来・入院患者さんのなかには外傷や骨折の患者さんもいます。そうした患者さんでは「虐待によるものがないか?」「様子がおかしい子どもがいないか?」など、つねにアンテナを張っておきましょう。
【図2】このような子どもを見たら虐待を疑う
診断・検査方法
虐待が疑われるときの対応
虐待が疑われた症例では、骨折の有無を調べるためにX線撮影を行います。2歳以下のすべての子どもには全身骨撮影を行います。全身骨撮影では、全身を各パーツに分けて撮影を行います【表1】 。
2~5歳の子どもで身体的虐待が疑われる場合は、全身骨撮影を行います。5歳以上であれば、症状のある部位のみの撮影で大丈夫です。とくに乳児では骨折線が明らかでない骨折もあり、骨膜反応がでる10~14日後に再度全身骨撮影を行います2)。
本稿の症例のように、症状のある部位だけをみるのではなく、その骨折について虐待が疑われる場合には、全身骨撮影が必要です。
【表1】全身骨撮影
パーツごとに全身の骨の評価を行う。
虐待が疑われる1歳未満の乳児は、2週間程度時間をおいて再度全身骨撮影を行う。
骨折のなかには虐待が疑われる骨折とそうでない骨折があります。虐待に特異的な骨折を【表2】に示します。みずから移動できない子どもに骨折がある場合は、虐待を第一に考えます。
【表2】特異性による骨折の分類
通告
虐待を疑ったら、早めに通告しましょう。児童虐待の防止等に関する法律第6条には、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに~中略~通告しなければならない」と記載されています。
「虐待であってほしくない」「あんな親が虐待をするはずがない」。そんなことを考えがちです。児童相談所に通告したら、親への裏切り行為と考える人もいるかもしれません。しかし、通告は閉じた家庭内で進行した家庭機能不全を地域に開き、支援を開始するための治療行為です。判断に迷う場合は、子どもの安全を第一に考えて行動してください。
CPTとは
虐待対応は個人ではなく、チームで対応しましょう。みなさんの病院にもCPTの設置があるかもしれません。とくに臓器移植を対象とする医療機関では設置が義務となっています。
予後のポイント
それってトラウマかも?
落ち着きがなく反抗的で、場合により引きこもってぼーっとしている子どもをみたことがないでしょうか。虐待を受けてきた子どものなかには、このようなトラウマ反応を示す子どもがいます【表3】 。
【表3】トラウマの症状
トラウマとは圧倒的な体験によって、トラウマ記憶という特殊なメモリーネットワークが生じ、トラウマを受けたときの五感、感情、認知、思考がまるで冷凍保存されたように残ってしまうものです。医療者や支援者が行う行為が再びトラウマ化を起こし、攻撃的な言動や反抗的な行動をとってしまうことがあります。そのため医療者や支援者はトラウマに配慮した対応が必要です3)。
<引用・参考文献>
2)ポールK クライマン.骨損傷の画像診断戦略.子どもの虐待の画像診断.ポールK クライマン編.東京,明石書店,2016,342-54.
3)野坂祐子.“「何がおきているの?」”.トラウマインフォームドケア.東京,日本評論社,2019,19-26.
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