精神科領域の特性をこれだけ踏まえた感染対策の書籍には出逢ったことがありません。コロナ禍3年目を迎えましたが、全国の精神科医療機関における感染拡大は、依然として大きな課題になっています。むしろ3年目を迎えてから苦慮している精神科医療機関が増えているように思います。そこで、今回出版された『新型コロナウイルスで、はじめて真剣に感染対策のことを考えた 精神科病棟ではたらく人のための感染対策きほんの「き」』は、現時点の対策を考えるうえでも、今後の対策を考えるうえでも、現場でたいへん参考になると思います。
精神科領域において、大学病院や一般病院などと同様の感染対策を講じることは、必ずしも現実的でないことがあります。精神科病棟には療養環境の構造的特徴、患者さんや治療プログラムの特徴などから、「精神科ならでは」の注意点と対策が必要になります。
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本書は、感染対策の基本的な知識から、具体的な手技と感染対策、さらには精神科病棟の各場面を踏まえた具体的な感染対策が盛り込まれています。執筆者には、精神科医療機関で看護管理者として感染対策を担っている方々、精神科医療機関で感染管理認定看護師として活躍されている方々などが多くいらっしゃることから、精神科病棟での実践方法がわかりやすく紹介されています。イラストに加えて、病棟などでよく見かける物品や器具の写真が掲載されていて、よりわかりやすく、そして身近に感じることができるでしょう。
精神科医療機関では、療養病棟や認知症治療病棟をはじめ、母体法人に併設される高齢者向け施設などで、介護福祉士やケアワーカーの方々が多く勤務されています。したがって「介護福祉士・ケアワーカーに心がけてほしい感染対策」について記載されているのは、多くの現場にとってたいへん心強いと思います。精神科病院の各病棟・施設単位で、患者さんの援助に携わる全スタッフが活用できるという点はたいへんよいと思います。
また本書は、精神科医療機関における業務継続計画(BCP)の側面からも、たいへん頼りになると思います。精神科医療機関(診療所を含む)では、集団療法・プログラムが多くあることから、コロナ禍における作業療法や精神科デイ・ケアでの感染対策は大きな課題となりました。現時点でも活動を縮小しているところも少なくありません。そのような療法を提供する部署の感染対策は、多職種で取り組むことが欠かせません。本書には、理学療法・作業療法時に注意してほしい感染対策、精神科デイ・ケアの感染制御、そして精神保健福祉士・臨床心理士(公認心理師)に心がけてほしい感染対策までが記載されています。看護職だけでなく、全職員がいっしょに感染対策を考えるために、大いに役立つ本だと思います。
最後に掲載されている、「読んでナットク!みんなが知りたいQ&A」では、感染管理認定看護師がいない病院での感染管理体制の構築方法が紹介されています。感染管理の専門職が少ない精神科医療機関にとって頼りになると思います。また、精神科での環境整備コツ、畳部屋の感染対策、クロザリル®を使う患者さんの感染対策などは、精神科領域の現場で悩むところだと思いますので、このような特性を踏まえたQ&Aは看護職にとってたいへん役立つと思います。さらに私が看護教員である立場から、実習の学生に伝える精神科での感染対策が掲載されている点はうれしいと感じました。
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編著者の糠信憲明先生が、はじめにの文章で「現場の智慧を持ち寄って、少しでも患者さんに安全な医療を提供できないか」と、本書に携わられた思いを述べられています。本書の構成および内容から、その思いがよく伝わってきました。精神科病棟ではたらく多くの人々に、ぜひとも本書を役立てていただきたいと思います。
東海大学医学部看護学科
一般社団法人日本精神科看護協会・会長
著者:
広島国際大学 看護学部 准教授 糠信 憲明 編著
一般社団法人精神科領域の感染制御を考える会 編著
刊行:2022年4月
ISBN:978-4-8404-7863-2
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