ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。

ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。



ゲスト:りえ
新卒で附属の急性期病院のICU(混合病棟もある部署)で4年勤務。その後、数か月は派遣で整形外科や泌尿器科、耳鼻科混合病棟で働き、緩和ケア病棟に転職し2年勤務。現在は2022年5月に開業した「える訪問看護ステーション」で訪問看護師兼事務として働いている。

インタビュアー:白石弓夏
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。



最期まで看取ることができなかった想いから

白石:
りえさん、お久しぶりです。以前お会いしたときは、ICUで勤務されていた頃だったと思いますが、今は新しくできた訪問看護ステーションで働かれているんですよね。その経緯について教えてください。

りえ:
いくつかきっかけがあるのですが、まず現在の訪問看護ステーションの代表(理学療法士)やオーナー(医師)とは、新卒で働いていた急性期病院のICUで一緒だったんです。それで代表から「今度、訪問看護ステーションを立ち上げるから、来るか?」とお話をいただいて、「行きます」とすぐにお返事しました。元々はICUで働いていたので、三次救急の救命救急センターで働くことにも興味があったんですが、たまたま今後のキャリアどうしようか、何科で働こうかと悩んでいた頃に、友人が主催している緩和ケアに関するセミナーに参加したこともひとつきっかけになっています。

当時はICUで働くなかで、病棟として看取りの体制が整っておらず、そもそも看取りとなったら個室のある病棟に移っていたので、ほとんど看取りの経験もないことに気づきました。そして、緩和に関する薬剤コントロールなども含めて、自分の知識があまりにもないことも痛感しました。また、私が1年目の頃に数年間担当していた患者さんで、入退院を繰り返して亡くなった方がいて、その方も最終的に個室の病棟に行ってしまったので最期までみることができなかったんですね。そうしたことを振り返って思い出したときに、緩和ケア病棟で実際に働いてみたい、もっと患者さんや家族とゆっくり話が聞ける環境に行きたい、最期までかかわりたいという気持ちのほうが強くなり、転職をしました。

ただ、緩和ケア病棟で働くようになったタイミングで、新型コロナウイルス感染症の流行がはじまりました。家族の面会もほとんどできないなか、訪問診療、訪問看護などの体制が整っておらず、往診医の少ない地域だったこともあり、患者さんが自宅に帰れない現状を目の当たりにしていました。最期まで「家に帰りたい」と言っている患者さんの声を聴いて、それですごく心苦しさもあって。それでも、緩和ケアに関するさまざまな経験をさせてもらっていたのですが、サポートできると思っていたところが支えられなかったと感じていた部分もあったと思います。そんなときに、今の訪問看護ステーションの代表から声をかけてもらいました。

白石:
ちょうど地域医療の課題に直面しているタイミングで、声をかけてもらったんですね。元々、訪問看護には興味はあったんですか。

りえ:
いえ、学生時代に訪問看護の実習で利用者さんのお宅に行ったときに、人の家に入ることがすごく苦手で、当時の私は「自分にはやっていけないな」と思っていたんです。ところが今の訪看では、学生時代から知ってくれている代表がいて、一緒に働いたことのある医師がオーナーだったので、知っている人たちのなかでやっていくのは将来的にも安心感があり、誘われたときも迷わずOKの返事をしました。実際に訪問看護師になっていろんなお宅に行かせていただくようになって、最初は不安もあったんですけど、いざ行ってみると思いのほか平気でした。今は、元々いた緩和ケア病棟から退院して看取る方も増えているので、その面でも訪問看護に来てよかったなと思います。今の仕事が自分には一番合っていると思っています。

ICUと訪問看護は遠いようで近い、その人が安心して過ごせる環境をサポートするために必要なこと

白石:
最近、少し気になっていることがあるんですけど、ICUや救急で働いていた看護師さんが訪問看護で働くケースが増えているように思います。正直、正反対な領域のようでいて、近いところもあるような感覚もありまして。実際、りえさんはICU経験があって訪問看護に来られて、親和性が高いなと感じるところや、ここはやっぱり大きく違うと感じたことなどはありますか。

りえ:
私は緩和ケア病棟にいたので、そこは在宅に近い部分もあると思うんですけど、まずICUから緩和ケア病棟に行ったときに驚いたのは、モニターのデバイスとかがほとんどない状態だったことです。ICUではモニターがついていたのが当たり前でしたから。そこから判断していたことも多かったんですよね。ただ、だからといってICUでモニターばかり見ていたわけではなく、患者さんの身体所見から観察してアセスメントすることも多かったですし、そうした考えや経験は緩和ケア病棟に来たときにすごく役立ったと思います。それは訪問看護でも同じですね。遠いように見えて、近い部分なのかなと思います。やっぱり土台となる患者さんの観察や評価ができる人が訪問に行くと、在宅でもその人が安心して過ごせる環境をしっかりサポートできるのかなと実感しています。

白石:
なるほど、たしかにそこは遠いようで近い感覚はわかります。これはどの分野でもそうですが、訪問看護でもフィジカルアセスメントが大事ですね。

りえ:
そうですね。あとは、ICUでは危機的状況で家族へのケアが必要になってくることも多かったですが、それは在宅でも同じような状況のことはありますね。看取りに対しても厳しい話があった後に看護師が関わっていかないといけないこともありますし、ましてや医師が週に1回、2週間に1回しか来られないなかで、看護師が厳しい説明を一部しないといけない場面もありますから。そういった面ではICUと近いのかなと思います。

楽しいことを見つけるのが好き、私が笑顔でいることで利用者さんも笑顔に

白石:
それでは、本題にいきましょう。こちらから質問のカードを選んでください。

りえ:
右から5番目で。

白石:
「最近声を出して笑ったことはなんですか」ですね。これはレアなやつかも。

りえ:
え、声を出して笑ったことか……。なんだろう、思いつかないな。

白石:
今日、お話しされているなかでも笑顔でニコニコされている印象がありますけどね。

りえ:
基本的にいつもこんな感じだと思います。声を出して笑ったエピソードがちょっと思いつかないんですけど、どこに行っても「ニコニコしているね」「笑顔がいいね」と言ってもらえることが多くて。普段忙しくても、そのなかで楽しいことを見つけるのが好きで、利用者さんとお話することが楽しいので、笑顔でいることが多いですかね。やっぱり私が笑顔でいるほうが、利用者さんも笑顔になってもらえるかなと思うところもあるので。昔からそう思っている節はあります。

白石:
昔からというのは、何かきっかけやエピソードなどがあるんでしょうか。

りえ:
幼稚園の先生からのお手紙で、「ニコニコしていて、りえさんの笑顔は癒されます」みたいなことが書かれていましたね。あとは、親からも「そこはいいところだよね」って言われていました。ICUにいたときも、忙しい病棟だったので、けっこうピリピリして怖い顔になっていることもあって、そのなかでも気をつけようと思っていましたね。実際、訪問看護で訪問するときにも、最初の挨拶は明るく、「こんにちはー!」って入るように心がけています。やっぱり訪問の時間を楽しみに待ってくれている利用者さんも多いので。声のトーンは気をつけています。これは、利用者さんや家族だけでなく、スタッフに対しても意識していることですね。

白石:
その笑顔でいることって、りえさんにとって誰かモデルさんがいるんでしょうか。

りえ:
私の母が昔からクリニックの受付事務をしているんですけど、小学生の頃からよく遊びにいっていたんですよね。そこで母を含めて他のスタッフも大阪のおばちゃんみたいな雰囲気がありつつ、しっかりと相手の目を見て「おはようございますー!」って明るい感じがあって、患者さんからも人気のあるクリニックだったんです。それを小さいときから見ていたので、病気でしんどくて行くところだからこそ、挨拶は明るく言ってもらえるとうれしいのかなって思ったりしたことはありました。

笑顔でいられないこともあった、だけど

白石:
反対に、りえさんが笑顔でいられなかったこと、この時期やこのタイミングはというところで何か思い浮かべることはありますか。

りえ:
数か月前に怒涛の忙しさだったときは、さすがに周りにも心配されました。「しんどそうな顔しているよ」って。看取りの利用者さんが続いたこともあって、訪問回数が増えてスケジュールがびっしり埋まってしまっていて、それで事務作業もやっていたので、キャパオーバーで投げ出したくなるようなタイミングだったかもしれません。

白石:
それはどのようにして落ち着いたんですか。

りえ:
少し無理やりに乗り越えた感じはありますけど、その都度代表や周りのスタッフには相談したり、手伝ってくれたりして、お互いに支え合いながら、補い合いながらやっていった感じですね。それによって、より団結力が強くなったというか、お互いの支え合い方がわかったというのがあります。

白石:
なるほど。理不尽に嫌なことというわけではないですもんね、その忙しさは。

りえ:
そうなんです。病院時代のときは、理不尽に怒られることもあって、それでヘコむことはありましたけど、今はそういうことは一切ないですね。むしろ訪看の立ち上げ当初は、まだ利用者さんも少なかったので、仕事がないみたいな状況でしたから。それから1年でこれだけ忙しくなったというのは、それだけ頼りにしてくれる利用者さんや家族がいるということなので。普段からも、忙しいなかでもなるべく朝と夕だけでもスタッフで顔を合わせたり、仕事の状況を共有したりはしているので。そういう面では仲間と一緒にいるからこそ頑張れていると思います。

誰かの役に立つ、サポートをするのが好き、そして何事も楽しんでやるこだわり

白石:
それでは2つ目の質問のカードを選んでください。

りえ:
左から2番目で。

白石:
「何でもいいのであなたのこだわりを教えてください」ですね。

りえ:
こだわり、こだわりか……。難しい。昔から私は、自分でやるって決めたことは絶対にやり遂げたいという思いがありまして。目標としたことは絶対に達成したいという思いがありますね。たとえば、それは自分がリーダシップを発揮して推し進めていくようなことではなくとも、周りの細かなことに気づいてサポートしたり、このチームのために自分は何ができるだろうと考えて動くとか、そういうところが自分のやりたいことなんです。ちょっとこだわりとはズレちゃうかもしれないんですけど。


白石:
それは何かきっかけとかがあったんでしょうか。

りえ:
高校生のときに友だちのお手伝いで生徒会に入っていたんですけど、学際の準備とか学校行事の手伝いをするなかで、そういう誰かの役に立つとか、誰かが主導してやっていることのサポートをするのが自分は好きで、そこを支えたいと思うようになったんですよね。それが、看護師の仕事でもそうですし、訪問看護ステーションの経営の部分を支える立場としてもつながっていると思います。代表が私を誘ってくれたのも、そういう部分を褒めてくれるからだと思っています。「よくそこに気がついたな」と言われることもあるので。

あとは、何事も楽しんでやることはこだわりというか、いつも考えていることだと思います。ちょっと仕事で嫌なことがあっても、楽しみながらやりたいという気持ちがあるので、大変なことでもこれはこういう風に考え方を変えることで自分に活かせることだなと思いながらやっています。

白石:
なるほど。りえさんは小さなことも取りこぼさず、自分のなかでしっかり受け止めて考える、日頃からそうした積み重ねがあるのかなという風に感じました。

りえ:
ありがとうございます。そういえばこの間、自分が看護師1年目のときに書いたレポートをたまたま見つけたんです。家族看護というタイトルで、何を書いたか覚えていなかったんですけど。そこには、忙しい病棟のなかでも、介護士である家族とその患者さんが亡くなる前日に一緒に手浴をしたエピソードが書いてあって。そのご家族は介護士だけど、自分は病院に入院した家族のことは何もできないと思っていたんです。だけど、そのご家族を誘って一緒に手浴をしたことで、ケアに参加させてもらえたことがすごく嬉しかったとお話しされていたのが印象的で。このレポートを読み返したときに、自分のやりたい看護とか、どういうことを支えたいと思っているのかというところが、1年目のときから変わっていなかったんだなと思いました。忙しい病棟のなかでも、ご家族と一緒にやったら喜んでもらえるかな、本人は嬉しいかなと気づいて、考えることを。ICUや緩和ケアにいた当時は、「訪問看護なんて……」と思っていたけど、実際今うまくやれているのは、本質的にそういう風に思っていたからだと思いました。

白石:
すごいですね。そのレポートを見つけたのが今というタイミングも。反対に1年目の頃から今に至るまでで、変わったなと思うことはあったんですか。

りえ:
昔は自分のことを人見知りだと思っていて、はじめましての人とうまくお話しできるか不安だったんですけど、今は利用者さんやご家族の話を聞いたりすること、コミュニケーションの仕方や人とのかかわり方は少し上手くなったかなと思います。それは緩和ケア病棟で医師の話の聞き方を間近で見て、教科書にある「沈黙を大事にする」というのが本当に有効なんだって、見て学べたことも大きいですね。そうしたことを今活かしているところはあります。

小さなことでも楽しいことを見つけながら、看護師の仕事を

白石:
それでは最後の質問です。「あなたが後輩の看護師に伝えたいことはなんですか」。

りえ:
後輩に伝えたいこと、伝えたいこと……。私もICUにいたときに、辞めるところで体調を崩してしまったことがあったんですが、やっぱり自分が心身ともに健康でいないと患者さんを支えたり、元気にしたりすることってできないと思うんです。何かひとつでも、小さなことでも楽しいことを見つけながら、看護師の仕事をしてほしいなと思います。看護師ってみんなしんどくなって辞める人が多い気がしていて、働く場所っていっぱいありますから。

白石:
りえさんにとって、その若手のときを振り返って、こういう楽しさがあったからよかったなと思うことは何かありますか。

りえ:
たとえば、「この患者さんひとりでみていいよ」と先輩から自立OKをもらったときは、嬉しくて仕方ないタイプでしたね。ひとつひとつ合格をもらうことが嬉しくて、そういう楽しさは感じながらやっていました。だんだんとラダーみたいな感じで自分が受け持てる患者さんの疾患や術式などが増えてくるので、そうした面ですごくやりがいがあって楽しかったです。あとは患者さんと話をするのが楽しいとか、そういうことでもいいと思うんです。私は看護の世界は広くて、楽しいよと思っているので、そういう想いが少しずつでも広がったらいいですよね。

今の訪問看護ステーションは、本当に幅広くみさせてもらっていて、人工呼吸器をつけている利用者さんや看取り直前の方も急性期から終末期の方といるんですけど、訪看によっては「うちではみられません」とお断りするところも多いので。どんな方でも受け入れてみることができるように、自己研鑽は続けつつ、看護師やリハビリのスタッフとも協力してチームワークよくやっています。エンゼルケアも家族さんを巻き込んで一緒にやるので、そのなかで思い出話とか聞きながら、そういう時間を丁寧に、大切にやっています。そうしたひとつひとつの積み重ねのなかで看護の楽しさを、今実感しています。

白石:
その看護の楽しさを感じられるしっかりとした土台があるということも、素敵なことですね。また、看護師とリハビリのスタッフと両輪でやっているというところがすごく印象的でした。まだまだ立ち上げからで大変なことも多いでしょうが、頑張ってください。今日はありがとうございました!

インタビュアー・白石弓夏さんの著書



Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~
私もエールをもらった10人のストーリー


今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。 さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。

目次


◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏

発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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